第三十三話 ~マルク領防衛戦・奇襲~
神発暦3512年 秋
「お待ちしておりましたマルク男爵。伯爵様はテントの中でお待ちしております」
「ご苦労」
レオンの父であるドナーは作戦開始日当日の早朝から防衛拠点へと足を運んでいた。
「お待ちしておりましたぞ。丁度これから防衛の際の陣形について話し合いを始めるとこでした」
「そうでしたか」
豪勢なテントの中には、今回の防衛戦の指揮を執る貴族達が集まっていた。
作戦の総指揮はマルク領防衛軍を徴集したキオッジャ伯爵。そして軍は大きく分けで第一師団と第二師団に分けられている。第一師団の指揮を執るのは、マルク領に先遣隊を率いてやってきたミラ・ベルンが。第二師団にはキオッジャ伯爵の跡取りである、ホルン・キオッジャが指揮を執ることになっている。
ドナー・マルクは、今回の防衛戦においては基本的に元第2等級冒険者としての実力から、ウルフリックらと共に強大な魔物が現れた時のための遊撃隊として作戦に参加することとなっている。
偵察隊からの報告を受けたミラ・ベルンが話始める。
「今回の討伐作戦の開始は予定ではマルク領の住民が全員避難し終わる昼過ぎから開始する予定となっております。現在は昨日の偵察からの報告によれば、すでにマルク領に向けて進軍してくる魔物及び魔獣の群れを確認しているそうで、第7等級の魔物が大半を占めているそうですが、その数およそ1万」
「1万!」
「そこまでの数が!」
「我らの軍の2倍の数に相当するか時間さえあればそれだけの数を編成することが出来たのだが」
「父上、そう悲観しても何も始まりません。それに、我ら伯爵軍の練度は最低でも6等級、隊長格に至っては4等級はあります」
「ホルン。確かに練度で言えば我らの力の方が上かもしれないが、敵の指揮はオラクル個体がとっていると考えられる。決して油断していい相手ではないぞ」
「父上はいつもそう悲観的になってしまう。今回は我々伯爵軍だけでなく、歴戦の英雄でもあられるドナー殿がかけつけてくれているのです。問題はないでしょう」
「そうだとよいのだがな。ミラ続けてくれ」
「はっ、敵との交戦は恐らく作戦が開始される予定より少し早い昼頃になると予測されます。住民の避難が完全に終了するかギリギリではありますが、我らが防衛する以上何も問題はないと思われます。
また、現在オラクル個体の発見には至っておらず。群れを指揮している魔物は赤い肌から第4等級のヴォルカン・オーガがジェネラルとなっていると推測されています」
「そうか、オラクル個体は見つからないか」
「ほら父上、悲観的に考えすぎなのです。恐らく、ドナー殿が討伐した個体が本来今回の群れを統率するはずだった個体なのでしょう」
「いや、、、キオッジャ伯爵よろしいでしょうか」
ドナーがキオッジャ伯爵に尋ねた。
「うん? どうされた」
「実は先のオラクル・オーガと戦った際に今回の遊撃隊に加わりますウルフリックが聞いたそうなのですが、オラクル・オーガが森の偵察を任されたと言っていたそうです」
「だとすると、少なくとも偵察以外に群れの中にもオラクル個体がいると考えておいたほうが良いということか」
「恐らくは」
「わかった、聞いたな。敵にオラクル個体が存在していると見て、十分に警戒して戦闘を行うこと。ホルンも楽観視しないように」
「了解しました。父上」
ホルンは聞き流すように答えた。
「最後に軍の陣形についてだが、ミラが指揮する第一師団は右翼に、ホルンが指揮する第二師団は左翼にて陣を取り、魔物の群れを向かい打つ、ドナー殿が指揮する遊撃隊は戦況を見つつオラクル個体が出た場合の討伐をお願いする。そして、最終防衛線は、マルク領と森との境界に設置された本陣とする」
「「はっ!」」
*
「どうでしたか?ドナー殿」
「うむ、伯爵はさすが戦争を経験したことがあるから、戦いに緊張感を持っていたが、ご子息は少し心配だな」
「心配ですか」
「あぁ、恐らくは今回が初陣でしかも、学院の騎士学科では選抜に選ばれていたそうで自身に満ち溢れている気がする」
「足元をすくわれないとよいですな」
「そうだな」
「ドナー様。遅くなりました」
「大丈夫だ。まだ交戦は始まってないよ」
「久しぶりですな。マーシャのその姿を見るのは」
ドナーとウルフリックが話している途中に現れたのは、全身を水着のような軽装で身を包み、背に布で巻き付けられた謎の物体を背負ったレオンの家庭教師をしていたマーシャであった。
「ウル、こんなおばあちゃんの体をあまりじろじろ見ないでください」
「人間からしたら30歳ほどの見た目をしておいてよく言うわい」
ドナーの率いる遊撃隊は計三人で構成されいる。一人は元第2等級冒険者のドナー・マルク、2人目は元第3等級冒険者のウルフリック、そして、マーシャ・シャドウであった。
なぜマーシャがマルク家で家庭教師をしているのかといえば、ドナー・マルクと吸血鬼族との関係が原因となっている。そう、レオンの家庭教師であるマーシャは吸血鬼族、魔族と呼ばれる人種の人間であった。
魔族とは、魔物や魔獣とは全く異なり、獣人やエルフ、ドワーフなどの種族と同じく人種の一種である。魔物や魔獣の【魔】は”魔法の体”を意味しているのに対して、魔族の名の由来はその特徴である”魔法の目”、【魔眼】の魔からきている。魔族は皆総じて特殊な力を持った目を持っていて目の色も赤や黄色などいろいろあり、魔眼を持たないのに目の色の青いクラノス帝国の人々や周辺諸国の人間などの黒や茶といわれる色以外の目を持った人間は、魔族が祖先にいると言われている。また、エルフと同様に種族的に長寿であるとされる。
「それにしてもマーシャ、本当に良かったのか?これは別に君の父上と交わした契約内容には属さないと思うのだが?」
「私自身、ここでの生活が気に入っているので防衛戦に参加したまで、父は関係ありません」
「そうか、よろしく頼む」
ドナーはそういうと、頭を下げた。
*
「全く、父上はもう少し自分を信用してくれてもよいものを」
ホルンは自身の副官であるコールと話をしていた。
「また、キオッジャ伯爵に何か言われましたか?」
「私がこの後の戦況を楽観視していると言われてな」
「なるほど、しかし御父上もきっと跡取りであるホルン様を心配してのことでしょう。少し紅茶でも飲んで落ち着かれますか?昼ごろまであと2時間はございます」
「それもそうだな」
〔ドォオオオオン!!!〕
「! どうした!?」
「わ、わかりません。ですが、おそらくは敵襲では」
「敵襲? 敵が姿を見せるのは昼頃のはずだろ」




