お前になにができんねん?
思ってたよりも普通だ…なんて、今更改めて考えるほどのことではない。
先日、母校である鷲宮東高校を卒業し、束の間の春休みをそこそこに謳歌した僕は着慣れないスーツに身をまといながら、大学生活の始まりである入学式に出席していた。
目の前の壇上で大学の偉い人の口から流れる嫌という程聞き慣れた定型文をBGMに僕はぼんやりとこれから始まるキャンパスライフに想いを馳せていた。
キャンパスライフと言えばやはり華々しいイメージがある。
中学から高校に進学するにかけてもそうだが、進学するたびに出来ることと行動範囲が広がり、どんどん僕らは自由になっていく。
そして大学と言えば多くの人の最終学歴となる場であり、これが終われば就職して仕事に追われることになる。
だから、この大学というのが自由の終点、人生の飽和点というわけだ。
だからこそ、大学生活は思いっきり遊ぶ場…そういう一般論があるのはなんら不思議なことではない。
僕もそれが普通だと思う。
だけど、僕の場合はそうも言ってられない。
世界から子供が産まれなくなる現象…正確に言えば産まれてもすぐに赤児が亡くなってしまう現象、ネームレス化が始まって18年。
緩やかな人類滅亡を回避する兆しも見えないまま、人類最後の世代である僕たちラストチルドレンが高校を卒業し、殆どの高等教育機関が役目を終えた世界で、僕は教師になるべく教育学部に進学するなどという暴挙に出たのだ。
僕の目的のためにも、遊んでばかりはいられない。
遊んでばかりではいられない…いられないのだが…。
「櫻井はサークルとか入るのか?」
僕の隣にいる中学の同級生である時田がそう話しかけてきた。
「サークルは…どうしよっかなぁ…」
こんな世界で教師になるだなんて宣言した身でこんなことを言うのはなんだが…正直、サークルというものに憧れはある。
愛里たちのお陰で真のボッチの高校生活というものは回避できたが…それでも僕のこれまでの青春はボッチだったと言わざるを得ない。
クラスのみんなとどっか遊びに行ったりとか、大人数でワイワイ楽しむとか、そういうのは殆どなかった。
だからこそ僕も、サークル仲間のみんなで海に行ってワイワイ楽しむという絵に描いたようなリア充キャンパスライフに憧れがある。
愛里と二人で海に行ったりとかしたことはあるが、二人ではなく大人数でいくのもまた違った楽しみがある。
そういうサークル活動がすごい楽しそうだと思ってしまうのだ。
だから、サークルに関しては迷いがあった。
せっかくの大学生活なんだし…ちょっとサークルやるくらいいいでしょ。
うん、何事も経験しといて損はないからね、うん。
僕はそんな風に自分を納得させようとしていた。
「時田は何かサークルやるのか?」
参考までに時田がどのサークルに入るかを尋ねてみた。
「実は先輩に誘われてるところがあって、とりあえずそこに入ろうと思ってる」
「へぇ、なんのサークル?」
「ピアノのサークル」
「へぇ…ピアノかぁ…」
それを聞いて僕は、中学の合唱コンクールで時田がピアノで伴奏をしていたのを思い出していた。
「中学の頃はちゃんと弾いてたんだけど、高校入ってからは弾けてなかったからせっかくだからまたやろうと思ってな」
「へぇ…なんかいいな、そういうの」
一度離れてもまたやりたくなるような趣味とかそういう楽しみを持ってるのは素直に羨ましかった。
そう思う一方で、改めて今この場で隣に時田がいる状況が不思議に思えた。
正直、こうして時田と共に大学に通うことになるとは思っても見なかったからだ。
少なくとも、中学の僕がこの光景を見たら驚くだろう。
