21話 機械も人間も、壊れたらまず叩いてみるべし
人物紹介 No.007 永森 俊吾(弟) 智林高校3年生。ベビーフェイスでシャイボーイ。女子に大人気。捜査一課の刑事を兄に持つが、近頃兄が陰惨な事件を担当することが多くなり、家で時々暗い表情を見せるのを心配に思っている。また、気が弱い性格でありながら正義感は人一倍強く、敦司や西岡といった他の男子からも一目おかれている。今のところ目立った出演機会はあまりないが、作者としては一度目立たせてみたい存在である
名古屋に降り立った僕らはさっそくバス停へと向かった。
おばあちゃんの家は名古屋といっても外れのほう。バスを乗り継がないと行けないのだ。
しかし・・・。
「げぇ、30分待ちかよ」
西岡が呟いた。
最悪のタイミングだったようだ。ちょうどバスは今行ったばかり。次のバスが来るまでは32分あった。
「・・・なぁ、飯食わね?」
西岡が顎で近くにあった定食屋をしゃくる。
『お食事処 まきはら』
店の前に立てられている品書きを見ると、なかなかリーズナブルだ。近くにあったファミレスなどよりかはよっぽど経済的だ。
「よし、行くか。もう昼時だしな。僕も腹減った」
時刻は12時半過ぎ。
席空いてるかなぁ。
一抹の不安を感じつつも、僕らは定食屋に入った。
「いらっしゃいっ!」
出迎えたのは快活な声。
やはり昼時とあってか店はなかなか混んでいたが、なんとか空席を見つけられた。
元気の良かった店員はショートカットの女の子でなかなか可愛い。
店員が水を持ってくる。
「どうぞ!お水とおしぼり・・・あれ?」
「え?」
「あ」
3人して固まった。
そこにいたのはちょっと前話題に出てた大川内碧その人だったのだ。
「鳳くんだよね。この前のカラオケの」
「あ、うん」
「ミドリちゃん!」
西岡が立ち上がる。
「な、何かな」
「僕は!今とても!運命というものを感じていますっ!」
「は、はぁ・・・」
戸惑う大川内さん。
「ミドリちゃん!僕と付き合って――」
「あのぉ。ごめんなさい、誰でしたっけ?」
「・・・ッ!」
西岡が目に見えてへこむ。僕は爆笑した。
「あ、ご、ごめんなさい!その・・・ちょっと、鳳くん、笑わないでよ!」
「アッハッハッハッハッ!いや、ごめんごめん」
にしてもかわいそうに。合コンの時はあんなに張り切って歌ってたのにな。
さすがに哀れになった。
「ほら。いたじゃん。この前のカラオケで幹事やってたうるさい奴」
「ああ。あのうるさ・・・賑やかな人が!」
「そ。西岡研くんです」
「もういいよ・・・どうせ俺は煩くてウザくてどうしようもないクズさ」
いじけちゃった。
「大川内さん、なんでここに?家は・・・」
「うん、家は神奈川だけどね。この店は叔母さんが道楽でやってる店なんだ」
「ど、道楽?」
「うん。叔父さんはライフテックっていう会社の社長でね。叔母さんはやることないから昔からやりたかった食堂を開いてるんだ」
「ら、ライフテック!」
驚いたのは西岡だ。
西岡によると、ライフテックはIC企業の先駆けとなり、今はパソコン・家電・その他もろもろなんでもござれの大企業らしい。
僕が、西岡財閥よりも?と耳打ちすると、
「バカ、格がちげーよ」
・・・バカって言われた。西岡に。
「で、私は時々小遣い稼ぎに手伝いにいくの。この後は、そのお金で友達とお買い物」
「友達?」
「そ。私昔名古屋に住んでたから」
「そ、そうなんだ」
「そういえば鳳くんたちこそなんでまた名古屋なんかに?」
