25話 ジョーカー争奪戦その4
人物紹介No.012 鳳早紀 敦司の従妹。敦司の1つ下で高校2年生。碧とは以前からの友人。幼少時から活発で、男勝り。最近は少し落ち着いたがそれでも彼女の鉄拳制裁は敦司の脅威となっている。というか、空手を父親から習っている彼女の正拳突きは命すら脅かしている。背中に傷痕あり。それに関しては近いうちに明かされると思われる。(詳しく言うと26話の真ん中辺り?)
「さあ、ディスクを渡してもらおうか、お嬢さん方?」
須川が冷たい薄ら笑いを浮かべて迫った。
ディスクを渡してしまうべきか。
早紀は考えた。
こいつはディスクを欲しがっている。
感じからしておそらくヤクザ。
そんな奴が本気で欲しがっているところをみると、ろくなディスクではないのだろう。
ということは、この変なディスクを知ってしまった自分たちはタダでは済まないのではないか?
素直に渡したところで、待っているのは死、というのは十分考えられる。
どうにかしないと。
早紀は1つ、作戦を考えた。
成功すれば、少なくとも碧だけは逃がせる。
しかもディスクはやつらの手には渡らない。警察行きだ。
「ディスクってこれのこと?」
早紀が一枚のディスクを取り出してみせた。
須川の笑い皺がますます濃くなる。
「そうだ。さあ、それを渡せ」
「待って」
早紀はディスクを引っ込めた。
「条件として、この子はすぐに逃がして」
「早紀ちゃん!?」
「・・・なぜそんなことをする必要がある」
須川の笑みはすっかり消え、あるのは無表情と、鋭い眼光だけだった。
「あんたたちなんて、信用できるもんですか。このあと私たちが危害を加えない保証がどこにあるの?」
「・・・」
須川は黙り込んだ。
「分かった。お前は逃げていい」
「早紀ちゃん」
「行って!」
碧は走り出した。
よし、これでこのままバレなければ・・・。
「じゃあディスクを」
「お前はついてこい」
「――え?」
「引き渡しは事務所で行う」
須川は、また顔を歪ませる。
「さっきのが警察を呼んで来ないとも限らんからなぁ」
「・・・」
早紀は毅然とした態度を崩さなかったが、内心はかなり焦っていた。
さっき見せたのは偽物。
早紀がダビング用に買ってきたただの空きCDである。本物は碧が持っている。おそらく警察に渡すだろう。それがバレた時、果たしてどうなるか・・・考えたくもない。
車がゆっくりと近づいてきた。
「俺の手配した車だ。さあ、事務所まで来てもらおうか」
「おーい、チンタラしてらんねーからなぁ。さっさとしろよ。ヒャハハ!」
運転手が愉快げに笑った。不快な笑いだ。
車からは黒服が2人。さっきのチンピラのようなザコには見えなかった。
チンピラだったら早紀1人でもなんとかできる自信はあった。
しかしこの黒服は違う。
隙は見えない。
訓練でもされてるのだろうか。
どうしようもない。
早紀は唇を噛んだ。
碧は1人走っていた。
どうしよう。
早紀ちゃんはあんな嘘をついてあの人たちを騙そうとしてたけど、あの人たちがそう簡単に騙されるはずがない。
バレた時、早紀ちゃんは・・・。
碧は携帯を取り出した。
警察に行く前に電話しよう。1つの電話番号が頭に浮かんだ。
身内の一大事、本当はあの人に伝えたかったが、あいにく電話番号を知らない。碧は携帯を取り出した。
「――もしもし、西岡くん?」
「須川さんらしくないねぇ」
1人の男がその様子を眺めていた。
「こっちをマークしてないなんて、さ」
クチャクチャとガムを噛む音が響く。
この時男はすでに本物のディスクは彼女が持っているのだと見当をつけていた。そもそも、あの子1人を無理に逃がそうとしたところからして不自然だ。
「さて、と」
男はガムを吐き捨て、彼女の方に歩み寄った。
「ねえ、ちょっといいかな」
碧は不自然な男の登場に、警戒した。
「・・・なんですか」
「あぁ、いや。その君が持ってるディスク。返してもらえると嬉しいなって」
男は適当に見当をつけ、肩に下がったバッグを指して言った。
当てずっぽうだったが、碧の顔には狼狽が走った。
「ディスク?な・・・なんのことですか?」
「隠しなさんな。嘘つくってのは案外エネルギーがいるもんだ」
男はニヤッと笑った。
「あなた、何者ですか?やっぱりさっきのやつらの・・・」
「ああ、仲間っちゃあ仲間かな。若葉っていう。若葉慶太。よろしくな、素敵なお嬢さん」
「・・・」
碧は嫌悪感を露にした。
「で、話を戻すが。ディスク返してくれないか?」
ジリ
碧はゆっくりあとずさりした。
若葉は苦笑する。
「――1つ良いことを教えてやるよ」
「あなたから聞くことなんてありません」
若葉はまたニヤリと笑った。
「まあ聞けって・・・。残ったもう1人・・・なんていうのかな?あの子、ディスクが偽物だってバレたらどうなるかな?きっとタイヘンなことになるよねぇ。須川さん、気性荒いからね。タダじゃ済まないよ」
「・・・!」
「でも本物が出てくれば他のことなんざどうでもいい。場合によっては逃がしてくれるかもよ?・・・いや、なんなら逃がすように俺から須川さんに言ってやってもいい」
「でも・・・」
ニヤニヤ笑いがフッと真面目な顔になった若葉は息をついた。
「・・・なあ、ヤクザを甘くみちゃいけない。その場がたとえうまくいったとしても、後で必ず報復は来るもんさ。な?悪い条件じゃないだろう?お嬢さんにとって、そのディスクはなんの必要もないものなんだから」
「待って」
「ん?」
「あなたが早紀ちゃんを逃がしてくれる保証は?」
若葉は黙り込んだ。
「信用してくれ、っていうしかないな。ま、俺を信用なんかできないかもしれないけどな。でも、少なくとも俺はお嬢さんに危害を加えてない。こんな取引なんかせずにぶんどりゃ済む話なのにそれをしなかった。そこに免じて、信用しちゃくれないか?」
「・・・」
しばらくの沈黙。やがて碧は口を開いた。
「分かった。信用します。これで早紀ちゃんを逃がして下さい」
「信用には応えるさ。君の友達は助けるよ。約束する」
ディスクを受け取った若葉は、ニッと笑ってみせると、闇の中へと走って消えた。
碧は息をついた。
これで良かった――んだよね?
ディスクを渡さなかったら早紀ちゃんの命は危なかった。
西岡くんたちの到着を待つべきだったか?
いや、西岡くんが到着する前に早紀ちゃんが殺される可能性だってある。
これで、良かったのだ。
碧はもう一度、大きく息をついた。