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11話 期待してた告白と何か違う

「お嬢様の荒魂あらみたまの力が最初に顕現したのは、今から数年前のことです。そしてその顕現と同時に、暴発した力に巻き込まれて死んだのが、私の母でした。

 お嬢様のお母様は体が弱く、産後まもなく亡くなりました。ですから私の母がずっとお嬢様の乳母のようなことをしていた。それがアダとなったというわけです」


 フフッと皐月は冷たく笑った。


「それでも、お嬢様は私に一言も謝らなかったのですよ。確かに謝ってもらったところで母はもう帰ってきませんし、力の暴発はお嬢様が起こしたくて起こしたわけではないことも分かっています。それでも、お嬢様がまだ幼かった私から母という存在を乳母として取り上げ、今度は術の暴発でその命まで奪ってしまったことは事実なのです。せめて、一言くらい謝ってくれてもいいと思いませんか?」


 皐月は愉快そうに聞いてくるが、裕司はとても返事などできなかった。


「代わりにお嬢様は私を世話係に望みました。自分が殺した人間の娘に食事の支度をゆだね、眼帯で目が見えない生活のフォローをまかせたのです。お嬢様は私がミスを装って失敗しても形ばかりの叱責をするだけで、まるで贖罪しょくざいであるかのごとくすべて受け入れました。そんなことをしても、もう母は帰ってこないというのに。ただ自分が罪の意識から逃れたいがために私を利用したのです。そうやって黙って幽閉のような生活を受け入れ、荒魂として鬼を殺すだけの日々を送った。そう、あなたが来るまでは……」


「お、俺!?」


 いきなりの名指しに裕司は戸惑った。


「あなたはお嬢様が私の母を殺してしまった時に捨て去った、普通の生活への未練なのです。あなたがいれば、お嬢様は限定的ながらも普通の生活が送れる。荒魂だからといってすべてを諦めなくてもいい。無理に咎人とがびとをよそおった生活を送る必要がなくなるのです」


 皐月はあざ笑うかのようになおも続ける。


「ですが、お嬢様はそこで私の目が気になった。育ての親を殺しておいて、今更その娘の前で己の幸せを追い求めるあさましさが私にどう映るかに気付いた。だからあなたが審神者であるとは言わず、ただ屋敷に引き取るように手を回したのです。こっそりと、秘密の遊戯を楽しむように」


 裕司はそれでようやく、離れでの真冬と皐月の確執の意味を理解した。と同時に、あの晩以来の皐月に対する嫌悪感のようなものが消えていった。

 だが、それでも真冬に対する皐月の態度は少し厳しすぎるのではないかと感じた。皐月の母親の死は確かに痛ましいことだが、それはどちらかといえば不幸な事故だろう。そのことで幽閉生活を余儀なくされる真冬を責め続けるのは、酷なことのように裕司には思えた。

 とはいえ、それを実際に肉親を亡くした皐月の前で言うことはさすがの裕司にもはばかられた。


「私を心の狭い女だと軽蔑しますか?」


 内心をズバリと言い当てられ、裕司は激しく動揺する。だが、まさか正直に答えるわけにもいかない。


「い、いえ、そんなことは……」


「いいのです。自分でも分かっています。ですが……、あなたも私と同じ立場に立たされたとしたらどうでしょうか」


 暗い愉悦をたたえた皐月の言葉に、裕司はすごく嫌な予感がした。


「あなたのお母様を殺したのも真冬お嬢様だと言ったら、あなたはそれでもお嬢様を許しますか?」


 裕司の時が止まった。


「あの街で、最後の被害者とされているのはあなたのお母様です。そしてその最後の事件は、鬼を討滅すべくお嬢様が送り込まれた日と同時に起きている。これが本当に、ただの偶然だと思いますか?」


 裕司の本能はその先に進んではいけないと警告していたが、気付けば裕司は皐月に誘導されるように聞き返していた。


「ぐ、偶然じゃなければ、どうだっていうんですか……」


 皐月は静かに告げた。


「残念ですが、あの事件で鬼だったのは、あなたのお母様です」


「違う!」


 裕司は皐月の今の言葉をかき消すように繰り返した。


「違う違う違う違う違う違う違う!!」


 だが、叫びながら裕司は思い出していた。

 事件の起こるしばらく前から母親の様子はおかしかった。たまに何かをこらえるように辛そうにしていたし、フラリといなくなることもよくあった。そして、そんな日の翌日には決まって事件の新たな犠牲者の発生が報道されていた。

 だから裕司は、警察から母親が連続猟奇殺人事件の被害者として殺されたと聞いて、心の片隅でどこかホッとしていた。すべては自分の思い過ごしであり、偶然に過ぎなかったのだと。そして裕司は、母親を疑った自分を深く恥じた。