「うん。ちょっとばあちゃん家に用があってね」
「お祖母さん・・・?もしかして、三田の鳳さん家って鳳くんの親戚だったの!?」
「え」
確かにばあちゃん家があるのは三田というところだった。
「もしかして・・・知り合い?」
「知り合いも何も・・・昔あの辺りに住んでた時からの付き合いだよ」
「あの辺りに住んでたぁ!?」
「そ、そうだけど・・・どうかしたの?」
大川内さんが不思議そうな顔で僕を見つめた。
これは思わぬところで情報を得られるかも・・・。
「い、いや。実は僕も昔あの家に住んでた時期があったんだ」
「え!?そうだったの!?」
「うん・・・。あの、なんでもいい。僕や僕の両親について何か覚えてることないかな?」
「え?そう言われても・・・」
大川内さんはしばらく考え込んだが、
「ごめんなさい。覚えてないわ」
と、頭を下げた。
「そっか・・・。いや、別に謝らなくていいさ。変なこと聞いてゴメン」
「ううん。それはいいの・・・あの、注文何にする?まさか、2人とも水だけで帰ったりしないよね」
いたずらっぽい笑みを浮かべる。
ふうん、こういう顔もできるのね。
「・・・やべぇ、持ってかれたぁ」
西岡がボケた顔で言った。おまえ、それ某ドラマのパクりだから。
「で、ご注文は?」
「俺カツ丼!」
元気のいいやつ。
「・・・僕はさばの味噌煮定食で」
「渋いの来たね」
大川内さんが笑った。
ほっとけ。僕はこういうの結構好きなんだ。
「少々お待ちください」
大川内さんは厨房へ入っていった。
「・・・可愛いよなぁ」
西岡がさらにボケた顔で言う。
「・・聡美ちゃんはどうした、聡美ちゃんは」
「うぅ、そこを突かれるとイタイ」
言ってろ。
僕はさりげなく西岡の腹にパンチを入れるとため息をついた。
大川内さんは覚えてなかったか。・・・やっぱり、そう上手くは事運ばないよな。
しばらく西岡ととりとめのない話をしてると大川内さんが料理を持ってやってきた。
「お待ちどお」
「うおっ!んまそー!」
西岡が舌なめずりする。
西岡のカツ丼はホカホカ湯気がたって確かに美味そうだ。
「はい、こっちはさばの味噌煮ね」
「ども」
こっちも美味そうだ。
「じゃあ、いただきますか」
僕は手を合わせ・・・ってもう食ってるし。
がっつく西岡を苦笑して見つめた。
「でも驚いたなあ」
「何が?」
大川内さんが口を開いたので僕は尋ねた。
「鳳さん家が君の親戚だったってこと」
「あぁ、ハハ」
僕は曖昧に笑みを浮かべた。そりゃ僕だって驚いたさ。
「実は、今日一緒に買い物に行く友達って早紀ちゃんだったんだ」
「早紀?」
早紀は僕の従妹。昔一家で一緒に住んでた頃は兄妹のようなものだった。
「そう。鳳くんが遊びに行くことが分かったから、今日の買い物は中止にして私も家に遊びに行くことにしちゃった」
「え?そうなの・・・」
大川内さんがいて、僕はばあちゃんに話を聞けるだろうか。
「・・・迷惑だった?」
「いやぁ、そんなことは・・・」
努めて自然に笑う。
「よかった」
大川内さんは笑い返すと席を立つ。
「待ってて。私、仕事もう上がるから」
「うおぉ!ミドリちゃんが一緒に来てくれるなんて、テンション上がりまくりだぜコラァ!」
「・・・西岡。おまえ帰っていいよ」
「あぁんもういけずぅ」
キモい。
「でもすごいね。ホントに近くに住んでたんなら、もしかしたら一緒に遊んだことがあったかも・・・」
「ハハ、そうかも」
大川内さんの言葉にうなずいた。
・・・!
