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9話 眠気覚ましのインパクト

はい、ようやく話が進み始めましたね。この話を境に、敦司クンは平和な日常から外れていくわけですが・・・。敦司クンの出生の秘密や敦司クンに降りかかる事件、愉快な仲間たちの活躍に乞うご期待!と言ったところでしょうか。

「ではエアシャワーを浴びたあと、白衣をきてもらいます」

「はぁい」

僕らは指示にしたがってエアシャワーを浴びた。埃を落とすためのものらしいがなんだか気持ちいい。

「・・・じゃあ行きましょうか」

僕らがエアシャワーを終えるのを見計らうと、石山さんは実験室の扉を開けた。




さすがに実験室では、オフィスよりも多くの人が働いていた。

「さあ、実験に入る前にここでどんなことをやっているのか説明したいと思います。・・・ここ、豊島生物遺伝子研究所は、豊島財閥の援助のもと、研究を行っているわけですが・・・」

ん?豊島・・・?

なんか誰かに豊岡だかTOYOTAだか適当なこと言っちゃったような・・・。まあいいか。

石山さんの説明は続く。

「援助を受けている以上豊島財閥に利益を提供しなければなりません。さて、どのような方法で利益を挙げるかというと・・・これです」

石山さんはパネルを取り出した。

「これは・・・そっくりですね」

僕は呟いた。

パネルには2枚のネズミの写真。それぞれにモルモットA、モルモットBと書いてある。

注意深く観察すると、他のネズミに比べて1本指が長いところも、前歯が一段と発達しているところも同じだ。

「同じっていうより・・・これはクローンですよね?」

内海が口許を指で触りながら聞いた。

「その通り。これらはクローンです。私たちはクローン技術で利益を得ているのです」

「はぁ・・・」

見当がつかない様子だ。

・・・僕は眠い。

そもそも文系の僕は興味ない。

「・・・牛で説明しましょう。あるところの高級ブランド牛。高級といってもピンからキリまでありまして価格は一頭200万円から2000万円。普通に生殖させても平均1100万円の牛しかできないわけです。そこでクローンです。2000万円の牛のクローンを作ることで2000万円の価値の牛を大量生産します。すると牛平均価格は一頭につき1100万から一頭につき2000万へ。単純計算、企業は900万の利益をものにできるわけです。つまりこれは・・・」

「牛版遺伝子組み替えのようなものってわけですか!」

内海は興奮したように言った。

「2000万の牛を大量生産すれば牛の価格は下がります。つまりこの技術を使えば僕らは高級な牛を本来より安値で食べられるようになるわけですね!」

ああ内海。君はどうしてそうやる気があるのか。僕は眠いし頭が痛いし・・・っとと!

よろめいてバランスを崩したが、幸い誰も見ていなかったようだった。

見ていたら絶対仮眠室へ逆戻りだ。

レポートのためにはここは堪えなければ。

「ふふ、その通り。企業のために提供する技術が結局は人々のために役立つというのは面白いものだね」

「すごいです!」

オイオイ、目がキラキラいってるぞ・・・。

2人は別世界へ飛んでいこうとしている。

・・・これだから理科系オタクは。

ビリ○ダマだのコ○ルだのしか出さないくせに。



「さて、そろそろ実験の方に入ろうか。皆さん親御さんの髪の毛は持ってきましたね?」

「はぁい」

髪の毛を取り出す。

・・・前から思っていたが、髪の毛、特に女性のものはなんというか、怖い。

「やり方は至って簡単。髪の毛と決められた分量の試験薬を試験管に入れ、スキャナーでデータを取り込むだけです。それで、画面に2つの線が出ます。一致率が60%以上なら、科学上その2つの髪の毛の持ち主同士に血の繋がりがあることが証明されます。・・・まあ親子なら80%くらいにはなりますが。スキャナーは1人ずつあります。補助員が1人ずつつくので安心して行ってください」

