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03話 帰ってきた夕飯とご褒美

「タイムが遅れています。あと3往復」


 メイド姿の皐月の指示に、裕司はぜいぜいといいながら屋敷と神社との往復を続ける。


「どうして……俺が……、こんなことを……」


 朝食が終わった裕司は皐月に言われてトレーニングをさせられていた。なんでも、万が一の時に適切な対処ができるようにとのことだった。

 金持ちお嬢様の下僕ならぬ執事の真似事をする以上は、ボディーガードのような訓練も必要かと思って納得した裕司だったが、真夏の炎天下での坂道や石段の往復にさすがにグチが出た。

 それでも汗だくになりながら何とか走り切って神社の境内に裕司がたどり着くと、無情にも皐月から次の指示が飛ぶ。


「今度は隣の剣道場で稽古です」






「あいててててっ」


 竹刀でしこたま皐月に打たれた裕司は、痛む体を引きずりながら更に次の訓練場へと連れていかれる。そこは同じく境内の片隅にある弓道場だった。

 剣道場に弓道場と至れり尽くせりのこの神社は貴藤神社たかふじじんじゃの分社だそうで、なんでも真冬の父親のあの男が貴藤流神道の当主なのでこの神社は自由に使えるとのことだった。


「今時弓道なんて、意味あんのかよ?」


 そうぼやいた裕司だったが、皐月から道具を渡された瞬間にその顔が凍りついた。


「さ、皐月さん……。これ……何ですか?」


 裕司の手の上には、映画やテレビドラマの中で警官や犯人がよく手にする物騒な小道具が乗っていた。


「FN社のモデル・ファイブ・セブン・ピストルですが、何か?」


 皐月の冷静な口調に、裕司は恐る恐る尋ねた。


「モ、モデルガン……ですよね」


「ああ、外装パーツに強化プラスチックを多用しているのでそう心配されるのでしょうが、安心してください。本物ですから」


「安心できねえぇぇぇぇ!」


 ずっしりとした重さの感じから嫌な予感がしていた裕司はたまらず叫んでいた。

 その叫びをどう解釈したのか、皐月が何かに気付いたように話を続ける。


「確かにこの銃の口径は5.7mmで、一般的な9mmに比べるとかなり小さく不安に感じる気持ちも分かります」


 そこで皐月はメガネの位置をクイッと直した。


「ですが、高初速かつライフル弾と同じ鋭く尖った弾頭形状の採用によって、拳銃用の防弾チョッキ程度であれば問題なく撃ち抜けるだけの威力があります。弾丸の小型化で20発という装弾数も実現しており、これは下手な拳銃の実に2倍以上です。牽制程度であれば十分役に立つでしょうし、うまく使えばそれ以上の成果も期待できます。

 しかもその貫通力にもかかわらず、着弾によって弾体が乱回転を始める構造になっておりストッピングパワーと跳弾や貫通弾による二次被害軽減の両立が…」


 ペラペラと解説を続ける皐月に、裕司はますます不安をあおられた。この銃で自分にどんな『成果』を期待されているのか、裕司は想像したくなかった。

 まともな一族でないということは裕司も十分理解したつもりだったが、メイドの皐月までもがまさかこんなものを平然と所持するとは。

 自分を引き取ったのは地方の名家などではなく、どうやら任侠の方の一家なのではないか。裕司はそう覚悟せざるを得なかった。


「兄ちゃん、お前より先に母さんに会えそうだよ。愛梨あいり


 入院中の妹と、今は亡き母へと思いを馳せる裕司だった。






 午前中のヒットマン養成訓練?を終えると、午後に裕司を待っていたのは屋敷の掃除だった。

 男手が手に入ったからか、長いこと放置されていたと思しき物置の整理に始まり廊下の雑巾がけまで、やはり汗を流すことになった。

 そうして腹を空かした裕司を待っていた夕飯はというと、


「昨日は皐月の顔を立てて勘弁してやったのだから、今日こそ飯抜きだ」


 という無慈悲な真冬の一言だった。

 昨日は裕司をかばってくれた皐月も、日をまたいだ真冬の執念にはもはや何を言っても無駄と判断したのか今日は沈黙している。

 腹ペコで死にそうな裕司だったが、午前中の射撃訓練で味わった銃の反動や発砲音といった生々しい感覚がまだ体に残っている。

 下手に逆らって真冬の機嫌を損ねれば、自分などあっという間にあの銃で皐月に処分されてしまうのではないか。そんな恐怖が裕司の心を揺さぶった。

 裕司は黙って食卓から立ち上がると、台所で水をたらふく飲んで離れに引き上げるしかなかった。




 起きていても腹が減るばかりなので布団を敷いて早々に寝てしまおうと思った裕司だったが、さすがに時間が早すぎて一向に睡魔がおりてこない。

 仕方なく起き上がると、裕司は部屋の明かりをつけてテレビのスイッチを入れた。


 全然腹の足しにならないバラエティー番組をどれくらいうつろな目で眺めただろうか、急に引き戸がガラリと開く音に裕司が部屋の入口を見ると、そこにはまたしても真冬が立っていた。