その時激しい頭痛が襲った。
締め付けるような痛み。経を唱えられた時の孫悟空はこんな思いだったのでは・・・なんて考えてる余裕もなくなってきた。
僕はテーブルに突っ伏した。
だんだん頭が真っ白になっていく。
・・・そして。
公園。
砂場。
笑う女の子。
そして、女性。あの葬式の夢で白黒で笑ってたあの女性。女性の後ろには・・・誰かが・・・。
誰かが・・・。
そこで僕の意識は元に戻った。
頭痛も嘘のように消えている。
周りを見ると、西岡と大川内さんが心配そうに僕の顔を覗きこんでいる。
「・・・大丈夫?」
僕は、まるで100メートル走を全力で走りきったあとみたいに呼吸を荒げていた。
答える余裕もなく、僕はお冷やをグイと飲み干し、コップをテーブルに乱暴に置いた。
「お、おかわり持ってくるね」
大川内さんはぎこちない笑みを浮かべると厨房へと去った。
・・・なんだったんだ?あれは。
一瞬だけいくつか光景が浮かんだ。
それはまるで1シーンをカメラで撮ったような。
いつもの夢とは違う。第一僕は寝ていない。
ただ、大川内さんの『一緒に遊んだことがあったかも』という言葉に触発されて起こったのだということは、紛れもない事実だ。
あの女の子は・・・大川内さん?
あの女性は・・・?
何も分からない。
僕は大きく息をついた。
「おい、どうしたってんだ?ミドリちゃん怖がってたじゃないの。可哀想に」
「・・・夢」
「夢?」
「夢だよ。夢を、見たんだ」
「夢ってお前、寝てなかったじゃん」
「・・・ああ。厳密には夢じゃない。夢みたいな何かをみたんだ。フラッシュバックっていうのかな」
「はぁ?」
「ほら。お前に言ったことあったよな」
僕は以前、西岡にあの奇妙な夢のことを話したことがあった。
「あぁ・・・。小さい頃から追われる夢とか変な夢みてたんだっけ」
「今回はバリエーションが違ったらしいけどな」
「どんな?」
説明する。
「なるほどねぇ」
西岡はでかい口を開けカツにかぶり付く。
「やっぱそれは、お前の過去の記憶じゃないかな」
「・・・やっぱり?」
僕もそう思っていた。1つは夢にしては余りに鮮明であること。そして、大川内さんらしき女の子と遊んだことまで出てきたとあっては・・・。
しかし。
「でも、それには分からないことが出てくる」
「?」
「それが本当なら僕は実際に誰かに追われて死にそうになったり、誰かが殺される現場を見たってことになる。さすがにそんなことは忘れないだろう」
うーんと西岡は腕を組む。カツ丼のどんぶりはすでに空だ。
「トラウマ、じゃねえかなぁ」
「トラウマ?」
トラウマ。心的外傷。幼いころの出来事においての恐怖などが原因で、本来そこまで恐怖を覚える必要もないような対象に強迫観念が植え付けられ、その対象に異常な拒否反応を起こすことだ。
例えば、小さいころ首を絞められたから首にネクタイやらネックレスやらを巻けなくなった、とか。・・・どっかの漫画から引用。
または許容を越える恐怖、悲しみなどを味わい、自我を保つためにその記憶を封じ込めてしまう、とか。
「僕が・・・トラウマに?」
思いもよらなかった。しかし、筋は通っている。
「でも、近くで人が殺されたとかそんな話聞いたことないし」
「そりゃお前、トラウマになった張本人に殺人やらの話を聞かせたりはしないっしょ」
ううん、確かに。
僕もさばの味噌煮定食を完食すると息をついた。
・・・待てよ?
「お待たせ。おかわり・・・とついでに着替えてきちゃった。ご飯も終わったみたいだしそろそろ行かない?」
お冷やを受けとる。
「ありがとう・・・とごめん。ちょっとさっきの僕変だったよね」
「う、うん・・・ちょっと驚いたけど・・・なんだったの?」
「いや・・・うん、その・・・」
誰彼構わずペラペラ喋れる内容ではない。
僕は、躊躇して口ごもった。
そんな僕に、大川内さんが笑みを向ける。
「言いたくないなら言わなくていいよ」
「うん・・・ごめん」
僕は大川内さんの気遣いに感謝して、小さく頭を下げた。
「もう、大の男がそう何度も謝らないの」
・・・ん?デジャブが・・・。
それより。
「大川内さんが引っ越したのっていつ?」
「え?・・・5歳の頃だけど・・・」
うーん。じゃああまり頼りにならないかも。
「住んでた頃に、殺人とかそんなことあったとか覚えてる?」
「え?殺人・・・」
「ごめん。変なこと聞いて」
「殺人・・・鳳くんは覚えてるの?」
大川内さんはじっと僕を見つめた。
「・・・いや、覚えてるっていうか知らないけど」
フッと大川内さんが息をつく。ため息?
