6話 24班編 時代に乗り遅れたくないからって知らない言葉を使っちゃいけない
はぁ。読者数がSF書いてる友人に負けてます。ジャンル違うから比べるのもどうかと思うけどやっぱりちょっと落ち込むなぁ。向こうは「もっとこうした方がいい」とかそんなコメしか来ない、とか言ってましたが、こっちはコメすら来ない・・・(笑)やっぱコメディって目立たないのかなぁ。てかこの小説コメディとミステリーの境だからジャンル微妙なんだよなぁ。・・・って愚痴っても仕方がない。本編どーぞ※この話はストーリー都合上、全て三人称で書かれています。ご了承ください
警視庁捜査一課の刑事部屋の一室で、永森明人巡査部長はデスクワークに追われていた。永森は、昨年から警視庁へ配属された刑事、24歳だ。
今はこの間検挙した連続放火魔についての報告書に取り組んでいる。
もう夜の12時を回ったこの時間に、未だ残業を続けているのには訳がある。
永森は明日は非番なのだが、弟の俊吾も職業体験の関係で午後からはフリーになる。
何としても今日中に仕事を終わらせなくてはならない。というのも・・・。
「・・・あーっ!終わったぁ!」
永森はグッタリと椅子にもたれ掛かった。
所要時間4時間半。
溜まりに溜まった仕事が遂に片付いたのだ。
「おぉ、終わりました?」矢嶋が声をかけてきた。
矢嶋祐一警部補。キャリアで、1年目から捜査一課に配属された期待の星。よくいるキャリアのように人を使うばかりでなく、現場へ何度も出張り、幾度となく凶悪犯を検挙した。
勉強ができるだけでなく、現場の刑事としての能力も一流のようである。
先日の放火魔事件だって、矢嶋と永森でペアであたったのだが、そこで矢嶋との能力の違いを永森はまざまざと見せつけられることとなった。
かといって威張るわけでもなく、人当たりも基本的にはいい矢嶋を、永森はわりかし尊敬していた。
「ご苦労様でした。はい、これどうぞ」
矢嶋はコーヒーを渡した。
「あ、すみません。上司にコーヒーもらうなんて」
「いえいえ、この24班じゃ僕が一番年下ですから」
そう。彼は20歳。ただでさえ若手の永森より4つも年下だった。
「しかし・・・何度も言うけど信じられませんね。高卒で公務員1科をパス、なんて」
「正確には大学1年で、ですが」
「変わりませんよ、そんなの」
そうですかね、と矢嶋は頭を掻いた。
「でも永森さん、あんまりすごくもないですよ。僕の家系も家系ですから。もしかしたら不合格だったのに合格に結果が捏造されてたり・・・」
「ああ、そういえば。すごい家系なんでしたね」
矢嶋は叔父が警視総監、祖父が元警察庁長官の超大物、という血統書付きのエリートだと永森は聞いたことがあった。
「にしたって。ここでも実績挙げまくってるじゃないですか」
「まぁそれはそれとして・・・」
矢嶋は誉められることがあまり好きではないのか、素早く話題を変えた。
「しかし、今時珍しいですよねぇ」
「何がです?」
「あなたの弟さんですよ。仕事で疲れた兄のために、ささやかな慰労パーティを開く。なんて兄想いの弟!羨ましい限りです」
「ま、まぁ・・・自慢の弟ですから・・・。親が死んでからは二人だけで頑張ってきたんですよ・・・・・・」
「そうだったんですか・・・」
しみじみとした空気が流れる。
バアンッ
扉が叩きつけられて大きな音を出した。
「おい!事件だ!」
空気をぶち壊したのは、2人の上司に当たる黒田だった。
黒田正治警部は40歳。
痩せ顔。
一応この班のリーダーだ。といっても黒田は班のリーダーたちの中では一番下っぱなので、この班は以前、密かに見くびられていた。最近それがなくなったのはひとえに矢嶋の存在が大きいだろうと永森は思っている。
「な、なんだ、どうした?・・・なんなんだこの空気は?おい、矢嶋。なぜ私を睨む?」
「・・・いえ、何でもありませんよ、警部」
「口調と比べて目が笑ってないのは私の気のせいかな・・・?」
「・・・・・・」
「だ、黙らないでもらえるかなぁ、矢嶋くん?」
「・・・・・・」
永森は耐えきれずに吹き出した。
「ハハハ、そのくらいにしましょうよ、矢嶋さん」
「・・・まあいいでしょう。フフフッ、警部、ビビりました?」
「・・・心臓に悪い」
「普段にこやかな人が急に真顔になるって怖いですよねぇ」
永森は黒田を見た。
「全くだ」
「まぁまぁ、ほんの軽い悪ふざけですよ」
「・・・君の冗談や悪ふざけは君の思ってるほど軽くはないことを自覚したまえ」
「同感です。あははは、俺としては警部の若干怯えた顔という面白いものを見れたのでオッケーですが」