僕は今まで日陰者としてひっそりと学園生活を送って来たような存在で、それは中学時代も同じだった。
その一方で、時田は性格も明るく、勉強がかなり出来て、おまけにピアノにも精通していて、割と人気者的存在で僕とは違う層の人間であったからだ。
カーストが上とか下とか悲観的に見ることではないが、やはりこの巡り合わせは意外なものであると思う。
特に時田は頭がいい。
勉強ができるのは勿論だが、地頭の良さも持ち合わせおり、強かな賢さを持った奴だ。
友達同士の表面上は対等な関係に見えても、無意識のうちに一目置いてしまうような存在で、『こいつには敵わないな』と相手に思わせてしまう…時田はそんな奴だった。
だから、時田と同じ学校の同じ学科に通うことになったことに新鮮味を感じていた。
「しかし、意外だったな。時田が第一志望落ちて僕と同じところに通うことになるなんて…。時田でも落ちるとか、やっぱり相当難しいんだろうなぁ」
「おいおい、俺を買いかぶってないか?。そんなに勝手に俺に求められるハードル上げられても困るぞ」
僕が放った言葉に、時田は戯けた様子でそう答えた。
「あぁ、ごめん、別に変な意味は無かったんだけど…」
「俺だって落ちる時は落ちるよ」
時田がそう口にするのと同時に入学式が終わり、束縛から解放されたかのように場は騒がしさを取り戻し、会場を後にしようと忙しなく人々が動き出した。
僕もそれに続くように動き出したその時、時田が僕に聞こえるか聞こえないかくらいの小さな声でこんなことを呟いた。
「だって…試験受けてないんだからな」
「…え?」
「ほら、さっさと行こうぜ、櫻井」
結局、その話は時田に上手い具合に流されて有耶無耶になってしまった。
僕が入学した大学は名の知れた私立の学校で、生徒も学部も多い。
しかしながら、ネームレス化の煽りを受けて教育学部は数年前から縮小傾向にあり、この学校の教育学部の一年生は…わずか20人しかいなかった。
他の学部は多いところで300人近くいる中で、教育学部にたった20人しかいないという事実…それでもまだ教育学部自体が存続していることが奇跡に近いのが現状だった。
そんな僕ら教育学部の面々は入学式の後、説明会を兼ねた学部のオリエンテーションがあったため、大学の一角にある教室で一堂に会することとなった。
わずか20人の学部ということもあり、学部の集まりというよりはクラスの集まりという雰囲気に近かった。
「鷲宮東高校出身の櫻井光輝です。不束者ですが、これからよろしくお願いします」
…我ながらなんの面白みもない挨拶だ。
オリエンテーションで自己紹介をすることになった僕は皆を前にそんな普通の挨拶をかました。
…こういう時、面白いことの一つも言えない自分が凡人であると再認識させれる。
そのことに僕はなんとなく不安を覚えてしまう。こんな普通な始まり方では、またあの高校生活の二の舞になってしまうのではないのかと…。
しかし、僕の普通の挨拶に反して、周りの反応は少々ざわついていた。
「流石有名人だな、櫻井」
隣の席に座っていた時田に突然そう言われて、なんのことかも良く分からないまま次の人の自己紹介が始まった。
僕の後ろの席に座っていた人物が立ち上がり、意気揚々と自己紹介を始めた。
「大阪一蘭高校出身、上原照です」
…大阪出身だと!?。
偏見かもしれないが、大阪という出身だけで僕とは違って個性が出るワードに僕は思わず身構えてしまった。
「自分、大阪出身やけど、あんま関西弁とか喋れんから期待せんといてください」
中身とは反してバリバリに訛った言い方に教室では笑い声が漏れていた。
くっ、これが大阪人って奴か…。
なんの面白みもない自己紹介しか出来なかった僕は一人、敗北感に苛まれていた。
