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22話 矢嶋編 毒蝮暴走紀present by 小田口猛

人物紹介 No.008 大川内 碧 神奈川県内、智林市の近くの市にある、私立王条女子学院というお嬢様学校の学生。3年生。叔父がとんでもない大企業の代表取締役。昔は敦司の地元の近くに住んでいたが、何らかの事情で今の家に移った。だが、そこにある叔母さんの食堂を手伝ったり、友人である早紀と遊びに行ったりと、まだ敦司の地元へちょくちょく足を運んでいる。

「はぁ・・・」

僕は仮眠室でゴロリと横になっていた。

ここは警視庁。捜査一課の仮眠室である。

「大丈夫ですか」

小田口さんが心配そうに言った。

「いやあ、ちょっと・・・疲れただけです」

「昨日も俺がのんきに寝てる間、1人で捜査を続け、今日だってあの従業員・・・水谷志保里さんを探して一睡もしないでかけずり回って」

「疲れない方がおかしいよねぇ」

小田口さんの横にひょっこり顔を出した由希が楽しそうに言う。

昨日今日と、寝ないで僕にしては頑張ったものだと思う。体は休息を訴えてるし、頭だってガタガタだ。

必死の捜査にも関わらず収穫はまるでなし。

唯一ともいえる手がかりは、志保里さんのものと思われる血液の他に、正体不明の血液、それに皮膚の破片が残っていたことだ。

だが。

血液型はAB型。警察資料の咲元組の資料の中に、AB型の組員は記載されていない。

そして、咲元組の前科者リストの中に、その皮膚に一致する細胞を持つ者もいなかった。

咲元組にだって新規参入の組員はたくさんいる。それが上の考え。

しかし、僕はやらなきゃいけなかった。

あの男・・・坂井は死して僕に志保里という女性を守りたいという想いを遺した。

僕はそれに応える義務がある。

僕が彼に出来ることは志保里さんを何が何でも救出すること。

それが僕らに犯人の手がかりを残そうとして死んでいった男へのせめてもの礼儀だ。

「・・・すみません、1時間ほど仮眠をとったら捜査を再開します。それまでは休んでいてください」

「しかし・・・」

小田口さんが何か言いかけたが僕は首を振ってそれを制す。

「1時間あれば十分です。僕は、志保里さんを助けなければならない」

「でも」

「大丈夫です」

大丈夫な訳がない。

頭はクラクラ、眠すぎて気持ち悪い。

「じゃ、ちょっと寝ます。小田口さんも由希も休んでて下さい」

「・・・」

「私も、休んだ方がいいと思うけどな」

いきなり背後から声が聞こえた。

「美咲さん!」

「よ、おひさー」

「風邪は治ったんですか?」

「ん〜、大変だったよ。ミニストップの飲食コーナーでかわいい子と酒飲んでから何も覚えてないんだよなぁ。気が付いたら玄関で寝てたんだけど・・・」

はぁ、まったくこの人は・・・。

そのかわいい子がとんでもなく哀れになる。

「そんなことやってるから風邪ひくんです。ったく学習能力がないっていうかなんていうか」

「今グッタリしてる人が言っても説得力無いけどね・・・。そうそう、休みなよ、ゆーちゃん」

「・・・嫌です」

僕はきっぱりと言った。

「これは、僕の責任なんです。僕は、何としても志保里さんを見つけ出し、犯人を捕まえなくてはいけないんです」

「ゆーくん・・・」

由希が僕を見つめる。

「うるさいな、大丈夫って言ってるだろ?」

「でも」

「しつこいな!大丈夫って言ったら大丈夫なんだよ!」

ついに怒鳴ってしまった。由希に本気で怒鳴るのも、初めてのことかもしれない。

「・・・ごめん、なんか気が立っちゃって・・・らしくないな、クソッ」

僕はため息をつく。

気が立ってるのは疲れてるからだけではないことに気付いた。

坂井をみすみす死なせてしまったこと、志保里さん救出が間に合わなかったこと。

あまり気にしないようにしてたが、やはりそれへの悔いが心の中に巣くっていた。

自分への無力感。怒り。

それをぶつけてしまったことにまた後悔する。

