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12話 優しさって難しい

 屋敷に戻った裕司は、まっすぐに廊下の奥を目指した。そしてある部屋の前で立ち止まると、ピシャリと襖をあけ放った。

 屋敷を出た時と同じワンピース姿で部屋の隅にうずくまっていた真冬は、おっくそうに膝の間に伏せていた顔を持ち上げる。


「女の部屋だというのに、声もかけぬのか? どうやら、しつけが甘かったようだな」


 裕司はそんな真冬のたわ言を無視して無言のまま部屋に足を踏み入れると、真冬の前で片膝をついてその顔から乱暴に眼帯をむしり取った。


「どうして……母さんを殺した」


 真冬の瞳が一瞬大きく揺れた。

 だがそれは、すぐにうっすらとしたあざけりに取って代わる。


「鬼は、討たねばならぬからな。そうしなければ、人が滅ぶ」


 裕司はギュッと拳を握った。


「なら……、どうしてなぶり殺す必要があった」


 真冬はフッと笑った。


「そのように言われるとは、心外だな。私は奴らに出来るだけ多くの反撃の機会を与え、生き残れるチャンスを与えてやったに過ぎない。窮鼠猫を噛むの危険をかえりみずにだ。その自己犠牲的な優しさに感謝こそされ、恨まれる筋合いなどまったくない」


「っ!」


 真冬のあまりに自分勝手な言い草に裕司は思わず真冬の胸倉をつかんだ。

 それでも真冬の笑みは崩れない。


「ああ、そうだった。私がその過程を愉しまなかった、とまでは言わぬから安心するがいい。それはそれは心地いいものだぞ。最後の希望を打ち砕いてから聞く、断末魔というものは、な」


 真冬の挑発に胸倉をつかんだ裕司の手が震えた。


「じゃあ……、どうして今日はすぐに殺したんだよ」


 真冬は初めて顔をしかめた。そして裕司の視線から逃れるように顔をそらした。


「フ、フンッ! 貴様にいきなり修羅場を見せるのもかわいそうだと思って手加減してやったのだ。それとも、母親の死にざまを再現してやった方が良かったか? 死に目には合わせてやれなかったが、それくらいなら考えてやらぬでもな…」


 裕司は最後まで言わせなかった。

 真冬を畳の上に引き倒すと、裕司はその上に馬乗りになった。真冬の頭が畳の上で跳ね、小さな悲鳴が聞こえたが裕司の心はまったく痛まなかった。


「お前なんか人間じゃない! そんなことを言えるお前の方が……、鬼よりよっぽど化物だ!!」


 真冬の上で荒い息を繰り返した裕司は、うつろに真冬に語り掛けた。


「何も知らない俺を飼犬扱いするのは楽しかったか? ツバまみれの握り飯を食って、土下座して、お手をする様を眺めるのはさぞかしお笑いだっただろ」


 そう言いながら、裕司の中でどす黒い感情がどんどん増していく。

 組み伏せられた真冬は、それでも一言も発しなかった。


「おい……。何とか言ったらどうだ」


 苛立った裕司を、真冬は無表情な目で下から見上げた。


「そうだな。ゾクゾクするほどの快感だった。これで満足か」


 真冬の馬鹿にしたような返事に、裕司はもう心の奥から込み上げてくる感情を我慢するのをやめた。裕司の脳裏に皐月の言葉がよみがえる。



『もし何かあやまちが起こったとしても、それはたぶん仕方のないことです』



「俺、前にお前に言ったよな。若い女が夜に男の部屋を訪ねるのは感心しないって」


 言いながら裕司は、真冬の両手をその頭上でガッチリと拘束した。そしてもう片方の手をワンピースのえりに掛けた。


「誘ってるのかと、勘違いするからな!」


 裕司はその手を一気に下へ振りぬいた。

 ワンピースの細い肩紐は一瞬でちぎれ、夏物の薄い生地はあっけなく裂ける。薄いピンク色のシンプルなデザインのブラジャーに包まれた、真冬の小振りな胸が裕司の視界にさらされた。