と思ったのも束の間、笑顔で僕を見た。
「でしょ?そりゃそうだよ。殺人なんてなかったからね」
「うん・・・」
僕はお冷やを飲み干す。
「そろそろ行こーぜい」
西岡が立ち上がる。
お勘定を済ませると、大川内さんは厨房に声をかけた。
「叔母さーん!じゃあ行ってくるね!」
厨房から白い割烹着を着た40過ぎたくらいの女性が出てきた。あの人が大川内さんの叔母さんか。
「あらあら。あらあらあら」
その女性は僕らを見ると声を上げた。
「碧ちゃん、あなたもスミに置けないわねぇ」
「え?」
きょとんとする大川内さん。
「ボーイフレンドなんていつの間にできたの?」
「「へ!?」」
すっとんきょうな声を上げたのは大川内さんと僕だ。西岡はボケた顔でニヤニヤしている。
「参ったなぁ〜。やっぱりそういう風に見えますか。いや実際そうなんですけどぉ〜」
「調子に乗るな」
本日何度目か分からない鉄拳を西岡の脇腹に突き立てた。
「のべばぁっ!」
「November?今はJuneだボケ」
「い、いや、そうじゃなくて・・・」
西岡はその場に崩れ落ちた。
「なんだぁ、そうならそうと言ってくれればよかったのに」
牧原さん(大川内さんの叔母さんだ)の元気な声が響く。
昼時も過ぎたということで客足も無くなってきたのか、暇になったらしい牧原さんと僕らはすっかり話し込んでしまった。
「じゃああなたがあの早紀ちゃんの従兄なのね?」
「ええ、一時は家族一緒に住んでたんで、妹みたいなものだったんですが・・・」
「いつ頃引っ越されたの?」
「えっと・・・僕が中学に上がると同時に引っ越したんで、5年とちょっと前ですかね」
「あら。じゃあ、碧のこととか覚えてるんじゃない?」
「うーん・・・覚えてないです」
僕はかぶりを振った。
大川内さんが引っ越したという5歳くらいのとき、そのくらいの年代だ。夢で出てくる僕の歳は。
これは偶然なのだろうか・・・。
「そうだ」
僕は顔を上げる。
「大川内さんが引っ越されたころに、殺人とかありませんでしたか?」
「さ、殺人?」
穏やかな話ではない。牧原さんは驚いたようだ。
「うーん・・・分からないわねぇ。このあたりで殺人なんてあったら忘れはしないだろうけど・・・」
「そうですか・・・」
やっぱり殺人なんてのは僕の思い過ごしなんだろうか。
「まーたその話かよ、敦司」
「すみません、変なこと聞いて」
「気にしないで」
牧原さんの笑顔にもう一度頭を下げると、僕らは食堂を後にした。
「はー、食った食った」
西岡が腹を叩いて笑った。確かにボリュームとしては十分で、値段も頃合いだった。
文句なし。
「でもさ」
僕は気になったことを口にした。
「正直、とても社長婦人とは思えない人だったね、牧原さんって。社長婦人っていったら、もっとこう、お高くまとまってて、『あら、私紅茶が飲みたいザマス』みたいな」
大川内さんは苦笑する。
「あの人はもともと、令嬢でもなんでもないからね。跡取り息子の叔父さんの一目惚れって話だよ」
「はぁぁ、それはそれは。燃えるような恋愛ってやつ?」
僕の言葉に、
「俺もそんな恋愛してみたいもんだぜぃ」
西岡が大川内さんに意味ありげな視線を送る。
大川内さんはそれをさらっとスルー。
もう手慣れてきたようで。いやあ感服感服。
僕と大川内さんは落ち込み西岡を尻目にさっさと通りを行く。
「ちょ、待てってば〜」
西岡の情けない声が駅前通りに響き渡った。
「――そうですか、失礼しました」
僕は丁寧に礼をすると、その場を後にした。
「まだやってんのかよ、敦司ぃ」
西岡が声をかけてくる。
僕は念のため、殺人がなかったかどうかばあちゃん家近所の方々にも聞いて回っていた。
普通に聞いたらただの変な人なので、地元の高校の新聞部ということにして。
結果は全員『知らない』。やはりあれは過去などではなく、ただの妄想なのではないかと僕は思い始めていた。
大川内さんには先に行ってもらった。
西岡も先に行くよう勧めたのだが、初対面の人の家にズカズカ入っていくのは気が引けるそうで。意外と常識人な西岡。「もういいか・・・」
僕は呟くとばあちゃん家に歩き出す。
ピンポーン
ドタドタ音が聞こえて、
バァンッ!
