第四十六話 ~マルク領防衛戦・最後の意地~
神発暦3512年
「ゲビィター流・剣技・皇雷連撃」
「ゲビィター流・剣技・疾風乱舞」
ドナーとウルフリックは常人であれば視認することすらできない速度でシュテンに連続で斬りかかる。しかし、シュテンはその連撃をあくびをしながらいとも簡単に躱していく。
その様は生きている時間の流れが全く違うように二人は感じた。
「もういい。飽きた」
連撃を躱しながら一言シュテンがそういうと、六本の腕が動きドナーとウルフリックを斬る。
「ぐはっ」
「がはっ」
シュテンの斬撃の威力でドナーとウルフリックは吹き飛ばされる。魔装を身に纏っていたため二人とも傷は致命傷には至らないものの、放っておけば出血大量で死んでしまうほどの傷を負う。
「なんと、これほど...とは」
「帝国最速のゲビィター流でも掠りもしないとは」
「なあ、もう逃げてもいいぞ」
シュテンがドナーとウルフリックに思わぬ一言を告げた。
「なに?」
「俺は王の領域にまで手を伸ばした。もうお前たち程度では相手にならない。ここまで覚醒できたのはお前たちのおかげだ。だから、より強いものを連れてこい」
「ハッ。魔物に慈悲を受けるとはな。ふざけるな。お前のような存在を野放しにできるはずがないだろう」
「そうか、残念だ。なら死ね」
シュテンの六つの斬撃がドナーとウルフリックを襲う。魔装による速度上昇によりその斬撃を躱す。すると、斬撃の方向に広がる森の木々が一瞬にして切り倒される。その威力にオラクル・オーガの攻撃は躱せと言われる本当の理由を二人は直感的に理解する。
「あれは、魔装でもどうにもならないですな」
「当たれば死だな」
「しかし、こちらの攻撃はあたりませぬぞ」
シュテンへの対抗策が思いつかない二人にシュテンが襲い掛かる。その時だったシュテンの横から高速の水の斬撃が放たれシュテンを襲う。
水の斬撃を放たれた場所には、第二師団長ミラ・ベルンの姿があった。
「大丈夫でしたか?」
ミラが二人にそう声を掛けると、二人が同時に叫んだ。
「逃げろ」
ミラの目の前にはすでにシュテンの姿があった。
「邪魔だ」
シュテンの刃がミラを襲う。と、同時にシュテンの体が凍り付く。その隙を付き、ウルフリックがミラをシュテンから遠ざける。
「危なかったですな」
「は、はい」
ミラはシュテンの殺気に圧され、完全に腰が引けてしまっている。
「また邪魔が」
凍るシュテンから声が聞こえると氷が一瞬で溶け蒸発する。
「何人で来ようと結果は同じだぞ。死体が増えるだけだ」
そう言ったシュテンの頬から血が流れだす。
「自己再生しない?」
ウルフリックは頬の傷が再生しないのを見てそういった。
「そうか。もう俺は...」
シュテンは何かを悟ったように独り言を呟く。そんなシュテンに再び大地を凍らせるほどの氷結魔法が来るが、
「もう、無意味だ」
シュテンはすぐにその魔法を相殺するように体温を上昇させ無効化する。
「目障りだな」
シュテンがそういうと、氷結魔法を遠方から放つ、マーシャの元まで一瞬で移動する。
「お前から消す」
「どうやって?」
マーシャの笑いながら話す。
「なに?」
シュテンの体は自分の体がとてつもなく重く感じた。しかし、そのまま力任せに腕を振るう。そして、斬りつけたマーシャは赤い霧となって姿を消す。
「偽物よ。馬鹿ねぇ。操作魔法・血の饗宴。もうすでにあなたの中に私の血が入ってる」
「うらぁああ!」
背後を取ったマーシャにシュテンは腕を振るうがまた霧となって消える。気付けばシュテンの周囲は完全な赤い霧となっていた。
「さっきのと言い。私の魔法がこうも効果が薄いと、正直落ち込むわね...でも今でもまだ躱せるのかしら」
マーシャがそういうと、次の瞬間には傷の癒えた、ウルフリックとドナーがシュテンを囲み斬りかかる。しかし、シュテンは二人の斬撃を刃で止める。
「くそが、調子に乗るなよ。いくら速度が落ちても、お前らに勝ち目はねえんだよ」
「ようやく、調子が戻ってきたな」
「うるせえええ!」
シュテンは力いっぱい刃を振るいウルフリックとドナーを吹き飛ばす。
「いくら、速度が落ちても、まだまだ速いですな」
「だが、さきほどまでの圧倒的差は感じない」
「お前ら、いつ回復した?。まだいるのか。ちょこまかと、」
シュテンが言葉を話していると、シュテンの胸に赤い氷が突き刺さる。
「今よ」
マーシャの言葉と共に、二人はシュテンに斬りかかるが、
「なめるなぁ!」
シュテンを中心に超高温の熱風が起こる。あまりの温度に風の魔装を帯びていたウルフリックでさえ、後方へと下がった。
そして、中心には皮膚が爛れ、オーガとしての骨格がむき出しになったシュテンがいた。その姿は自己再生能力を失ったがために起きた現象であった。
「燃えて消え失せろ」
シュテンがそういうと、シュテンの体が燃え始め、ドナーとウルフリックは再び姿を見失う。次の瞬間にドナーは左腕を、ウルフリックは右足を斬られていた。
「ぐっ」
「ドナー!、ウル!」
霧の中からマーシャの叫びが響く。
「くそ、あまり狙いが定まらないな」
シュテンは左腕を失ったドナーの前に姿を現す。そこをマーシャの血の刃がシュテンを斬りかかり、シュテンの体に当たるが、まるでただの短剣で鉄を斬ろうとするかのように全く刃が入っていかない。
「お前の血はもう、俺の中にはない」
シュテンはそういうと、後ろにいるマーシャを斬りつけるがマーシャは霧となりシュテンの攻撃を物ともしない。そして、その後も何度もシュテンに斬りかかる。
「そこで見ていろ。何もできずに仲間が死ぬのを」
シュテンを目の前にしたドナーはすでに魔装がとけかけており、ほぼ通常の付与魔法がかかった程度の状態であった。
(すまない、ホーク、アイン、レオン、テレサ、そしてアンナ)
死を覚悟したドナーは最後に家族の名を心の中で呼んだ。
「結界魔法・聖なる棺」
シュテンの体が光に覆われ、動きを止める。そして、霧の中からパレスが現れる。
「何だお前は。また、つまらない時間稼ぎを」
シュテンが力で押し切ろうするが一向に結界を壊すことができない。そして、動けないシュテンに触れると魔法を唱える。
「もうこれで本当に最後だそうよ。悲しき魔物シュテン。魔物に神がいるならば主の元に帰りなさい。分解魔法・魔素」
シュテンの体が徐々に消えてゆく。
「なんだ。これは、こんなもの」
だが、シュテンは必死の魔力を使い、それに抵抗する。
「諦めさない。あなたにはもうこの魔法を抵抗する魔力も体力も残っていないのでしょ」
「くそ、なんでバレたかなぁ。最後にもう少しだけ暴れたかったのに」
最後にそう言い残し、シュテンは存在そのものが消えて無くなった。
*
「彼は力を取り込み切れませんでしたか。最初から強いオーガを作っても結局は進化の過程を経験しなければこんなものなのですね。やはり、強くなるには過程が大事だということなんですかねぇ」
空の上でシュテンの最後を見届けた黒い影は姿を消す。




