5話 夜道の1人歩きは危ないけど2人歩きも安全とはいえない
今思ったんですが、機種やPCから見てるなどの環境の違いにより、もしかしたら変なとこで改行してたりするかもしれませんが、ご了承下さい
綺麗な上弦の月は少しだけ雲にかかりながらも輝いていた。
昔の人は満月よりも雲がかった月を趣があると言ったそうな。うむうむ、風情よのぉ。
僕はそんな光景に心を癒されながら電車を降りた。実は、こうやって夜道を一人でのんびり歩くのが僕のささやかながら楽しみだったりする。
は〜、なんか今日は疲れたわ〜。
当然か。平日、学校後に予備校行って、終わったらあんだけカラオケ歌って・・・疲れない方がおかしい。
さあ今日も癒されながらのんびりかえ・・・・・・ろうとしたとき、誰かが僕の右肩を叩いた。
サッと振り向くと、そこには見たことがないわけではないけどほとんど知らない女の人が立っていた。
詳しく言うと、彼女はリーマンの正面に座っており、奴を男に決して使ってはならない禁じ手で半泣きにさせた、例の女性である。
黒いスーツを肩にかけ、ピシッと糊の効いたワイシャツ。若干つり目でストレートショートカット。若干髪の毛がボサッと乱れているが。見た目かなりの美人といえるが、リーマンへのあの蹴りから考えて気は強い。
・・・こういう人を奥さんにして尻に敷かれる確率・・・95%。
「な・・・・・・なんですか?」
「やってくれたね、君」
「な、何をでしょう・・・?」
「さっきの黒幕はあんたでしょう」
「は・・・?えっと、何のことですか」
マズイ。
計算外だ。
確実にバレてる。
しかもこの人怒ってるよ。呼び方が『君』から『あんた』になってるもん。
「ふーん、しらばっくれるんだ」
「・・・あ、あははは・・・・・・。バレてました?で、でも僕は別に・・・ただ『不幸』にもカーブで車体が傾いた時にあの人の背中に肩が当たってしまっただけで」
「ふーん?・・・まあ歩きながら話そうか」
そう言うと女性はさっさと歩き出した。家と同じ方向なので、やむ無くついていく。
・・・というか、そういえばこの人は僕の計画の犠牲者なんだよな。
僕はあのリーマンを懲らしめたいという自分の都合だけでこの人を犠牲にしてしまったわけだ。
そう考えるとこの人が怒っても当然・・・ってか100%悪いのは僕じゃないか。
いや、あのリーマンさえいなければこんなことは起こらなかったわけだからあのリーマンが三割負担。
僕があの行動を起こしたのは永森の発言によるものが大きいから永森が一割負担・・・いやむしろあのリーマンみたいな野郎を作り出してしまった神様が十割負担ってことで・・・。いや、あまり神様に負担をかけすぎると神様キレてラーメン屋始めちゃうからな。よしておくか。(セキスイハ○ムのボックスラーメン!)
