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20話 万策尽きた~、のか

 モウモウと土煙が立ち込める中、意識を取り戻した裕司が最初に見たのは血まみれで地面に転がる真冬の姿だった。

 裕司の心臓がドクンと大きく跳ねた。

 一気に目が覚めた裕司は痛む体を無理やり起こして立ち上がると、ヨロヨロと真冬に近づいた。


「やった……のか?」


 あおむけに倒れた真冬はピクリともしなかった。着物はズタズタに裂け、赤い柄物へと変わっていた。

 特に右腕と右足からの出血がひどい。おそらくその方角からの爆風が激しかったのだろう。

 その時、不意に真冬が「うっ」と小さくうめいた。


「あれだけの爆撃で、まだ生きてるのかよ……」


 空自による『訓練飛行中の実弾誤爆』は最終手段であり、投入しうる最大火力のはずだった。それでもなお殺し切れていないという事実に裕司は戦慄した。

 だが真冬は一度うめいたきりで、そのまま目を覚ましたりはしなかった。


「い、今なら……まだ!」


 裕司は太もものホルスターに素早く手をやった。P90は爆風でどこかにいってしまっていたが、ファイブ・セブン・ピストルは無事だった。

 拳銃を引き抜いた裕司は真冬の左胸に照準を合わせる。しかし、その銃口は震えていた。

 本当にこんなもので真冬が死ぬのか、裕司は自信が持てなかった。

 なにせ相手は、飽和攻撃と考えられていたスマートボムによる集中爆撃すら生き延びる化物だった。裕司は手の中の拳銃が銀玉鉄砲のようにたよりなく感じた。

 真冬の手足からは出血が断続的に続く。もしかしたら、このままほっとけば出血多量で死ぬのではないか。

 裕司は一瞬そう考えてハッとした。


「バカな……。俺は、母さんと愛梨の仇を討つためにここに来たんだ!」


 出血にせかされるように、裕司は引き金に掛けた指に力を込めようとする。

 だがその時、ふと裕司はこの状況に強烈な違和感を感じた。何か重大なことを見落としている、そんな気がして裕司は素早くあたりを見回した。

 屋敷は跡形もなく木っ端微塵で、地面は爆撃の跡がえぐれていた。複数の爆撃跡を結んだ円の中で真冬は倒れており、ほとんど棒立ちで爆撃の嵐をまともに食らったにもかかわらず、まだ息があるのはさすがは荒魂あらみたまといったところか。

 しかし、違和感の正体はそれではない。そこまではいかに驚異的といえども真冬の能力で一応の説明はつく。そう……、相手が真冬であるならば、だ。

 裕司は、ようやく違和感の正体に気が付いた。


「どうして……、俺はまだ生きてるんだ?」


 裕司は呆然と自分の両手を見つめた。

 大きな傷もなく、問題なく動く。他の部分も多少の痛みこそあれ、こんなものはこれだけの爆撃に比べれば無傷と言っていい範囲だった。

 裕司の方が膝立ちで姿勢が低かったというのは理由にならない。爆撃はそんなことでどうにかなるシロモノではないし、なにより裕司の審神者さにわの力は爆撃に対して無力だ。ではなぜ?

 裕司はありえない可能性に気付いて、恐る恐る真冬を見下ろした。


「まさか…………。お前……なのか?」


 もし真冬が裕司の保護を最優先で能力を振るったのだとしたら?

 そのせいで自分の守りが手薄になってしまったとしたら?