「っ!」


 真冬は反射的に胸を隠そうともがくが、裕司の拘束がそれを許さない。ようやく引き出した真冬の反応に、裕司はほの暗い悦びをおぼえた。


「一方的に踏みにじられる痛みってやつを、お前にも教えてやるよ。そうすればお前も、少しは真人間に近づけるんじゃないのか?」


 裕司は右手をブラジャー越しに真冬の胸の上に置いた。真冬が身を固くしたのが手の平の感触から伝わってきた。


「好きに抵抗してくれて構わないぞ。じわじわといたぶるのが、お前にとっては優しさらしいからな。窮鼠猫を噛めるかどうか、存分に試してみてくれ」


 裕司が胸の上の手に力を入れると、柔らかな弾力が返ってきた。

 湧き上がる興奮を感じながら裕司は真冬の反応を待った。真冬が抵抗すればするほど、そして屈辱に身を焦がせば焦がすほど、裕司の復讐はより強く達成される。

 だが、どれだけ待っても裕司の望む抵抗はやってこなかった。

 それどころか、組み伏せられた真冬の体からスッと力が抜けていく。


「……好きに、すればいい」


 そう言うと真冬は目を閉じた。

 裕司は何が起こったのか分からなかった。目を閉じてしまっては真冬ご自慢の術が使えない。

 いや、もとより審神者さにわたる裕司相手に真冬の力など効くはずもなかったが、それでもこれではまるで全面降伏ではないか。


「おい、ふざけるな! どうして抵抗しない! まさかしおらしくしてれば見逃してもらえるとでも、そんな都合のいいことを考えてるのか?

 ハッ! だったらおあいにくさまだな。そんなんで俺が許すわけないだろ!」


 裕司の叫びに、真冬はけだるげに答えた。


「だから、好きに汚せばいいと言っている。こんな私でも、まだ処女だ。汚しがいもそれなりにはあるだろう」


 それは自分すら突き放したとても冷めた言い方だった。裕司は何か、うすら寒いものを感じた。


「お前……、自分が何を言ってるのか、分かってるのか?」


 戸惑う裕司に、真冬が壊れた笑みを浮かべた。


「何だ? 遠慮などしなくていいのだぞ。なにせこれは、正当な復讐なのだからな。大義名分は貴様にある。好きに私の体をむさぼり、背徳の限りをつくすがいい」


「なっ…」


「正義の名のもとに、抵抗できないあわれな存在を思う存分蹂躙するのは最高だぞ。あの高揚感を一度味わえば、貴様もきっと病みつきになることだろう。なんなら、私から謝罪の言葉の一つでも引き出してみたらどうだ。日頃えらそうにしていた小娘を自分の下に組み敷しいてもてあそび、必死に許しを請わせるなど想像しただけで愉快ではないか」


 何かに酔いしれたような真冬の声に裕司はゾッとした。


「く、狂ってるよ……お前」


 真冬は何を今更と言いたげに失笑した。


「狂っていないわけがなかろう。人を殺し、鬼を殺し、視界を奪われて幽閉され、血塗られた牢獄をさまようだけの人生をまさかシラフで生きろと? 貴様、案外残酷なのだな」


 そう言って真冬はフフフッとおかしそうに笑った。

 真冬の狂気を間近で浴びた裕司から当初の激情が急速に去っていく。代わりに忍び寄ってくるのは、得体のしれない化物に対する恐怖だった。


「さあ、遠慮することなどない。早く貴様もこちらの世界に来るのだ。なあ、『裕司』」


「う、うわぁ!」


 裕司はまるでヤケドしたように真冬の胸から手をどけると、はじかれたように真冬の上から飛びのいた。そしてそのまま転がるようにして部屋から飛び出す。


「ま、待て! まだ何も済んでは…」


 真冬のあわてた声が後ろから聞こえてきたが、裕司はかまわず廊下を駆けた。







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