ってそんなことはどうでもいい。
「あの、すみませんでした」
「ど、どうしたの?急に素直になっちゃって」
「いや、よくよく考えればあなたが怒るのも当然かと思いまして」
女性は何故か僕をじっと見つめた。
「・・・ふふ、君とは上手くやれそうね。あ、私こういうもの・・・」
女性は歩みを止め、バッグをごそごそし始めたが目当ての物は見つからなかったらしく、頭を掻いた。
「あ〜、ない・・・。まあいいか、こっちで」
そう呟くと、ちょいちょいと僕を手招きした。
「はい、あげる」
女性が渡したものを見た僕は・・・。
俊敏なバックステップで彼女と距離を取り、そして・・・。
「申し訳ございませんでしたあぁぁぁっ!!」
そのままひざをつき固いアスファルトに額をつけた。バックステップ土下座、である。
女性が渡したものは、名刺。そしてそこには
『警視庁 捜査一課 警部補 毒蝮美咲』
と、書いてあった。
「ちょ・・・どうしたの?いきなり」
「ほんっっとすみませんでした!僕が愚かでした!てかむしろ調子ぶっこいてました!ごめんなさい!謝ります!謝りますからあの・・・補導だけはああああぁぁぁっっ!!」
「ちょっと落ち着いて・・・」
「補導されたら!僕の人生おしまいなんですよぉ!親泣いちゃいますよぉ!ううっ、悪気があったわけではないんです・・・。ただ、あの、皆に迷惑かけてたリーマンを、見るに見かねて・・・うっ、うっ・・・」
僕はもうプライドとかそういうものを全てかなぐり捨てて、謝った。頼んだ。最後は泣いた。
笑いたければ笑うがいい。こっちは人生がかかっているのだ。
「落ち着いて・・・補導するなんて誰も言ってないでしょう?」
「ほ、本当ですか!?」
僕はガバッと顔を上げた。
「本当だって。ほら、行くわよ、立ちなさい。男がそう簡単に頭下げちゃいけないわよ」
「はあ、すみません」
あ、また頭下げちまった、と思いつつ、僕は言われるままに立ち上がり歩き出した。
「・・・大体、君は悪いことしてないんだからもっと胸張りなさいよ。隠すことないでしょう?・・・私が最初怒ってたのもそれが理由」
「はあ・・・てか悪いことじゃないんですか?」
「んーん、全然。むしろよくやったって誉めてあげるわよ。ま、君の行動のせいで胸揉まれたのはこの上なく不快だったけどね」
僕は苦笑しながら
「すみません」
ともう一度謝ったが、その時毒蝮さんが『あのクソエロ豚野郎、今度あったらしょっぴいてブタ箱(留置所)に入れてやる』とひどく汚い言葉を呟いたのを見逃さなかった。
「にしてもムカつくよねぇ、あのリーマン!」
「ですねぇ」
「あいつ、私の胸を揉んだばかりか、電車乗ってきたときシルバーシートのお婆ちゃんに席を譲れって言ったのよ。信じられる!?」
「ハ?」
・・・シンジラレナーイ。
ヒルマン風になってしまった。
今度あったら毒蝮さんがしょっぴく前に俺が東京湾に沈めてやる。
・・・あ、キレた時とかになると、僕『俺』って言っちゃうんです、はい。
ま、昔いろいろありまして、いまでこそ僕の一人称は『僕』ですが、前は『俺』だったわけで。
「まあ、その時はお婆ちゃんの近くに立ってた兄さんが『てめぇいい加減にしろよ』ってことで何事も無かったけど・・・」
僕は毒蝮さんの肩に手を置いた。
「ん?何?」
「い〜〜まか〜〜らい〜〜っしょに〜♪これから〜い〜〜っしょに〜♪な〜ぐ〜りに〜い〜こ〜う〜か〜〜〜〜♪」
「「yah〜〜〜yah〜yah〜〜〜yah〜yah〜yah〜yah〜♪」」
見事ともいうべき意思の疎通。
毒蝮さんのノリが良かったので息もピッタリだ。
「あっはっは、君結構面白いね」
「そっちこそ、合わせてくれるとは思いませんでしたよ」
僕、こういうノリのいい人結構好きだなぁ。
空気が和やかになったところで、僕は自分の名前を名乗っていないことに気付いた。
「あ、どく・・・どくまむしさん?・・・プッ」
なんか名前を呼んだらなんか人の名前じゃないような気がしたり、勝手に『毒蝮三太夫かよ』とか、ツッコんだりしてしまったもので、思わず吹き出してしまった。
にしても変な名前。
