4.よくあるヤツ
「やっぱりそうね! 覚悟なさい!」
メルナは血相を変えてマルクに詰め寄った。
「え、えっ、ちょっと待って!」
「私の家は、転生者のせいで没落したのよ!」
「ええっ!?」
メルナは両手を広げ、演説でも始めるかのように大仰に語り始めた……
「私の家系は、かつて栄華を極めた誇り高き一族でしたの。
ですがある時一人の男が現れ、この世界に多大な影響をもたらし始めたのですわ。
その男こそ、異世界から来た転生者! 奴は圧倒的な強さと人知を超えた不思議な力で、次第に民の心を掴むようになったのよ……
そして、私の一族はその転生者の気紛れで地位を奪われたのですわ……」
「な、なんで!?」
「なんか、転生者の連れている女を傷つけたとか、傷つけそうとか、そんな理由らしいですわ……」
「随分ふわっとした理由ですね」
プリムが如何にもどうでもよさそうな調子で言う。
しかし、メルナにとっては重要な点を指摘されたらしく、さらに興奮した口調で言葉を続ける。
「そう! そうなのよ! そんな良く分からない理由で私の家は没落したの!
転生者はある時から突然姿を消したけど、私の家には伝承として残っている……
転生者のあらゆる記録が! だから私には分かるのですわ!
先程の筋肉男の攻撃を回避した貴方のその不思議な力!
それは転生者特有のものですわね!?」
「え? は、はい……」
余りにも自信満々で指摘されてしまい、マルクは渋々うなずく。
するとメルナは、してやったりという顔で指を鳴らした。
「やっぱり! 普通に考えてあんなことが起こるはず無いのよ!」
メルナは自分の予想が当たったという喜びを隠し切れない声色で言った。
その様子を見てプリムは笑いをこらえている。
「いいこと? 転生者は皆殺しですわよ!
私は! 転生者を葬る為、必殺の剣技を編み出したのですわ!」
「そ、それは一体……?」
メルナはニヤリと笑った。
「フフフ、それは……」
しばしの沈黙の後、メルナは腕を組んで言った。
「教えてあげませんわ、バーカバーカ!
貴方がその犠牲者第一号よ! 首を洗って待っていなさい!
おーっほっほっほ!!」
メルナは高笑いしながら去っていった。
マルクの心にはなんとも言えないモヤモヤ感が残った。
「あっ、わかった。先輩が言ってたのってあの人の一族か……」
「え、なにそれ?」
「私の先輩……先代のこの世界の担当者が言ってたんですが、転生者の事を知りたがっている異世界人に色々教えてあげたらしいです。
かなり法外な値段で」
「そのせいで没落しちゃったんじゃないの?」
「そうかもしれないですね。伝承ってのは大抵いい加減だし、書いた人の主観とか見栄が入ってますから。でも、もしそうだとしたら、相当バカな一族ですねぇ。ふふふ」
ともあれ、メルナが居なくなって部屋は静けさを取り戻したようだ。
先程までの緊張感が蘇る中、片隅に座り込んでいた一人の男が静かに口を開いた。
「フン……やっとうるさい女が消えたか……」
男は目を閉じ、瞑想でもしているかのようだ。
だが、その姿には一辺の隙も感じられない。
「クキキ……まったく同感ですな。
あのような小娘が居ては……切り刻みたくなってしまうではありませんか。
衝動を抑えるのに必死でしたよ……」
両手に鉤爪のような武器を装着した怪しげな男は、そう言って不気味に舌なめずりをした。
その反対側では、全身黒い服を着た少女が人形遊びをしている。
少女が手に持った二体の人形は、まるで自らの意思を持っているかのように喋り始めた。
「ねぇねぇ、誰が優勝すると思う?」
全身に包帯を巻きつけたミイラのような姿の人形は、もう一つの人形にわざとらしく尋ねた。
もう一つの人形……一つ目の子鬼のような姿の人形はとぼけた口調でそれに答える。
「誰だろうね~?」
「私……」
少女は非常にか細い声で呟いたが、部屋に居た誰もがそれを聞き逃さなかった。
「ほほう……?」
「この小娘……」
「フン……」
「クククク……」
「待ち時間ヒマですね~」
ただ一人のアホを除いて。
そして、ついに武闘大会の開幕の時が来た……
「さぁ! 始まりました、第5回、マサユキ武闘大会!」
「マサユキ……?」
「なんか、マサユキって人が作った大会らしいですよ」
「なんか聞き覚えがある名前だなぁ……」
「ダサいですよね」
「昨年は激闘の末、初出場の"伊瀬海点睛・蝦"選手が優勝致しました!