ハハハ、無限ループだ。

自嘲した。

「もういい・・・僕は休んでられないんだ」

「ゆーちゃん、仲間を信頼してないんだ?」

「え?」

「仲間が信頼出来ないから任せることができないんでしょ?」

「ち、違うっ!僕は・・・僕はみんなを信頼してる!でも・・・」

「頼る時に仲間に頼ることができないで、何が信頼だっ!」

「・・・」

「そうやって抱え込まれた方の身にもなって考えてみなよ。・・・寂しいんだよ?由希ちゃんだって、そこの彼だって」

「・・・ッ!」

固まった。

そんなこと考えもしなかった。僕は、自分のことしか考えず、勝手に責任を感じて抱え込み、1人ヒーロー気取りだったのかもしれない。

「頼るときは頼る。それがデキル男ってやつだよ」

そう言って、美咲さんはウインクした。

思わず笑みがこぼれる。

「ん、どしたの?」

「・・・あーあ!美咲さんに説教されるなんて、僕もヤキが回ったもんだな」

「・・・それどういう意味?」

「あはは・・・」

笑ってごまかす。

「・・・ま!由希ちゃんと彼だけなら心許ないかもしれないケドさ。私も手伝ってあげるから安心して駄眠を貪りなさい」

苦笑する。

「美咲さん、ありがとうございました」

僕は頭を深々と下げた。

「・・・目を覚まさせてくれて」

「・・・庁内屈指の皮肉屋矢嶋祐一が素直にお礼を言うなんて、明日は雨かな?」

「それだけ感謝してるってことですよ」

「ちなみに明日は晴れらしいですよ」

と、由希。

「だけど由希ちゃんも可哀想に、また捜査に引っ張り出されたのね」

「ホント。いい加減にして欲しいですよね」

「ま、待てい!お前のケーキのせいで僕の財布の中には氷河期が到来してるってのに、なんだそりゃ」

「こいつホントにケチだからね。前なんかおでんの屋台壊れちゃったときも、頑なに弁償拒んで、私1人に押し付けたんだから」

「いやいやいや!あれは美咲さんの自業自得も甚だしいでしょ!?」

「なんにしても思いやりが足りないよね〜」

「ねー」

「・・・」

泣きたくなった。

唯一、小田口さんが憐れみの目を向けた。

「はあ、ったく女共はこれだから」

「でも・・・お噂はかねがね聞いておりましたが、お綺麗ですね」

小田口さん。鼻の下伸びてる。

そういや、最初本庁から美咲さんが来るっていうの聞いてやったら楽しみにしてたっけ。

「そう?」

美咲さんはまんざらでもない様子。

「綺麗な花にはトゲがあるらしいですよ」


ガンッ!


「ブホァッ!」

ボソリと言うと、肘鉄が額を直撃した。

痛い。

脳が揺れる。

頭がクラクラする。

てかお前ら僕をいじめに来たのか。休ませてくれるどころか肘鉄もらっちゃったんだけどそこんとこどう思う?という旨を伝えたところ、3人揃って

「あ、忘れてた」

おい。

「それじゃま、矢嶋君もうるさいしさっさと行きますかねぇ」

美咲さんはヤレヤレといった様子で席を立つ。

ムカ。

そのまま仮眠室を後にする。

「・・・あ、そうそう。小田口さん」

僕は皆に続き仮眠室を立ち去ろうとする小田口さんに声をかける。

「はい?」

「何があっても、彼女に酒を飲ませないこと。・・・命が惜しかったら」

「は、はぁ・・・」

釈然としない様子で首を傾げる小田口さん。

そして慌てたように駆けていった。

・・・はぁ。って、あ。

もう1つ言うことを忘れていた。

まぁいいか。メールしとこ。

「ふぅ」

メールを終えて一息。

これでやるべきことは大体やったかな。

後は仲間を信じるのみ、か。

さっきの嫌なイライラは、どこかになりを潜めていた。

「・・・こりゃみんなに感謝かな」

呟いた途端、急激な眠気が僕を襲う。

そのままゆっくりと眠りに包まれていった。













仮眠室を後にし、俺たちは廊下を歩いていた。

両手に花だ。悪い気はしない。

それにどっちも美人だし。にしても、毒蝮さん、矢嶋さんが言うほど悪い人には見えないし、それでこんなにも美人じゃパーフェクトじゃないか?

