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23話 売られたお嬢様の明日はどっちだ

 真冬がベッドの上で眠っていた。

 傷は縫合し、輸血もしたので命に別状はないと医者は言っていた。

 病室の明かりもつけず、暗闇の中で裕司はジッと真冬を見つめ続けた。手術の時に付けてやった眼帯は、既に裕司の手で外されていた。

 それからどれだけ時間が経ったのか、窓の外がうっすらと明るくなってくる。長かった事件の夜が、ようやく明けようとしていた。

 そんな薄闇の中で、ついに真冬が目を覚ました。




 真冬はゆっくりと目を開けた。そしてそのまま、身じろぎもせずに黙って見知らぬ天井を見上げ続ける。

 真冬が不意に首をかしげて裕司の方を見た。


「なぜ……、私は生きているのだ?」


 それは何か手違いでもあったのかといぶかる口調だった。

 裕司は真冬の質問に答えなかった。ただ、沈鬱な声で真冬に告げた。


「あのあと、俺は皐月さんを殺した」


 裕司の言葉に、真冬の瞳が揺れた。


愛梨あいりにすべてを話し、術まで教えてお前と対立するように仕向けたのは、皐月さんだった。俺が不甲斐なく、お前に取り込まれてしまったからだそうだ。

 だがあいにく、俺の審神者さにわの力はお前に通用しなかった。それで二重スパイと疑われたまま、恋人を失ったんだ。その悲しみの報復の中で、俺はこの手で皐月さんを撃ち殺してしまった」


 真冬はそっと目を伏せた。


「……そうか。皐月には最後まで、可哀そうなことをした」


「俺が屋敷に来た最初の晩、お前はあの時に既に確認していたんだな。審神者さにわの力が……、お前の力を完全に封じ込められるようなシロモノじゃないってことを」


 裕司は思い出していた。あの晩真冬に真剣な目で見つめられた時に感じた、一陣の風のことを。

 あの時は戸が開いていたからかと思ったが、それはそう錯覚していたに過ぎなかった。なにより、あの時に感じた目まいがその証拠だった。

 真冬は返事をしなかった。それだけで、裕司には十分だった。

 裕司はうつむいて床を見つめた。


「どうして…………、俺を助けた」


 問いかける裕司の声は震えていた。


「今度は一体、何を企んでる。皐月さんはお前に騙されて、失意のうちに死んだ。俺には……、どんな結末をお前は用意してるっていうんだ」


 真冬は何も答えなかった。

 こらえきれず裕司は顔を上げた。


「それが知りたいから俺はお前を助けたんだ! 言え。お前が爆撃から俺をかばったのは……、一体何のためだったんだよ!!」


 真冬はそれでも口を開こうとしなかった。

 ただ、代わりに無事な左手を裕司の方へ伸ばしてきた。そして裕司の手を握ると、真冬はしっかりと指を絡めてきた。


「これで、私が相手でも審神者さにわの力は完全に発揮されるはずだ。直接接触していれば、さすがの私も審神者さにわの影響から逃れられぬ」


 真冬は穏やかに微笑んだ。それはまるで、裕司を安心させるかのようだった。

 真冬の意図が分からない裕司は、握られた手をただ見つめるしかなかった。


「もう……終わりにしよう、裕司。私は、すべてのことに疲れはてた。だから最後に、裕司が私を犯して……殺してくれ。それで全部が終わる。それが今の私の、唯一の望みだ」


 真冬の顔からは、狂気どころかいつものバカにしたような感じさえ抜けていた。それは死の淵を一度覗いたからか、それとも姉代わりともいえる皐月すら失ったからか。

 真冬の何かを達観したような面持ちに裕司は悟った。真冬は本心を、語っているのだと。

 裕司の手が震える。

 裕司はキッと真冬をにらみ、怒鳴った。


「ふざっけるな! 何が終わりにしようだ。お前はそれで満足かもしれないがな、残された俺はどうなる!? 母さんは鬼で死ぬしかなくて、愛梨は皐月さんにそそのかされて、仇討ちをしようとお前に挑んで返り討ちにされた。

 その皐月さんだってな、母親の不幸な死さえなければここまで歪むことはなかったんだ。だけど結局は、二重スパイ扱いされたまま俺に撃ち殺された。今ここでお情けでお前を殺して、それで俺に一体何が残るっていうんだよ!!」


 裕司は真冬の手を乱暴に振りほどいた。


「こんなことなら……、やっぱりあの爆撃で二人とも死んどけばよかったんだ。そうすれば綺麗に片がついた。それがどうだ。お前が余計なことをしてくれたおかげで……、今やお前は俺の命の恩人だ。それを素知らぬ顔で殺してぬけぬけと生きていけるほど、俺が無神経な人間だとでも思ったか? たとえそれが家族の仇だとしても、いや……仇だからこそ屈辱だと、なぜお前は分からない!」


 やがて、裕司はクツクツと笑いだした。


「まったく、意地悪なお前らしい。お前だけが重傷を負ってるところなんて、まさに完璧な演出だ。おかげで俺は八方塞がりときた。お前を殺すことだけが、俺に残された唯一の希望だったっていうのに。それすらお前は、俺に許してくれないんだな」