そんな僕を尻目に、続けざまに時田が自己紹介を始めた。
「鷲宮南高校出身、時田一正です。趣味は旅行と…あとピアノを少々やってます。基本何にでも興味があるので気軽に話しかけてくれると嬉しいです」
趣味が旅行にピアノって…もうなんかそれだけで負けてる気がする。
大阪人に続いて時田のハイスペックぶりを見せられて僕は一人意気消沈していた。
っていうか時田、お前なにが『ピアノを少々』だよ!。
中学の頃、お前バリバリピアノ弾いてたろ!。
僕は知ってんだぞ!この嘘つき!。
そんな風に心の中で負け犬の遠吠えをかますしかできない自分がさらに惨めに思えた。
…っていうか、冷静に考えてみたら僕ってこの場に不釣り合いなんじゃないかな?。
数ある選択肢の中でわざわざこの教育学部に来るっていうことはそれなりの能力と目的があるってわけで…そんな中に僕みたいななんの特徴もない人間が混じってていいのか?。
もしかして僕って…この中では落ちこぼれな部類なんじゃ…。
…大丈夫かな?やっていけるかな?大学生活。
ただの自己紹介ですでに僕が一人、心が折れかけてそうになっている最中、とある一人の女子生徒が立ち上がり、緊張混じりの声で自己紹介を始めた。
「は、初めまして、藤宮葵と申します。えっと…しゅ、趣味は…その………以上です」
なにが言いかけたかのようにも思えたが、彼女はそれを遮って強引に自己紹介を終わらせ、恥ずかしそうに静かに座り込んでしまった。
そんな中途半端で終わってしまった自己紹介に僕はひっそりを安堵をしていた。
よかったぁ〜、仲間がいたぁ〜。
そんな安心感を胸に、僕は温かい眼差しで彼女を見つめた。
…いや、でも待てよ。ああいうタイプに限って実はすごい特技とか持ってたりするかも…。
凄い特技…凄い特技…例えばそう…漢検1級とか…。
…なんで僕はそんないらん心配をしているのだろうか?。
冷静になった僕はそんな風にふと自分の思考に疑問を持ってしまった。
そんなこんなで一人で劣等感に苛まれながらオリエンテーションが終わり、その後にクラスで親睦会として飲み会を開くこととなった。
提案したのは、大阪訛りが強い関西人の上原照であった。
やはり関西人ゆえにコミュ力が高いのか、積極的に皆に声をかけてこの突然の飲み会を立ち上げたのである。
「えー、では…堅苦しいことはなしにして、かんぱーい!!」
上原の乾杯の音頭と共に飲み会は幕を開けた。
うーん…僕たち大半はまだ未成年だと思うんだけど…いいのかな?。
僕は目の前に置かれたカクテルを前に少々困惑していた。
小さい頃、水と間違えてお酒を口にしたことがある。
その時はびっくりしてむせて吐き出してしまって、突然の出来事だったので味もよく覚えていないが…とりあえず、不味かったことだけは覚えている。
『大人はよくこんなものを好き好んで飲めるな』というのがその時の僕の飲酒に対する感想だった。
そういうわけで、法を犯してまで酒を飲みたいと思わないのが正直なところで…しかし、周りの人は割と普通に飲んでいるから流れで思わず頼んでしまったわけで…。
隣にいる時田から『飲み慣れてないならカシオレとかオススメ』とか言われたのでそのオススメのカシスオレンジを手に少々戸惑いつつも、今更後には引けないと考え、とりあえず口をつけてみた。
…うん、まぁ、飲めるな。
オレンジの香りとフルーティな甘みに混じり、ほんの少しアルコールが後を引くような味…正直、ジュース感覚で飲めてしまう。
酒には苦手意識があったが、フルーツの甘みで十二分に飲める味をしていた。
…でも…これなら別にジュースでよくね?。
