14話 肩もみはつい手が滑りがち
夕食の空気は重苦しかった。
裕司はもちろんそうだし、皐月の空気も普段以上に重かった。
その中で真冬だけが上機嫌だった。なんと自分から眼帯を外して食事を始めていた。
確かに皐月に審神者の力がバレ、裕司にもその秘密がバレた以上、眼帯をしている意味はあまりない。それでも皐月への様々な葛藤がまだあるはずなのだが、今の真冬にはそれすら気にならないらしい。ある種の解放感がそこには感じられた。
そうさせてしまった原因でもある裕司としては気が沈まざるを得ない。そして、真冬と交わした約束のことを思うと、食事も満足にのどを通らなかった。
結局、半分ほどを残して裕司は食卓を後にした。
翌日、裕司は相変わらず皐月と訓練をこなしていた。
今なら裕司にも分かったが、これは鬼との戦闘を想定したものだった。
剣術は実戦なら柄に勾玉がついた刀剣で行うという。術の作用範囲が神器の一部といえる刀身であれば、術の撃ち合いで因果律が乱れた空間の中でも安定して使えるうえ、剣なら鬼の素早い動きにも追随でき、術で強化された切れ味は鬼の強靭な肉体をもやすやすと切り飛ばす。
拳銃はいくら遠間から撃てても避けられるか、チャチな弾であれば体表の浅いところで止められてあまり効果がないらしい。それでも、術を使えない裕司にとっては貴重な自衛手段になるはずだった。
皐月は裕司を真冬の盾や鉄砲玉としてではなく、真冬と危険な行動を共にすることを見越してせめてもの護身術のつもりで鍛えてくれていたのだと、今なら裕司にも理解できた。
「何も聞かないんですね」
訓練の合間の休憩中に裕司は皐月にたずねた。
皐月がせっかく真冬と対峙するチャンスをくれたというのに、裕司はそれを生かせなかったどころか逆に真冬に取り込まれる始末だった。食事風景だけ見てもそれは明らかだった。
そのことを皐月がどう思っているのかは想像に難くない。
「母を殺されながら今までずっとお嬢様の世話係をつとめてきた私に、あなたのことをどうこう言える資格はありません」
建前としてはそうかもしれないが、事故死となぶり殺されたのではまったく話が違うではないかと裕司は思った。
「あなたにはあなたの事情があり、道があります。もちろん、私にも。互いに苦悩しながら出した結論であれば、どうしてそれを非難できるというのですか」
病弱な妹を抱えた自分の立場を気遣っての言葉だと裕司は受け止めた。
「…………すみません」
審神者である裕司であれば真冬の傲慢を何とかできるのではないかという皐月の期待を裏切り、母親の死の真相を知っても何もできずに真冬の軍門に下るしかなかった裕司は、そう謝るしかなかった。
果たしてそれは皐月に対してか、それとも故人に対してだったか。
裕司が真冬に儀式の約束をさせられた翌日から、真冬はまた裕司の部屋を夜に訪れるようになっていた。
前よりはるかにくつろぎながらテレビを見ている真冬が不意に裕司に命じた。
「肩でももんでくれ」
その傍若無人さに裕司は顔をしかめた。
「その薄い胸で肩がこるわけないだろ」
「面白いことを言うな。ならば、実際にもんで確かめてみればいい。ああ、もちろん確かめるのは胸じゃなくて、肩の方だぞ」
その際どい冗談に裕司は舌打ちしながら真冬に近づいた。
しぶしぶ真冬の後ろで膝立ちになると、真冬が長い黒髪を前方に流しているせいで白いうなじがハッキリと見えた。着物の隙間から胸元がチラリとのぞいているのに気づいた裕司はあわてて目をそらそうとしたが、そこにあるはずの下着の姿がなくて思わず固まった。
「どうした、早くもんで確かめないか。それとも……、既に何かを確かめているのか?」
真冬はそう言うとおかしそうに笑った。
「ああ、そうだった。暑くてついブラジャーを付けなかったのだった。まあ、視線で物欲し気に視姦するだけなら許してやらんでもないが、お触りや強姦の方はまだ我慢するのだな。
だが、早く儀式の日を決めないと時間切れになって、妹の冷たいムクロを死姦することくらいしかできなくなってしまうぞ?」
真冬のゲスな挑発に裕司の手は無意識に動いていた。
「……そこでいいのか?」
首に裕司の両手が回されても、真冬は余裕を崩さなかった。裕司は黙って指に力をこめた。
真冬の白い首に裕司の無骨な指がジワジワと食い込んでいく。それでも真冬は、身じろぎすらしなかった。
真冬の顔が徐々に赤く染まっていき、やがて、ガクリと真冬の体から力が抜けた。
ハッとした裕司があわてて真冬の首から手を離すと、くずおれた真冬がケホケホと畳の上で荒い呼吸を繰り返す。
しばらくして、ようやく上体を起こした真冬は上気した顔でしどけなく言った。
「これは……これで……」ハアッハアッ「なかなかに、気持ちよかったぞ……」
そのなまめかしさに、裕司の方の呼吸が苦しくなる。
「だがそこは……、肩ではなくて、首というのだ」ケホッ「まあ、胸をもんでこなかっただけ、よしとしてやるが」ハアッ「次は……、間違うなよ。この駄犬、め」
息苦しそうにしながらも、真冬は軽くたしなめるだけで裕司の行為を不問に付した。
両手に感じた真冬の首の感触が、裕司の手にはまだ残っていた。それはもう少しで真冬と、その結果として妹の命を危険にさらすところだった。
「この調子で、もっと私を……愉しませてくれ。期待している、ぞ」
愕然としている裕司の頬を力無く撫でると、真冬はフラフラと立ち上がって離れを去っていった。




