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26話 過去の誓いその4

人物紹介No.015 貝塚 関東蓮武会東海支部支部長。歳は50半ば。蓮武会の長、蓮見とは知己の仲であり、蓮見の絶大な信頼がある。能力のある者にはいいが、能力のない者や敵にはまさに冷酷そのもの。無慈悲に命乞いすら切り捨てる。若い頃は拳銃相手も難なく倒す程のナイフ使いで、その腕は今でも健在。リンゴ剥くのもお手の物。

「あ・・・あぁ」

お兄ちゃんが、目を・・・。

私のせいだ。

私がヤツに抵抗出来なかったから。

「ぼ・・・僕は悪くない!こいつがいきなり突っ込んできたんだ!ハハ・・・そうさ!僕は悪くない!」

ヤツは叫んでいた。

こっちに近付いてくる。

途端に言い様のない怒りが私の中に巻き起こった。

ふざけるな・・・。

お前のせいでお兄ちゃんは・・・!

「お兄ちゃんはぁぁぁっ!」

気が付いたら私は男に突進していた。

なんとかしたかった。

殴ってでも蹴っ飛ばしてでも噛みついてでも、こいつに思い知らせてやりたかった。

でも私はあっさりと男に腕を捕まれた。

悔しかった。

悔しくて涙が止まらなかった。

「落ち着けよ・・・君は僕と一緒になるべきなんだ。僕と・・・」

「わああぁぁ!」

力任せに腕を振り払う。

男はポカンと口を開けて私を見た。

拒絶されたのが信じられないといった顔だ。

「なぜだよ?僕は君のために害虫を退治してやったんじゃないか!それを―」

「害虫は・・・害虫はあんたよ!」

私は喚いた。

「ふ、ふふふふ。そうかい、僕にそういう態度をとるというなら――」

ナイフをゆっくりこちらに向けた。

「お仕置きしないとね。ふふふふ」

気持ち悪い笑いが迫ってくる。

「い・・・嫌っ!お兄ちゃん・・・お兄ちゃん!」

私は頭を抱えてしゃがみこんだ。

次の瞬間、熱が背中を走った。










「お兄ちゃん!」

その声で僕は歩を進め始めた。

持っていた鉄パイプを杖にして歩く。

「や・・・やめろぉ」

歩きがだんだん走りに変わり、ヤツへと近づく。

あと一歩の時だった。

ヤツは僕を見てニヤリと笑ってみせた。

そして、手のナイフを降り下ろした。

温かいものが頬にはねた。響き渡る早紀の悲鳴。

背中が深紅に染まっていた。

僕は眼の痛みを忘れて立ち尽くした。

「う・・・あぁ・・・」

ウソだ。

ウソだ。

ヤツがまたナイフを振りかざした。

「わ・・・わあぁぁぁっ!」

僕はヤツのでっぷりした腹めがけて思い切り鉄パイプを振った。

ドムッと鈍い音。

ヤツの脂肪が衝撃を吸収したようだが、それでもダメージは大きかった。

「うっ・・・ヴうぅ・・・」

うめくヤツの体に拳を振るった。

一発。

二発。

三発。

「ワアァァァッ」

僕はただ殴り続けた。

早紀を傷つけたこいつへの怒り。

みすみす目の前で早紀を傷つけられてしまった自分への憤り。

それら全ての怒りが、ただ僕を動かしていた。

拳が当たる度に聞こえていたうめきはいつしか聞こえなくなり、ヤツの体から力が抜けても、僕は殴り続けた。

い・・・イヤだ。

このままじゃ僕は人を殺してしまう。

でも、拳は止まらなかった。

呼吸が荒くなる。

体が勝手に拳を動かす。

怖かった。

自分が怖かった。

誰か・・・。

誰か、僕を止めてくれ!