二口目に手をつけ、カクテルに舌鼓を打ちながらぼんやりとそんなことを考えてしまった。
そして酒から目の前で繰り広げられている飲み会へと目を写した。
飲み会に参加していたのは10人弱程度だが、上原の誘いもあってか、突然の飲み会にしては集まった方だと思う。
そんな今日出会った初対面の人たちが、酒を手にしながらワイワイと楽しげに会話を繰り広げる景色が目の前には広がっていた。
そんな人たちを前にして、僕の脳裏に当然ながらこんな疑問が浮かび上がった。
…え?なに話せばいいの?これ。
高校生活はぼっちを生業にしていた僕だが、別に会話が下手というわけではないとは自負している。
機会があれば誰とでも話すし、それなりに打ち解けたりも出来たりする。
しかしながら、このような大人数での楽しい場というのは僕にはあまり経験がなかった。
周りの人たちが着々と会話をする人たちを見つけていく中、僕は一人、輪の外で口を噤んでいた。
ま、まずい…早く会話をする相手を見つけるか、会話の輪に入らなければ…。
高校生活に引き続き、大学生活での己のボッチの姿が目に浮かぶ最中、僕はふととあることを思い出した。
そ、そうだ、時田だ!僕には時田がいる!。
そう考え、隣にいるはずの時田の方に振り返った…が、そこにはすでに時田の姿はなかった。
時田!?ば、バカな!?時田の気が消えただと!?。
あたりを見渡して時田を探してみると、時田は少し離れた席でほかの人と楽しげに談笑を交わしていた。
時田のやつ、席を移動している…………席を移動している!?!?。
思えば僕の高校生活は自分の席と共に過ごしたものだった。
ボッチで休み時間も行くあてがない僕は基本的にいつも自分の席に座っていた。
なぜならば、そこが自分の席だからだ。
そこだけが自分に与えられた空間であり、そこだけが存在を許された聖域であったからだ。
自分の席という唯一のそこにいてもおかしくない場所があったからこそ、僕はぼっちでも何食わぬ顔でそこに存在することが出来ていたのだ。
そういう聖域が与えられたからこそ、わざわざその聖域から出て、何かをする必要もなかったために、僕には自分の席を離れるという文化がなかったのだ。
それ故に、自分の聖域から離れ、荒野を渡り歩く時田の姿に僕はカルチャーショックを覚えていたのだ。
バカな…なぜ自ら死地へと旅立つのだ?時田?。
時田の行いをまるで理解できず、ただただ僕は困惑するしか出来なかった。
少なくとも…僕には出来ない。
自分の与えられた居場所から離れて…何もない荒野に自ら居場所を作り出すことなんて…。
誰かの会話に割って入って…自分の居場所を作り上げることなんて…。
この時、すでに飲み会が始まってから30分もの時間が経っていたが…僕はまだ、一言も口を開いていなかった。
酒にもあまり手が伸びない僕は話が弾んでるせいで誰も手をつけない料理へと手を伸ばし、黙々と一人食べ続けるしかできなかった。
誰にも見向きもされない料理を一人で黙々と口へと運ぶ様に誰も食べない残飯を処理しているような気持ちになった。
…なんで僕、大学入ってまで残飯食ってんだろ?。
…これはまた四年間ボッチですな。
そんなことを考え、そっとため息を吐き出したその時、僕に話しかけてきた人物がいた。
「楽しんどる?櫻井君」
その人物は飲み会の幹事たる上原であった。
そして上原はそのままさも当然のように僕の隣の時田がいた席へと腰をかけた。
「さっきからあんま喋れてないようやけど、どうかしたんか?」
お酒を片手に楽しそうにしている上原を一瞥し、僕はゆっくりと口を開いた。
「実は僕…この飲み会で今初めて誰かと喋った」
今この時が、僕の声帯が産声をあげた瞬間である。
