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19話 あきらめたらそこで試合終了ですよ

 昼間の残暑も引いた深夜の里に、部隊は音もなく展開した。


「第一小隊、突入」


 川崎が指示するのを、裕司は黙って横で聞くしかなかった。

 次々と屋敷の中へ突入していく隊員たちの姿をモニター越しに眺めながら、裕司はただ歯噛みする。

 それでも裕司は、トラックに偽装された指揮車から勝手に飛び出していくわけにはいかなかった。

 川崎が業物わざものの日本刀のような迫力で裕司の動きを掣肘せいちゅうしており、もし裕司が不穏な動きを見せたら即座に取り押さえられることは確実だった。

 だが、裕司にとって拷問にも等しい状況にもやがて変化が起こった。


『こちら第一小隊!! 対象はこちらの奇襲を回避! クソッ、ダメだ。もっと弾幕を張れ! 絶対に隙を与えるな!』


 それは悲鳴のような報告だった。


「第一小隊! 何が起こっている。現状を報告せよ」


『こ、この化物め! チクショウッ弾切れか! う、うわぁ…』


 ブツッと通信が途切れた。


「第一小隊! 誰でもいい、誰か応答しろ!」


 だが、川崎の呼びかけに通信機は沈黙を保ったままだった。

 川崎の決断は早かった。


「第二小隊、突入準備だ! 指揮は私が直接取る!」


 そう怒鳴ると、川崎は傍らの裕司を見た。


「渡瀬、お前もだ」


 その言葉に裕司の口元が緩んだ。

 四肢を繋ぎ止めていた鎖から解き放たれる喜びに、P90を持つ手が震えた。


「了……解」


 湧き上がる歓喜を噛みしめながら、裕司は静かに命令を受諾した。




 川崎が指揮車となっているトラックの扉を開け放つ。裕司は再び里の土を踏んだ。

 もうなりふり構っていられないのだろう。川崎は裕司をポイントマンに指定すると即座に突入を指示した。

 裕司は小隊の先頭を切って屋敷の奥、真冬の部屋を目指して庭に進入する。草刈りで短くなった雑草を踏みしだきながら進むと、木々の先に女の影が見えた。

 もう我慢できなかった。

 裕司はゴーグルと耐火繊維製のフードを脱ぎ捨てると、小隊を置き去りにして一人突進した。


「待て渡瀬!」


 後ろからの制止も裕司は無視した。

 木々が切れる。

 屋敷の縁側部分は屋根まで大きく損壊していた。そして庭のあちこちには、パーツと化した第一小隊の隊員たちが無言で転がっていた。

 その真ん中で、着物をなびかせながらゆらりと真冬が立つ。

 裕司はP90を照準した。


「真冬――――――――――――――――――――――――――――――――――――――」


 裕司の叫びにうつ向いていた真冬がバッと顔を上げた。その目が裕司を捉えると、真冬の顔は驚愕にいろどられた。

 裕司は真冬が見せた驚きに胸がすく思いがした。そしてその顔が驚愕から恐怖に歪んだ瞬間、裕司は引き金を引いて真冬を殺すつもりだった。

 置き去りにした部隊の人間には、この至福の時間をもう邪魔できない。


 だが、引き金に掛かった裕司の指は凍りついたまま動くことがなかった。

 裕司は呆然と真冬を見つめた。

 真冬は歓喜の顔でジッと裕司の視線を受け止めていた。

 裕司の中で、真冬がそんな表情を浮かべることなどありえなかった。裕司は頭の中で何度も何度も真冬を殺してきた。そのどれもが、真冬は恐怖におびえながら無様に命乞いをして死んでいった。

 なのに、どうして真冬は歓喜の表情を浮かべている?

 妹を殺した後で逃げたのは、自分に殺されるという恐怖からではなかったのか?