「ねえ毒蝮ざっ!?――」

次の瞬間鼻っ柱に裏拳を叩き込まれた。

「がっ!?ぐぅぅ・・・」

鼻を抑える。生暖かいものが鼻先を伝った。

「美咲さんを呼ぶときは、名前で呼ばなくちゃダメです」

「な、なんで・・・?」

「察しろ、だそうです」

「・・・?」

試しに呼んでみる。

「・・・み、みみ美咲さん?」

「なに?」

満面の笑み。

「・・・?」

訳が分からない。

まあとにかく、美咲さんに名字呼びは禁止と。

俺は、まだ吹き出る鼻血と引き換えに、それを学んだのだった。

1人しみじみしてる俺に美咲さんが声をかける。

「ほら、さっさと車回す。その東高間田署に行くよ!」

「・・・東玉川署です」

ツッコミも空しく、駐車場に追いやられた。












「さて・・・」

東玉川署に着いて、俺らは地図とにらめっこしていた。

周りの東玉川署員も似たようなものだ。

「車の中で資料にはざっと目を通したっ。早速捜査開始といきたいとこだけど・・・今までは矢嶋君指揮のもと、どういう捜査をしてたの?」

「手がかりが無い以上片っ端から。玉川管内のそういった人物が出入りしそうな場所をしらみ潰しに探しましてね、見つからないんで捜索範囲を広げるところでした」

「ふーん・・・」

「でも東京都内片っ端探すとなると、とても人員が足りませんよ」

「ふふん、東京都内なんて調べる必要ないよ」

美咲さんはにこやかに笑った。

「そ、そりゃどういう・・・」

「ヒント。携帯電話」

「け、けーたい?」

「ふわぁあ。そういえば私、眠くて仮眠室行ってたんだっけ。寝よーっと」

机につっぷす。

眠くても眠れない東玉川署員の方々が鋭い目線で刺してくる。

俺と由希さんは小さくなって考えを巡らせた。

「・・・あーっ、わかんねぇっ」

頭を働かせるためにポケットからタバコを出して口にくわえ――

また全員にジロリと睨まれた。

なんやねん、一体。

って、あっ。

そういえば、昨今の嫌煙の波に飲まれ、ついにこの東玉川署も禁煙となったのだった。

俺はそそくさと由希さんに待合室でタバコを吸うと告げて、席を立つ。

冷たい目線が追ってくる。皆さん、相当お疲れでイライラしてるようで。

「――カルシウム摂れやぁっ!」

そう捨て台詞を残して俺はこの場を後にした。

いきなり叫び出した俺に、由希さんを含め、東玉川署員はみんなポカンと口を開けて俺の退出を見送った。







待合室にて。

1人タバコをくすぶらせる俺。

ああ、ハードボイルドな感じ・・・って、俺には無理だな、うん。

さて、美咲さんのヒント、携帯電話。

携帯をどう使う?

というか使うのは誰の携帯だ?

・・・志保里さんの携帯?――そうか。志保里さんの携帯を電話会社に問い合わせて居場所を特定すればいいんだ。

いや、しかし。

それには携帯番号が必要だ。

あいにく、警察には志保里さんの携帯電話の番号の情報はない。

――ない?

