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きみと桜の木の下で  作者: 花音
第1章  はじまり
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第9の扉 大切なもの

「なるほど、あいつか」 


 京也はにやりと笑うと、風花たちを飛び越えて池の少し離れた所に居た優一の元まで行く。


「うわ!」

「お前か、心のしずくを持っているのは」


 驚いて声をあげた優一の前に、不気味な笑顔を張り付けた京也が立った。


「優一くん!」「成瀬くん!」

「邪魔な奴らだな。スイ、放て、water hold(ウォーターホールド)!」


 京也のあとを追って風花と翼が駆け寄ってこようとしていたが、スイの放った水の手により捕まってしまった。抜け出そうともがくも、拘束が緩む気配は全くない。

 京也はギロリと目を光らせて、優一を睨む。


「お前の持っているそれをよこせ」

「は?」


 優一は目の前の出来事に理解が追いついていないようだ。戸惑いの表情を浮かべながら、持っていたしずくと京也を交互に見ていた。


「優一くん、その石は桜木さんの大切なものなんだ。だから、それを持って逃げて」


 翼が優一に向かって叫ぶ。優一の持っている物は風花の心のしずく。それを京也に渡してはいけない。


「うるさいやつだな。スイ、やれ!」

「「!?」」


 京也が合図すると、二人を捕まえていた水の腕が巨大化し、頭まですっぽりと包んだ。ゴポゴポッ、と苦しそうに水中でもがくも、翼と風花は逃れることができない。


「おい、やめろ! そんなことしたら死んじゃうだろ!」

「それを渡したら解放してやる」


 優一が叫ぶも、京也の笑みは崩れない。不気味に微笑みながら、優一のことを見ていた。


「っ……」


 優一は迷うような仕草を見せたが、このままでは翼と風花が窒息してしまう。優一は悲しそうに顔を歪ませながら、口を開いた。


「分かった、渡す」






 ※※※※






 何が起こっているのか俺には全く分からない。こいつが誰なのかとか、この石は何なのか、とか聞きたいことはたくさんあるけど、それよりも今は……


 二人の命だ。

 翼はこれが桜木の大切なものだと言っていたが、命がかかっているんだ。命より大切なものなんかないだろう……


 俺は二人の方をちらりと見る。

 大きな水槽みたいな水の塊の中に閉じ込められて、苦しそうにもがいている。自力での脱出は難しそうだ。

 こいつはこの石を渡したら助けてくれるって言うし、これでいいんだよな。二人の命が何より大事だ。


 俺は目の前の少年に目を戻し、ゆっくりと彼の元へ近づいていく。

 

 すごい威圧感だ。何だか息がしづらいのを感じる。何者なんだ、こいつ。


 俺は手に持った石を少年に渡すため、手を伸ばす。


 もし、俺にも二人みたいな力があったら、桜木の大切なものも守れたか?

 悪いな、翼、桜木。

 俺もお前たちみたいな力がほしかったよ……





 ※※※※





 優一はしずくを渡そうと、京也へ手を差し出す。京也も受け取ろうと手を伸ばした。


「「は?」」


 二人の口から同時に驚きの声が漏れる。京也の手にしずくが触れようとしたその瞬間、突然しずくが光始めたのだ。一体何が起きているのだろう。混乱している優一の頭の中に声が響いた。


『名前……呼んで…』

「なんだ?」


 響いてくる声は、透き通ってきれいな声をしていた。まるで流れる水のような。優一は混乱しながらも、頭に響いている声と共にその名前を叫ぶ。


『「水城(みずき)!!!」』


 彼の声と共に足元に魔法陣が浮かび上がり、優一の身体が水に包まれる。彼は咄嗟に目をギュっとつぶり、息を止めたが、全く嫌な感覚を覚えなかった。サラサラと優一の皮膚を優しく水が撫でていく。


「どうなってるんだ?」


 心地よい水の感覚を感じていたのだが、突然それが消えた。目を開けると、包み込んでいた水が消え、青色の髪、海のように深い青色の魔法衣装に身を包んでいた。手には翼たちと同じような杖を手にしている。


「はぁ、こいつも精霊付きかよ」


 京也は諦めの表情を浮かべている。優一が握りしめている心のしずくは、まだ眩い光を放っていた。


『「water cut(ウォーターカット)!」』


 混乱する優一の頭に再び声が響いた。呪文を叫ぶと、風花と翼を捕まえていた水槽をめがけて、鋭い三日月の形をした水の塊が飛んでいく。スパッと切り裂き、二人を水の中から解放した。