「貴様ら、あまり人をおちょくると、貴様らの無駄な捜査費用、主に張り込み時にアンパン買えばいいものをコンビニの中で一番高級な幕の内弁当買ってくるなどを、今まででは黙認してたけど、今後一切経費でおとさせないぞ?」
「「ごめんなさい」」
「分かればいい・・・さて、何を言おうとしたんだっけ」
「数分前のことを忘れるなんて、警部の頭もついにガタが来ましたか」
矢嶋はニヤリと笑って言った。
そう。矢嶋は基本的には人当たりも良い、いわゆるいい人なのだが、人をおちょくるのがこの上なく大好きという悪癖があった。
これさえなければいい上司なのになぁ、と永森は思っている。
「俺の記憶では、確か事件だ!とかいってましたよね」
永森が指摘した。
「おお、そうだった。東玉川署管轄内でコロシだ。ウチに協力要請が来た。えー、殺されたのは男。30半ばくらい。身元不明。死因はナイフで胸を一突き。・・・遺留品はガイシャの胸に刺さったままだったナイフのみ。とうぜん指紋の類いも見つかっていない」
「はぁ・・・厄介なことこの上無いですねぇ」
矢嶋が呟いた。
「全くだ」
黒田が頷く。
「・・・あの、こう言ってはなんですが、俺には至ってありきたりの事件のように聞こえたのですが」
「ええ、確かに『ありきたり』ですね」
「ありきたりすぎるんだ。分かるか?永森」
「はあ・・・・・・」
永森は首を傾げた。
「余りにもありきたりなんです。手口がシンプルすぎて、逆に証拠が残りません。目撃者とかがいない限りは、ですが」
そう言って矢嶋は黒田を見た。
「・・・残念ながら今のところ目撃者は見つかっていない。東玉川署の連中が初動捜査を始めてはいるがな」
「ひゃあ、もう夜遅いのにご苦労なこって・・・」
「ですね。まったく御愁傷様ですよ。がんばったって給料がよくなるわけでもなし、振り替えの休みができるわけでもなし。警察ってのはなんでこうなんでしょうねぇ」
永森の呟きに矢嶋が答えた。
「・・・君らもっと自分の仕事にやる気を持とうよ・・・・・・今の発言からしてやる気のなさを伺えて余りあるよ?最後ただの愚痴だし」
黒田の哀しそうな目を見て、矢嶋は話を元に戻すことにした。
「・・・あー、まぁ現場が深夜の裏路地じゃあ目撃者がいないのもしょうがないですね」
「うーん・・・」
永森は腕を組んだ。
「でも、ナイフで心臓を一突きですよね。犯人は相当の返り血を浴びて目立つんじゃ・・・」
「永森さん、ナイフは心臓に刺さったままなんですよ?ナイフを抜けば大量に血が噴き出しますが、刺さっている限り、ナイフは蓋の役割をして、血はそんなに出ません。返り血はあまり浴びないはずです」
「なるほど・・・」
永森は感心して唸った。
話を先に進めようと、黒田が口を開いた。
「シンプルな手口はむしろプロが多い。ヤアさん関わりも考えられないか?」
「確かにそれは僕も思います。ですが、先入観は敵ですよ。警部」
「うん・・・分かっているが・・・というかさっきまでやる気0だった君に言われると無性に腹がたつ」
「さっきはさっきですよ。・・・まずはガイシャの身元が分からないと。話はそれからですね」
矢嶋が締め括った。
「そうですね・・・。いや、しかし流石ゴールデンルーキー矢嶋祐一!もう事件をそこまで見抜きましたか」
「はぁ・・・。僕はそんなすごいことやっていませんよ?・・・大して見抜けてもいないし」
矢嶋の言葉をよそに、黒田が続ける。
「うーん、ゴールデンルーキーか。優秀なのは認めるが、ゴールデンルーキー2人のせいでこの24班が変人班と言われているのも否めないな」
そう。ゴールデンルーキーは二人いる。一人は無論矢嶋。そしてもう一人は・・・
「ちょっと。それは納得できませんね」
怒った様子で矢嶋が言った。
「事実だろう。やたらと優秀なくせに現場に出たがり、昇進試験を受けようとしない、人をおちょくるのが大好きな奴」
「いや、最後のはその通りですが、試験受けないのはすぐに昇進しちゃったら警部の立つ瀬がないんでそれはちょっと可哀想かと思ったんです」
「・・・ッ!」
黒田は絶句する。
それを横目に、永森は矢嶋を見た。
「それをここで言っちゃうのも相当可哀想ですよ?」
「ははは、いや冗談だって。本当のところはペーパーテストに頼らず、実績での特別昇進をしたいんですよ」
「・・・やっぱり変人じゃないですか。特別昇進なんてそうありませんよ?」
「そうですかね?やっぱ試験受けよっかなぁ」
「「あははははは」」
ブチッ
何かがきれる音がした。
「洒落にならない冗談で私を廃人同然にしておきながら、私の存在を無視するなあぁぁぁっ!矢嶋ああぁぁぁっ!だからお前の冗談は軽くないって言ってるだろうがあああぁっ!!!!!!」
怒声が響き渡った。
矢嶋が全員に入れたコーヒーでちょっと一息。