「っっっってえぇぇぇぇ!」
勢いよく開いたドアにしこたま額をぶつける。
・・・西岡が。
僕はそれを予期し、一歩後ろに下がっていた。
いやぁ。
だって経験者だもの。
西岡は額を流血させながらクラクラしている。
「おそーいっ!・・・ってあれ?・・・あなた、誰?」
戸惑う少女。
こいつが僕の従妹、早紀である。
ドシャッ
崩れ落ちる西岡。
「僕のダチさぁ」
「え、えぇっ!?あ、あのすみません。大丈夫・・・ですか?」
ムクリ。
立ち上がる。
鮮血を撒き散らして。
「あーっはっはっは!あーっはっはっはぁ!見よ!人がゴミのようだぁ!わあっはっはっは!」
発狂した西岡は大声で笑いだした。
「赤パジャマ黄パジャマ茶パジャマぁ!茶パジャマなんてねーよ!あっはっはっはぁ!」
「あ・・・あの・・・」
「待て。黙らす」
「あっはっは!どぅわーはっはっは!はっ」
ドスッ
みぞおちに正確なパンチを叩き込む。
西岡は魚みたいに口をパクパクさせて動かなくなった。
「よし、行こう」
気絶した西岡を抱え、僕は家に入った。
「こんにちは〜」
「あら、敦司君、こんにちは」
伯母さんが迎えてくれた。隣には伯父さんもいる。
「ご無沙汰です。伯父さん、伯母さん」
「で・・・その子は?」
西岡のことだろう。
「ダチ。家の前でちょいアクシデントがあって、うるさかったので黙らせて連れてきました」
「ああ、さっきの笑い声ね」
合点がいったように伯母さんが頷く。
「とにかく、寝かせときましょうか」
「うーん・・・私も手伝うね」
伯母さんと早紀がぐったりした西岡を連れ、居間へ運んでいった。
「しっかしすごい笑い声だったなぁ、何があったんだ?」
と、伯父さん。
「一言でいうと、狂った。詳しくは早紀に聞いて。・・・ところで」
「?」
顔をあげる夫妻。
「僕がここに来た理由ですがね」
「ああ、そうだ!いきなり敦司君来るって碧ちゃんから聞いて、驚いたよ」
碧ちゃん。
この家ではもう随分馴染むほどの交流があったようだ。
「実は、卒業に向けて自分の生い立ちの記をかかなきゃならなくなりまして、それについて聞きたいことがいくつか」
僕はここに来るまでに考えていた嘘を述べた。
「生い立ち?そんなの親に聞けばいいじゃないか」
「親に内緒のプロジェクトなんです」
「あー、なるほど」
伯父さんが納得したように頷く。
「で、何が聞きたい」
「・・・?い、いやいや!聞くのは伯父さんにではなくてばあちゃんにです」
「おふくろに?」
「ええ。第一僕が生まれる時伯父さん達ちょうど海外旅行行ってたんでしょ」
「あー、そういえば・・・常夏のハワイに絶世の水着美女が・・・」
うっとり。
「はいはい」
この人本当に父さんの兄なのか?