ホッとした。眠いから実験失敗しないか不安だったけど、補助員つくならなんとかなるだろう。







試験管を2本用意し、試験薬を入れる。親の髪の毛の分とと自分の髪の毛の分だ。

「へぇ〜、君なかなか手際良いじゃんよぉ」

そう言って僕を誉めるのはさっき置いてきぼりにされた佐々井さんだった。

「えっと、これで問題ないですか?」

「おーし大丈夫!んじゃあスキャナーにかけてみようか」

「はい」

実はこれが苦戦するところだった。

試験薬は数種類入れるのだが、その試験薬が混ざってはいけない。試験薬が分離した状態を保ちつつ慎重に・・・。

そぉっと。

そぉっと。

なぜか頭にはテストの問題。

『プレパラートに気泡が入らないようにするにはどうするか、述べよ』

慎重に作業をするという点は同じなので連想してしまったのだろうか。

中学の時やったなぁ。

文系の僕は実験なんてそれ以来。

確か僕のその時の答えは

『注意する。』

・・・ははは、昔は僕もひねくれてたもんだ。

確かテスト返しの後呼び出し食らったんだっけ。


ピン!


「お、結果が出たぞ」

「えっと・・・?」

2つの線は見事に・・・一致していた。

「おぉ!一致率86%!」

「成功だねぇ」

僕と佐々井さんは無事に実験が成功したことにホッと胸を撫で下ろしたが、突然佐々井さんは

「あれ?」

と声を挙げた。

僕の持ってきたプラスチックケースを見ている。

「どうしました?」

「いや、試験管の髪の毛と、この髪の毛、どうも違うものみたいなんだけど・・・」

「えぇ?」

僕はさっきの試験管とプラスチックケースに残った4本の髪の毛を見比べた。

「確かに・・・」

明らかに試験管にあるのは男性の髪の毛だった。比べてみたら一目瞭然。

なんで作業のときに気が付かなかったんだろう。

・・・あ、そうか。眠くて注意力散漫だもんなぁ。

さっきは手際いいと誉められたが、実験開始直後に僕は試験薬が入ったビーカーを落として割っている。

やはり最初に心配したようにかなり眠気は手強いようだった。

「・・・とすると、これは君のお父さんの、かな?」

「はい。だと思います」

父さんめ、母さんのヘアブラシを無断で使うとは・・・母さんにバレたら殺されるぞ?

「じゃあこれはお母さんのな訳だ」

「はい」

「・・・時間も余ってるし、せっかくだからこっちも調べてみるかい?」

「ん〜、はいお願いします」

僕の手際は本当によかったのか、周りはまだ実験を続けている。

僕の他は理系のはずだが、貧乏校のうちは、実験の設備も悪い。だから、理系といっても実験はめったにやることはないのだとか。西岡から聞いた話だが。

・・・めんどくさいのは嫌いな僕だが、待っているよりは何かしらやっていた方がいいというものだ。それに、この実験はなかなかに楽しい。

僕は理系でも良かったかなぁなどと思った。

・・・ただし、うちではないもっと金持ちの高校に限り。

「よっしゃ」

佐々井さんは満足気に頷くと、

「そうと決まればさっさと準備しないとな」

と、僕なんかでは到底及ばない早さで試験薬の調合を終えた。

すごい・・・。

やる気無さげに見えてもさすがは本職。

僕の感心をよそに佐々井さんは怪訝そうな顔で

「どうしたぁ?早くやってくれよ〜」

と、僕を急かした。

「あ、はい!」

慌てて、といっても失敗しては意味がないので丁寧に、作業を終えると、スキャナーに乗せた。

僕がやることといえば佐々井さんの調合した試験薬を一定分量試験管に入れるだけなのだが、佐々井さんの調合よりも時間がかかってしまった。

「うーん、やっぱり手際いいなぁ。君、こういうの向いてるかもよ?」

とはいっても佐々井さんから見れば手際の良い方のようだ。

それともお世辞か?

「あはは、あ・・・ありがとうございます」

あいにく僕は文系なのだが・・・


ピン!


「お!出たぞ」

「え〜、一致率・・・37%!?」

「んな馬鹿な・・・」

佐々井さんが思わずというふうに呟いた。

「・・・メンテナンスは昨日行ったばかりの機械で誤作動・・・?いや、有り得ない」

佐々井さんはぶつぶつ呟いている。そこに、いつものおちゃらけた表情は、ない。

「なぁ、これは本当に君の母親の髪に間違いはないのかい?」

僕はちょっと考えた。

あれは家にある、母さんが昔から使っているヘアブラシから採った髪の毛だ。

母さんのじゃないとすると、誰の髪の毛かって話になる。

・・・まさか父さんは本当に浮気してたってのか!?