 裕司の思考は想定外の真冬の反応に混乱し、体は何の行動もおこすことができなかった。

 そこに置き去りにしたはずの後続が突入してきた。

 部隊は瞬時に半包囲のフォーメーションを完成させると、無言のまま十字砲火を開始した。

 復讐の機会は、再び裕司の手からこぼれ落ちようとしていた。


「あ、あああ……」


 裕司は眼前で展開される光景をただ見守るしかなかった。

 しかし、事態はまたしても想定外の展開を見せた。


「ど、どうして倒れやがらない!」


「ダメだ! 全部はじかれる!」


「こいつの能力は無効化されてるんじゃなかったのかよ!」


 隊員たちの悲鳴のような怒号が飛び交う。

 やがて弾切れとなるP90が続出した。隊員たちがあわてて太もものホルスターから拳銃を引き抜こうとする。

 その時だった。


「邪魔を……するでない」


 笑顔を消した真冬が、片手をぐように振るった。

 もう片方の手で下げられた銅鏡からは強烈な光が放たれ、強い目まいに襲われた裕司はたまらず膝をつく。

 そんな裕司の周囲で、バタバタと隊員たちが倒れていった。スペクトラ繊維で編まれ要所をセラミックプレートで補強したボディーアーマーは、いとも簡単に切断されていた。

 またたく間に、立っているのは真冬だけになってしまった。

 裕司は何が起こったのか分からなかった。確かに距離を潰して審神者さにわの効果範囲内に真冬を捉えたはずだった。それがどうしてこんなことになっているのか。

 何もかもが裕司の想定外だった。


「ゴフッ…」


 近くでくぐもった声がした。

 裕司が視線だけをそちらに向けると、血だらけの川崎が苦し気にせき込んでいた。


「た、隊長……」


 川崎は地べたに転がったまま顔を裕司の方に向けた。


「渡瀬……。じょ、状況は」


「ぜ、全滅……です。でも俺! 絶対に手を抜いてたわけじゃ…」


「馬鹿者。そんなことは……当たり前だ」


 川崎は裕司の言葉を疑うことなく言い切ると、苦し気にヘッドセットに向けて話し出した。


「本部へ。こちら……川崎。突入は、失敗した。繰り返す。突入は失敗だ。審神者さにわの力は……目標に通用せず。審神者の力は、目標に通用しなかった」


 川崎は再びせき込んだ。それでもヘッドセットに話しかけるのをやめない。


「現在、生存者は渡瀬と……私のみ。状況は、レッドと認む。繰り返す。状況は……レッドだ!」


 そう叫ぶと、川崎はもう一度裕司を見た。


「渡瀬……。最後の命令を伝える」


 川崎の傷はもはや致命傷だったが、なおもその目から力は失われていなかった。


「どんな手段を使っても構わん。奴を一秒でも長く、この場に拘束しろ。撤退は……許可しない」


 裕司は息をのんだ。

 だが、すぐに川崎の意図を察してうなずいた。


「了解、しました」


 それでようやく川崎の表情がゆるんだ。


「……すまんな」


 そう言った川崎の目から急速に光が失われていく。


「……くそっ。だから、あの女狐を信じるなと、俺は……何度も上申したんだ。やはり……二重スパイ、だったか。おかげで部隊は、全滅……だ」


「隊長ッ!」


 裕司の叫びに、川崎からの返事はなかった。




「裕司……」


 自分を呼ぶ声に裕司は我に返った。まだ、ほうけてはいられなかった。


「動くな!」


 裕司は銃口を向けて真冬の動きを牽制けんせいした。もはや銃などかざしたところで何の意味もないと分かってはいたが、どうしても反射的にそうしてしまう。

 すると真冬に困ったように微笑まれた。


「裕司。それでは私は、殺せぬぞ?」


 裕司は屈辱に顔をゆがめた。

 だが、今はとにかく時間を稼ぐ必要があった。裕司は乾いた唇の隙間からうなるように言った。


「……どうして、愛梨を殺した」


 真冬は少し考える仕草をする。


「邪魔だった……からかな。あやつは私の前に立ちふさがって、裕司との日々を邪魔しようとしていた。生きている限り、あらゆる手管てくだを使って私の妨害をしてくるだろう。ならば、死んでもらうしかないではないか」


 何を当たり前のことをと言わんばかりに真冬は苦笑した。


「そんなことよりもだ。これで邪魔者はいなくなった。さあ、儀式の続きをしようではないか。まだ私は押し倒されて、胸をもまれただけだ。まさか、そんなもので満足するわけでもあるまい?