「まあそれはそうとしてだ」
「ん?」
「碧ちゃんと付き合ってるのか?」
「・・・はい?」
「いや、目のつけどころは良い。さすが我が甥」
「いやいやいや勘違いよ勘違い。あの子とは偶然会ったの!」
「偶然?横浜に住んでるあの子に名古屋でまさかの再会?あぁ、青春よ。これこそ運命の出会い」
「言ってて恥ずかしくない?伯父さん」
「恥ずかしいものか!俺こそ恋の狩人鳳公太!生涯現役よ!」
「あーはいはい」
相手にしてられん。50のオヤジがいい歳こいて。
「ばあちゃん、上?」
「ん!あぁ・・・。っておーい!伯父さんの話を最後まで聞けぇ!」
無視して2階に上がろう・・・とした時、早紀が大川内さんと西岡を連れてやってきた。
「西岡さん、気が付いたよ」
「早いな」
「敦司ぃぃっ!こんなかわゆい子が従妹なんて、聞いてねーぞ!」
階段を登りかけていた僕にすがり付く。
「言ってないもん。・・・てか従兄弟がいるとは言っただろ?」
「あぁ・・・そういえば昔聞いた気がする。だけどお前、それは何考えてるか分からないサイエンティスト兄に凶暴ゴリラ妹とか、確かまともなの姉しかいなかったような・・・」
「あ・・・」
僕は階段を登りきろうかという所で足を止めた。
ふふ、よく覚えてるじゃないか西岡。
サイエンティストは青龍兄さん。まともな姉は(あかね)姉さん。そして、ゴリラ妹が・・・。嗚呼、西岡よ。何故このタイミングでそれを言う?
・・・む、殺気。
僕は恐る恐る振り返る。
「ねーえあっちー?」
あっちーとは早紀が言う僕の呼び名。
早紀はまぶしいような笑顔で僕を見ていた。
あぁ、このスマイルは高くつきそうだ。
「誰?凶暴ゴリラ妹ってぇ」
「さーぁ、誰だろうねぇ・・・いやまったく」
いつしか早紀は僕の進行方向に立ち塞がっていた。
逃げ場なし。
チラと早紀を見ると、どす黒いオーラが巻き起こり、それが早紀を包んでいる。・・・来る!
「死ぃにさらせぇぇぇっ!」
渾身のストレート。否、正拳突き。
早紀は、空手家の伯父さんの影響もあり、空手黒帯、この辺りでは高名な選手でもある。
そんな奴の正拳突きを食らったら、比喩でなく死ぬ。マジで三途の川を渡るハメになる。
だが、早紀の拳に全神経を集中させた、元ボクサーの僕には、避けることは十分可能なはず。
拳が繰り出される瞬間、後ろに引いてギリギリかわす。
スカッ
早紀の拳は空を切った。
そして・・・僕の足も。
気付くべきだった・・・。階段にいて、『後ろに引いたり』したらどうなるか・・・。
そう、すなわち。
「あぁァあぁぁぁアァぁッ!」
ゴロゴロとどまる事を知らず落ちてく僕の体。
僕は『S●OCK』の堂本光一さながらに転がり、叩きつけられた。
あぁ・・・光が・・・遠く・・・。
僕の手は高々と空を掴み、そして世界は真っ暗になった。
〜裏コーナー〜
西岡 なんかすごいカッコいい描写してるけど、結局はただ階段から転がり落ちただけだよな
敦司 ・・・若さゆえの過ちってやつだ(謎)
西岡 いや意味わかんねぇよ
敦司 だから謎ってつけただろ
西岡 ・・・にしてもさ、どうよ、ストーリー展開
敦司 大川内さんが出てきたのは意外だったな
西岡 ふっふっふ、運命の出会いってやつさ
敦司 ・・・?僕と大川内さんの?
