26話 過去の誓い その1
全然投稿できないんで、ここらで一挙に投稿します
「ゼェ、ゼェ」
僕は完璧に息切れしていた。
そもそも、走るという選択肢からして間違っていた。病院からショッピングモールまで、どのくらいあるのか。分かりゃしない。
フルマラソンよりは短いだろうか。
なんとかここまで走ってきたが、体力は限界。病院のあったところは辺境の地なのでタクシーすら走っていない。
困った。
こうしてる間にも早紀が大変なことになってるかもしれないのに。
疲れた体に鞭打って走る。大きな道に出た。国道だろうか。
車が行き交う中、僕はタクシーかバス停を探して辺りをキョロキョロ見回しながら走った。
「・・・ぬ〜」
バスもタクシーも見当たらなかった。
クソッ!
焦りだけが募る。
その時、1台の車が目の前に停まった。
「よお、急いでるみたいだな」
「な・・・っ」
左ハンドルの運転席の窓から、思わぬ顔が飛び出した。
「あの時の・・・」
あの電車のスーツの兄さんだった。
「どうしたんだ、一体」
「柴咲さんっ!こんなところで油を売ってる場合ではないっ!」
助手席に座る神経質そうな眼鏡の男が大声を上げた。柴咲と言われた兄さんは眼鏡を一瞥するとこちらを見た。
「気にするな・・・で、どうした?」
彼に事情を話すべきか迷った。しかし、もしかしたら乗せていってもらえるかもしれない。車に乗せてもらえるということは何事にも替えがたかった。
「実は・・・」
僕は大川内さんから西岡にヘルプのメールが来たことを話した。
「・・・で、駅前のショッピングモールに急がなくちゃならないんです」
「ショッピングモール・・・」
柴咲さんの目が鋭くなった。なるほど、こういう目は怖いかもしれない。
「よし、乗れ」
柴咲さんは車の後ろを指した。
「柴咲さんっ!部外者を連れ込むのは・・・!」
「俺はお前の上司だ。お前に決定権はない」
柴咲さんは冷たく言い放つと僕を促した。
眼鏡は憤りのためか唇を震わせ、僕を睨み付けた。
気まずくなりながら、僕は車に乗り込む。
「実はな」
車を発進させながら柴咲さんは口を開いた。
「俺たちもその女の子を追っているんだ」
「早紀をですか!?」
「ああ。彼女が巻き込まれたのは俺らの責任だ。だから俺らがしっかり連れ戻す」
「責任?」
「ああ、彼女は俺ら野沢組と、関東蓮武会のイザコザに巻き込まれたんだ」
「・・・じゃあ兄さん、ヤクザ?」
柴咲さんは薄く笑った。
「そういうことだ」
ヒュウ。
僕は心の中で口笛を吹いた。
彼がうちの父と同類という予想はある意味当たっていたのだ。
「柴咲さんディスクは・・・!」
「もう無駄だ。村上の話によるとディスクはもう貝塚の手の中らしい。今さら勝算も無しに突っ込むことはできない」
「・・・ッ!なら私の作品はどうなるというんだッ!」
「知るか。今はお前の作品云々よりも人命が大事。そういうことだ」
「それは・・・ッ。そうだが・・・」
眼鏡は黙り込んだ。
作品だのディスクだのよく分からないことを話していたが、なんとなく質問すると大変な気がして、黙っておいた。
と、携帯がリズミカルな音を鳴らし始め、この剣呑な雰囲気をぶち壊した。
「・・・」
2人がジロと僕を見る。
「あ・・・あはは。すみません・・・」
僕は笑いにならない笑いでごまかしつつ携帯を開いた。
メール?ちくしょう、一体誰から?