「…え?もう始まって30分くらい経つけど?」
「うん…30分くらい経つね」
「…え?なんで?」
コミュ力のある彼にはボッチの生態が信じられないのか、まるで妖怪を見るような目で僕を見ていた。
「なんでって…察せよ」
「いや、分からん…なんで?」
ボッチ慣れしているとはいえ、自らその答えを口に出すのは躊躇われた故、相手に察してもらおうと思ったが…上原は相変わらず魑魅魍魎を目の当たりにしたような目で僕を見つめていた。
「いや、だから…わかるっしょ?」
「いやいや!!分からんて!!なんで飲み会来て30分も黙っとんねん!?罰ゲームかなんか!?」
「いや、そういうのじゃなくて…」
上原の声がどんどん大きくなり、その声につられて周りの人達もこちらへと注目を集めていた。
「え!?罰ゲームやないならなんなん!?なんで飲み会来て30分も黙っとんの!?ねえ!!なんでなん!?なんで櫻井君誰とも喋らんの!?」
僕が周りの目を気にするのと裏腹に、上原の関心はどんどん高まっていった。
「いや、だからさ…あれだよ、あれ…」
「あれってなんなん!?なんで櫻井君、飲み会で黙っとんの!?なんでなん!?なんで30分も誰とも話さへんの!?なんで!?なんでなん!?」
「いや、だからさ…その…こ、コミュ障だからだよ…」
「え?なんて?聞こえへんかった!!もう一回言うて!!」
観念して真実を告げたが、飲み会の場ということもあって確かに周りの雑音がうるさく、上原には聞こえなかったようで、上原はそうしつこく迫ってきた。
「だから、コミュ障なんだって…」
さっさとこの絡みを終わらせたい僕は苛立ち混じりに先ほどより少し大きな声でそう告げた。
「え?ごめん!聞こえんかった!なんて?」
「だからコミュ障なんだって」
「ごめん!もっと大きい声で言うて!」
「だからコミュ障なんだよ!」
「ごめん!もう一回!」
「だから……コミュ障なんだよぉぉぉぉぉぉ!!!!!」
僕の魂の叫びが居酒屋にこだまし…場が静まり返った。
僕の声帯が産声をあげたばかりであり、声のボリュームのツマミが壊れていたのと、飲み会の合間の一瞬の静寂が不幸にも重なり、騒音にかき消されるはずの僕の叫びが僕の予想以上に轟いてしまったのだ。
そうなると突然居酒屋の中心でコミュ障を叫ぶ僕に注目が集まるわけで…僕を見つめる瞳は皆憐れみと奇異の感情に満ちていた。
…あ、死のう。
一瞬で(僕の)お通夜と化した飲み会の場で主役に躍り出た僕は静かに死を懇願した。
そうやって皆が固まっている最中、上原がふるふると震えているのが伺えた。
「ちょ、櫻井君…それは…おもろすぎるやろ!!」
そう言うと同時にゲラゲラと笑い声を上げ始めた。
「そんなコミュ障の暴露の仕方とか…もうおもろいを通り越してズルいわぁ!!こんなん美味しすぎるやろ!!ズルいわぁ!!」
こんなドリアンにシュールストレミングをぶちまけたような僕の悲劇ですら美味しく頂こうとする関西人の心意気に僕はひっそりと呆れを通り越して感心していた。
そんな上原のお陰で僕の劇薬料理は笑い話となり、一通り笑い転げた後に上原がまた話しかけてきた。
「ちょ、櫻井君、コミュ障なん?」
「まぁ、高校生活の三年間を伊達にボッチで過ごしてないよ?」
「いや、そんな誇らしげに言われても!」
そんな会話から高校生活の話へと広がり、その後は僕もみんなの会話の輪へと入り、楽しく談笑を交わした。
僕も会話が下手というわけではない。伊達に高校生活をボッチで過ごしていない僕の自虐ネタは山ほどあり、エピソードは尽きないので、一度輪に入ればそれなりに話は弾むし、そこそこ笑いだって取れる。