今年はどのような名勝負が繰り広げられるのか!?
それでは、選手紹介です!」
「おおーっと、いきなり現れた! 優勝候補最有力、あのズィールド六剣客の一人、白剣のアレイアスだーっ!」
「腕試しになればと思ったが、我と対等に渡り合える者がかような場所に居るとは思えんな……」
「強そうな人だね……」
「大丈夫ですよ。最初に優勝候補って言われてる人は大体途中でかませ犬的に負けますから」
「というか、ズィールド六剣客って何?」
「さぁ?」
「おっとぉ!? こちらも優勝候補! 各地の武闘大会を荒らして回っていると噂の謎の少女剣士!」
「ちょっとそこの貴方!」
「あ、はい?」
「天才美少女剣士の間違いではなくて?」
「あ、ああ、これは大変失礼致しました。天才美少女剣士、メルナ・アルメリア!」
「おーっほっほ! 優勝は勿論この私! 祝勝会の準備をしておきなさい!」
「……さっきのバカですね」
「あの人やっぱり苦手なタイプだな……」
「さぁ、気を取り直して……おや、またしても少女です!
だが、侮る無かれ、彼女は人形を操って戦わせるという世にも珍しい魔術師!
人形遣いミーナ!」
「…………」
「あ、あの……何か一言頂けますか?」
「おにいちゃん?」
「へ?」
「あっ、違った……」
「……」
「プリムさん、あの子は?」
「うーん、ああいうタイプは意外と強い可能性がありますけど、優勝は無いでしょうね」
「キキキ……」
「な、なんとも不気味な姿! 青白い肌に導師服を身に纏ったその出で立ちは、まるで亡霊のようです!
冥界からの使者、妖拳士レイズ!」
「あれは雑魚です」
「ええっ!? なんでわかるの?」
「ああいうキワモノは絶対優勝しませんから」
「フン……」
「おや、彼のデータは一切ありません。何から何まで謎です!
謎の剣士、ウェイン!」
「さっきの隅っこに座ってた人だ」
「うーん、あれですかね、パッと見優勝しそうなのは」
「でもあの人に関して、なにも情報が無いんじゃないの?」
「甘いですね、マルク。こういう大会は大抵、謎な奴が勝ち残るんですよ。
まぁ、それでも彼の優勝はありえませんが」
「え、なんで?」
「なぜなら! 優勝はこの私だから! とうっ!」
「おっと! 来ました! 今大会のダークホース!
なんと彼女は自称女神だと言います! 一体何者なのか!?
ともあれ、彼女が波乱を巻き起こすのは間違いないでしょう!
超女神プリム!」
「どうも。あっ、サインなら後でね」
「プリムさん……?」
「最悪、第二のプランとして、私自身が転生者のふりをするという展開も考えているのです。
だから私も参加する、という訳で」
「ただ参加してみたいだけじゃないの……?」
「決勝で会いましょう!」
「は、はぁ……え、次、僕の番?」
「えーっと、なんだか彼は普通の少年のようですが……
一応出場者で間違いないはずです! 謎の少年マルク!」
「ど、どうも……」
「なお、強力無双ゴルド選手と怪力超人ジルバ選手は現在連絡が取れません。
試合開始前に現れない場合即失格となります」
「それでは、時間が勿体無いので早速第一試合を開始いたします!
メルナ選手対、マルク選手!」
「メルナ……って、ええっ!?」
聞き覚えのある名にマルクが驚愕すると、既に張本人が彼の目の前に立っていた。
その人を小馬鹿にした高笑いを聞くと、マルクは気が重くなった。
「おほほほ、貴方、不運でしたわねぇ。
安心なさい、痛くないように、かるーくやっつけて差し上げますから!」
そう言うとメルナは跳躍し、武舞台に飛び乗りマルクを指差す。
(帰りたい……)