いや、家にはいつも母さんがいるんだぞ?母さんが浮気相手を連れ込むなら話は別だが、父さんは不可能。

かといって自然に考えるならあのヘアブラシが母さん以外に使われるのは、誰かが家でシャワーを浴びるなりしたときだけ・・・。

いや、待てよ。逆はどうだ?父さんが浮気相手と会ったときにそのヘアブラシをそこへ持っていった!

・・・何のために?浮気相手は自分のヘアブラシも持っていない女性だと?

・・・無理がありすぎる。と、なると・・・。

「ええ・・・間違いありません」

「本当かい?」

「ええ」

僕は今考えたことを佐々井さんに告げた。

「うーん」

佐々井さんは唸った。

「確かに普通に考えてこれは君の母親の髪の毛だね・・・」

「試験管が上手くいってなかったのでしょうか」

「うーん、そうだとしてもそんな顕著な違いは・・・でもそうかもしれない。やってみる価値は・・・ある、かな」

・・・恐らくその可能性は低いのだろう。佐々井さんの目がそれを語っていた。

「や・・・やってみましょう」

僅かな望みをかけて・・・。そして浮かび上がりそうな嫌な予感・・・今まで考えたこともないような最悪の結末の予感を押し潰して。







「・・・・・・」

「・・・・・・」

僕らは何も言えず黙りこくっていた。

もうすっかり眠くない。・・・まったく、とんだ眠気覚ましになったもんだ。

あのあと、全ての髪の毛を使ってやり直してみたが、結果はかけらも変わらなかった。何度やっても37%。

佐々井さんがプレパラートを作ってみても失敗したのだから、プレパラートのせいではなかったのだろう。今はもう実験室には学生は僕しかいない。

実験が上手く行かなくてくやしい。最後までやらせてくれ、と嘘をつき、みんなには先に終わってもらっていたのだ。今ごろ会議室で反省会だろう。

「は・・・ははは、機械の故障だろう」

佐々井さんは笑って僕を安心させようとした。

しかし、その笑いは明るい佐々井さんには似合わない、作り笑いだった。

「佐々井さん、機械は昨日メンテナンスをしたばかりなんですよね?さっき言ってたじゃないですか」

「あ・・・聞かれてた、か」

佐々井さんは若干青くなった顔を僕に向け、僕にとって死刑宣告並みの重みのある発言をした。

「こんなこと俺が言っていいのか分からないけど・・・はっきり言おう。君とこの髪の毛の持ち主・・・つまり君の母親は、君の本当の母親ではない。・・・もちろん機械の不備の可能性もある。だからこの髪の毛は預からせてもらいたい。もっと精密な検査をしてみる。・・・ただ・・・」

「あまり期待はするなってことですか・・・」

佐々井さんは力なく頷いた。

「はっきり言ってもらえてよかったですよ。逆にボカされたりしたら現実から逃げたくなるだけですもんね・・・」

「・・・まだ分からない。その髪の毛は本当に母親のなのか!?」

「ありがとう・・・ございます・・・だけど、それは母の髪の毛です。間違いありません・・・」

僕は佐々井さんが必死になってくれたことがとても嬉しくて、涙が出てきた。

「あの・・・佐々井さん」

「なんだ?」

「この事・・・誰にも言わないでもらえますか・・・?周りから変な同情受けたくないんです」

佐々井さんはちょっと迷っていたようだったが、しっかりと頷いた。

「ホント・・・ありがとうございます」

「気にするな!・・・俺は今すぐ鑑定に出しに手続きをとってくる。結果は君宛に後日封書で送る。いいか?」

「・・・はい」

「じゃあ、今日はもう帰りな・・・皆にはやっぱり体調が思わしくないので帰ったって言っておくから。あと、俺の名刺。メルアド書いてあるから、何かあったら連絡してくれ」

「はい・・・じゃあ、失礼します・・・」

「・・・おう!気を付けろよ!」

敢えて元気に声をかけてくれた佐々井さんの心遣いに、また涙が出そうになる。

僕は上を向きながら研究所を後にした。

涙が、こぼれないように。

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