第四十八話 ~遥かなる高みへ~
神発暦3512年 秋
(なんだ?。あいつは)
ぼくは先見魔法を使って見た、唯一ゼストにとどめの刺す直前まで行く未来にたどり着くことに成功した。だが、ぼくの体と目の前のゼストの体は時が止まったように動かず、唯一目だけを動かすことが出来ていた。
そして、ぼくの見据える先には、何度も未来を経験しても一度も見ることのなかった、真っ黒い影のような、恐らくリッチがいた。本などでリッチは見たことがあったが、ぼくの目の前のリッチはそれとは全く違った存在に思えた。
リッチは魔力の体を持った魔物であり、人の姿をしていると書いてあった。目の前のリッチは確かに人のようだと言えなくもないが、人と呼べる姿をしているのはその顔と手だけで、体はすべてが真っ黒い影で出来ている。ぼくは闇そのものを見ているように感じていた。
そのリッチはぼくに近づいてくると、その顔を撫でまわすように見て来た。ぼくはどうにか体を必死に動かそうと魔法を使おうとしたりするが、一切体が動かなかった。
「少年よ。今の君には、この場で体を動かせるほど力はない。今はな」
(どういう意味なんだ?)
「心配するな。殺しはしない。主の試練をお前は乗り越えたのだ。幼き身であるにもかかわらず、神の魔法を使いゼストをここまで追い詰めた。十分だ。いずれ来る運命の時にはきっと私よりも強くなっているだろう。それまで、詰まらないことで死なないことを祈っているぞ」
黒い影はぼくにそう言うとゼストと共に消えていなくなった。それと、同時にぼくの時間が元に戻った。
「はぁっ、はぁっ......なんなんだ。あいつは。あれがどうしても未来を見ることのできなった理由なのか?」
ぼくはあの魔物に生き物としての本能が恐怖しているのを感じた。あれほどの恐怖ははじめてゼストと会った時にも感じることはなかった。
「あんな化け物が主と呼ぶ存在がこの世界にいるなんて。ぼくはもっと強くならないと、あの化け物よりもずっと強く」
ぼくは、今よりも、もっと強い力を渇望した。
*
「【黒】よ。我は決してあの程度の力でやられたりはしないぞ!」
どこかわからない空間の中で、ゼストは黒い影に声を荒げた。
「知っていますよ。ただ、本気のあなたに傷を負わせただけでなく、あの少年は神の魔法を使いました。つまり、主が探している終末の時を迎え撃つ人間の一人なのですよ。
恐らく、あなたの魔法を防ぎ、躱し続けられていたのは、主と同じ先見魔法を使ったのでしょう。複数の神の魔法を使う人間。主の言う魂の勇者とは未来の彼の事でしょう」
その言葉をゼストに聞かせると、黒い影【黒】はゼストと共に再び姿を消した。
*
「ガタッ、ガタッ」
ぼくは今、ウル爺と父さん、それに、マーシャとパレス先生が乗っている馬車に一緒に乗っている。マルク領での防衛戦が終わり、というか、その本拠地であった雷龍の湖に出現した魔帝の討伐が完了したため、一時家族や町のみんなが非難した帝都へと向かっていた。
(魔帝があれの主なのか?)
ぼくは参加することのなかったダンジョンマスターの討伐で何があったのかものすごく気になっていた。だが、それよりも、この馬車の空気は戦いに勝った雰囲気でなく、非常に悪いものになっていた。
ウル爺は片足を失い、父さんも片腕を無くしていた。ぼくは先見魔法でこの未来を見ていたが、正直最悪の未来ではオラクル・オーガの捨て身の斬撃で首が飛んでいた。それを思えば命があるだけ良かったと思っている。
「レオン」
そんな暗い空気の中で父である。ドナーがぼくに話しかけてきた。
「はい、父さん」
「お前がなにを隠していたのか、帝都での謁見が済んだら、聞かせてもらうぞ」
「わかってます」
すでに、ぼくの秘密を父さんに隠し通すことは無理だと思い、すべてを父さんに話す決意をしていた。