もし西岡だったらシメてやる・・・
「あっ!」
メールは早紀からだった。早紀からのメールには
『くにさかとおり』
とあった。
「これっ!早紀からです!」
僕は携帯を柴咲さんに突きつけた。
「貸せッ!」
「携帯見ながらの運転は感心しない。私が見よう」
柴咲さんに渡す前に眼鏡が携帯をぶんどった。
「お、おい!」
柴咲さんの抗議をよそに、眼鏡は無言でパソコンを引っ張り出した。
「何を?」
「くにさかとおり。国坂通りだ。通称グルメ通り」
「グルメ通り?」
「飲食店ばかりだからそういう名前がついた国道だよ」
柴咲さんが説明を引き取った。
「そういうことだ。そして・・・」
眼鏡がカシャカシャとキーボードを叩く。
「人気のないところを進むと仮定すればターゲットが行くルートは・・・」
カチカチッとマウスを叩く音。
「出た。次の道を右折。100キロで飛ばせ」
「あぁ、分かった」
柴咲さんがグッとアクセルを踏み込んだ。
「さっきまで反対してた奴がヤケに積極的じゃねえか」
柴咲さんが笑った。
「人命優先というのは確かだからな。同じディスクは作れても、同じ命は作れない。・・・見つけるのが遅れるだけルート予測の精度も低くなる。さっさと見つけることだな」
「ハハ、言われんでも分かってるさ!」
速度メーターがグングン上がっていく。
80・・・
90・・・
100・・・
110・・・
120・・・
眼鏡のナビゲーションも的確だった。
車は渋滞のないルートをスイスイ進み、問題のグルメ通りを過ぎた。
「・・・そろそろ見えてもいい頃だが・・・」
「あっ!」
前方に無謀な運転にクラクションを鳴らされる黒い車があった。
と、車がいきなり速度を上げ始めた。
僕らが追ってきてることに気付いたのだろう。
「間違いない!あれだっ!」
柴咲さんはさらにアクセルを踏み込む。
相手の車もスピードを上げていたが、こちらは最初から100キロ以上で飛ばしていた。
グングン距離が迫る。
「・・・パソコンしまっておけ。壊したくないならな」
慌てて眼鏡がパソコンをカバンに突っ込む。
「行くぞ!しっかり捕まってろよ!」
ガシャンッ!
柴咲さんは車を接近させ、ボディを擦り合わせた。
左ハンドルの柴咲さんと右ハンドルの相手の運転手が睨み合う。
ガシャンッ!
またぶつけた。僕は後部座席の窓から相手の車を見た。
いた!
後部座席に屈強そうな男2人に囲まれた早紀が僕を見ていた。
「早紀ッ!」
僕はドアを開け放った。
強い風が吹き込む。
「お、おいっ!馬鹿な真似はよせっ!」
眼鏡が叫ぶ。
柴咲さんはカーチェイスに必死だ。
ガシャンッ!
3度目の衝突。
開いていたドアは衝突で跳ね飛んだ。
風がさらに強くなる。
「〜ッ!」
僕はカバンからタオルを取りだし、拳に巻き付けた。フゥと息を吐き精神統一。そして。
「ッリャア!」
接近に合わせ、相手の車の窓を叩き割った。
早紀の右の黒服は思わぬ事態に怯む。
「撃てッ!」
眼鏡が僕に何かを投げて寄越した。
黒くて固い、冷たいもの。拳銃だった。
「カタギの!しかもガキにそんなものを!」
「ナンセンスッ!状況を考えろ!」
柴咲さんの抗議に怒鳴り返す眼鏡。
僕はテレビで見たように安全レバーを引き、左目をつぶって照準を合わせた。
風が顔に吹き付ける。
「・・・!」
見えない。
目がバカみたいに霞み、目の前の車がぼやけた。
その理由を考えるのに一瞬かかった。
その時。
キキキキキッ!
相手の車はドリフト走行で左に伸びる脇道へと逸れた。
「しまったッ!」
柴咲さんが叫んだがもう遅い。
カーチェイスしていた車がいきなり曲がれる訳もなく、僕たちの車は直進・・・。
くそっ!このまま逃がしたら早紀は・・・。
車が離れていくとき、早紀は何か叫んだ。
「・・・ッ!」
聴こえなくても分かった。『お兄ちゃんっ!』
早紀はそう叫んでいた。
その瞬間、僕の頭にある一瞬がフラッシュバックした。
あの時も早紀は叫んだ。『お兄ちゃんっ!』と。
だから、僕は飛び出した。あの時の、早紀を守るという約束を果たすために。