本当に無いのだろうか。

志保里さんの携帯番号を知る方法・・・。

いや、発想を転換しよう。番号を知ってる人は誰だ?志保里さんの携帯番号を知ってる人・・・。

あ。

いた。

気付いた時には、俺は全力で走り始めていた。









「美咲さんっ」

勢いよくドアを開けて駆け込む。

また冷たい視線が襲うが気にしない。

美咲さんは起きていた。

不機嫌そうに携帯をいじっている。

「あ、小田口さん、おかえりなさい」

「どしたの?コレ」

由希さんはさあ、と肩をすくめた。

「さっきムクッて起き上がって、携帯取り出してからあの調子」

「あ、帰ってたの。小田口君」

「は、はぁ」

「で、分かった?」

「あ、はい」

「はぁ・・・せっかくゆーちゃんに勝てたって思ったのになぁ」

口を尖らせてぶつぶつ言いながら、携帯を見せてくる。

「あ・・・」

そこには、俺が今さっき気付いた方法。すなわち、坂井の携帯から志保里さんの番号を調べだし、電話会社に問い合わせ場所を特定するというやり方が書かれたメールがあった。

差出人はゆーちゃん(矢嶋祐一)。

なるほど、それで美咲さんは不機嫌だったのか。

美咲さんはよっこらせと立ち上がった。

「いつまでもぐちぐち言ってても仕方ないか。さあ小田口君、やることはわかってるわね?」

「アイアイサーッ!」

俺はまた部屋を飛び出した。

証拠物品として保管されている坂井の携帯を借りに行くためである。












俺はやる気に燃えていた。やる気があると仕事の効率もいい。

坂井の携帯を借りたあと、俺は、もう志保里さんの居場所を特定するステップまで至っていた。「志保里さんの居場所が分かりました!西東京です!西東京!」

西東京はその名の通り東京の西側に位置する。

東京とはいっても田舎町だ。

「あ、おかえりなさい。小田口さん」

「うん。それよ――」

「おっっそぉい!」

美咲さんの怒声が飛んで、俺は首をすくめた。

「なにやるべきか分かってるって言って待ってみたら・・・あんたのやるべきことはやる気になった私を称えるコーヒーを淹れてくることでしょうがぁ!」

んなバカな。

俺のやる気は?努力は?

だが体育会系で青春を過ごした俺には一種の戒訓が頭をよぎっていた。

一、目上の人には絶対服従。

「すぃやせんしたぁぁっ!」

勢いよく頭を下げる。

青春時代はこの数十倍の理不尽さ極まる命令にも耐え抜いたのだ。

「よろしい。まあそれは冗談として・・・」

冗談かぁぁっ!

俺は思いっ切りずっこけた。

「西東京か・・・。山奥の別荘や今は使われてない倉庫なんかが狙い目ね」

スクッと立ち上がる。

俺はポカンと美咲さんを見送った。

昨日の会議で井原さんが立っていた台に乗る。

「ちょっ、美咲さん、なに・・・」

「聞けぇッ!東高間田署員諸君!」

「美咲さぁん・・・東玉川ですぅ・・・」

後ろで由希さんが小さな声で恥ずかしそうに訂正する。

署員は全員呆気にとられている。

それにも気にせず、美咲さんは続けた。

「水谷志保里の居場所は西東京!そこの人気の無い倉庫や廃ビルなんかを徹底的に調査する!」

バン!と勢いよく机を叩く。

「聞き込み班!付近の聞き込みから西東京の拡大地図に怪しい場所をマーク。調査班!そのマークされた場所を徹底的に調べる。犯人は複数が予想される。調査班は3人以上で動くこと!それに場合によって応援を呼んでも構わない!」

次々と指示を飛ばす。その目は真剣そのものであり、俺は少し気圧された。

「タイムリミットは夜9時!各員!捜査開始ッ!」

「は・・・ハッ!」

署員に思わず返事をさせてしまう何かが美咲さんの迫力にはあった。

・・・カリスマ性?

署員がドタバタと捜査に乗り出すと、美咲さんはよっこらせと椅子に座った。

「お疲れ様です」

「や」

軽く片手を挙げると俺が淹れてきたコーヒーを受け取った。

「ふぅ・・・。よーし今日の仕事終わりっ!」

「い、いやいやいや!これから始まるんでしょうが!」

俺が慌ててつっこむと、美咲さんは口を尖らせた。

「にしても、驚きました。美咲さんが女性管理官だと言っても、誰も疑いませんよ」

「ホントホント」

俺と由希さんは口々に美咲さんを褒め称える。

「まぁ・・・ね。ゆーちゃんに偉そうなこと言った手前、真面目にやらない訳にはいかなくなっちゃったからね。せっかくだからゆーちゃんが目覚める前に居場所を突き止めようと思って」