「やめてっ!」

後ろから手が伸びてきて僕を抱きしめた。

「さ・・・早紀・・・ハァ、ハァ・・・」

拳が、止まった。

「これ以上やったら、その人死んじゃうよ!」

「・・・ハァ、ハァ・・・」

早紀の背中からは血が流れ、僕の右目はもはや開かなかった。

残った左目で僕は早紀を見た。

早紀は、泣いていた。

「ごめん・・・ね。ごめん・・・私のせいで、目が・・・目がぁ・・・」

「目が目が言うな、ラピュタじゃあるまいし」

僕は笑ってみせた。

「・・・うん」

場違いな冗談。それでも早紀は少し笑ってくれた。

「俺こそ・・・悪かった。でかいこといろいろ言って、結局・・・結局、お前を・・・」

涙が出てきた。

めっちゃ痛い。

染みる。

しかし、早紀はこんなもんじゃなかった、と思い、涙は止めなかった。

「ハァ・・・ごめん、私・・・なんか・・・ふらふらして・・・」

「早紀っ!」

早紀はカクリと首を落とした。

「早紀・・・早紀!しっかりしろ!」

くそ・・・と崩れる僕の耳に、耳障りなサイレンの音が、遠く聞こえた。










あの後、私が目を覚ましたのは病院のベッドの上だった。

あの場にいた3人のうち、もっとも軽傷は私だった。私が気を失ったあと、駆けつけたパトカーにお兄ちゃんは私を病院に運ぶようわめき散らしたらしい。

自身もすごい怪我だったにも関わらず。

「君、早く病院へ行かないと」

という警官の声に耳を貸さず、

「うるせぇ!早紀を早く連れてけ!」

と聞く耳持たなかったらしい。

私たちは、名古屋市内の病院へ緊急輸送された。

それで、結局私は背中を縫うケガだけ。

お兄ちゃんはすぐに緊急手術。

手術の甲斐無く右目を失明した。

情けなくて泣きたくなる。ホントに。

ちなみに、一番怪我が酷かったのはストーカー。全治3ヶ月の重傷で、1週間は意識がなかった。

それは因果応報だとしても、お兄ちゃんはそのせいでボクシングを諦めざるを得なくなった。

私のせいで・・・。

だから私は決めた。

もう守られなくてもいいように強くなろうと。

私はその日から、父の道場に通うようになった。










情けなかった。

ただ情けなかった。

失明してボクシングが出来なくなったことなんかよりも、大口叩いて早紀を守れなかったことが情けなかった。

全ては僕の油断だ。僕の慢心だ。

早紀が軽傷で済んだのは運が良かったからに他ならない。

早紀は死んでいたかもしれない。

そう思うと情けなくてならなかった。

失明を改めて実感したのは手術が失敗して数日後のことだった。

喉が乾いたのでジュースでも買いに行こうと病院のベッドを出た時だ。

立ち上がった瞬間、目眩がしたかと思うと、僕は無様に倒れた。

失明による平衡感覚の喪失だった。

ただ、悲しかった。

さらに精神的に僕は追い打ちをかけられた。

お見舞いに来た父さんが開口一番言った言葉だ。

「今回、警察の方で処置が不手際であると考えられる事項があった。いいか、このことは他言無用だ。父親に迷惑かけるなよ」

「・・・」

「それで・・・今回は残念だ――」

「帰れよ」

「・・・」

「帰れよ!帰れ!早く帰れ!」

「・・・」

父さんは少し悲しそうな表情を浮かべた後、踵を返した。

許せなかった。

開口一番言った言葉が、僕や早紀への見舞いの言葉ではなく、警察としての言葉だったことが許せなかった。

「はぁ・・・」

大きなため息。

僕は布団を被った。







お兄ちゃんのお見舞いに行った私は、お父さんと元司さんを帰る途中見かけた。お兄ちゃんはなんかとても怒っていたようで、また落ち込んでいるようでもあった。

私が来るまでに何かあったのだろうか。

お父さんたちは何やら様子が変だった。

私は思わず聞き耳を立てた。

「どういうつもりだ」

「・・・なんの話だ」

「とぼけるなッ!」

お父さんの声が響く。

「お前なんのつもりだ。あんな態度が親の態度か!あぁ?」

「・・・聞き耳とは、いい趣味を持ってるみたいだな、兄さん」

私は思わず首を小さくした。

「ふざけるなッ!」

「あんたに分かるか。この気持ちが」

「何?」

「敦司はあんなことしたからな、今警察にマークされてるんだ」

「マーク?あの変態野郎ならともかく敦司がマーク?」

「過剰防衛だよ。事情はどうあれ、あいつは気絶して無抵抗な人間を殴って半殺しにしたんだ」

「だがそれはっ」

「分かってる。だからこそ起訴もされてない。ただ、この状態で警察に都合の悪いことを言ったらどうなるか。これ以上余計な口をきかないようにムショ行きだ。警察の圧力を持ってしてな・・・ったく、この国の本質はまだ戦前と変わっちゃいない。国にとって都合の悪いものは手を尽くして抹消さ。ま、表に現れないだけ、国民も平和でいられるがな」

