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だから僕はそれでも…

「やっぱり、さくらちゃんってコミュ障だよね」


先日、愛里へ連絡を取り、遊びに行く約束をして、今こうして愛里と二人でカフェにいるのだが、そこで愛里はオシャレなパンケーキ片手に何気なく僕にそう語りかけてきた。


「さ、さーせん、コミュ障の僕なんかに付き合わせて…」


愛里にコミュ障認定させれて萎縮する僕を見て、愛里は口に含んだパンケーキを慌てて処理して、こう言葉を続けた。


「あっ、勘違いしないでね。さくらちゃんが会話下手ってわけじゃないよ。むしろさくらちゃんとの会話は面白いよ。でも、それでもさくらちゃんはコミュ障なんだよ」


「会話が下手じゃないのにコミュ障なの?」


「そう、さくらちゃんの『話す必要がなければ話さない』っていうスタンスがコミュ障だと思う」


愛里に指摘されたことは、僕にも思い当たる節があった。


確かに僕は話す必要があれば誰とでも話すけど、話す必要がなければ話さない。


『誰かと話す』ことが僕にとっては基準点ではないから、『誰かと話す』ことに理由やきっかけを求めてしまう。


「さくらちゃんは話下手っていうより、話しかけ下手って感じかな。必要性に迫られなければ話しかけられない辺りが特に」


「…確かに、理由がなければ僕は滅多に人に話しかけたりしないね」


「今の私たちには誰かかに話しかける必要に迫られることってそんなにないから…そういうスタンスのさくらちゃんは自ずと孤立していくわけですよ。だからさくらちゃんはコミュ障なの」


「でも、僕にとってそれが自然な展開なんだよね。だから理由もなしにその流れに逆らうのは僕にとって不自然なんだよ」


「例え不自然でも、そういう選択の先にはたくさん良いことが待ってるのに、納得のいく理由がなければ何事も受け入れられない。さくらちゃんってそんな難儀な生き方してるからね」


「確かに愛里の言う通りだ」


そう口にすると僕は手元にあるオシャレなパンケーキへと視線を落とし、さらに言葉を続けた。


「いまだってそうだ。…さっきからずっと『パンケーキってなんだよ?』って疑問に思って受け入れられないでいる。ホットケーキじゃダメな理由をずっと探している」


「あはは、確かにそれは謎だよねぇ」


愛里はそう笑いながらパンケーキなるものを美味しそうに口にした。


そして愛里はそんな疑問を美味しさでかき消してしまったかのようにケロッとした顔をしてしまうのだ。


僕の場合はそうはいかない。


どれだけ美味しかろうが、どれだけ崇高な存在だろうが、それだけで疑念が晴れることはなく、考え込んでしまうのだ。


すんなりと受け入れてしまえば楽になれるのは分かっているのに、理由を探し続けて、受け入れられないでいるのだ。


あの日の飲み会の時だって、話しかける理由とかめんどくさいことを考えずにさっさと話しかければ30分も黙っていなくて済んだのだ。コミュ障宣言なんてしなくて良かったんだ。


