第三十六話 ~マルク領防衛戦・脅威~
神発暦3512年 秋
*数分前
「こっちか?マーシャ」
「えぇ、一瞬だったけど明らかに異常な魔力を感知した」
「マーシャ殿が異常というとは、中々の強敵ということですかな?」
「わからないわ。でも感じたことのない魔力だったのは確か」
「それは怖い、マーシャ殿ですら感じたことがないとは」
ドナー達はマーシャが異常を感知した場所へと急いだ。
そして、
「これは……」
ドナーは思わず声をあげた。
そこには如何にも何かに斬りかかろうとしていたであろう。
兵士たち、恐らくミラの命令で裏から奇襲かける筈だった者たちがまるで時が止まったかのように固まっていた。
「マーシャ殿、彼らは生きているのですか?」
「えぇ、微かにだけど魔力を感じる。けどこのままだと長くない」
「治せるか?」
「恐らくは」
「なら、マーシャはここに残って彼らの治療っ!」
「!」×2
ドナー達は一瞬にして回避行動を取った。
そして、ドナー達が立っていた場所に衝撃がはしる。
砂ぼこりが舞い上がり、中から一体の魔物が姿を表す。
「あら残念。いい感じに不意を突けたと思ったのだけど?」
「貴様か、彼らをこんな風にしたのは」
「彼ら? 何のことをいってるのぉ?」
ドナー達の目の前に現れた蛇の髪をした女の魔物が不適に笑う。
「?」×3
そこには、先程まで固まっていた兵士たちの姿はなくなっていた。
「彼らをどこにやった!」
「うふふ、本気で聞いてるの?」
「くっ」
魔物のその言葉にドナーは、嘆息した。
≪助けられなかった。すまない≫
ドナーは心の中で、勇敢に立ち向かった兵士たちに謝罪し、その敵を討つべく剣を構える。
「ウル、マーシャ。相手は未知の魔物だ。慎重に行くぞ」
「了解ですぞ」
「えぇ」
≪兵士たちが如何にして固まったのか、どうやって一瞬にして姿が消えたのか。どんな攻撃をしてくるんだ。こいつは?≫
ドナーは睨み合いの中、未知の魔物の能力の考察をしていた。
「あらあら、慎重に戦う姿勢は素晴らしいと思うけど、そんなに見つめられると、お姉さん恥ずかしいわ!」
「ドナー、ウル。私が感じた魔力よ。気をつけて」
「......」
「ドナー?、ウル?」
*そして現在
≪恐らくは、神経支配を受けた。もしくは、強制的に肉体硬化されたか≫
マーシャは心の中で、ドナーとウルフリックの症状に予測を付ける。
「どんなに考えても、答えは出ないわよ」
未知の魔物はマーシャの思考を見透かし、小馬鹿にするように言った。
≪悔しいが元に戻すためには目の前の蛇女を倒すことが先決≫
「もう、あなたのお友達の事は諦めて、真剣に私と戦いましょ。私の眼を見て無事な人間となんて久しく会ってないものだから、少し楽しみなのよ」
「久しく......? お前はつい最近誕生した魔物のはずよ。どういう意味」
「あら、少し口走ってしまったわね。答えが知りたかったら力ずくでどうぞ。あなたの力見せて頂戴、お嬢ちゃん」
「初めに言っておくわ、私はとっくに100歳を超えた成人よ!」
マーシャはそういうと、すぐさま間合いを詰める。
そして、手に持った布で包まれたままの武器を振るい、魔物はその攻撃を華麗にかわす。
「そんな遅い攻撃じゃ、私に当たらないわよ。ちょっと期待はずれかしら?」
「それはどうかしら」
マーシャがそう言うと、振り回していた武器を魔物の目の前に突然突き刺した。それと包まれていた布が剥がれ、巨大な杖が出現する。
「放出魔法・氷爆」
マーシャが魔法を唱えると、マーシャの眼前は一瞬にして氷の世界へと変貌した。
マーシャが持っていた杖は自身の魔力を一定量溜めておくことで、強力な魔法の発動を一度だけ短縮できる機能が付いたものであった。
「あなた、魔法使いだったのね。その身なりにすっかり騙されちゃったわ」
「勝手に勘違いしたお前が悪いのよ」
マーシャの身なりは明らかな軽装に包まれていて、傍目から見れば速度を活かした戦法で戦うことの多い、盗賊か闘士のどちらかに思われるだろう。
「確かにその通りね。今のは結構効いたわよ」
魔物は重度の凍傷が全身に広がっている。人間であれば死んでいるほどの状態である。
≪今ので死なないの...≫
マーシャは外見は冷静を保っているように見せてはいるが、内心は驚愕していた。
マーシャが放った放出魔法・氷爆は軍隊級とされる魔法で、その中でも最上位とされる魔法で、相性によっては第一等級の魔獣をも殺すことのできる魔法だ。
それに加えて、マーシャの持つ杖は氷魔法に対する操作魔法を補助する魔道具でもあったため、本来ならば周囲一帯が氷の世界へと変貌してしまうはずの威力をすべて正面に対して放っていた。
つまり、目の前の未知の魔物は少なくとも第一等級の強さを誇ることは確実であった。
≪とはいえ、もう瀕死といっていい状態のはず。ここで一気に終わらせる!≫
「放出魔法・氷爆」
マーシャはとどめの一撃とばかりに、魔力を溜め、魔法を放つ。
「ワンパターンな女は、飽きられるわよ」
魔物はそういうと、躱すことなく氷に包まれた。
「負け惜しみは死に様としては最低よ」
マーシャがそう言って、ドナーとウルフリックの治療に向かおうと、背を向けたその時だった。
〔パリーンッ〕
「っ!」
氷の砕ける音にマーシャは驚き、すぐさま振り向くと、魔物が凍っていたはずの場所には上半身部分が砕け、抜け殻のようになった氷塊だけがあった。
≪どこっ?≫
マーシャはすぐさま消えた魔物を探すため、周囲の魔力に意識を集中させた。
≪いたっ≫
「放出魔法・氷槍」
マーシャが魔法を唱えると、一点に向かって瞬時に生成された3本の氷の槍が放たれる。
〔サァー〕
しかし、3本の氷の槍は一瞬にしてその姿を霧へと変え、標的に当たる。
「あぁ、涼しい」
そこには、さきほど致命的な凍傷を受け、さらに追い打ちで氷漬けにされたはずの魔物が、傷一つない状態で佇んでいた。
「でも、もうそろそろ冷たいのは大丈夫かしら。さすがに寒くなっちゃうもの」
「一体どうなって」
「今度はあなたの対応力を見せてもらうわよ。お嬢ちゃん」