 クローゼットの奥に隠すようにしまわれていた、どす黒い汚れがベッタリと付着した母親の洋服だってあれはきっとペンキか何かだったのだ。

 もちろんその洋服は母親の死後、すぐに見知らぬ遠くの駅のゴミ箱へ誰にも分からないように始末した。乗り換えを何回も繰り返したし、発車直前に電車を飛び降りたりもしたからたとえ誰かが尾行していても大丈夫なはずだった。

 それなのに、どうして皐月は今更そんなことを言うのか。


「術者や鬼は、遺伝が強く影響すると言いました。審神者さにわの母親だけが、それと無縁でいられると思いますか?」


「さ、審神者なんて知らない! あんたたちが勝手に言ってるだけだ!」


「ではあの時、あの場所であなたがお嬢様と出会ったのは一体なぜです?」


「そ、それは……」


「それに、事件に対する警察の対応に疑問を感じたことはありませんか?」


 皐月のその問に裕司はギクリとした。確かに裕司は警察の対応に不満を持っていた。

 裕司も何度か事情聴取を受けたが、警察はとりあえず動いているという印象しか受けなかった。犯人逮捕に向けた熱意や意欲が警官によって酷くバラついていたし、最初は意気込んでいた人間も段々と歯切れが悪くなっていった。最後には応対も短く打ち切られ、相手の顔には迷惑そうな表情さえ浮かんでいた。

 母さんが殺されたっていうのにどうして警察は真剣に捜査しようとしないんだ、当時の裕司はそう真剣にいきどおった。

 だがもし、犯人が既に死亡していたら? そしてそれを警察幹部は最初から知っていて、捜査にストップがかかったのだとしたら……。

 裕司は愕然とした。


「そんな……。だって、『血まみれ』だったあの服は、誰にもバレないようにちゃんと始末したのに……」


 言ってしまってから、裕司は自分が何をつぶやいたのかに気付いてハッとした。 

 しかし、一度声に出してしまった言葉はもはや無かったことにすることができなかった。その瞬間、それは裕司の中で真実となった。

 これまで必死に信じ込もうとしていた裕司の現実が、真実の前にガラガラと音を立てて崩壊していく。




 車は静かに朝もやの高速道路をひた走る。

 やがて、インターチェンジまで何キロという標識が現れたかと思うと、すぐに視界から消えていった。

 そのインターチェンジすら遥か後ろに通り過ぎてしまった頃、裕司はぽつりと皐月に聞いた。


「母さんは……、苦しまずに死ねましたか」


 裕司の脳裏には、さっきの池のほとりでの光景があった。

 青年の姿に母親の姿が重なる。

 一瞬で何が起こったかも分からず心臓を貫かれて死んだ青年。せめてあんな風に苦しまずに死ねたならと、裕司は思うしかなかった。

 だが、皐月は裕司に逆に聞いてきた。


「私があの場で、もういいのですかとお嬢様に聞いたことを覚えていますか?」


 言われてみれば確かにそんなことを言っていたような気もしたが、あの時の裕司は目の前の死体に動転してそれどころではなかった。


「お嬢様がいつも鬼を討つ時は、今日とは少し様子が異なります。手足を散々に切り飛ばされた鬼の、断末魔の抵抗を楽しそうに叩き潰しながらじっくりとトドメを刺されるのが常です」


 裕司は血の気が引いていくのが自分でも分かった。


「まさか……。母さんも、そうやって……」


 皐月の返事は残酷だった。


「最近における例外は、今日だけです」




 やがて、車は屋敷に戻ってきた。

 皐月が門の前に車を止める。

 裕司はシートバックに背中を預けたまま動こうとしなかった。

 皐月は何も言わない。

 どれだけ時間が経っただろうか、裕司は緩慢な動きでドアを開けると幽鬼のように地面に降り立った。

 その時、不意に皐月が口を開いた。


「私は少し用事を思い出しました。なのでこのまま出かけます。おそらく、昼過ぎまでは戻ってこないでしょう」


 どうしてそんなことを言うのかと、裕司はゆっくり皐月を振り返った。

 皐月は前方を見据えたまま裕司と目を合わさずに続けた。


「戻ってくるまでの間、屋敷の中で何が起ころうと私は気にしないでしょう。もし何かあやまちが起こったとしても、それはたぶん仕方のないことです。あなたは何も悪くありません」


 皐月の言葉に、裕司の心臓がドクンとはねた。


「ドア、閉めてください」


 その声に誘われるまま、裕司はバタリとドアを閉めた。裕司には、それがサイの投げられる音に聞こえた。

 皐月の乗る車は、裕司だけを残して屋敷から去っていった。







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