ほんと…目の前のパンケーキにすら理由を求めてしまう僕って難儀な生き物だ。


そんな風に一人で考え事にふけっていた僕に愛里がまた話しかけてきた。


「『パンケーキにすら理由を求める僕って難儀な生き物だ』って顔してるね、さくらちゃん」


「…え?なんでわかるの?」


心中を見事に的中させられた僕が戸惑いながらもそう尋ねるとら愛里は得意げな顔をしながらこう言ってきた。


「ふっふっふ、さくらちゃん検定準一級の私を舐めないでよね。…まぁ、私も前はコミュ障でしたし、そっち側の気持ちも分かりますよ」


「…そういえばそうだったね」


確かに愛里は元々、僕と同じでボッチのコミュ障だった。


高校2年生の秋頃、どんな場所でも自分で居場所を作れるようになるべく動き出した愛里は努力の末、僕の姉の旦那とまで仲良くなるような人脈作りに成功している。


「…随分、差をつけられちゃったな」


方や僕は飲み会で開幕30分間、誰かと話すことすら出来ないボッチ…なんとも不釣り合いな仲だな、僕ら。


「でも、今日は珍しいよね、さくらちゃんから誘ってくれたんだもん」


愛里は嬉しそうに微笑みながら僕にそんなことを言ってきた。


「それで、何にでも理由を求めるさくらちゃんがどうして今日は私を誘ってくれたのかな?」


「今日は…姉に焚きつけられて…」


「なるほどなるほど、瑠美ちゃんが理由ですか」


姉という単語を聞いて、愛里は納得したかのように淡々とそう答えた。


…っていうか、あの姉をちゃん付けですか?愛里さん。


「実際、さくらちゃんと瑠美ちゃんって正反対だよね。瑠美ちゃんは悩むくらいなら即行動って人だし」


「多分、姉が母のお腹の中に忘れていった頭のネジを僕が引き継いだんだろうね」


「あながち間違ってもないのが怖いところだよね。それで、瑠美ちゃんになんて言われたの?」


「えっと…それは…」


姉との会話では『愛の証明』やらなんやら話していたが…今にして思えばなかなか小恥ずかしいことを話していたということと、その証明の相手である愛里本人に話すことに躊躇いを覚えた僕は思わず言葉を詰まらせてしまった。


愛里に言葉で伝えるとしたら…『僕が君が好きかどうか確かめるため』というものになるのだろうけど…それを言葉にしてしまうのはなんかズルい気がする。


自分の好意だけ伝えて、でも具体的にどうしたいとかそういう要望を口にするわけでもなく、ただその後の展開を相手に丸投げしてしまう本質的に受け身な姿勢。


言われた方も無視するわけにはいかないから何かしらの形で気持ちに応えようとはしてくれるだろうけど、僕が『付き合って』とか、なにかを具体的に要望しているわけでもないから僕の気持ちに応えるのも難しいものがある。


しかも『君が好き』とか明確な気持ちじゃなくて、『君に興味はあるけど好きかどうかはわからない』なんて伝えてしまおうものなら、それこそ相手はどうすればいいのかも分からないだろうし…同じようなことを卒業旅行の時に愛里に言って『ずるい』と言われたし…。