 それならば裕司がほぼ無傷で、真冬だけが重傷を負ってしまったことに説明が、付く。


「そんな……バカな」


 裕司は足元の地面が崩れていくような感覚に襲われた。

 たとえそれで事態の説明が付いたとしても、裕司には真冬がそうするだけの理由がまったく分からなかった。裕司は真冬を殺しに来たのだ。母の死をもてあそび、妹を惨殺し、裕司に屈辱的な服従を強いてきた化物の粛清。

 それなのに、その当の相手から己の命すらかえりみずにかばわれるなど、あっていい話ではなかった。


 愕然とした裕司が棒立ちになっていると、当の真冬の目がうっすらと開いていく。裕司はそれを、息をのみながらただ見つめるしかなかった。

 真冬の目に次第に焦点が戻り、その目が銃を持つ裕司の姿をとらえた瞬間、真冬は苦し気にしかめていた顔を嬉しそうにほころばせた。


「……よかった。無事……だったのだな」


 絞り出すようにそう言うと、真冬は安堵したように再び意識を失った。

 そのことで、裕司の疑惑は確信へと変わった。


「ふ、ふざけるな!」


 裕司は真冬のかたわらにしゃがみ、その肩を強く揺さぶった。


「答えろ! どうして俺を助けた! 今度は一体何をたくらんでやがる!? 言え! さっさと答えないか!!」


 ダメだった。裕司がいくら揺さぶっても真冬の意識は戻らない。それどころか、強く揺さぶられたせいか手足からの出血が依然止まらなかった。このまま何も手を打たなければ、真冬が失血死することは確実だった。

 その想像に、今度は裕司の血の気が引いた。

 このまま真冬が死んでしまえば、裕司は仇討ちを遂げるどころか憎むべき相手に逆に命を助けられた間抜けになってしまう。そんな屈辱を味わうくらいなら、裕司はあの爆撃で真冬もろとも死んでいた方が百倍マシだった。

 それに、なぜ真冬が自分を助けたのかも謎のままになる。もし裕司への嫌がらせが目的なのだとしたらまさに完璧な仕事といえたが、それでは穏やかそうな顔が不可解だった。そして、最初の襲撃で見せた歓喜の表情の意味もまだ分からないままだった。


 しかし、裕司がそう悩む間にも着物の赤い模様はジワジワとその面積を広げ、真冬の死へのカウントダウンは刻一刻と進んでいく。

 このままただ真冬の死を傍観するのか、それとも自らその針を進めてせめてもの自己満足だけでも得るのか。裕司は究極の選択を迫られていた。


「………………クソッ!」


 裕司は乱暴に拳銃をしまうと、代わりにナイフをケースから引き抜いた。そしてその鋭い切っ先を、徐々に真冬に近づけていく。

 そしてナイフは、ついに真冬の着物を切り裂いた。




「いいか、これはお前を助けるためじゃないんだからな!」


 裕司はナイフで露出させた真冬の手足を素早く観察する。案の定、爆弾の破片がかなり深くえぐっていた。


「何をたくらんでいるのか聞き出したら絶対に殺してやる。俺をバカにしたツケを払わせてやるんだ。いつもいつも俺がやられてると思ったら大間違いだぞ。二度とこんななめた真似ができないように、しっかりその体に刻み込んでやる。どうか殺してくれと、絶対に言わせてやるからな!」


 熱に浮かされたように叫びながら、裕司は着物の切れ端と装備の中に入っていた三角巾を使って素早く真冬に止血を施していく。

 最後に強く縛り上げると、それでようやく激しい出血が止まった。

 だが、それだけでは不十分だった。すぐに病院に運び込み、治療をしなければ真冬が意識を取り戻すことはたぶん二度とないだろう。


 裕司は真冬の背中と膝下に手を差し入れて一気にその体を持ち上げた。

 真冬を抱いた裕司は、爆撃で消し飛んでしまった正門の方に向き直る。すると、少し先の地面にP90が転がっているのに気が付いた。

 その存在は、束の間、裕司に部隊のことを思い出させた。そしてそれは、この行為が警察組織にとってどう映るかということでもあった。

 ここで一時的にせよ真冬を助けるということは、警察に対する明確な裏切りといえた。実働部隊をすべて失い、自衛隊に借りまで作って生み出した絶好のチャンスをあえて潰したとなれば、それはもはや利敵行為に他ならない。


「しった……ことか」


 今はとにかく真冬への尋問が最優先だった。そうでなければ裕司は気が狂いそうだった。後のことなどもはやどうでもよかった。

 裕司は真冬を揺らさないよう慎重に駆けだした。







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