「ねぇ」
「なんですか、どくまあ゛っっ!?」
グーで殴られた。
軽く2メートルは吹っ飛んだ。
「うぐ・・・な、何を・・・」
「察しろ」
・・・察した。恐らくこの人は幼少時代この苗字のせいで苛められるかなんかしてコンプレックスになってしまったのだろう。
その情景をまざまざと思い浮かべた僕は、なんだかひどく悪いことをした気分になった。
「あの、なんていうか、ごめんなさい」
「うん、分かればよろしい。あと金輪際私のことを苗字で呼ぶな。呼んだら職質中にセクハラ受けたって言って補導してやる」
すなわち毒蝮って呼んだ瞬間に僕の未来のウハウハキャンパスライフは夢幻と化すわけだ。気を付けないと。
「はい。了解いたしました」
毒蝮さん・・・もとい美咲さんは満足そうに頷いた。
「それはそうと、美咲さん」
「ん」
「なんだかんだ言って自己紹介してないと思いまして。僕は鳳敦司。智林高校三年生です」
「ん、あっちゃんね」
早くもあだ名をつけられてしまった。
はぁ。もうどうにでもしてくれ。
それよりも僕は一つ、気になったことを聞いてみた。それは・・・
「美咲さんっておいくつですか?」
拳が飛んできた。僕はそれを素早い身のこなしで避けた。
「ちょ、いきなりストレートはない・・・」
「あんたは女性に歳を聞いていいと思ってるの?」
「う。じゃあ美咲さん、何年生まれですか?」
「ん、戌・・・ん?あああぁぁぁっ!」
「いや、それ引っ掛かるなよ!」
言うわけねーだろ!ってツッコミを期待してたのにまさか引っ掛かるとは思ってなかったので、こっちがツッコんでしまった。
まあいい。えっと、今はねずみだから・・・ふむ、10歳はない。34歳でもないはずだから・・・
「なんだ、22歳ですか。全然若い。隠す必要もないでしょうに」
「あっちゃんには分からないでしょうね・・・この刻一刻と近づく老いの足音の恐ろしさは。それに、女性はいつも女子高生の頃の若かりし青春を夢見、思い描くものよ」
「30過ぎてから心配しましょうよ」
「五月蝿い」
一蹴された。
「・・・22歳で警部補ってことはキャリアですか?」
「ん、まーね。キャリアは警部補スタートだから」
「・・・見えない」
「何か言った?」
「いえ・・・」
「まーね、キャリアっつってもなかなか大変なのよ。大体・・・」
「あーっと」
愚痴に入りそうだったので阻止する。人の愚痴を聞くほどかったるいものはない。
「そ、そういやぁ警察手帳見せて下さいよ」
「手帳?・・・あ、そういえばあれってもう手帳じゃないのになんで『警察手帳』なんだろう?」
「え?あぁ、そうなんですってね」
警察手帳は条令の改正に伴い、先年、あの手帳式のいわゆる『警察手帳』から、身分証としての機能のみの警察手帳に変わったばかりだ。
「でも、あれ。警察っていったら警察手帳じゃないですか。警察身分証じゃ締まりが悪いですよ」
「なるほど。それに昔から警察手帳っていってた慣習ってのもあるのかもね」
「ですね」
「「・・・・・・」」
沈黙。やむなく僕が尋ねる。
「で、あの、結局警察手帳は・・・?」
「あ?あー、あははは。実はさっき名刺じゃなくてそっち見せようと思ったんだけど、あれ、デスクに置きっぱなしにしちゃってさ・・・」
「そんなんでいいんですか!?」
「ま、固いことは言いっこ無しよ」
「・・・いいのかなぁ」
不誠実な警察官を目の当たりにして、僕は首を傾げつつも、ま、世の中ってそんなもんか。と納得してしまうのだった。
ミニストップがある通りに着いた。
僕は右に曲がる。家はもう近い。
「あら、そっち?」
「ええ」
ちょっと考え込む様子を見せた美咲さんは、
「じゃあそこで何か食べましょ」
と、ミニストップを指して言った。
「え、えぇ?」
「いいでしょ。お姉さんが奢っちゃうから」
「いきまーす♪」
即決。タダで何か食える!なにせ僕は金欠なんだって。
とかいって甘い誘いに乗ったのが間違いだったってことに、愚かな僕はまだ気付いてない訳だけど・・・。
「はぁ、そうですか・・・」
僕は湿気ってきた美味くないポテトを食べながらうんざりして言った。