「あ、それでタイムリミットは9時とか言ったんですか」

納得がいった。さっきの話で、タイムリミットなんてものが出てきて一体何かと思っていたら。

「ん?あ、いやいや」

美咲さんは笑って首を振る。

「それは関係ないよ」

「関係ない?そりゃどういう・・・」

「私は9時から見たいテレビがあるの」

ずっこけた。

さっきから美咲さんの後ろで、やーすごい、だの、人間って分からないもんだなぁ、だのしきりに感心していた由希さんも同様だ。

「あ、あのねぇ」

「小田口君見てない?『ロンバケ』」

「ろ、『ロンバケ』?」

ずいぶんと古いドラマが出てきたものだ。

「うん、『ロンドンで化けちゃった』略してロンバケ」

「はぇ?なんスかそれは?」

「ロンドンに飛んできたお岩の幽霊が、ロンドンに留学していた秀才の日本人留学生と鉢合わせるんだけど、その日本人はなんと伊右衛門の生まれ変わりなのよねぇ」

「・・・なんスかその無茶苦茶なストーリー」

「あ、あたしも見てる、それ」

「いやまず場所がロンドンである必要がないだろ」

「違〜う!ロンドンだからこその・・・」

「・・・」

「・・・」












『ロンバケ』談義を終え、俺らが捜査に乗り出すのは1時間後のことである。










「ぬぁ〜っ、飽きたぁ。ジュース飲みた〜い」

廃ビル、廃墟と何件か回った辺りで助手席の美咲さんが足をダランと投げ出して言った。

時刻は夜7時を回るところ。

さすがに疲労が溜まってきた。

「子供ッスかあんたは」

「疲れたぁ、ビール飲みた〜い」

「いや子供呼ばわりされたからってビールに変えても、根本は変わってませんから。いやむしろひどくなってる。・・・ってか美咲さん、シートベルトちゃんとしてください!」

「えー、めんどっちい」

俺は、ブーブー言う美咲さんを無視し、運転に集中することにした。

「次は・・・この先の山の上ですね」

由希さんが地図を見ながら言った。

「山の上ぇ!?・・・もういい。あんたらだけで行ってきて」

「美咲さん!」

由希さんがたしなめる。

「うー、分かったわよぉ・・・ブツブツ・・・」

さっきからこの調子だ。

あのカリスマの片鱗は一体どこに消えたのか。









「・・・うーん、車じゃあここまでしかいけませんね」

美咲さんの強い押しもあって、車が走るような道ではないところを無理矢理走ってきたが(俺はこの車は黒田さんの、とかいう話だったので反対したのだが、美咲さんが、黒田ぁ?知るかぁ!とわめき散らしたのでやむなくそうなった)さすがにもう無理だろう。先は獣道といった感じだ。

「まだまだぁ!」

意地でも山道を歩きたくない美咲さん。

「いい加減にして下さい。死にますよ?」

「うるさーい!どきなさい小田口君。私が本物のドライビングテクニックってやつを見せてあげる」

「え、えぇ?」

あれよあれよという間に美咲さんと席をチェンジする。というよりされた。

まさかこの人本気でこの獣道を車で登るつもりか?

いやヤバイって。ジープやランドクルーザーだって危ないような獣道だぞ?

むしろ普通の乗用車で今までの山道を登れただけでも勲章ものなのに。

不安になって後ろを見ると、由希さんが真っ青な顔で震えている。

やっぱ怖いよなぁそりゃあ。

「止めて!小田口さんっ!」

「え」

「美咲さんのドライビングは、死人が出る!」

「へ?」

「し、洒落にならない・・・。あ、あたしはここで消えるから!じゃっ!」

「え?ちょっと・・・」

止める間もなく由希さんは消えた。

「よっしゃぁ!いっくぜえぇぇぇっ!」

美咲さんが吠える。


グギャギャキャキャキャキャッ!


タイヤが変な音を立てて回り出す。

「や、ヤバいッスって美咲さん!」

「おらおらぁ」


ブオンブオンブオンブオンブフブブガガガがッ!


エンジンまで変な音を奏でる。

と、信じられないことにあの獣道をただの乗用車が登り始めた。

「んなアホなああああぁっ!」

俺の絶叫も空しく、黒田さんの愛車は傾斜45℃の体制で走り始める。

タイヤは軋み、エンジンは悲鳴をあげる。

そんなのお構い無しの美咲さん。

「いっけえぇぇ!」

ノロノロだが、確かに進んでいる。

ただ、これだと普通に歩いていってもさほど速度的には変わらない気がする。

・・・まあ言える雰囲気ではないが。

不意に明かりが見えてきた。

目指す山荘だろうか。

「ビンゴッスよ美咲さん!あの山荘は今は使われてないって話です!」

「よーし!全速前進!」

美咲さんはさらに強くアクセルを踏み込んだ。


グワァ・・・ガガガがッ!キュルキュルキュルキュル!