一通りの過去話も話し終え、だんだん身の上話からただ笑えるだけの中身のないバカみたいな話へと広がり、僕も輪の一部となって飲み会を楽しめた。
正直、あまり大人数でこんな風にただひたすらに楽しくワイワイとバカをやるのは初めてに等しかったが…楽しかった。
みんなと一丸になれたようで…自然とみんなの輪の一部になれているようで…居場所とかそんなことを気にしていた個としての自分を忘れて、ただ馬鹿みたいに楽しかった。
そうなると自然と酒も進み…気がつけば結構な量を飲んでいた。
「いや、それにしても良かったわぁ」
「なにが?」
「入学前は櫻井って、どんな奴やろって心配してたけど…思ってたより普通なんやな」
そんな飲み会の場で、ふと上原が僕にそんなことを言ってきた。
「そりゃそうだよ。僕をなんだと思ってるんだか…」
「いや、だって学校の立てこもり犯の主犯って聞いたらビビるやん?」
「まぁ、確かにそれもそうだな。…ごめん、ちょっとトイレ」
純粋に尿意を催したため、その場から立ち上がると一瞬、自分の視界が歪んだ。
あれ?平気だと思ってたけど結構酔ってる?。
立ち上がることで自分が思っていたよりも酔っていることに気がつき、僕は心の中でそんなことを考えた。
視界は朧げだが…足取りは確かだ。トイレくらい行けるな。
酔っ払っていてもそう冷静に自己判断できた僕は一人でトイレへと向かった。
トイレの中に入り、みんなの輪から外れて一人になった僕は、目の前の便器を見つめながらぼんやりと考え事を始めた。
良かった、思ってたよりずっと楽しめてる。
これは順調なスタート切ってるんじゃないか?。
もうこれなら高校の二の舞にはならんだろ。
そんな風に陽気に用を済まし、洗面台で手を洗い始めた。
水の冷たさが触覚を通じて僕を刺激し、少しずつ酔いが冷めていくような感覚に陥った。
ふと、目の前の鏡に映る自分へと視線が移り、頭が冴えていくのと並行して徐々に自分という個が蘇っていく感覚に苛まれた。
ただ目の前の会話をするために稼働していた脳が、一人になって余裕が出来たせいか…『こんな馬鹿騒ぎしてなんになるんだか』と余計なことが脳裏によぎってしまう。
手を洗い終える頃には頭は冴え切ってしまっていて…急に虚しくなってしまった。
「…楽しめてる、か」
どんなに酔っ払っても、どれだけ楽しく騒ごうとも…僕は僕をどこか客観的に見てしまっていた。
多分…楽しいだけじゃ、この想いは報われないのだろうな。
『思ったより普通なんやな』
ふと、上原の何気ない一言が僕の脳裏に浮かんできた。
きっと上原からしてみれば、その言葉は褒め言葉なのだろう。
世間を騒がせた立てこもり犯である僕という存在を異端児と認定し、距離を置くべき存在ではなく、普通に仲良くなれる存在であると僕を認めてくれた証なのだろう。
だから、上原にとってそれは褒め言葉だし、凡人の僕にはお似合いの言葉だと思う。
何一つ間違っていない非常に的を得た善意に満ちた言葉だ。
だけど…それでいいのだろうか?。
僕はひっそりと鏡に映る自分にそう自問自答した。
トイレから出て飲み会の場に戻る時には酔いは覚めてしまっていたが、みんなの輪に入って馬鹿騒ぎしていれば、余計なことを考える余裕もなくなり、また楽しく談笑が出来た。
表面的なものではなく、かなり踏み込んだプライベートな話も最初は聴き出しにくかったようだが、次第にそういう方面の話へと広がり、とうとう僕が主犯となった鷲宮第二中学の立てこもり事件の話へと広がっていた。
「こうしてみると櫻井があの立てこもり犯ってなんか意外やな」
「悪いね、意外と普通なやつで」
「ほんまに櫻井が主犯なんか?」
