第105の扉 パジャマパーティー
「ご心配をおかけしました」
美羽がベッドの上で頭を下げる。ここはホテルの一室。美羽と一葉の部屋である。この部屋に女性陣が集まり、お菓子を食べながら話し込んでいた。ちなみに一葉はいまだ『散歩』から帰ってきていない。
「回復して良かったですわ」
うららがふわりと微笑みながら彼女に話しかける。美羽は死ぬかもしれないという恐怖を感じたが、身体は何ともなく無事。そして、精神も大丈夫そうだ。今の美羽の笑顔は、無理して笑っているようには見えない。
「そう言えば、相原くんが優勝したんだね」
美羽は長い間眠っていたので、先ほど翼が優勝したということを聞いた。
「何だか闇に呑まれていたみたいだけど」
「それはね、結愛たちがお守りを渡したからもう大丈夫なんだよ」
結愛が胸を張って美羽に答える。翼はリミッターが外れ、暴走したが今はもう元通り。そしてそんなことがもう起こらないように、と結愛と彬人が願いを込めてネックレスを渡している。彼はもうきっと大丈夫。みんなが明るく翼の話をしていると……
「風ちゃん、どうかした?」
風花の異変に美羽が気付いた。彼女はさっきから会話に入ってこない。そして、難しい顔をしながら胸を押さえているのだ。
「胸が痛い」
「!?」
風花の発言に真っ青になる美羽。風花はパルトとの戦いで胸部に剣を突き立てられている。それが原因で痛んでいるのだろうか。
「太陽くんの所に行こう! 早く診てもらわないと」
「太陽じゃ治せないって言われた」
風花の手を引っ張って行こうとしていた美羽の動きが、ピタリと止まる。太陽は優秀な回復魔法の使い手だ。その彼が匙を投げるほどの重病なのか。
美羽がわたわたと慌てる中、会話を聞いていたうららが口を開く。
「風花さん、胸が痛くなるのはどんな時ですか?」
「相原くんのこと見ている時に多い」
「おおっと……」
風花の答えに美羽が納得した。今この場に翼はいないが、先ほどみんなで彼の話をしていた。それに反応して、風花の恋心が疼きだしたのだろう。本人は全く分かっていないようで、キョトンとしている。すると、事情を理解した結愛が
「恋の、むぐもごむふ……」
『恋の病だぁぁ』と叫び出そうとした彼女の口を、うららが食い止める。風花には勘付かれていないようで、相変わらず首を傾げていた。
「おほほほほ。私と結愛さんは自室に戻りますわね。お休みなさい」
結愛の口を塞いだまま、うららが部屋を出ていく。結愛がここに居たら『恋だ、恋だ』と騒ぎ出してしまっていたはずだ。『恋』『愛』のことをきちんと理解できていない風花が、先にその感情に名前をつけてしまうのは良くないだろう。彼らの関係をこじらせてしまう可能性がある。
「うららちゃん、ファインプレーだ」
美羽が彼女の早業に感心の声を漏らしていた。流石はうらら様である。
「さて……」
彼女たちが消えて、部屋には風花、美羽の二人。一呼吸おいて美羽が風花に質問を始めた。
「風ちゃんは、相原くんのこと好き?」
「好きー」
「太陽くんは?」
「太陽も好きー」
「成瀬くんは?」
「成瀬くんも好きー」
風花はニコニコ笑顔で答えてくれる。風花はみんなのことが大好きなのだろう。答える彼女は無邪気だ。そんな彼女を微笑ましく思いながら、美羽はさらに質問を続ける。
「じゃあ、相原くんを好きな気持ちと、太陽くんたちを好きな気持ちに違いはある?」
「んー」
美羽の言葉を聞いて、風花が自分の胸に手を当てる。彼女の胸の中にもやっとした感覚が広がった。
「違うような、違わないような……」
やはり風花はまだ恋を知らない。理解できない。心の欠けている影響なのだろう。今の彼女の心のしずくは半分程度。恋を理解できるようになるためにはまだまだ足りない。
「いつか、その違いが分かる時が来ると思うよ」
美羽は相変わらずキョトンとしている風花の頭を撫でた。風花は気持ちよさそうにその手にすり寄る。そんな中……
「ただいまー」
『散歩』をしていた一葉が帰室。何やらほんのりと頬を染めているように見えなくもない。
「あれ、うららと結愛は?」
「もう寝るんだってー」
一葉の疑問に風花が答えている。二人はそのまま仲良く会話を開始したのだが、美羽の目はさっきから一葉を捕らえて離さない。気のせいかとも思ったが、赤い。一葉の頬がほんのり赤い。そして、耳も赤い気がする。冬ならまだしも今季節は春。彼女の身体症状は明らかに不自然である。
何かあった、確実に。『散歩』の最中に確実に何かあった。一葉の赤がそう告げている。
「一葉ちゃん」
「ん?」
「どうして、真っ赤で帰ってきたのかな?」
「う……」
美羽の言葉に一葉から苦しそうな声が漏れた。予想でしかなかったが、一葉の態度を見て、確信へと変わった。美羽の目がキラーンと光る。もちろん、風花は彼女たちの会話を理解できない。
「あ、の……」
「んんー?」
彬人とのことを思い出した一葉が、また赤く染まっていく。そして、そんな彼女を徐々に美羽が追い詰めていった。
「実は……」
観念した一葉は事の顛末を二人に話し出す。
素直になれず、彼を避けてしまっていたこと。でも、きちんと仲直りできたこと。そして……
「月が、綺麗だねって……あいつが」
「キャーーーー」
「本当だ、今日は満月なんだね」
一葉の言葉に、意味の分かった美羽が黄色い悲鳴を漏らした。風花は異世界人。彼女がこの言葉の意味を知っているはずがない。楽しそうに窓から空を見上げている。風花もいずれこの意味を知る日が来るのだろうか。
知ったとしても、理解できるのはまだまだ先の話だろう。
「で、なんて返したの?」
「……」
興奮気味で美羽が一葉を質問攻めにしていた。綺麗な月に夢中の風花には二人の会話は届かない。
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