西岡 俺!
敦司 ・・・!お前と僕?やめろよ気色悪い!
西岡 ちゃうわい!俺と大川内さん!
敦司 ・・・あぁ、なんだ・・・。あり得ない
西岡 苦労した挙げ句一蹴された・・・(泣)
敦司 お前のくだらない妄想はもういいからゲスト呼ぶぞ
西岡 よっしゃ!ゲストはこの人!どーぞ!
敦司 ・・・立ち直り早いやつ・・・(ボソッ)
永森弟 あ、こんにちは鳳くんに西岡くん
敦司 よ、おひさ
西岡 永森ぃ!お前なんかが・・・お前なんかが女子に人気の男子ランキングベスト3なんて納得できねぇっ!
永森弟 えぇっ!?何かの間違いだよ
敦司 西岡だってキャラさえ改めればベスト3いけると思うんだけどな・・・(ボソッ)
永森兄 なんだ!モテモテなんだな俊吾!
永森弟 ち、違うって兄さん・・・
敦司 補足するとこの恥じらいが可愛いって評判だそうな
永森弟 えっ!?
西岡 ぬぉぉっ!そうか!そうなのか!よーし俺も恥じらう。今日から俺は恥じらいの研だ!
敦司 やめとけよ、お前がやってもキモいだけだ
西岡 キモいっていうな!キモいって言った奴がキモいんだ!わーん・・・
敦司 なんだよそのバカって言った奴がバカっていう幼稚園児論理は
永森弟 あはは、相変わらずだね
永森兄 仲良きことは良い事なりってね
敦司 お前はもういいよ。・・・時にお兄さん、あの美咲さんと同僚らしいですが
永森兄 ふ、フフ、あの人に酒を飲ませたら2パターンの動きをする
敦司 2パターン?
永森兄 そう。すなわち絡と暴!
敦司 あー、分かる気がする
西岡 ・・・俺いまんところ実害無いな
敦司 宴会中トイレから逃げ出した奴が何を言うか
永森兄 いや、それはむしろ賢明といえるかも
西岡 やっぱり。ほら見ろ、お前がバカなだけなんだよ、バーカ!
敦司 ・・・(プチッ)
ガラガラガッシャン!
西岡 ま、待て!話せば分かる!
敦司 問答無用ッ!食らえ、必殺奥義!リストクラッチ・エクスプロイダアァァァァッ!
西岡 うわ待て!待て!ちょ、死ぬ!下固い!エクスプロイダーはマジで死ぬ!あ、アァァァ・・・
グシャッ
敦司 説明しよう。エクスプロイダーとは、相手の足首を持ち上げ、相手の肩を支点に自分の頭上を通過、そのまま下に叩きつけるという技である
永森兄 誰に向かって喋ってるんだ?
敦司 いや、最近独り言が多くて
西岡 ・・・(ドクドクドク)
永森弟 ・・・大丈夫かな?ピクリとも動かないけど・・・
永森兄 あーあ、これは殺人現行犯逮捕かな
敦司 ついカッとなってやった。後悔はしていない
永森兄 犯人の供述の典型だな
西岡 ・・・ウォォォラァァァァァッ!勝手に殺すなぁぁぁぁっ!
永森弟 うわっ!出た!
敦司 南無阿弥陀仏
西岡 死んでねぇっつってんだろがぁぁぁッ!
敦司 つっても頭から血ぃドクドクさせながら言っても説得力ないぞ?
西岡 やったの誰だよ・・・あーイテェ
敦司 本来ならあーイテェじゃ済まないので良い子の皆、真似は絶対やめましょうね。くれぐれも仕事帰りで疲れたお父さんを実験台にしちゃダメだぞ♪
西岡 いや無理だろ子供には
敦司 さて、500文字近く脱線しましたが、話を戻しましょう。お兄さんが美咲さんから受けた実害とはどんな物でしょう?