エンジンの音が怪しい甲高い音になってきた。

だが、本当に獣道を超え、山荘にたどり着いてしまった現実に、俺はそんなことを気にする余裕がないくらいエキサイトしはじめていた。

「すげぇ!もう着いちゃうよ!行けぇっ!ゴーゴー!」

「ゴーゴー!」

2人して叫びながら車は山荘に近づいていく。

山荘はもう目の前。テンションは最高潮だ。


プスッ


空気の抜けるような音。

それと共に車はみるみる速度を失っていく。

そして遂にとま・・・らなかった。

場所は獣道。そして坂道。ズズッズズズッと嫌な音を立てながら少しずつずり落ちていく。

すぐ後ろにはでっかい松の木。

「小田口君!緊急退避ッ!」

「ラジャッ!」

俺と美咲さんは同時に車を飛び出した。

そして車は、松の木に正面衝突(正しくは後面衝突)し、力尽きた。

「ありがとう、君の犠牲は忘れない」

俺は力尽きた戦友に黙祷を捧げた。

横を見ると、美咲さんも手を合わせていた。

空には一面に星が輝いている。

さすがは西東京。東京といいつつ田舎だというところだけのことはある。

あ、流れ星。

ああ、我らが戦友も今星に――

「よし、行こうか」

美咲さん、ドライだ。

「オッス」

俺らは明かりがとうとうと輝く山荘の玄関に歩を進めた。山荘はログハウス仕様の小さなものだった。

ドアベルはない。

「すみま――」

「シッ!」

扉を叩こうとしたところ、美咲さんに止められた。

「ここは強行突破でしょっ」

小声で俺に言う。

「っていっても、令状も無いのに踏み込んだら問題ッスよ」

俺も小声で応じる。

途端に美咲さんは笑顔を浮かべた。

「規則ってね、破るためにあるの」

その言葉と、美咲さんが動くのは同時だった。

俺が止める間もなく美咲さんの足は山荘のドアを蹴破った。

バァン!と激しい音がし、ドアが吹っ飛ぶ。

中は意外に広かった。

テーブルでビール片手にトランプ(ポーカーだろうか。チップもばらまかれていた)をしていた4人の男が呆気にとられ、ポカンとドアを蹴破った侵入者を見た。

どいつも若い。未成年飲酒だ。

「な、なんなんだてめえらはっ!」

1人が精一杯ドスをきかせた声で叫ぶ。

「警察だっ!」

俺が叫んだ瞬間、胸ポケットから電子音が響いた。

携帯?まったく、締まらないなぁ・・・。

とはいってもこの状態で呑気に携帯に出てる訳にもいかない。

その間に美咲さんが前に出る。

固まって動けない4人をゆっくりと見回した。

と、その時脱兎の如く駆け出した1人が、奥の部屋へ叫んだ。

「警察!警察です!」

「チッ!」

俺は舌打ちをすると叫んだ1人の首根っこを思い切り掴み、腹にパンチを叩き込んだ。

その瞬間奥の部屋のドアが開き、男が2人俺の脇をすり抜けた。

逃げられる!

「美咲さんっ!」

とっさに美咲さんを見ると、美咲さんはトランプをやっていた3人に囲まれていた。

美咲さんは圧倒的なパワー、そしてスピードで3人を瞬く間にぶちのめした。

が、その隙に2人は逃げてしまった。もう追い付かない。それよりも。

ここに、水谷志保里はいるのだろうか。

俺は奥の部屋へと入った。










「な・・・」

そこへ入った俺は絶句していた。

中にはベッドが1つ。その上に、縛られて、血だらけで半裸の女性が1人。

慌ててズボンをはこうとしている全裸同然の男が3人。

事にはまだ及んでいなかったようだが、何をしようとしていたのかは十分に分かった。

「・・・」

吐き気がした。

「・・・誰?」

女性が弱々しく尋ねる。

「警察です。水谷志保里さんですね?」

女性は小さく頷いた。

俺は安心させるために精一杯の笑みを浮かべていたが、ちゃんと笑えたかどうか自信がない。嫌悪感と怒りで、はらわたが煮えくり返りそうになっていたからだ。

耐えきれなくなって男3人を睨む。

「てめえら」

「――ずいぶんと卑劣な真似するじゃない」

後ろから声が聞こえた。

さっきまでとは似ても似つかないような静かで、深い怒り。

美咲さんだ。

「あんたたち、覚悟はできてんの?」

そう言うや否や、美咲さんは1人に目にも止まらない速さで近づき、顔面にストレートを決めた。

血飛沫を上げて1人が倒れる。

その間に、俺も1人のボディにパンチを入れて沈めた。

あと1人。

その1人に美咲さんがおどりかかる。


パァンッ!


