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きみと桜の木の下で  作者: 花音
第6章  出発
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第107の扉 やりたい

「んぅ……あっ、うぁ」

「……大丈夫、桜木さん?」


 風花の苦しそうな声が聞こえる中、心配した翼が話しかける。その優しい声を聞いても、風花の様子は変わらない。乱れる息が更に乱れていくだけ。


「ぁ、あい、はらく、ん……うぅ、んっ」

「つらいでしょ? もう楽になろうか」


 翼は風花を優しく見つめる。しかし、そんな提案にも彼女はふるふると首を振った。


「やだぁ、ん。……や、りたいの」

「でもねぇ……」


 翼は頑なな彼女の様子に、困った笑顔を浮かべる。風花の意思は固いようだ。翼の言うことを全く聞いてくれない。


「ぁ、相原、くん……おねがい……んぅ、あと、少しだけで、んっ、いいからぁ」


 風花の瞳はさっきから潤んでいる。頬も赤く染まっているようにも見えた。余程今の状況が辛いのだろう。しかし、彼女は諦めない。潤んだ瞳で翼を見つめ、おねだりする。


「んぅ……お、ねがい、んぁ」

「はぁ、……分かったよ。でもずっとこのままっていうのも辛いでしょ?」


 翼は風花のおねだりを渋々了承する。しかし、風花の辛そうな状況は変わらない。先ほどから更に息が乱れているようにも思う。そんな風花の様子を見ている翼自身も辛そうだ。眉間にはしわが寄っている。


「どうしようか?」

「んん……ぅあ、んぅ……」


 翼の優しい問いかけにも、風花は答えられない。彼女にはもうその余裕すらないようだ。翼はそんな風花の様子を見ると、眉間のしわを更に深くして、彼女へと手を伸ばしていく。














「なぁ、お前らの会話を文字にすると卑猥なんだが……」


 二人だけの空間に優一の声が響く。ここは教室。もちろん優一の他にもクラスメイト達が。先ほどから翼と風花が何をしていたかというと、二人で仲良く黒板を消していたのだ。もう一度言う。黒板を消していたのだ。


 二人は今日、日直。次の授業のために黒板を綺麗に清掃していた。何事もなく、順調に作業を進めていた二人だが、一つの問題が浮上した。


「届かない……」


 風花の身長がわずかに足らず、黒板の上の方の文字が消せない。ぴょんぴょんと飛び跳ねながら、手を伸ばすが届かない。そんな彼女の様子を見かねた翼が声をかけた。


「僕がやろうか?」


 翼は風花よりも身長が高い。彼なら黒板の一番上まで手が届くだろう。しかし……


「いやぁ……」


 風花は翼の提案を拒否する。彼女はちゃんと日直の責務を全うしたいようだ。手と足を目いっぱい伸ばして、消そうと頑張っている。翼は、プルプルと震えながらも手を伸ばし続ける風花を眺めていたが、一向に届く気配がない。彼女の意思を尊重したい気持ちはあったのだが、流石に辛そうだったので声をかけたのだ。


「……大丈夫、桜木さん?」


 そして冒頭のやり取りに戻るわけである。再度宣言する。二人は黒板を消していたのだ。それ以上でもそれ以下でもない。

 そんな彼らのやり取りをずっと聞いていた優一が声をかけ、今に至る。


「何か、エロい」

「「ん?」」


 本人たちに卑猥な会話をしていた自覚はもちろんない。双方真剣に日直の責務を全うしようとしていただけ。


「……」


 翼と風花はキョトンと首を傾げている。優一はそんな二人を見て、ため息をついていた。無自覚程恐ろしいものはない。

 しかし、優一は彼らの反応が面白くなかったのだろう。にやりと笑うと、不敵に言い放つ。


「翼が桜木を持ち上げれば、届くんじゃないか?」

「なっ!?」「おぉ!」


 優一の発言に驚く翼と、感動する風花。彼の言う通り風花を持ち上げれば、彼女の手は上まで届くだろう。


「君は何を、言って……桜木さんを、も、も、持ち、持ち、もちもちもち!!!」


 翼は顔を真っ赤にしながら慌てる。風花を持ち上げるということは、彼女に触れることになる。恋心を自覚し始めたピュアボーイには刺激が強すぎた。

 教室の後ろの方では、翼の言葉を聞いた結愛が『お餅!!!』と騒いでいるが、その声さえも彼には届かない。


「そそそそ、そんな、こと……」

「相原くん!」


 翼は優一に抗議していたのだが、風花がそれを遮るように名前を呼んだ。そして、翼の制服の裾を引っ張ってくる。翼がどうしたのだろうと、彼女を振り向くと、そこには


「抱っこ!」


 満面の笑みで手を広げ、抱っこを要求する風花が。彼女に悪意は全くない。ただ黒板の上に手が届くと想像して、テンションが上がっているようだ。いつにも増して、その笑顔は輝いている。


「ぐはっ!」


 しかし、彼女の笑顔と仕草を見て、翼がノックアウト。苦しそうなうめき声と共に倒れる。予想通りの反応が得られて、優一が笑い転げていると、彼らの後ろから新しい声がかかった。


「桜木、俺が持ち上げてやるよ」

「ふ、俺が抱いてやろう!」


 手をわきわきしている翔吾と、くるくると回りながらポーズを決める彬人。


「わぁ!」


 彼らの登場に風花が嬉しそうな声をあげる。これでやっと手が届くのだ。風花は嬉しそうに、二人の元へ駆け寄ろうとする。しかし……


「おい、翔吾、その手をやめろ。あと彬人、お前はその言い方がヤバい」


 風花の行く手を優一が遮った。彬人は特に意図していなかったのだが、翔吾は確実に風花に何かをする気だっただろう。その手が卑猥にわきわきと動いていた。


「俺はただ桜木に喜んでもらおうとしただけだ!」

「なぜ、ダメなのだ!」


 優一に止められた二人が食って掛かる。騒がしく言い争いが始まってしまった。


「……」


 風花はポツンと取り残された。抱っこしてもらおうと広げていた手が段々と落ちていく。翼はいまだ復活してくれない。優一たちの言い合いは続いている。

 風花が一人、しょんぼりしていると……


「わ!」

「はい、どーぞぉ」


 体がふわりと持ち上げられた。


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