25話 ジョーカー争奪戦その2
いや大会やら修学旅行やらありまして、2週間開きましたね。すみません。文自体はずいぶん前に出来てたのですが・・・。ではどうぞ
――それよりさらに1時間前。野沢組事務所――
「戻りました」
ブラックスーツの男が静かにドアを開けた。
手にはカバンとお茶のペットボトル。どこからみてもビジネスマンとしか思えない格好。ただし、その鋭い眼光は、彼が一般人ではないことを雄弁に物語っていた。
「おかえりなさい!柴咲さん!」
「おう」
男は事務所のソファーからあわてて立ち上がった面々を座るように促した。
「組長は?」
「奥に」
男は奥の所長室へと歩みを進めた。
軽くノックする。
「失礼します」
「よ〜おかえり」
デスクの椅子がくるりと一回転して止まった。
野沢秋人。野沢組4代目組長その人である。ボサボサ頭に眠そうな目。とても組長とは思えないが、弱冠17歳にして潰れかけていた野沢組を引き継ぎ、わずか4年で1大勢力にのしあげた男だ。
そして、武闘派集まる野沢組の最強の男でもある。
前組長の甥である秋人の父が自己破産した際、金にするため海外に売り飛ばされ、子供ながら戦争の一線にて多国籍部隊で活躍していた経歴を持つ、と柴咲は聞いたことがあった。
だが、普段のこの人は自堕落もいいところ。
普段は雑務庶務から組事業の指揮まで、すべて右腕の柴咲を始めとした直属の部下がやっているのが現状だった。
おかげで、最近野沢組の他のグループの連中から直属だってだけで威張り腐りやがって、と非難されてるのを、柴咲は知っていた。
「なんか収穫は?」
「分かりません。せっかく東京まで視察に言ったんですがね。分かったことといえばこの新製品の味がいただけないってことぐらいです」
柴咲はお茶のペットボトルを振ってみせた。
「落武者〜?ネーミングセンスからしてどうかと思うなぁ」
苦笑する。
「そういや、帰りの電車でおもしろい奴に会いました」
「おもしろい?」
「ええ、鳳の息子」
「鳳・・・あっれぇどっかで聞いたような・・・」
「前話したでしょう、俺の恩人です」
「ああ・・・」
「会ったことはあるんですが、あちらは俺に気付きませんでした。ま、最後に会ったのはやつがガキの頃でしたからね」
柴咲は落武者最後の一口をグイと飲み干し、顔をしかめた。
「それより、そっちの方はどうなってます?」
柴咲は一番気になっていたことを聞いた。
「あー、進展ねーよ・・・ったく、岡崎のやろー、めんどくせえことしやがって」
「めんどくさいじゃすまされませんよ!僕の大事な作品が出来なくなるじゃないですか!」
柴咲の後ろから声が響いた。
スーツに縁なしメガネ、到底ヤクザの事務所には似合わない雰囲気なのは相木だ。
相木は東大卒の天才ハッカー。その筋では有名だが、今は野沢組の組員となっている。
「だいたい、あんな貴重なものを、なんで金庫の中にでも入れておかなかったんですか」
柴咲は腹が立ってきた。
組長相手にそんな口の聞き方をしようものなら、前に柴咲がいた組織ならいきなり腹に鉛玉ぶちこまれても文句は言えない。
4代目はいかんせん、カタギとして生きてきた分(多国籍軍隊がカタギといえるのかは微妙なところだが)ヤクザの世界の気構えというか、ルールというものを知らない。
だから舐められる。
「おい」
柴咲は相木を見据えた。
「組長相手になんだ、その口の聞き方は。・・・痛い目みねーとわからねえか?」
「ナンセンス!」
相木は指を突きつけた。
「自分の思っていることははっきり口に出さないといい組織にはならない。あなたもあなただ。あなたが岡崎さんを信用して事務所の留守を任せているうちにアレを盗まれたんですから。あなたたちでいう、落とし前ってやつをとってもらいましょうか」
「・・・チッ」
口では柴咲はこの男には勝てない。
「分かってるよ。事務所をあの男に任せたのは確かに俺だからな・・・責任は、とる。いや、とらせる」
柴咲の目は、冷たく笑っていた。
「ディスクを落としたぁ!?」
またある別の事務所では男の怒声が響いていた。関東蓮武会東海支本部事務所である。
部下の手酷い失態に、支本部長を任された貝塚のイライラは頂点に達しようとしていた。
「も、申し訳ありません!この――」
「どこだ。どこで落とした!」
部下は首をすくめる。
「名古屋駅前周辺のどこかかと・・・サツに見つかって逃げてたもので。自分、ヤクの件で目ぇつけられてて・・・」
貝塚は舌打ちして部下の言葉を遮る。
「てめぇの言い訳なんざどうでもいい・・・で、てめぇ責任はどう取るつもりだ」
部下の顔が悲痛になる。
「は、はいッ!い、今すぐ包丁とまな板を・・・」
「笑わせんな」
「は・・・?」
バンッ!
貝塚は机を拳で叩く。
「はじゃねーよ。てめえはこの失態、エンコ一本で済むと思ってんのか?」
「い、いえあの、その・・・」
「死ねよ。死んでてめぇの保険金、組に献上しろ」
「な・・・」
「大丈夫、安心しろ。ちゃんと事故に見せかけて殺してやる」
「も、申し訳ありません!ですから、命だけはっ!命だけはっ!」
貝塚はソファーに座ったままタバコに火をつけた。
「もう一度言う。死ね」
「う・・・うわあぁぁぁっ!」
奇声を上げたかと思うと、部下の男はポケットからサバイバルナイフを取り出した。
そのままテーブルを乗り越え、ソファーに座っている貝塚の胸にナイフを繰り出した。
貝塚は動揺ひとつしない。笑みすら見えた。
ふうと息をつくとナイフを繰り出した手をつかみ、ぐるんとひねった。
それだけで、ナイフはそのまま突っ込んでくる部下の体に突き刺さった。
対ナイフ用の、ブラジリアン護身術である。
グチャッ!
貝塚の顔に赤い滴が飛び散った。
相手の胸に刺さるはずだったナイフが、自分の胸に刺さってるのを見て、部下の男は一瞬驚愕の表情を浮かべたが、そのまま力尽き、男はぐにゃりと倒れた。
貝塚はそれを無表情で見つめている。
やがて、チッという舌打ちが響いた。
「・・・汚れちまったな・・・おいっ!誰かいるか!」
1人、若い男が入ってきた。
「お呼びでしょうか」
「見ての通りだ。ゴミを片付けろ」
「ハッ、ただちに」
男は無表情でそう言うと、部下に指示を出し始める。貝塚はそれを頼もしく見つめていた。
「あともうひとつ。ディスクを捜索してくれ」
「ご心配なく。すでに人手は出しております」
恭しく頭を下げる男に、貝塚は満足気に笑みを浮かべた。