乾いた音が響いた。

さっきまで何も持ってなかったはずの男は黒光りする拳銃を持っていた。

美咲さんが崩れ落ちる。

真っ赤な血だまりが広がった。

「イヤーッ!」

志保里さんが叫ぶ。

「美咲さんっ!」

「・・・くぅ・・・!」

急所ではない。足を撃たれたようだ。

「てめぇ!」

「うぅう動くなぁ!」

殴りかかろうとした俺を、男の拳銃が封じた。

人を撃ったことに動揺しているのか、口調が変だ。

いや、こいつイってやがるな。

シンナーで歯はぼろぼろ。注射のしすぎか、左腕が変に腫れている。

目は焦点を合わせていない。

典型的な薬中だ。

「電話をよこせぇぇ」

俺は胸ポケットの携帯を取り出す。

気が付かなかったが、何回も着信があったようだ。

また電子音がなる。

「うるさい」

男は携帯を撃ち抜いた。

あー、俺の携帯・・・。

俺は物言わぬ塊と化した携帯に、本日2回目の黙祷を捧げた。

まだ心には余裕があることに安心した。ビビってたら助かる命も助からない。

「おぉお俺はなぁ!ま、まだまままだ捕まる訳にはいぃ、いかないのよぉ!」

男は窓を開ける。

そこから逃げるつもりなのか。

背を向ける一瞬に飛びかかろうと心に決める。

「つ、つつ捕まれって言われたけどぉ!捕まるかってんんだあ!」

気を引く発言。

「捕まれって言われた?どういうことだ?」

「しぃ、知らねーよぉ!ハァ、ハァ、俺はぁ!薬がいっぱあぁい貰えるっててぇんでえ!手伝ってやったぁだけだぁぁぁ」

「誰に言われた?」

銃を向けられているのも忘れ、俺は食いついた。

「い、いぃ、言ったら殺すってよぉぉ!あ、あいいつ本気だぁ!」

いろいろ聞いている内に結構時間が経った。

美咲さんをふと見ると血だまりはかなり大きくなっていた。

大した怪我じゃないにしても、このままじゃ危険かもしれない。

「美咲さん・・・」

「ハァ、ハァ・・・ダメね。血と一緒に力が抜けてく感じ」

力無く笑う美咲さん。

このままじゃまずい。なんとかしなければ。

「なな、ななな何2人ししてしゃべっててるるるぅんだぁ!余裕かまぁあしてんじゃあぁね、ねねねぇぞぉ!」

銃口を俺の頭に押し付けた。

そのまま俺は突き飛ばされた。

思い切り柱に頭を打ちつけ、目から火が出た。

「ぐぅ・・・」

「大丈夫!?オダッチ!」

床に倒れている美咲さんが叫ぶ。

「・・・オダッチて」

「や、今考えた」

血をダラダラさせながら美咲さんはニヤッと笑った。ったく、この男じゃないが、余裕かましてんじゃねーよ・・・。

といいつつ、それにより俺もまた落ち着きを取り戻せたのだが。

「ウワァァァァッ!」

男が突然咆哮した。

「ど、どどいつもこいつももぉぉ!お前らも!楢崎とぅかいったかぁぁ!ヤツもぉ!俺をな、なな舐めやがってぇ!」

・・・楢崎(ならさき)?誰だ?

「おい、楢崎って」

「・・・」

と、突然饒舌だった男が黙りこくった。

「・・・い、いけねねぇええ。しゃ、しゃべっちゃいけないことをしゃべぇり過ぎたなぁ・・・」

男は俺を見た。

「や、やゃやっぱ殺しとくしかねぇかぁぁ」

カチャリと銃口をこちらに向けた。

来る。

考えろ。考えろ。この状況で奴をとっちめる方法を。・・・タバコが吸えれば頭も回るのだが。

まさかこいつがご親切にもタバコを吸わせてくれるはずもない。

今の俺にはこれしか考えられない。

一か八か。

俺は勝負に出た。

素早く手をポケットの中に滑り込ませ、その中の物を力任せに奴に向かって投げつけた。

それは真っ直ぐに男のこめかみにぶち当たった。

ライター。

それも自慢のジッポだった。

初任給で買った、十万くらいする高級品で、あれが奴の血で汚れるのは心苦しいが、背に腹は変えられない。

「グゥッ!」

こめかみを押さえた男に俺は飛びかかる。

俺は奴に全体重をかけるように押し倒すと、そのまま銃をもつ右手を押さえつけた。

取り押さえた。

俺は安堵した。

が。

腹に衝撃。

男の膝げりが腹部を直撃していた。

「ウグッ・・・」

痛みで一瞬息ができなくなる。

「オダッチ!」

いつの間にか形勢は逆転していた。

見上げているのは俺の方。見下ろす男の顔がニヤリと歪んだ。

銃口がゆっくりと持ち上がる。

――やられる!