「どうしたの?さくらちゃん」


急に黙って一人で考え込んでしまった僕に愛里は小首を傾げながらそう尋ねてきた。



そんな愛里を見て、いまさら愛里を相手に黙っているのもどうなのかと思い、僕は渋々口を開いた。


「その…なんていうか…端的に言うと、僕が愛里さんが好きなのかどうか確かめるためと言いますか…愛の証明と言いますか…」


「ほうほう…愛の証明とはまた大それた事を…。それで、それはいかにして?」


僕の言葉を聞いて愛里はニヤニヤしながら僕にそう問いかけてきた。


「それは……分かんないです」


自分の好意を伝えるだけ伝えて、具体的な要望も言えない自分の不甲斐なさに僕は思わず目を伏せてそう口にした。


「さすがさくらちゃん、決定権を相手に譲渡して自己の責任を逃れようとする辺りズルイね!」


「うっ…」


親指を立てながらハイテンション気味に『ズルイ』と口にする愛里は何故だか嬉しそうであった。


「うーん…困りましたねぇ…結局さくらちゃんがどうしたいのかいまいち分からないんだよねぇ」


「ご、ごめんなさい」


「さくらちゃんがどうしたいのかも分からないから、私もどうしていいのか分からないし…」


「す、すみません」


「かといって有耶無耶にするのもどうかと思うし…」


「も、申し訳ございません」


「んー…そうなるとやっぱり…」


愛里が悩ましげにそう言った後、少し間を置いてから、僕にこう口を開いて来た。


「じゃあ、付き合ってみる?私達」


愛里はサラッと僕にそう問いかけた。


正直なところ…僕は愛里がそう言ってきてくれることを期待していたと思う。


それは愛里とそういう関係になってみたいという願望が確かに僕の中にあるからだ。


だけど、それと同時に好きと明言出来ないくせに付き合うことに罪悪感を感じてしまう僕がいるのも知っていた。


もし、この感情が他に相手がいないから仕方なく妥協した程度の好きならば…いつしかそんな感情は消えて無くなりそうな気がしてしまう。


そうなると、付き合うのは多分面倒なものになってしまう。


そしてその時、僕が取るべき行動を取るためにもなるべく罪悪感とか、責任とか感じたくない。


だから自分の口からは『付き合おう』などと言えるはずもなく…選択権と責任を相手に押し付けた上で、相手にそう言って欲しかったのだ。


そんな自分にとって都合のいいことばかり考えていた。


そして、こうして愛里から待ち望んでいた言葉を言われた。


…だけど、僕の中でまだ迷いがあった。


それは、あくまで愛里が今回口にした『付き合う?』という言葉は、愛里が優柔不断な僕を思って言ってくれた言葉だからだ。


僕のために譲歩して『付き合う?』と自ら言ってくれた彼女の優しさから生まれた言葉だ。


彼女が僕を思って言ってくれた言葉だから、後々でも無下にするのは気がひける。


僕のために『付き合う?』と聞いてくれたのに、僕の都合で『やっぱりやめよう』なんて僕は言えない気がする。


だから…僕は愛里の念願の言葉に躊躇ってしまった。


そんな風にしばらく黙って考え込む僕を見て、愛里はニコッと笑いながらこう口にした。


「さくらちゃんが迷うくらいなら、やめとこっか」


そしてそのまま『どこか他の場所に行こう』と僕を誘い出し、僕らはカフェを後にした。









結局僕は、何がしたかったのだろう?。


愛里からの提案すら素直に受け入れられなかった僕は夕方の帰宅ラッシュの人ごみの中を愛里と並んで歩きながら物思いにふけっていた。


愛里への思いを確かめたいのに、付き合うことにすら迷ってしまって…じゃあ、僕は何がしたいんだ?。


多分今までの流れから察するに、僕が本当に望んでいることは、好きかどうかが判断できる距離、でもずっと好きでい続けられる自信なんてないから、その仲がダメだった時に罪悪感を感じることなくまた元の距離感に戻れるような関係…愛里と今以上に近い仲だけど、別に好きじゃないって分かったら気兼ねなく距離を取れるような関係…。


