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22話 今度の女中はお触りOK

「すみませんが、怪我人がいるのでふもとの街の大病院まで乗せてもらえませんか」


 拳銃を握ったボロボロの裕司に血まみれの真冬、死体となった皐月の姿を見て何を思ったのか、車に乗っていたぶっきらぼうそうな中年オヤジは、「乗りな」とだけ言った。

 裕司が真冬を抱えて年代物のセダンの後部座席に乗り込むと、「飛ばすぞ」と言ってオヤジは車を発進させる。

 道を知り尽くした地元民らしく、車は夜の山道をかなりのハイペースで下っていく。そして貴藤系列の病院を指定したせいか、オヤジは運転に集中したまま何も事情を聞いてこようとしなかった。

 病院までの足をひとまず確保できた裕司は我知らずホッとした。と同時に、次にすべきことに思い当たった。


「すみませんが、携帯を貸してもらえまんか」


「携帯か」


 オヤジは助手席の上をゴソゴソと探った。


「ほらっ」


 投げてよこされた2つ折りの携帯電話をキャッチした裕司は、ここに至る運命を決めることになったある番号を入力する。

 相手はすぐに出た。


『誰だ』


 既に屋敷の状況を把握しているはずだったが、男の声に揺らぎはまったく見られなかった。


「真冬は預かっている」


『……君か』


 男はそれだけでこちらが誰かを悟ったようだった。


「こいつを死なせたくなければ、愛梨が入院していた病院にこいつに使える輸血パックをあるだけ用意しろ」


『他に、要求は?』


 当然本命があるのだろう? そう言わんばかりの口調だった。

 先日決裂してしまった両者の関係を思えば当然の言葉だったが、今の裕司に下らない腹の探り合いや駆け引きなどしている余裕はなかった。


「黙って用意しろ! さもないと、こいつの命の保障はしない」


 それはまるきり誘拐犯の口上だったが、状況的にはまさにそのとおりだった。

 はたして男はその言葉をどう受け取ったのか。


『分かった。すぐに用意させよう』


 それだけ聞くと裕司は電話を切った。

 遠くに、病院が見えてきていた。




「ついたぞ」


「ありがとうございました。このお礼は、後で必ず」


 裕司が真冬を車から慎重に下ろしながらそう言うと、オヤジはわずかに首を振った。


「早くいけ」


「すみません」




 真冬はすぐに手術室に運ばれた。

 意識を失い、懐にしまっていた眼帯も一応装着しておいたから手術も特に問題ないだろうと思われた。それに手術中なら麻酔も効いている。

 手術室の前の廊下に置かれたソファーに、裕司はボディーアーマーを脱ぎもせず腰掛けた。膝の上に両肘を乗せ、背を丸めて口元を覆うように両手を組むと、裕司は廊下の壁をまんじりともせず見つめた。

 どれだけそうしていただろうか。


「いいかね」


 不意に男の声がした。

 裕司は返事もしなければそちらを見ようともしなかった。


「失礼する」


 男は裕司にそうことわって隣に座った。ギシリとソファーがきしむ音が廊下に響いた。


「妹さんのことは残念だった。遅くなったが、お悔やみを言わせてもらう」


 裕司はやはり反応しなかった。

 男も特にそれを期待していなかったようだ。


「早速だが、こちらの提案を伝える」


 すぐにそう切り出してきた。


「君には、里に戻ってもらいたい。ただいてくれるだけで構わない。それで今回の件に関する一切の面倒はこちらで引き受ける。今後の生活についても、十分な保証をしよう」


 一切の面倒。それは警察、ひいては政府からの追求に対する保護を意味するのだろう。裕司は今や彼らにとって危険人物だった。

 だが、裕司にとって自己の保身などもはやどうでもよかった。裕司は男の言葉を冷ややかに聞き流した。


「それと、君が望むのなら専属の女中をつける用意がある。家事はからきしなので役には立たないかもしれないが、好きに扱ってくれて構わない。両目が無事で、生きているならそれで文句はない。眼帯は鍵付きのものに変えておこう。返却は……、一生不要だ」


 裕司の頬がピクリと動いた。男の言う女中が誰なのか、説明の必要もなかった。


「……自分の、娘だろ」


 裕司は苦々しく吐き捨てた。

 真冬の扱いに同情したわけではもちろんない。裕司は家族を守ろうと必死にもがいて、それでも結局守り切れなかった。なのに男は、その家族を最も渡してはいけない相手に差し出すという。それは裕司に対する大いなる皮肉と言えた。


「だからだよ。出産をきっかけに私から妻を奪ったアレを、私はどこかで憎んでいる。だが同時に、やはり愛してもいるのだ。そして君は、アレが固執した唯一の男だ。私のこの愛憎半ばする気持ちを託すのに、君以上の相手はいないと思うが?」


 男の声には珍しく自嘲するような色が混じっていた。

 思いがず人間的な告白に裕司は虚を突かれた。とっさにどう反応していいのか分からない。


「ああ、だがそんなものはもちろんただの感傷に過ぎない。本当の理由はもちろん別にある」


 裕司が立ち直るより早く、男は自分の言葉を感傷と切り捨てた。その声は既にいつもの冷厳さを取り戻していた。


「警察はこれで、鬼を討つための実働部隊をすべて失った。この再建には時間を要するだろう。そして再建されても、真冬がいる限り里には事実上手を出せない。そこに審神者さにわの力が加われば、まず10年はこちらの絶対的な優位が揺らぐことはないだろう。その間に私は、この国を鬼から守る強固な体制を組みなおしたいのだ。今回のように人間同士が主導権争いで足を引っ張り合うことのない、強固な体制をだ」


 男は強い口調でそう言い切った。

 そこで男は手術室の方をちらりと見る。


「どうやら審神者の力にも限界があったようだが、それでもなお人が持つ戦力として強大であることに変わりはない。今ここで君を警察の手に返してしまえば、我らの絶対的優位はおぼつかない。それでは駄目なのだ。腰が重く、既得権益を守ることに汲々(きゅうきゅう)とした官僚どもの尻を蹴飛ばし、術者すら組み込んだ警察と自衛隊の三位一体の新組織の設立。これを成し遂げられるのは、今この機会をおいて他にない」


 男は裕司が思った以上の大望を秘めていた。


「そのためならば、娘一人を人身御供に差し出すことなどどうということもない。我ら一族の使命は、この国を鬼から守ることにこそあるのだからな」


 そう言うと男は立ち上がった。


「賢明な判断を、期待している」


 そしてそのまま去っていった。

 再び誰もいなくなった廊下で、裕司はハハッと力無く笑った。


「守るべきものなら……、俺はもうすべて失ったよ」


 それからしばらくして、手術中のランプが消えた。







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