 裕司は苦虫を噛み潰したような顔をした。

 見なかったことにしようと思ってテレビに向き直ろうとした裕司だったが、ふと真冬が何かを両手で持っているのが気になった。よく見ると、それは皿にのったおにぎりだった。

 裕司の目の色が変わったのが分かったのだろう。部屋に入った真冬は皿を畳の上に置くとカチャリと眼帯を外し、勝ち誇った笑みを浮かべた。


「もしかしたら腹が減っているのではないかと思ってな。念のために皐月に作らせてみたのだ」


「……すごいな。どうして俺が腹ペコだって分かったんだ?」


「なに、可愛い下僕のことだ。それくらい分からぬようでは御主人様として失格だろう」


 よくもいけしゃあしゃあと言えたものだと思ったが、真冬の意図が分からない裕司は探るような目で真冬をにらむしかない。

 すると真冬がわざとらしく首をかしげた。


「どうした? せっかく持ってきたというのに、食べないのか」


「……俺が食べて、いいっていうのかよ」


「いいに決まっているではないか。そのためにわざわざ持ってきてやったのだからな」


 正直、死ぬほど腹が減っていた裕司はその言葉でそろそろと真冬の方へにじり寄る。そしてゆっくりと真冬の足元にあるおにぎりに手を伸ばした。


「待て!」


 突然の鋭い声に裕司はビクッと手を止めた。


「そうだ、1つ忘れていた」


 おもむろにそう言うと、真冬は裕司の目の前からヒョイッとおにぎりの皿を取り上げてしまった。

 やはり最初から自分に食べさせる気などなかったのかと、裕司は伸ばした手を握り締めた。

 その姿を楽し気に見下ろした真冬がフンッと鼻で笑った。


「何を勘違いしているのだ? 私は最後の仕上げを忘れていただけだ。すぐに食べさせてやるとも」


 真冬の意図が分からずいぶかしげに裕司が顔を上げると、真冬は皿の上にのった2つの大きなおにぎり対してペッペッとツバを吐いた。


「これで完成だ。なんでも下僕業界では御主人様のツバはご褒美なのだろう? 奇妙な習慣だとは思うが、私なりの歓迎の印だ。さあ遠慮なく食べろ、タロウ」


 べったりとツバにまみれたおにぎりが裕司の目の前にこれみよがしに置かれた。


「……クソッ」


 裕司は握ったこぶしで畳を叩いた。

 はらわたが煮えくり返る思いがしたが、ここで何を言っても真冬を喜ばせることになるだけだと思った裕司は黙って真冬の前から去ろうとした。

 そこに真冬がからかうように聞いてくる。


「ん、どうした? 食べないのか?」


「いらん!」


 裕司の強い拒絶に真冬は困ったような顔をした。


「おやおや、それは弱ったな。私は貴様に『食べろ』と命令したのだぞ? もし御主人様の命令が聞けぬ駄犬ということになれば、遺憾ながら処罰を検討しなくてはならん。貴様の妹もさぞ悲しむことだろうなあ」


 真冬が裕司の退路を断ちに来た。最初から、裕司に食べないという選択肢など残されてはいなかったのだ。

 ギリギリと歯を食いしばると、裕司はドスンと真冬の前にあぐらをかいた。そして真冬のツバまみれのおにぎりに手を伸ばし、ガブリとかぶりついた。

 ガツガツとおにぎりを食べる裕司の姿に真冬が必死に笑いを噛み殺す。


「せ、せっかくのご褒美なのだから……も、もう少し嬉しそうに食べたら、どうなのだ? クッ、アハハハハッ!」


 頭上からの嘲笑に、さすがの裕司も昼間の衝撃を忘れて吐き捨てた。


「ツバを吐いて女王様を気取るなら、際どいボンテージ衣装でも着て見せたらどうだ?」


 そこで真冬を見上げると、裕司はあわれむように顔をしかめた。


「ああ、その残念な胸じゃ着物以外は似合わないのか。スマン」


 裕司は慇懃いんぎんに頭を下げて見せる。そしてまたおにぎりをモグモグと食べだした。

 視界のすみで、真冬の手がプルプルと震えるのが分かった。裕司は心の中でざまあみろと叫んだが、そんな裕司の天下も長くはなかった。


「そ、それは気が利かなくて悪かったな。か、代わりに……、もっと刺激的な褒美をやろう」


 震える声でそう言った真冬は、おもむろに裕司の前にしゃがむと戸惑う裕司の顔面にベッとツバを吐きかけた。

 ベッタリと顔にへばりついたツバを、裕司はゆっくりと手でぬぐう。


「水もしたたるいい男になったではないか。しかも御主人様のでとは、貴様も下僕冥利につきるというものだろう」


 真冬が得意そうな顔で笑った。

 裕司はツバをぬぐったその手を黙って真冬の頭の上にのせると、グリグリと撫でて真冬の髪にツバをなすりつけた。


「お礼のお手だ。遠慮なく受け取ってくれ」


 真冬のドヤ顔が凍りついていた。

 次の瞬間、パシンという乾いた音が裕司の頬で響く。


「……物覚えの悪い駄犬をしつけるのも、嫌いではない。いつになったらまともなお手を覚えるのか、とても楽しみだ」


「……昨日より的確な一撃だな。ちゃんと目が見えているようで、安心したよ。真冬オジョーサマ」


「「フフッ、フフフフフッ……」」


 二人の不気味な笑い声が離れにこだました。







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