「・・・」

「ああ言えば敦司は取材の記者連中が来ても何も言わないだろう」

「・・・しかし、ああ言われたら言うだろ、普通」

「奴は言わないよ。親の俺が言うんだ、間違いないさ」

「・・・」

話は半分しか理解できなかったが、お兄ちゃんが怒っていた理由が分かった気がした。

お父さんたちは2人でどこかへ去っていく。

私も行こう。

私は家へと向かった。









落ち込んでいた僕に、目の移植の話が持ち上がったのは、それからすぐのことだった。

検査の結果、適応するドナーがいたとのこと。

一も二も無くその話を受けた僕は、移植手術に成功、リハビリののち、退院することができた。

しかしながら、視力は極端に落ちた。

左目は正常だが、右目はコンタクトをつけないとろくに見えない。

いや、手術は関係ない。単にドナーの目が悪かっただけだ。

喜ぶ反面、どうせなら視力のいい目が欲しかったと思うのは、いささか罰当たりだろうか。




結局、ボクシングは止めざるを得なくなった。

いや、別に高みさえ目指さなきゃ続けることはできたが、全国3位だった僕が、地方大会で負けること、それを怪我のせいにしたくなかった。

てなわけで、学業に復帰した僕は、空いた時間をいろいろ使い始めた。

当時の僕は荒れていた。

ボクシングができなくなったこと、父親に裏切られたこと、そして、早紀を守れなかったこと。

それら全ての怒りが僕を突き動かした。

強くならなきゃと思った。馬鹿みたいにいろんな格闘道場やら教室やらを訪ねてはいろんな手当たり次第に格闘技をやってみたりした。

まあ広く浅くだからたかが知れているが。

そして、街に繰り出してはケンカをふっかけた。

当時中学チームのリーダーを張っていた西岡と知り合ったのもその頃だった。

年上とのケンカがほとんどだった。高校生、大学生、あるいはチンピラ。

そんな日々が1年続いた。この頃になると、強くなるとかよりも、ケンカすることで父親に反発することがメインになってきていた。ある日、僕は、僕がケンカに明け暮れていることを知った早紀に電話で呼び出された。

早紀は東京まで来ていた。そして聞かされた。

父さんのあの時言った言葉の真意を。

そして、目をくれたドナーが突然見つかったのは、父さんの手回しがあったことを。

僕はひどく情けなかった。父さんに母さんに早紀に、僕はいろんな人に心配や迷惑をかけた。

僕は家に帰ると土下座する勢いで謝り、これからちゃんと更正することを誓った。

その頃、チームは僕と西岡のダブルヘッダーといった形になっていたので、僕が抜けると同時に西岡も脱退表明した時はどうなることかと思ったが、結局新しいリーダーのもとチームはまとまったようだ。

こうして僕と西岡は健全・・・と言えるかは分からないが、まあ普通な学生生活を送ることになったのである。

しかし、そうなってからも今まで、僕は心に誓い続けていること、それは早紀を護ることだった。

早紀だけじゃない。父さん、母さん、西岡・・・自分が大切だと思っている人は目の届く限り、全員護ってやる。これが僕の誓いだった。

これを守るのは彼らのため・・・なんてカッコいい話じゃない。

守れなかった時、僕は壊れる。

自分を責めて崩壊する。

だからだ。

無茶するな、と早紀は言うが、無茶しないと僕は僕でいられない。

だから、ごめんな、早紀。僕は、無茶をする。













敦司と早紀の過去が明かされたわけですが、本当はここもっとたくさん書きたいところだったんですね。しかし、あんまり書きすぎると戻ってこれないところまで広がってしまいそうなのと、若干核心入りそうなところがあったんで、泣く泣く省略。よって最後なーんか中途半端な感じがします。うーん・・・。筆力の無さが伺える。ビルの中で見つけた何か、や、鳳父が言ったことの意味、都合の良すぎる眼球ドナーについては今後明かされます。はい。

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