ちなみに黒田のコーヒーは特製スペシャルブラックとなっており、一口飲んだ途端黒田はそれを流しに捨てに行った。
「・・・まあ、もう一人は何故だか言うまでもないですよね」
「ええ、あの人が変人なのは僕も納得します・・・あの人また警察手帳机に置いてったよ」
「意味分かんないな。デスクワークするだけなのになぜ警察手帳を出す必要がある!?」
黒田がツッコミを入れた相手・・・毒蝮美咲はもうここにはいない。定時ピッタリに帰ったのだ。
無論彼女がほぼ今と同時期、1人の青年に絡んでいることを知る者はいない。
思わず永森は呟く。
「なんかあの人見てると俺らがこうやって真面目に残業してんのが馬鹿らしくなってきません?」
「・・・それを言ってはいけない。言ったら負けだ」
「「「はぁ・・・」」」
三人は一様にため息をつくのだった。
さらに数十分後。
さっさと帰ればいいものを、この3人はまだ無駄話に花を咲かせていた。
「・・・しかしいつまでこんな所でグダグダしてんですか?俺たち」
「まぁ明日は朝一で捜査だろうからな・・・。私は泊まるつもりだが」
「僕も泊まります・・・てか僕元々宿直ですし。ラッキー、得した気分」
「なんだぁ」
永森は声を上げた。
「どうした?」
「いえ、俺明日休むのでもう帰ろうかと」
「おいおい、いくら非番といってもこうして事件が起きてしまった以上は・・・」
黒田が難色を示した。
「明日は絶対外せないんですよねぇ、永森さん?」
「なんだ、彼女と約束か?」
「いえ、弟・・・」
「なんだ永森、ブラコン・・・もといBLにはしったか。いくら彼女ができないからって・・・」
「「はっ倒しますよ、警部」」
「すまん」
黒田は素直に謝った。
「弟が俺のために慰労パーティーをしてくれるっていうんですよ」
「なんだその弟は!?一人くれっ!」
「冗談ですよね、警部?」
「冗談です、ごめんなさい」
「許して欲しければ明日の欠勤許可してください」
「ええ!?」
永森の無茶な要求に黒田はたじろいだ。
「・・・まあ許可してあげればいいじゃないですか。どうせ明日は東玉川の方々がいろいろ頑張ってくれちゃうでしょうし。・・・本店の僕らに対抗心燃やして」
「・・・その考え方はどうかと思うが・・・。まぁいい。許可しよう」
「本当ですか!?ありがとうございます!」
「そこで、だ」
黒田は永森の肩に手を置く。
「私は深夜にまで及ぶ残業でとてもお腹が減っているのだが・・・」
「つっても無駄話ばっかでしたけどね」
永森は笑い声をあげた。
「分かりました、なんか買ってきますよ」
「あ、僕のも頼みます」
矢嶋も笑いながら言った。
「はいはい」
あ、近くにマックがあった。・・・マックはこの時間でも開いてたよな。
「じゃあ、行ってきますね」
「「行ってらっしゃあい」」
永森は部屋を後にした。
部屋には二人が残された。
「・・・ところで警部」
「ん?」
「さっきのことですが」
「なんの話だ?」
「僕が試験受けないって話です」
「ああ」
「実は僕らキャリアって赴任1年経てば大抵の場合警部になれるって知ってました?」
「は?いや・・・え?冗談だろ?」
「いえ大マジです」
「そ・・・そうなの?」
「ええ。ですから今やっているのは警部から警視になるためのポイント稼ぎなんですね」
「ま・・・待て。すると君は」
「9月からは多分警部です」
「そ・・・そんなぁ」
「まあまあ、警部だって頑張れば警視に上がれますよ」
「そ・・・そうかなぁ」
「そうそう。・・・ま、無理かもだけど」
最後にボソリと呟くが、黒田は気にしなかった。いつものことだ。いちいち気にしてたら身が持たない。
「それはそうとよくBLという単語を知ってましたね?」
「ふっ、年をとると時代の流れについていくのに必死でな」
矢嶋は少し感心した。
黒田はさっきまでの落ち込みが嘘のように元気になり、胸を張ってさえいる。
「へぇ、すごい。じゃあBLはなんの略称ですか?」
「・・・え?り、略称?」
娘の電話話を立ち聞きして情報を得ていた黒田にそれが分かる術はない。というかBLが略称だということも今初めて聞いたのだ。
「え、えーと・・・」
考え込んで
「・・・ば、ば、バストの大きいレディ?」
「・・・・・・」
爆沈した。やってしまった。しかも、ここでフォローを入れてくれるはずの永森はここにはいない。あるのは矢嶋の絶対零度の視線だけだ。
「ご、ごめん。悪かった」
「・・・・・・」
「謝る。ホントごめんなさい」
「・・・・・・」
「頼む。頼むから・・・そんな汚らわしい物を見る目で私を見ないでくれぇぇぇぇぇぇっ!」
・・・警視庁捜査一課24班は、今日も平和である。