3.武闘大会
「うーん……わからんな」
店の主人は、目の前のテーブルに並べられた果実を見て頭を抱えている。
なにやら悩みこんでいるようだ。
その様子があまりに深刻そうだったので、マルクは事情を聞いてみることにした。
「なにをそんなに悩んでるんです?」
「いやね、果物の数を数えているのだが、ここに5個のりんごと、6個のオレンジがあるだろう?
これを足したら何個になるかわからないんだ」
「………………は?」
「なんでも、異世界からの転生者が現れるとなぜか知能が落ちる人がいるみたいです。
だけど、ここまで知能が落ちてる人はかなりのレアキャラですよ!」
「なんでそんなに嬉しそうなの?」
「指は10本しかないから足りないしなぁ……
うーむ……どうしたものか……」
「足の指でも使ったらいいんじゃないですか(適当)」
「!!?? ……そうか! その手があったか!!」
商人は靴を脱ぎ足の指をうねうねと動かしている。
「おお……わかった!! 答えは13だ!」
「はぁ……」
一通り買い物を終えた二人は、次の目標を決める事にした……
どうやらプリムには考えがあるらしく、先の買い物は運試しの意味だけでなく、今後に必要な物を買い集めていたらしい。
「一石二鳥ってわけですね。
どうです? 私賢いでしょう?」
「いや、普通だと思うけど……
いらない物買ってもしょうがないし……」
「あっ、そうですか。はいはい」
プリムは少し不満そうに買い集めてきた品々を地面に広げた。
「武器とか火薬とか、あとこれは……毒薬!?
な、なんか物騒な物ばっかりだね」
「当然です。これから武闘大会に参加するのですから」
「武闘大会!?」
予想外の言葉に、マルクは驚愕した。
彼は闘いに自信など無かったし、そもそも、ケンカすら殆どした事が無い。
「大丈夫です。腕自慢といっても所詮は異世界人……
運だけでも勝てるでしょう」
「うーん……で、でも、こんな火薬とか刃物とか使っていいの?」
「ええ。私たちが参加する武闘大会は武器使用オールオッケーです。
大丈夫! 相手の攻撃はほぼ当たらない筈ですから!
ちゃちゃっと優勝して、手っ取り早く名声を高めましょう!」
マルクは先程の事を思い出し、背筋に寒気を感じた。
そのような危険な大会を運だけで勝ち残れるのだろうか?
それより、彼にとっては命の危険すらあるのが問題だ。
プリムも、先程までは彼の運を疑問視していた筈なのに、ここまで異様な自信があるのだろうか?
その理由は、彼女が異世界人を甘く見ているからだ。というのも、多くの神は異世界の人間をかなり甘く見ている。転生者がチートで無双するのに慣れすぎているのだ。
「あ、あのさ、やっぱり別のやり方にしない? もっと平和な方法で……」
「もう遅いですよ!」
気が付くと、マルクは闘技場の目の前にいることに気が付いた。
どうやら、プリムが転移させたようだ。
「う、うわぁ……」
「実は手続きももう済ませてあるんですよね。
私ってば仕事が早い! さあ行きましょう!」
プリムは、マルクが買い物に行っている間、手っ取り早く名声を高める手段を探していた。
そして、今日開催されるというこの大会を発見したのだ。
千載一遇のチャンスと感じたプリムは、即刻選手登録を済ませた。
「え、え!? 今から始まるの!?
待って、まだ心の準備が……」
嫌がるマルクを引きずりながら、プリムは闘技場の控え室へ向かう。
部屋は既に異様な熱気に包まれており、参加者と思われる人々は皆殺気立っているようで、お互い目も合わせようとしない。
「皆怖そうな人達ばっかりなんだけど……」
「大丈夫、あんな連中は雑魚ばっかりです。筋肉ムキムキは大体雑魚だって相場が決まっていますからね」
プリムは口では自信たっぷりだが、周囲に聞こえないようにかなりの小声で話す。
しかし、そんな二人の姿が目立ったのか、一人の男が因縁をつけてきた。
「へへへ……なんでこんな所にガキがいるんだぁ……?
