プロローグ ~事故だった~
――少年ナオユキが目を覚ますと、そこは異世界だった。
「うーん……俺はトラックに轢かれて死んだんじゃ……」
目の前には、謎の少女が立っている。その姿はまるで子供のようだが、どこか気品ある佇まいで、只者では無いような雰囲気を感じさせた。
「貴方はこの異世界に転生したんです! あ、自己紹介がまだでしたね。私は女神プリム。
女神って言っても、まだ新米ですけどね……えへへ」
そう、彼女は女神である。半人前ではあるが、やたらと忙しい神々に代わり、今回異世界へ転生したナオユキを導く使命を与えられた。
ナオユキの死因はトラックに轢かれた事による、事故死。だが、これは神の手違いだった。手違いでトラックをぶつけてしまったのだ。神は手違いを心から(心の中で)詫び、新人を派遣してなんとなく対応させようという魂胆である。
単刀直入に言えば、被害者に異世界でいい思いをさせて、適当に揉み消そうと言うのだ。
「異世界ねぇ……というか、神様にも新人とかあるのか?」
「はい。実は私、最近この世界の担当になったばかりなんです……
神様にも序列があるんですけど、私は最下層です……トホホ。
でも大丈夫! このタブレットがあれば、私でも貴方のサポートができるはずですから!」
このタブレットは、半人前の者でも転生者の対応ができるよう、神々が作ったものだ。
説明書に従って操作するだけで、転生者をいい気分にさせる事が出来る。
「タブレットか……やれやれ、神様もそんなハイテクなモノを使う時代か……」
「とりあえず使ってみましょうか。はい」
プリムはタブレットを適当に操作してみた。
ステータスがあがった!
HP∞
攻撃力∞
以下略
「く、空中に謎の文字が!? これは一体!?」
「あー、これはあれだな、俺のステータスか」
「すごい、まるでゲームみたいですね!
じゃ、次はこれを……」
プリムが再びタブレットを操作すると、二人は一瞬でワープし、見知らぬ町に立っていた。
目の前では少女が怪しげな男達に囲まれている。
だが、町の人々は見て見ぬふりをしているようだ……
「グヘヘヘ……」
「い、嫌、来ないで……」
「えーっと説明書……これは『今にも悪党に襲われそうな美少女サーチアプリ』らしいです。
各地の悪党に襲われそうな美少女の位置と、悪党に襲われるくだりが終わるまでの時間が書いてありますね。あっ、ここは終了まで残り5分って書いてありますよ! 間に合ってよかったですね!」
「おい、てめぇら何見てやがる! 見世物じゃねぇぞ!」
「よってたかって女の子を苛めて恥ずかしいと思わないのか? 悪党は成敗してやるよ」
(恥ずかしいのは貴方のその台詞では……!?)
「うるせえ! やっちまえ!」
「オラァ!」
ナオユキは暴漢達を思い切り殴った!
バキッ
「うわぁ」
ドカッ
「いてぇ」
「す、すごい! 一瞬過ぎて何が起きたのか全然わからない!」
ナオユキは圧倒的な強さで暴漢をボコボコにした。
砂煙から手と足と顔だけ出ている絵を想像してもらうと良い。
「くっ、くそ! 覚えてやがれ!」
暴漢のリーダーらしき男は逃げようとしたが、ナオユキは一瞬にして暴漢の目の前に回り込んだ。
「ひぃぃ!」
「おい、仲間を置いてどこへ行く気だ? お前のような奴にはもっとお仕置きしなきゃな」
ボコッ
「いてっ」
暴漢は目を回して気絶した。それを見た野次馬達は、大いに歓声を上げる。
だが、それが逆にナオユキの逆鱗に触れた。
ナオユキは湧き上がる周囲の人々に対し、ドスの利いた声で叫ぶ。
「おい、村人ども! お前達は……なんで見てるだけだったんだ!」
ここは町だ。
「だ、だって……」
「あいつらには誰も逆らえなかったんだよ……」
「ふざけんな!
目の前で女の子が泣いてるのに助けないなんてお前ら本当に人間か!?」
~♪感動的なBGM
「!! そうだ……俺が間違っていた!」
「な、なんて素晴らしい人なんだ!」
「えぇ~……」
プリムはあまり深く考えない事にした。考えても無駄だと思ったからだ。
その時、ナオユキが助け出した少女がおずおずと彼の前に近寄ってきた。
「あの……ありがとうございます。貴方のお名前は?」
「名乗るほどの者じゃないけどな。ナオユキだ」
「名乗ってんじゃん……」
「こいつはプリム。俺の相棒だ」
ナオユキは親指でプリムを指し、そう言った。
「あの、色々言いたい事があるんですけど……
まぁいいや……」
「ナオユキ様、ありがとうございます。あのお願いがあるのですが……」
「なんだ?」
「私と、結婚してください!」
「ぶーーーーーっ!?」
プリムは途中まで無心であるよう勤めていたが、その言葉で流石に噴出してしまう。
「え? いや、まだそういうのは早いんじゃないかな……
俺達会ったばかりだし……」
「それじゃあ……仕方ありませんね」
「意外とあっさり引き下がるんですね」
「婚約者と言う形で……」
「ああ、そういうこと……ドウスルンデスカマサユキサン」
プリムは半ば投げやりに問いかける。
ナオユキは少しばかり悩むような素振りを見せたが……
「うーん、婚約者か……まぁそれならいいかな」
「いいんかい……」
「ありがとうございます、ナオユキ様」
ナオユキは少女の頭をナデナデした。
ついでにプリムの頭も撫でようかと思ったが、手を払いのけられた。
「ナオユキ様、次に私と会った時は結婚してくださいね! それでは!」
満足した様子で、少女はその場から去っていった。猛ダッシュで。
「……そういえば、あの子の名前聞いてなかったな」
「素性すらわかりませんね。なんだったんでしょうか……」
「やれやれ、早速面倒ごとが一つ増えたな。ん? 俺たち村にいた筈じゃ……?」
気が付くと、二人は元居た場所に戻っていた。
サーチアプリの効果が切れたようだ。
「ええっと、こんな感じに、これを使えば力の無い私でも貴方をサポートできるというわけです! はい!」
「なるほど、なかなか便利だな!」
(なんかこの人偉そうだな……
私、一応神なんだけど……)
~こうして、ごく普通の少年だったナオユキの異世界での生活が始まった~
「それにしても、なんで俺っていつも面倒ごとばっかり押し付けられるんだろうな。
な?」
「あはは、そうですね……」
「……」
「……」
正直言って、二人はあまり会話が得意では無い。特に、余り面識が無い相手に対しては尚更。
沈黙を破る為、プリムは思い出したようにタブレットを取り出した。
「……ええっと、まだ使ってない機能を試してみようかなっ!
あれ? このドクロのマークはなんだろう? 押してみよっと」
ぽちっ
ちゅどおおおおおおおおおおおおおおおおおん!!
「ちゅど? え? うひゃあ!?」
突如激しい爆音が鳴り響き、衝撃とともにプリムは吹き飛ばされた。
「あいたた……あれ?」
プリムが起き上がると、そこにナオユキの姿は無かった。
「え…… えっと、説明書……え!? 爆破スイッチ!?
転生者が暴走して、手が付けられなくなった時に使いましょう……?」
「も、もしかして私、や、殺っちゃった……?」
――ナオユキの冒険は終わった。