永森兄 え?あぁ・・・いや挙げろっつっても挙げきれねーよ?ほぼ毎日のことだし
敦司 ピックアップしてどうぞ
永森兄 そうだな・・・絡の方はまあヒドイけど命の危険はない。だが暴の方は死を覚悟しなければならないだろう
敦司 と、いうと?
永森兄 いつか、皆で仕事帰りで歩いていたとき、一軒のおでん屋の屋台を見つけた。
矢嶋 お、いい雰囲気ですね。一杯クイッとやってきましょうよ
黒田 いいな。・・・おっと美咲君、君は飲むの禁止だ
美咲 えーっ!そりゃないですよ班長!
矢嶋 班長っていうと小学校を思い出すね
永森 あ、分かります。○○君班長なんだからこれやっといて!とか。班長って結局雑用係なんですよね
矢嶋 大人社会にも通ずるものがありますよね・・・ふふっ
黒田 ここにその班長がいるのだが何か言ったか?
矢嶋・永森 いえ!何も
黒田 よし、寄ってくか。今日は私の奢りだ
永森 ヒャッホー!太っ腹!
矢嶋 太っ腹!痩せてるけど太っ腹!もう骨みたいだけど太っ腹!
黒田 ・・・・・・あれ?美咲君は?
矢嶋 もう入っていきましたけど
黒田 ・・・オイ
美咲さんはさっさと一杯引っかけていた。
美咲 プハァッ!生きててよかったぁ!
黒田 うぉい!飲むなっつったろうが!
美咲 え、何の事です?
黒田 ・・・
30分後
美咲 大体ねぇ・・・分かってんのぉ?
矢嶋 分かってる・・・分かってますともハイ
美咲 いんや!お前は分かってない!そこに直れ!
矢嶋 ヒャア
さらに30分後
おやじ もう店じまいしたいんだけどねぇ
美咲 どいつもこいつも分かってなぁぁぁいっ!
そう叫んだ瞬間、俺は確かに見た。美咲さんの体が赤く光るのを。
永森 こ、これぞ正しく・・・界○拳・・・10倍だあぁぁっ!
矢嶋・黒田・おやじ なにぃぃぃっ!?
美咲 うぉぉぉリャァァッ!
何キロあるか分からない屋台が軽々と持ち上がっていく。
矢嶋 おやじさん!逃げて!早く!
おやじ どわぁぁぁ!
避難するおやじさん。
美咲 ダアァァァァッ!
次の瞬間。
屋台は空高く舞い上がり・・・
グワシャンッ・・・!
俺たちの目の前で粉々になった。
敦司 そんなことしてクビにならないんですかあの人はっ!?
永森兄 いや、弁償したから。屋台
敦司 弁償!?あの人何気にセレブ?
永森兄 いや、黒田さんの実家が大工でさ。まあそのツテでなんとかなった。
敦司 ひゃあ
永森弟 兄さん、その人は・・・人類?
西岡 ヒト科サイ○人じゃね?
全員 アハハハハ
ガシャーン
全員 ・・・!?
美咲 悪いごはいねがぁぁっ!
敦司・永森兄・西岡 出たあぁぁぁぁっ!
ドタタタタタ・・・
永森弟 あ・・・皆・・・待ってよ〜
美咲 あ、可愛い子発見♪ちょっとついてきなさい
永森弟 へ?
ドンッ
美咲 やっぱ夏はビールでしょ。ほら、飲む?
永森弟 い、いやあの、未成年なんで・・・(みんなぁ、僕を置いてくなんてひどいよぉぉ・・・)
翌日の昼頃、永森少年が自宅前で目にものすごいクマをつけて倒れているのを近所のオバチャンが発見したという
21話、ようやく投稿できました。22話がまた長くなってしまった上に、途中思い切りシナリオ変換したのでかなり遅くなりました。23話が完成したら、22話を投稿したいと思います。 〜お知らせ〜 18話のまえがきに間違いを発見しましたので訂正し、ついでに全文書き換えました。そんなに大きな間違いではありませんが、読んでいただいた方の中には変に思った方もいたかもしれません。申し訳ありませんでした。 次回22話は矢嶋編となります。お楽しみに