 フフフッ。朝までたっぷり私を凌辱するといい。欲望の限りをつくして、な。そうでないと、あの時の誓いは有効にならなぬぞ。妹に手術をしてやりたいのだろう?」


 裕司は一瞬、真冬が何を言ったのか分からなかった。自分をバカにしているのかとも思ったが、真冬は駄々をこねる幼子に優しく言い聞かせる母親のように笑っていた。


「しゅ、手術だと? 愛梨は……お前が殺したんだろうが」


 混乱した裕司が絞り出すように言うと、真冬は「ああそうだった」と軽くうなずいた。


「妹はうっかり殺してしまったから、もう手術をしてやることはできぬのだったな」


 真冬はそこで少し考え込むが、すぐに笑顔になった。


「だが誓いが有効にならねば、裕司は私に死ぬまで仕えることができぬではないか。ということはだ、手術ができなくなって仕える意味がなくなっても、私を殺して誓いを終わらせる権利も持たない、ということになってしまうぞ。それでは裕司も困るだろう。なにせ私は、母君と妹の仇なのだから」


「こ、殺す……権利? お前は一体、何を言っている……」


 裕司には真冬の言うことがまったく理解できなかった。真冬の言うことは矛盾だらけといえた。

 だが、もはや真冬の中でその矛盾は生じていないようだった。


「さあ、だから今すぐ儀式をしよう。手術をするにしても、私を殺すにしても、まずはそこからだぞ。裕司」


 とろけるような笑みをたたえた真冬が裕司ににじり寄ってくる。


「よ、寄るな!」


 裕司は恐怖にかられて引き金を引いた。

 だが、銃弾は今までと同じように真冬の直前の空間にはじかれ、あらぬ方向へ飛んでいくばかりだった。

 激しい目まいの中で裕司は痛感した。この化物を殺すにはこんな豆鉄砲ではやはり無理なのだと。

 小口径で高初速のライフル弾は威力こそまずまずだが、弾が軽すぎて葉っぱに当たっただけでも軌道がそれてしまう。ましてやP90の弾は室内戦闘での跳弾や貫通弾による二次被害を防ぐために、着弾の衝撃で乱回転に入るよう弾の比重が調整されていた。これでは強固な真冬の風の防御を貫くことなどできるはずがなかった。

 せめてFALやG3、AKMなどのように一世代前の中口径ライフルが欲しいところだが、裕司の手元には特殊部隊用のP90とファイブ・セブン・ピストルしかない。


「どうしたのだ、裕司。そんなオモチャはさっさとしまって、早く私と儀式をしようではないか」


 銃弾の雨などまるで意に介さず、子供にお勉強を迫ってくるような真冬に裕司はパニックにおちいる。

 裕司が思わず膝をついた足で後ずさり始めた時、不意に遠くから接近してくる複数の風切り音が聞こえてきた。

 その音を聞いた瞬間、裕司は地獄に垂らされた蜘蛛の糸を見るように上空を見上げた。

 夜なのでもちろん何も見えなかったが、ヒューンという甲高い音は裕司にとって待ち望んだ神の福音ふくいんだった。


「な、何だ、この音は?」


 さすがに不審に思ったのだろう。真冬も足を止めて上空を見上げる。


 もう……遅い


 裕司は勝利を確信した。銃口を下ろし、真冬のあわてる様をどこか満ち足りた気分で見つめた。

 次の瞬間、あたりは轟音と閃光、そして爆風に塗りつぶされた。




 近接航空支援体制にあった2機のF-2支援戦闘機から投下された4発のJDAM・500ポンド爆弾は、慣性誘導とGPS誘導によって全弾が屋敷の敷地内に着弾していた。

 それこそが、状況レッドのもたらす最終回答だった。

 部隊創設にいたる警察と自衛隊の駆け引き。その結果生み出された空自による『訓練飛行』という妥協。それは警察による事態の収拾が失敗した際の尻拭いであり、投入された隊員たちの生死すら問わず状況を終了させる暴挙だった。






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