「ゲホッ、ゲホッ」

「大丈夫か? 二人とも」

「うん、大丈夫」

「成瀬くんありがとう」


 優一は二人の元へ駆け寄る。少し水を飲んでしまったようだが、意識もしっかりしているし、無事のようだ。二人の様子を確認すると、優一から息が漏れる。


「くそっ、今日はこれくらいにしておいてやる。覚えてろよ!」


 京也は捨て台詞を残し、スイと共に池の中に戻っていった。


「助かったぁ」

「この力は一体……」


 翼が安心の声を漏らす中、優一は自分の体を不思議そうに見つめている。京也が去ると心のしずくは輝きをやめ、優一の変身も解けた。普段冷静な彼でも、目の前の状況には驚きを隠せないらしい。


「成瀬くん、巻き込んでしまってごめんなさい」


 ぺこりと頭を下げる風花。下を向いているため、彼女の表情は正面の優一にも、風花の隣に立っている翼にも分からない。


「いや、助けられてよかった。それより事情を説明してくれないか」


 優一の言葉を聞き、風花は顔を上げた。その表情はいつも通り無表情。瞳の中の感情も消していた。

 そして、以前翼にしたように優一にも説明を始める。心のしずくのこと、京也のこと、精霊のこと、翼が仲間になった経緯……

 そして一呼吸おいて、翼の時と同様の言葉を紡ぐ。


「今回のことは忘れてほしい。怖い思いをさせてごめんなさい」


 風花は再びぺこりと頭を下げた。翼の時もそうだったが、彼女は『忘れて欲しい』と告げる。彼女は戦闘に巻き込んで、誰かが傷つくのが嫌なのだろう。自分の存在を必死に消そうとしている。


「………」


 優一はその姿を黙ってジッと見ていたが、少しして口を開く。


「言いたいことが2つある」

「え?」


 風花は予想していなかった返答に頭を上げて、一瞬目を見開いた。しかし、すぐに無表情に戻り、不安そうに瞳を揺らす。


「1つ目。もしお前たちが構わないなら、役に立たないかもしれないけど俺は仲間になりたい」


 彼の言葉に風花の瞳が輝いた。やはり今後の戦いが不安なのだろう。仲間ができるかもしれないと思った風花は、心なしか嬉しそうに見えた。優一はそれを確認すると、次に話を進める。


「2つ目。俺は今日みたいに誰かの命が危険にさらされたら、絶対に心のしずくを渡す。桜木の話でしずくが大事なのは分かった。でも、命の方が大事だろう?」


 優一は風花の目をまっすぐに見つめて、真剣な表情のまま話を続ける。


「一度しずくを奪われても、また取り返せるかもしれない。だけど、命は一度失ったら元には戻らない。だから俺は命を優先する(・・・・・・)


 優一の言葉を風花は無表情で聞いている。彼女は何も答えない。今、何を思っているのだろう。


「桜木がそれで嫌なら、俺は今聞いた話は全て忘れるし、ここでのことは何も見なかったことにする。どうだ?」


 優一が風花に優しい声で尋ねる。しかし……





 ポロリ、と風花の目から一粒の涙(・・・・)が零れ落ちた。





「え!? ごめん、俺そんな強く言ったつもりはないんだけど」

「桜木さん、優一くんはたまに口調きつくなったり、怖い顔するけど、別に怒ってる訳じゃないんだよ」


 いきなり涙を流した風花に慌てながら謝る優一と、フォローする翼。俺そんなに顔怖いか、と翼の言葉にぶつぶつと優一は反論している。


「ごめんね、違うの」


 そんな二人を見て風花は涙を拭く。翼の時と同様に涙は一粒しか流れず、無表情のまま。そしてもう彼女の瞳から不安の色は消えていた。


「成瀬くんがこんなに考えてくれたことが嬉しくて。大事にしてもらえたんだなって思ったら、涙が出てたの」

「それじゃあ……」

「うん、これからよろしくお願いします」


 そう言うと、風花は柔らかく微笑む。


(笑った顔初めて見た……)


 優一は風花の笑顔に息を呑んだ。ぎこちない笑顔や口角が少し上がっているところは学校で見たことがあったが、自然に微笑む風花の姿を初めて見たのだ。転校してきて緊張しているから表情が硬いのかと思ったが、心が欠けていたからの現象だったのだと、納得する。


「よろしくな、桜木」


 優一はポンポンと風花の頭を撫でた。彼女は優一の行動の意味が分かっていないようで、不思議そうに彼を見つめている。


(思いっきり笑えるようになると、いいのにな……)










 池で話している風花たちの様子を、木の影から一人の少年が見ていた。


「二人目も見つかりましたか…… もう少しだけ様子をみることにしましょう」


お読みいただきありがとうございます。感想、評価ありがとうございます。執筆の励みとなっております。

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