「まぁ、僕が提案したことだし、やっぱり僕が主犯かな」
「テレビで櫻井が屋上で喋っとったの見てたけど、お前めっちゃイキってたな!」
上原が僕をいじろうとそんなフリを出してきた。
「結局あれは若気の至りが起こした黒歴史なん?」
その言葉に僕は喉元まで出かかった言葉を飲み込んだ。
あの日の出来事を上原のフリに乗っかって、お得意の自虐ネタに落とし込み、笑い話にすることは、僕にとってなんら造作のないことだった。
上原の言う通り、確かにあの出来事は…客観的に見たら間違いなく黒歴史だ。
あの日の僕は、とんでもなく迷惑で、とてつもなく恥ずかしいやつだ。
そういう自覚があるから、笑い話にすることで傷つくプライドがあるとか…何が大切なものが否定されるとか…そういうものは何もない。
若気の至りが起こしたバカなことだったと場の空気を読んで認めることになんら抵抗はない。
だから、そうなんだと認めることは、僕にとってなんら造作もない一言だ。
おまけに、上原を含めた目の前にいる人たちはまだ僕を完全に普通認定していない。
僕の判断基準の根底を揺るがすこの事件を僕がバカなことだったと認めるのを期待しているかのような目で、みんなが僕を見ていた。
『昔ちょっとオイタをしたけど、君も普通なんだよね?』と、釘を刺されているような気がした。
そう言う諸々のリスクを鑑みても、僕が認めるのが普通であるのは明白であった。
だけど…それじゃあ…。
「違うよ」
僕は上原の質問に、はっきりとそう答えた。
「…え?」
僕の意外な返答に上原を含めたみんなが困惑しつつ、再びを僕を奇異な目で見てきた。
「あれは感情に任せな突発的な犯行じゃない。そうすることで自分に降りかかるリスクも周りにかける迷惑も最大限に考慮した上でやったことだよ。だから黒歴史だなんて思ってないし、恥ずかしいとも思わない。…まぁ、それでもいろんな人に迷惑をかけたことは事実だけどね」
周りのみんながぽかんとなっている中で、僕は言葉を続けた。
「あの日、屋上で僕が伝えたことが間違っているなんて思わない。誰にどれだけ否定されようが、何一つとして納得のいく回答は得られなかった。確かに立てこもりで騒ぎを起こす方法は悪かったと思うけど…それでも僕は、あの日のことを後悔なんてしていない」
そして芯のある声で最後にこう告げた。
「だって僕は…ネームレス化で未来がないこんな世界でも、夢を抱きたいって今でも願ってるから」
そんな僕の言葉で、再び場は静まり返ってしまった。…どうやら僕は飲み会をお通夜に変える才能があるようだ。
そして、再び静寂を割ったのは、上原の笑い声だった。
だけど、その声は先ほどとは違い、乾いた笑いをしていた。
「なにイキっとんねん、櫻井」
その上原の一言は、どこか刺々しい悪意を孕んだものだった。
「口では大層立派なことなんていくらでも言える。せやけど所詮は口だけや、櫻井」
「口だけって…現に僕はこうして教師になるために教育学部に…」
「だからなんや?お前が教師になったところでなにが変わるんや?」
上原のその言葉に、僕は返す言葉がなかった。
『いずれ教師が再び必要になる未来が来る』と、人に伝えるために自分で教師になろうとしているが、上原の言う通り、僕が教師になったところでおそらくほとんどなにも変わりはしない。
それが分かってるから、僕には返す言葉がなかったのだ。
「なぁ、櫻井…」
なにも言い返せないことをいいことに、上原は続けざまに僕に、ある残酷な問いかけをぶつけてきた。
「お前になにができんねん?」
その問いかけは、これ以上ないくらい僕にとって残酷な問いかけだった。
