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21話 メイドの秘密の課外授業

 正門のあった場所を駆け下り、裕司は道に出た。

 どこかで車を調達する必要があった。早急に真冬を病院に搬送しなければならなかったし、抱いたままの移動では真冬の体力をいたずらに消耗させてしまう。

 左右を見回した裕司は、そこで道路わきにたたずむ人影があることに気が付いた。

 状況レッドが発令されたにもかかわらずまだ残っている人間がいる。

 裕司はその事実に緊張した。

 だが、その人影に裕司は見覚えがあった。


「皐月……さん?」


 部隊の制服に身を包んだ皐月が、一人道端に立っていた。

 実働部隊でもない皐月がいることに、裕司はもう一度あたりを探ってみたがやはり他は全員退避していた。指揮車の姿もない。

 ならどうして皐月だけがここにいるのか。

 裕司が皐月にたずねるよりも早く、当の皐月が口を開いた。


「まったく……、大した役立たずですね」


 それは自嘲するような声だった。


「フフッ……。あなたのおかげで、私はあの人の中で永遠に裏切者です」


 皐月の顔にゾッとするほど冷たい笑みが浮かんだ。


「やはり二重スパイだったかだなんて、まるで私のことを前からずっと疑っていたみたいじゃないですか。恋人である私が、そんなことをするはずがないのに……。おかしいですよね。一体どうして、そんなバカな妄想を抱いたのでしょうか」


 楽し気に皐月は語り掛けてくるが、その目はまったく笑っていなかった。

 おそらく皐月は、無線で川崎の最後の言葉を聞いていたのだろう。それは、とても残酷なことだった。

 裕司なら皐月の無実が分かった。審神者さにわの力が通用しなかったのは、たぶん真冬以外の全員にとって想定外だった。皐月が知っていて故意に隠したのでは、決してない。

 だが、それを川崎に話して誤解を解くすべなど、もはやありはしなかった。


「あなたが……、あなたさえちゃんとお嬢様を殺していたら! 私はあの人と幸せになれたのに……」


「皐月、さん……」


 裕司はそう呼ぶのがやっとだった。

 だが、皐月の反応は冷たいものだった。


「気安く、呼ばないでいただけますか」


 皐月は吐き捨てるように続ける。


「審神者だなんて、とんだ贋作でした。これなら、妹の方がよほど役に立ちましたよ?」


 その言葉に裕司は戸惑った。まさかここで妹のことを持ち出されるとは思わなかった。


「それは……どういうことですか」


 困惑する裕司を、皐月があわれむように笑った。


「あなたがあっさりとお嬢様に懐柔されてしまったので、最初はその邪魔にでもなればと思っていただけなのですが。まさか自らの命を代償に決闘にまで持ち込んでくれるとは嬉しい誤算だった。そう申し上げているのですが、分かりませんか?」


 裕司は顔がこわばるのが自分でも分かった。


「そ、その言い方だと……、まるで皐月さんがわざと愛梨をそそのかして、こいつと対決させたように聞こえますが」


 皐月が失笑した。


「ように、ではなく実際にそそのかしたのです。まあでもあなたの妹は事実を教えてあげるだけで、簡単にレールの上に乗ってくれましたけどね。だからあおる手間はほとんど掛かりませんでしたよ。護身用と称して教えた神憑かみがかりの術も、少し見せてあげただけでその能力を開花させてしまうだなんて、本当に優秀な子でした。あくまで護身用だと念を押したのに、それを仇討ちに使うところまで含めて、ね」


 皐月はうっとりと目を細めて語っていた。

 裕司は、そんな皐月がまったく見知らぬ人に見えた。

 だが、不意に皐月の顔がしかめられる。


「それに引き換え、あなたは一体何なのですか? せっかく真実を教えて二人っきりにしてあげたというのに、据え膳をむさぼれないどころか逆に脅迫されるとは何事です。あげくに審神者の力までハリボテだっただなんて……」


 皐月はさげすみの目で裕司を見据えた。


「今も、お嬢様を抱えて一体どこへ行くつもりですか。止血までして、まさか病院ではないですよね?」


 裕司はその質問に答えられなかった。


「まったく……。あなたという人はどこまで私を失望させれば気が済むのですか!」


 皐月の右手がサッと持ち上げられる。突き付けられた手の先には、拳銃が握られていた。

 皐月が艶然えんぜんと微笑む。


「私だけ恋人を失うのは、不公平だと思いませんか? ですから、お嬢様にも同じ苦しみを味わってもらおうと思います。それくらいは、いくらダメなあなたでも協力してくれますよね」


 銃口を向けられても、裕司は何の反応もできなかった。思いがけない皐月の告白に裕司はただ立ち尽くす。

 皐月がキッと睨んだ。


「お嬢様を置いてください。このままでは、間違ってお嬢様に当ててしまいそうです」


 裕司を牽制するように銃口が真冬に向けられた。

 裕司の口からかすれた声が出た。


「皐月さん。あなたは……どうして」


 裕司の言葉に皐月が絶望的な顔をした。


「この期に及んで、あなたはまだそのようなことを。そのにぶさはもはや犯罪的です。その分だと、さぞかしお嬢様をやきもきさせたことでしょうね。まあ、いい気味ですが」


 皐月は気を取り直すように頭を振った。


「さあもういいでしょう。早くお嬢様を置いてください。そろそろ私もこのやり取りに飽きてきました。それとも、このままどちらに当たるかロシアンルーレットとしゃれこまれますか?」


 皐月から立ちのぼる狂気にも似たオーラに、このまま動かなければ本当に皐月は引き金を引くと裕司は直感した。

 そうなれば、真冬を抱えたままの裕司になすすべはない。無防備な真冬はもとより、裕司だって手足まではボディーアーマーに覆われていないし、ヘッドショットでも喰らえば一発だった。


「……分かった」


 そう言うと裕司はゆっくりとその場にしゃがんだ。真冬の体をそっと地面に横たえると、今度はゆっくりと立ち上がっていく。

 だが、その動作にまぎれてこっそり右手を太もものホルスターに添えると、裕司は一気に拳銃を引き抜いた。裕司はここで、真冬から何も聞けないまま死ぬわけにはいかなかった。


「えっ……」


 一瞬で拳銃を構えた裕司に皐月が驚きの声を上げる。しかしすぐに事態を悟ると悔し気に顔を歪めた。


「ひ、卑怯です!」


 皐月が発砲してきた。

 ただ、動揺したせいか弾は幸いセラミックプレートに当たってガッチリ受け止められる。

 そして着弾の衝撃で、裕司の指は引き金を引いていた。


「しまっ…」


 左胸を撃ち抜かれた皐月が、ゆっくりと後ろに倒れていく。裕司はあわてて皐月に駆け寄った。


「皐月さん!」


 裕司は皐月の肩を揺さぶるが、皐月はもう返事をしなかった。

 皐月も真冬に家族を奪われ人生を狂わされた、いわば同志のはずだった。それがどうしてこんなことになったのか。裕司は無性に悔しくてやるせなかった。

 皐月の遺体を置くと、裕司はフラリと立ち上がった。

 背後では、たった今皐月が死んだことも知らずに真冬が眠っている。


「早くしないと……、あいつも死んじまうな」


 その時、爆撃の音を聞いて駆け付けたのか、近所の人間のものとおぼしき車が一台、裕司たちの方に近づいてきた。







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