間違えて入ってきちまったのかぁ?」
男はプリムが言った通りの、非常に屈強な体付きだった。
「さ、早速ベタな奴が来ましたね! マルクさん、やっておしまいなさい!」
「ええええ!? む、無理だって……」
「ゲヘヘ……」
男は威嚇するように、オーバーな動作で腕を振り回す。
だが、振り回しすぎたせいか、腕を捻ってしまったようだ。
「ぐおっ!?」
怒りに任せ、さらに拳を振るうも、全て当たらない。
男は勝手に疲れてしまった。
「ほら! 言ったとおりでしょ!? 筋肉ダルマなんてこんなもんですよ!」
「そ、そうだね……」
男はその場にうずくまり、荒い息を吐いている。
周りの者達はその様子を見て男を嘲笑した。
「くっ、クソが……」
恥をかかされた男は、怒りの篭った目でプリムを見た。
「え!? なんで私の方を見てるんですか!?」
「てめぇが一番ムカつくんだよ!」
「ひ、ひぃぃぃ! ごめんなさい! 全部嘘なんです! 筋肉最高!」
その時、謎の高笑いが部屋中に響く。
全員の視線が笑い声の主に向いた。
「おーほっほ! そんな子供相手に何をやっているの? みっともないですわね」
そこには金色の長い髪を二つに纏めた、所謂ツインテールの少女が入り口の前に立っている。
腰に剣を挿している事から、どうやら彼女も参加者のようだ。
少女は薄い胸を大きく張り、倒れている男を指差した。
「ふふん、アナタのその筋肉はどうやら見た目だけのようね?」
「な、なんだとこのガキ!」
男は怒り狂い、少女剣士に向かって突進する。
今度はマルクに殴りかかったときのような不運は起こらないはずだった。
だが……
「ぐ、ぐはぁ……」
彼は少女の目の前で静かに倒れた。
その場に居た誰もが目を疑う中、少女だけが余裕の笑みを浮かべていた。
「お、おい一体なにが起きたんだ!?」
「あいつがまたドジってこけたんじゃないのか?」
「ふふっ、おバカさん達ね。私がやったに決まっているじゃないの」
うろたえる参加者達に向かい、少女は高らかに叫んだ。
「私はメルナ・アルメリア! この大会の優勝者は私よ! おほほほ!!」
「またベタな奴が出てきましたね……」
高笑いを続けるメルナの前に、再び別の筋肉男が現れる。
「おいお嬢ちゃん、あんまり調子に乗ってるんじゃねぇぞ……」
「あら? アナタさっきの人の兄弟か何か?」
「うおおおお!!」
例によって怒り狂い突進する男に対し、メルナはその場に佇み小さな声でなにかを呟いた。すると、男の体が炎に包まれる。
「ぐおおおお!?」
「プリムさん、あれは!?」
「あれは……魔法です! それもあの早さであれだけの炎を出すなんて……
只者ではありません!」
「熱いいいい!! け、消してくれ!! うっ……」
メルナが指を鳴らすと、炎が一瞬にして消えた。
「さて、まだ文句がある方が居るのなら、まとめて掛かって来てもよろしくてよ?」
マルクとプリムは流石にもうそんな者は居ないだろうと思ったが……
「「「うおおおおおお!!」」」
意外といた。
「仕方ありませんわね。力の違いを見せてあげましょうか?」
メルナが剣を構えると、その刀身が炎に包まれる。
そして、炎の剣で地面に円を描いた。
「華円舞踏!」
円から無数の火球が飛び出し、メルナの元へ向かってくる者達が全て炎に包まれた。
「「「ぐわああああああ!!」」」
「ま、こんなものですわね」
メルナは指を鳴らし、彼らを包む炎を消した。
「……あれやらないと消せないのかな?」
「……ちょっとダサいですよね」
「そこの貴方!」
「は、はい!?」
メルナはマルクの方を見て言った。
「貴方、異世界から来た人間ですわね?」
「え?」
メルナはこの世の真理を解き明かしたとでも言うような顔で言い放つ。
返答に困り、マルクはプリムの方を見る。
すると彼女は満面の笑みを浮かべて言った。
「そうです」