「ち、違う裕司! 私はそんなつもりでは…ハゥ!」


 真冬はあわてて上体を起こそうとして傷の痛みに悶絶した。


「わ、私はそんなつもりで……、裕司を助けたのでは、ない」


「じゃあ……、どんなつもりだったって言うんだよ。一体どんなつもりで、俺を助けてくれたんだ。え、真冬お嬢様」


「そ、それは……」


 真冬は困ったように黙り込んでしまった。

 そんな真冬にいらだちながら裕司は言った。


「……謝れよ」


「え?」


「俺を助けたことを謝れ。母さんを殺したことを謝れ。愛梨を殺したことを……、今ここで俺に謝れよ!」


「ゆ、裕司……」


「そもそもお前が皐月さんに素直に謝ってさえいれば、こうなることはなかったんだ。そうすれば皐月さんは歪まず、お前といびつな関係になることもなかった。二人で仲良く不慮の死を乗り越えていれば、俺の母さんだって苦しんで死なずに済んだ。そして愛梨は、手術を受けて幸せな人生を送れたんだよ!」


 裕司は真冬をユラリとにらんだ。


「だから俺に、謝れよ。そこにひざまずいて、どうもすみませんでしたって、みじめに俺に謝罪してみろよ」


 裕司の静かな怒気に、だが真冬は固い声で答えた。


「……嫌だ」


「なん……だと?」


「嫌だと、私は言ったのだ」


「お前、自分が何を言ってるのか、分かってるのか?」


 真冬はそんな裕司をフンッと鼻で笑った。


「謝ったところで、どうなる。死者は……、還ってくるのか?」


 裕司はとっさに何も言い返せなかった。


「一度死んだ者は、決して還ってきはしない。それを謝って済ませるなど……、そんな卑怯な真似。私は決してする気はない!」


 そう言い切った真冬のかたくなな態度を前に、裕司はようやく真冬という人間が分かったような気がした。

 だから真冬は、皐月の陰湿な仕返しを許容していたのだ。裕司が無礼な真似を働いても何のかんのと言いながら許していたのだって、実はそのためだったのかもしれない。

 それどころか、育ての親ともいえる皐月の母親を無残に死なせてしまった時に、真冬の身にはこらえようのない自己破壊衝動と破滅願望とが宿ってしまったのではないだろうか。

 名家のお嬢様に生まれた気位きぐらい生真面目きまじめさが、悪い方向に作用した結果と言えた。


 だが裕司は、そんな真冬の在り方をはいそうですかと簡単に認めるわけにはいかなかった。


「それでも……、救われるものもあるだろうが」


「なに?」


「たとえ死者は還ってこないとしても、真剣に謝ってくれれば……それで救われるものはある。皐月さんだって、お前がわざと母親を死なせたわけじゃないことくらいは、分かってたんだ。だからお前が真剣に謝れば、いつかは分かってくれたはずだ」


 裕司の言葉に、真冬は苦しげに顔を歪めた。


「それは……、ただの自己満足に過ぎない。いわば偽善の、押し売りだ」


 だが、それでも裕司は引かなかった。


「それの……どこがいけない。自己満足だろうと、偽善だろうと。それで少しでも残された者の気が済むのなら、それでいいだろうが。それくらいしかもう、手段は残ってないだろうが。残された者は……、それでも生きていかなきゃならないんだよ!」


 その言葉に、初めて真冬が息をのんだ。


「だから謝れ」


「…………嫌だ」


「謝れ」


「……嫌だ」


「いいから俺に謝れ! 謝って、己のみじめさにのたうち回れ!!」


「絶っ対に嫌だ! いいからさっさと私を殺せ、裕司!!」


 二人は強烈ににらみ合ったが、最初にそれをやめたのは裕司の方だった。

 裕司は、よく真冬がしたようにフフフッと笑った。


「そうか、分かったよ。なら謝りたくなるまで……、じっくりと俺がお前をしつけてやる。幸いお前の父親からは、お前を女中として譲り受ける約束を既にもらっているからな。両目が無事で、生きてさえいればあとは好きにしていいそうだ」


「……本気か?」


「ああ、本気だとも。なに、時間はたっぷりある。いつかのように一晩などと言わず、いつまでもお前を責め続けてやるよ。自分の行いを後悔して、俺に謝りたくなるまでたっぷりと、な」


「そうか、それは楽しみだ。つまり私がいつまでも謝らねば、裕司は死ぬまで私を可愛がってくれるというわけだ」


「言ってろ。お前は他人をしいたげるばかりで、自分がしいたげられることにはあまり慣れてない。すぐに泣きが入って、謝ってくるに決まってる」


「そう簡単にいけばいいなあ、裕司。だが、私にまともな反応など期待せぬ方がいいぞ。なにせ私は、血塗れた化物なのだからな」


「なあに。すぐにその化けの皮、俺がひっぺがしてやるよ」


「「フフッ、フフフフフッ」」




「フゥ……。安心したら、何だかまた眠くなってきたな」


「待て、どうしてそこで安心できる。そしてなぜ俺の手を握ってくる」


「寝てる間に、私から逃げないようにだ」


「ふざけるな。なんで俺が自分の女中から逃げる必要があるんだよ」


「そうか。なら、私からのお手だと思ってくれて構わないぞ。御主人様」







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