25話 ジョーカー争奪戦その5
今月は真面目に更新していこうと思ったのに1週間空いてしまいました。いや、機種変におけるゴタゴタと作者体調不良が重なりまして。てなわけで言い訳で始まる本編ですが、どうぞ
「・・・」
早紀は無言でうつむいていた。
このままじゃ間違いなく命はない。
なんでこんなことしちゃったんだろう。
つまらない正義感さえ起こさなければ今ごろは家でシャワーでも浴びてるはずだった。
嫌な汗でベタついた体を思い起こし、思わず顔をしかめる。
「クク、どうした?トイレでも行きたいのか?」
落ち着かない早紀に須川は醜く笑った。
事務所に連れて行かれるのに怯えてる、と思っているのだろうか。
怯えてはいる。しかしそれはこのあと起こるであろう事態への恐怖によるものだ。
ただ、ディスクが偽物だと分かったとき、この余裕綽々の顔は、どんな顔をするんだろう。
そう思うとこんな状況なのに少し笑えた。
しかしながら両脇に男。助手席に須川。それに運転手。
こんな状況では生まれた笑みもすぐに立ち消えた。
「・・・」
早紀は無言のままだ。
「黙りこくって・・・ん?」
電子音が響いた。
須川の携帯だ。
須川は首をひねった。
こんな時に、誰だ?
「もしもし」
「俺だけど」
「・・・」
須川は思わず顔をしかめた。
若葉慶太。須川がもっとも嫌う男の1人だった。
若くして本部から回された東海支部のNo.2だ。
武闘派でありながら頭もキレる。
本部期待の若きエースは今まで須川が受けていた支部長である貝塚の信頼を一気にかっさらった。
最近は中国出身の王とかいう名前の偉そうな名前のやつが貝塚の腰巾着に収まり、時期幹部候補と囁かれているらしい。
長年蓮武会で生きてきた須川にとってはおもしろくない。
しかし、今はディスクという大手柄がある。
ガキめ。ざまあみろ。須川は口元を緩ませた。
「どうした。こっちはディスクを手に入れたぜ?お前はどこで遊んでいたか知らんがなぁ」
「遊んでいた、か。ハハ、確かにな。女の子に声かけてた」
「何?」
須川は眉をひそめた。
「いやー、でも遊んでみるもんだねぇ」
何が言いたい?
「いやね。その女の子、なんと持ってたんだわ、お探しの物を」
「お探しの物・・・ハッ!ディスクはここにあるぜ!」
「須川サン、なんか勘違いしてんじゃないかなぁ。ディスクの面、よーく見てみた?」
「・・・!」
須川はくるりと振り向いた。
早紀はビクリとする。
「おい!ディスクを出せ!」
「え・・・え?でも引き渡しは事務所って・・・」
「いいから出さねえかっ!」
「で、でも・・・ああっ!」
左隣の男にバッグをぶんどられる。
男はすぐにディスクを探し当てた。
終わりだ・・・。
早紀は目をつぶる。
「・・・!」
須川は愕然とした。
「・・・あったかい?印。ハート・ダイヤ・スペード・クラブのトランプのマーク」
「・・・ない」
そうだった。
蓮武会が奪い、野沢組が取りかえそうとした、プログラミングの天才相木が造った世紀のコンピュータウイルス『ジョーカー』は、ディスクにトランプの4つのマークが刻んであるはずだった。
だがこれにはそれがない。ただのCDだ。
そもそも、コンピュータウイルス『ジョーカー』とは、販売目的で作ったものではなかった。
野沢組は、組長が変わってから表の事業を幅広くやってきた。
キャバクラなどはもちろん、不動産、IC、パソコン関連、警備会社、それに飲食店などだ。
今や『野沢商事』は表でも知る人ぞ知る企業。
しかし、相木率いるIC部門は、なにも普通に販売するわけではない。
データだけつくり、そのデータを大手パソコン会社に数億、数十億で売り付ける、それが野沢商事の常套の販売方法だった。
そもそも、『ジョーカー』は、相木が作った世界最高水準のウイルスバスターとテストとして戦わせるために作られた、いわばオマケに過ぎなかった。
しかし、オマケとはいっても世界最高峰のウイルスバスターと対するウイルスなら、必然的に世界最高のものとなる。
その情報をスパイだった岡崎から聞いた貝塚はウイルス奪取を指示、現在にいたるというわけだ。
しかし、蓮武会がなぜコンピュータウイルスなどを必要としたのか?それは須川も不思議なところだったが。
「く・・・クソッ!」
『ジョーカー』ではない、ただのCDをつかまされ、その上若葉に出し抜かれたらしいことを知った須川は歯噛みして悔しがった。
「で」
若葉は言葉を続ける。
「須川サン、女の子拉致ったでしょ。マズイっしょ。関係ない子拉致っちゃ。その子すぐに解放しちゃくれませんか?」
「・・・何を企んでいる?」
「て、いいますと?」
「お前がガキ1人を心配するなんざ・・・」
「カタギにはなるべく迷惑は掛けない。当然のことっしょ?」
若葉は笑みを崩さず言った。
須川は低く笑った。
「今さら何を言ってる」
「俺はね須川サン、もう疲れたんですよ。罪の重荷を背負うのにはね」
「・・・フン、そんなやつはヤクザにゃ向いてねえんだよ。辞めちまえ」
「辞めちまえ?ハハハッ!」
若葉は笑い出す。
「辞めるなんて簡単にゃできないことくらい、須川サンだって知ってるでしょ?」
「・・・」
「抜けられないんですよ。一度入っちまったらそれまでだ。でもね、それはそれでいいんです。組に入った時から、覚悟してましたから」
若葉は自嘲したように笑う。
「てめえは上から殺せって命令があれば、断るつもりか?」
若葉は笑った。それがどこか寂しそうに聞こえたのは須川の気のせいだったのかもしれない。
「命令とありゃ従いますよ、でもその辺は、おやっさんも分かってると思いますがね・・・」
若葉のいうおやっさんが蓮武会本部組長の蓮見遼太郎であることは須川にも分かった。
「だから、ね。その子を殺さないって約束してくれんならディスクはあなたが見つけたってことにしておきます」
ガキに施しを受けるほど墜ちちゃいねえ!と怒鳴りたいところだったが、魅力的な提案ではあった。
このままでは須川はニセモノ巡っててんてこ舞いしたただの間抜けだ。
「分かった。だがこのガキとディスクは引き換えだ。いいな」
はあ、というため息が受話器越しに聞こえた。
「信用ねえなぁ、俺。まあいいや、約束ですよ」
「分かった。どこへ行けばいい」
「そうだな・・・戻ってきてください。生憎、こっちには足が無いんでね」
「分かった」
須川は電話を切ると近くの駐車場に適当に入り、Uターンした。
「これで俺も支部長に・・・」
もはや用済みになった早紀のことなどすっかり忘れた須川は上機嫌にアクセルを踏むのだった。