「そう!大体あの黒田の野郎がさぁ!」
・・・さっきから職場の悪口を小一時間。
最初は『黒田さんって警部が・・・』だったのに今や『野郎』になってしまったか。
哀れではある。が、顔も知らない黒田さんよ。あなたのせいで僕は今大変なことになってます。
「・・・って言うんだよ!全く・・・」
「はぁ・・・」
僕はさっきからはぁとかへぇとかしか言ってない。ぶっちゃけ『もう嫌だぁっ』っていって逃げたい。
でもなぁ。逃げたらまたさっきみたいにぶっ飛ばされそうだしなぁ。・・・愚痴が終わる気配はない。
美咲さんは泥酔している。もう缶ビール5本開けてるのだ。
「あっちゃあぁん!ビールもう一本買ってこおぉい!」
「いや、僕未成年ですから売ってくれませんよ?」
「知るかああぁっ」
・・・どうやら酔っ払いには常識的なツッコミは効果がないようで。
仕方ないので美咲さんの財布でビールを一本買うことにした。(せめてもの報復として勝手によく商品棚の上の方にあるあのやたら高いガムボトルを買ってやった。ざまあみろ)駄目って言われたら頼み込むしかないと思ったが、ミニストップの店員さんは何も言わずにビールを売ってくれた。
彼の心遣いに僕は思わず涙が出そうになった。
涙ぐむ僕を見る彼の心から、同情する気持ちが心に染み、また、痛かった。
「早くビール持ってこぉぉい!」
・・・ぶち殺したろかこのアマ!
僕はさっきのリーマン以上の殺意を覚えたのだった。
「ぷわあーっ!旨い!サイコー!」
はぁ、こっちは最悪だよこの馬鹿酔っぱらい女め・・・。
・・・この人が酔いつぶれたら僕はどうすれば・・・。
さすがに酔っぱらいを放置して帰るほど僕は鬼ではない。第一、ここに置いてったら多分あのバイトの兄ちゃんに迷惑がかかる。とすると・・・。
不吉なことを想像しながら僕はため息をついた。
そしてその想像は現実のものとなる。
僕は倒れ込むように家にたどり着いた。
時刻は4時半。
当然父も母も寝てしまっている。
あのあと酔った美咲さんを背負い、家まで運ぶこととなった。
酔った美咲さんから家の方向を聞くのはとても大変だった。
が、こっちの苦労なんかどこふく風で、あの人、最後はなんか人の背中でいびきかいて寝てやがった。
これは今までの恨みを晴らすチャンス!ということで、鍵を開けて部屋に入り、そのまま玄関に放置しておいた。
いい気味だ。彼女が風邪を引くことを、僕は神様仏様、鬼様悪魔様に祈った。
ちょっとは気がはれたけど、僕の疲労はもう絶頂だった。
手早くシャワーを浴びると、忘れないうちに母親がいつも使っているヘアブラシから職体に使う髪の毛を5本ほどくすね、プラスチックのケースに入れて通学カバンに放り込んだ。
よし、準備完了。
あとは寝るだけ・・・の前に、と。
僕は自分の部屋のテレビをつけた。あの人身事故がテレビで報道されてるか見てみたくなったのだ。
プチッ
『おはようございます。早朝のニュースをお伝えします』
女性アナウンサーがにこやかに告げた。
えっと、こっちは今からお休みなさいなんだけど。
僕はやり場のない憤りを感じた。
初っぱなのニュースは玉川で刺殺体発見というものだった。
『・・・次のニュースです。西智林駅で今日未明、人身事故が起こりました。所持していた免許証から死亡したのは戸川陽一さん42歳。警察では戸川さんの身元確認と共に事件性の有無を調べています。』
聞いてみると至って有りがちな、普通の事件だった。
どうせ、借金かなんかで自殺したにちがいない。
・・・そうやって考えてみると、僕たちは人の死をあまりにも当然に受け止めている。
メディアから毎日のように報道される数々の事件が、僕らの心をマヒさせているのか・・・。
そのことに気付くと、僕はなんだか薄い寒気を感じた。
・・・てかもう寝よう。
世間の恐ろしさを考えることはいつでもできるが、睡眠時間は僕にはだいたいあと2時間しか残されていないのだ。僕にとってはその方が由々しき問題でもあった。
時刻は5時。僕は7時までの2時間だけでもしっかり寝ようと、ベッドにもぐり込み、死んだように眠った。