俺は迎えるであろう衝撃を覚悟し、目を瞑った。

「・・・」

永遠ともいえる時間。

銃声が響いた。












〜裏コーナー〜

西岡 はい。てなわけで裏コーナー!

敦司 毎度毎度思うよ。空気読め!

西岡 っていってもこれがおれらの仕事だし?

敦司 ・・・まあそうなんだけども

西岡 今日は思ったより本編が長くなってしまったという都合のため、ゲスト無しのショートバージョンでお送りするそうだよ!

敦司 ・・・なんで他人事なんだよ?

西岡 や、だって台本にそう書いてあるし

敦司 ・・・僕それもらってないんだよなぁ

西岡 まあまあ、それはさておき!小田口さん死んじゃったなぁ

敦司 待てって。まだ死んだとは書かれてないだろ

西岡 ・・・え?助かるの?

敦司 そんなん知らんわ

西岡 ははぁ、助かるんだな?

敦司 知らんってば・・・まあそこのところも次のお楽しみってことで

西岡 てかさぁ、あの幽霊どこ行ったんだろうね。車から逃げてそれからの行方が分からない

敦司 それもまあ次回のお楽しみ

西岡 絶体絶命の危機に陥った小田口と美咲!彼らの運命やいかに!

敦司 乞うご期待!・・・ってなわけで矢嶋編の宣伝が終わったところで

西岡 なに?

敦司 問題は敦司編なわけですよ

西岡 うわ、もういいよ。お前この前階段から落ちただけじゃねーかよ

敦司 玄関先で狂ったお前に言われたくないな

西岡 いずれにしても・・・

敦司 なーんかショボいよな・・・いや僕は僕で大事なわけだけどさ

西岡 ストーリーの魅力に差がある気がする。差別だ差別

敦司 まあいまんところもったりのんびり系が敦司編、バリバリサスペンス系が矢嶋編って感じかな

西岡 もったり嫌ぁー。もっとカッコいいことしたいー

敦司 ま、いつかは僕らもそうなるだろうが・・・でもお前なんか真っ先に死にそうだよな

西岡 うぉいっ。縁起でもないこと言うんじゃねーっ!

敦司 まあまあ。のんびり結構。それが日常ってやつさ

西岡 なんかいいこと言った風にして誤魔化そうったってそうはいかねーぞ敦司。謝れコラ。てか日常離れしつつあるお前がそんなこと言っても説得力無いな

敦司 めんごめんご

西岡 こいつは・・・

敦司 まあさておき、僕らも頑張りましょうや。矢嶋さんには負けてられないからね

西岡 俺もお前にゃ負けねーぞ敦司ぃ

敦司 な、なんでお前が僕に敵意むき出しなワケ?

西岡 まだ俺は主人公の座を諦めたわけじゃねーからな・・・

敦司 諦めろよ!

西岡 なーに、ルイ○ジだって主役になれたんだ。俺だって・・・

敦司 はいはい。馬鹿はほっといて・・・次回は矢嶋編、そのあとは僕らの話が続きます。お楽しみに。それでは皆さん、ごきげんよう

西岡 ルイ○ジだって・・・ルイ○ジだって・・・あり?誰もいない?・・・フフフ、ハーハハハ!ついに、ついに俺様の時代がやってき

―了―

えー、今ちょっと落ち込んでます。というのも、今回赤点をと・・・いえいえ。そういうことではなく。この前ある友人・・・といえるか微妙なやつが書いたやらせに等しい感想を消してみました。というのも、評価のいい感想があるせいで、なかなか批評が書きにくかったりするのかな、とか思ったからです。ただ、それが大失敗。あれを消したら総合評価ががた落ち。閲覧者数も目に見えて落ちてしまいました。評価値の重要さを痛感した次第です。おい、例の友人といえるか微妙なやつ!もう一回書いて?(笑)嘘です。皆様からの評価・感想をお待ちしてます。

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