「ただの学生風情のお前になにができんねん!?高校生活ボッチやったお前になにができんねん!?立てこもって人に迷惑かけるしかできへんかったお前になにができんねん!?何にもない凡人のお前に、なにができんねん!!」
少なくとも、今の僕にはその問いに対する明確な答えは持ち合わせていない。
だから、今はただ黙って受け止める事しか出来なかった。
そんなのとっくのとうに分かってる。
自分はただの凡人で、ただの一介の学生で、金も力も権力もコネも何一つとして持ち合わせていない平凡な人間だって分かってる。
でも、だからこそ…夢を抱くには普通じゃダメなんだ。
今の僕にはそれを相手に伝える説得力を持ち合わせていなかった。
だから、何も言わずにただ黙って上原の言葉を受け止めた。
「っていうか、別にそんな小難しいこと考えんでええやん」
何も言い返してこない僕を気の毒に思ったのか、上原が宥めるように僕にそう言ってきた。
「こうやってみんなで楽しく騒げたらそれでええやん。後先のことなんか考えんで、今を全力で楽しんだらええやん。ネームレス化とか難しいことは考えてもしゃあないやん。そんなことは忘れて楽しく生きたらええやん」
「いずれ来る人類の滅亡を忘れて楽しく生きる、か…」
上原の言葉を噛みしめるようにそう僕が呟いた後、僕は悪態つくようにこう答えた。
「そんなこと、出来たら苦労しないよ」
「は?」
「上原はどうか知らないけど、僕はちょっとでも頭に暇ができたら未来のこととか考えちゃうんだよ。どんなに楽しいことで満たされてても、ちょっとトイレに行ってる隙にすぐ考え込んじゃう。臭いものにしたはずの蓋がすぐに気になっちゃう。少なくとも、僕はそういう人間なんだよ。だから…君みたいに忘れて楽しく生きていくなんて出来ない」
「そーかそーか、そら可哀想にな、櫻井。頭がええとそういう支障が出るんやな。アホでよかったわ」
上原は僕に同情するように肩を手で叩きながらそう言ってきた。
確かに、上原の言う通り、すぐ考え込んでしまう自分を僕は疎ましく思っていた。
いろんなことを考え過ぎて、行動に移せなかったことも沢山あったし、それで得られるはずのものが得られなかったことも多々あった。
多分高校生活ボッチだったのもそれが起因しているのもあるだろう。
だから…
「僕も何度も思ったよ、上原みたいに生きられたらなって…。でも、何でだろうね?」
「なにがや?」
その上原の疑問に、僕は少しニヤリと笑いながらこう言い放った。
「今は君のこと、そんなに羨ましいって思わない」
こうして、お通夜と化した飲み会はそのうち幕を閉じ、それと同時に僕の普通じゃない大学生活が始まろうとしていた……りするといいなって思った。
おまけ
「ただいま」
「おう、お帰り、光輝」
飲み会帰りの僕が家へと帰宅すると、僕を父が出迎えた。
「光輝、もしかして飲み会でもあったのか?」
「ん?そうだよ」
「…酒はどうだった?」
「初めは微妙だったけど…結構良いものだね、お酒って」
「光輝は…飲めたのか?酒」
「え?ま、まぁ…飲めたけど…」
「そうか、それは良かった。下戸が遺伝したらどうしようかと思ってたからな」
「あぁ、そういえば父さんは飲めないんだったね」
「下戸は辛いゾォ。なにが辛いって、飲まない酒の酒代を飲み会で支払わされるのがな…あと酒無しで飲みニケーション取るのもなかなか大変だ」
「苦労したんだね、父さん。でも、今日飲んで分かったんだけど、僕結構お酒に強いっぽいんだよね。誰に似たんだろ?」
「あぁ、おそらく母さんに似たんだろ。昔は母さんは酒豪として名を馳せていたからな」
「え?なにそれ?初耳なんですけど?」
「まぁ、人に歴史ありってことだ」