…あれ?これ自分で言ってて最低じゃない?。


やるだけやってすぐ捨てる男と大差なくない?。


…あれ?考えれば考えるほどやり捨て男が僕の言う理想に近いんじゃないのか?。


簡単に距離を詰めることができて…気兼ねなく捨てられる関係…。


…いや、違う違う違う!。


僕はそんなこと望んでなんかいない!!。


望んでなんかいない……と、信じたい。


少なくとも、愛里を傷つけるようなことは僕には出来ない。


でも僕の理論的に行き着いた僕の理想はそんなヤリ捨て男であることは否定出来なくて…。


でも、愛里相手にそんなことは罪悪感を感じて出来ないのは目に見えていて…だから付き合ってもよほどのことがない限り僕から別れるなんて選択肢は出来ないだろう。


選択が出来ないから、付き合うのが僕にとって半強制的なものとなってしまう。


それは…僕にとって好ましくない。


気軽にそういう選択が出来ない限り、多分僕は誰とも付き合えないんじゃないかな?。


傷付けたくないって気持ちが強いから、大半の相手にはすぐに罪悪感を感じてしまうわけで…。


…そうなると、僕の相手は傷つけても心が痛まないようなどうでもいい人しかダメなんじゃないか?。


でも、性的欲求があるのは確かで、何かしらの形で解消する必要があるわけで…。


…あ、そっか、多分僕が欲しいのって……どうでもいいセフレか…。


人混みを歩きながらそんな結論に達した僕は隣にいる愛里を差し置いて、一人でどんよりと沈んでいた。


結局僕は、これ以上愛里との仲はどうにも出来ないのか…。


論理的に導き出した感情による最低な理想と、倫理的に行き着いた理性による不毛な答えが鬩ぎ合い、僕の心は再び雁字搦めになって動けなくなってしまった。


そして僕はそんな鎖に捕まって、一歩踏み出すことも出来なくて、今までもこれからも沢山の機会を失ってしまうのだろう…高校時代のあの白紙の日々のように…。


自分の行動に納得できるだけの理由が無いから、僕の鎖は千切れない。


それでもそんな鎖を有耶無耶にして、一歩踏み出せば沢山良いことが待っている。


それは行動する前には予想だにもしない成果であり、結果論的にとは言えど、行動して良かったと思えるものが大半だ。


自分に絡まる鎖をなかったことには出来ない僕には届かないような代物がたくさん…。


だから、僕みたいな奴は難儀な生き物なのだと思う。


でも、それなのにどうして…どうして僕はあの飲み会で、上原の事を羨ましいと思わなかったのだろう?。


「考えは纏まりましたか?」


一人でずっと考え込んで俯いていた僕の目の前に横から愛里がヒョイと顔を近づけて来て、僕にそう問いかけた。


自分から愛里を遊びに誘っておいて、僕は隣にいる愛里をしばらく放置して考え込んでしまっていたのだ。


だから僕は申し訳なくなって、そんな愛里の顔から目をそらしてこう口にした。


「…ごめん」


そんな僕の目をまっすぐに覗き込みながら愛里は僕に尋ねてきた。


「なにがですか?」


「せっかく愛里が『付き合う』かどうか聞いてきてくれたのに、僕が優柔不断で、理由がなければ納得出来ないめんどくさい奴で…結局どうすることも出来なくて…」


愛里の気持ちに全く答えることが出来ない自分を責めて、僕は思わず目を伏せてしまった。


そんな僕に愛里はこんな言葉を突きつけてきた。


「…勘違いしないでね、さくらちゃん」


「…え?」


「確かにさくらちゃんの言う通り、さくらちゃんは優柔不断で、超めんどくなさいコミュ障で、変に頑固なところがあるくせに行動力は皆無で、自分の保身しか考えてない最低でズルイ人間だよ」


「…いや、僕そこまで言ってないよ?」


まぁ、愛里の言う通りなんですけどね…。


「でもね、『付き合う』かどうか聞いたのは、別にさくらちゃんのためじゃないんだ。『付き合う』ことで…あるいはそう提案することで、さくらちゃんがどういう結論を出すのか、私が見てみたかっただけなんだ」


「僕の結論?」


「そう、さくらちゃんが言ってた愛の証明ってやつ。私だって証明できるならそれを見てみたいんですよ。だからさくらちゃんが行き詰まっているようだから、『付き合う』かどうか聞いてみて、でもさくらちゃんの証明に変な横槍を入れたくないから、さくらちゃんが迷うならやめておくことにしたわけですよ」


面と向かってそう語るのは恥ずかしいのか、愛里は僕の数歩前を歩き、僕に背を向けながら僕にそう話してくれた。


「そこまでして、僕なんかの結論を見たいの?」


そんな僕の問いかけに、彼女はクスリと笑って答えた。


「だって、あの優柔不断で、超めんどくさくて、頑固で臆病で、自己中なさくらちゃんが出す結論だよ?」


そして彼女はくるりと僕の方を振り返り、沈み行く茜色の太陽を背に、僕に笑顔を向けながらその言葉を口にした。


「そんなさくらちゃんが出した答えなんだよ?私だったら、絶対納得できる自信ある」


茜色の太陽の光に包まれた彼女のその言葉は、僕の心の奥底まで突き刺さり、闇夜を照らす光のように僕の中の靄を晴らした。


あぁ、そうか…。


だから僕はあの時、上原を羨ましいって思わなかったのか…。


例え鎖に雁字搦めになっていても、それでも向き合い続ける事でしか見えないものがあって…。


だからこんな僕が導き出す答えに、期待しているんだ。他でもない、僕自身が…。


だから僕は…それでも考え続けていくんだ。


「愛里さん」


「なに?さくらちゃん」


「協力して欲しい、僕の愛の証明に」


僕のわがままに笑顔で答えてくれる君に誇れるような答えを期待して…。

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