2話 飯は黙って食べましょう
初回取り敢えず1・2話同時投稿します
――――ーーーーーーーー黒。
むわっとした暑さ。
ぼくは音もなく歩いていた。
辺りを見ると、男性女性、爺さん婆さん、はしゃぐ子供。どいつもこいつも全身真っ黒。
あれは、喪服?ああ、葬式なんだ。でも、誰の・・・?
中央に花に囲まれた檀があった。
綺麗な女性。
・・・誰?
どこかであったような。
耳障りな経を詠む声とポンポンと響く木魚。
ふと隣を見ると父が僕の手を握っていた。痛い。
僕は母を見つけようと辺りを見回した。
・・・見つからない。
僕は・・・なんだかひどく悲しくなった。
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「―であるからして、体験ではDNA鑑定をやらせて頂けるとのことなので、家族誰かの髪の毛を忘れずに持ってくるように」
目が覚めるとそこは会議室。僕は司会からもっとも離れたポジションで熟睡していたようだ。
今は職体グループ最終打ち合わせの真っ最中。
・・・あの夢。実はこの前の夢もそうだが見るのは初めてではない。もう何回見たことか。誰かに追われる夢や葬式の夢なんかを昔から見続けている。
こりゃ立派な精神障害ではないのか?
・・・まあ精神科なんてめんどくさいから行かないけどね。・・・ああ、心療内科か。こいつは失礼。
「おい、おまえさっきから黙ってりゃいい気になってぐうたらと・・・」
堪忍袋も遂に切れたか、司会の内海が僕にガミガミいい始めた。
まあ無理はない。時計を見る限りでは僕は会議開始から5分足らずで寝ていたようだ。
「お前、行くのは明日なんだぞ!?それを・・・」
「あー、あー問題ない」
「本当だな!?お前忘れんなよ」
「あー、えっと・・・何を?」
内海の頭からからブチッという声が聞こえた。
あちゃー・・・。
「髪の毛だよ髪の毛!DNA鑑定用の家族誰かの髪の毛持ってこいっつってんだぁッ!」
「そう切れるなよ」
「キレてねぇッ」
キレてるよ・・・。
・・・にしても腹減ったな。僕は内海のなおも続く騒音から耳を背けながら思った。
食堂の向かい側の席には例によって西岡がいた。
・・・ある時はここに可愛い女の子が座ったこともあったのだが、ここのところはご無沙汰である。飯食う相手が西岡だけとは、いやはや僕も落ちたもんだ。
いや、決して友達が西岡だけってことはないよ?そこは誤解されちゃ困る。
ただ皆受験勉強に必死。箸を片手に参考書のページをめくってる奴ばっか。そんな奴らと飯食っても旨くないだろうっての。飯食う時くらい落ち着きゃいいのにね。
てなわけで僕はここ最近、僕と同じく受験ムードに取り残された西岡としか飯を食っていない、というわけである。
「でさ、どうよ」
そんな僕の心の内をさっぱり知らない西岡は飯を食いつつ言った。
・・・こいつも違う意味で落ち着きがない奴だな。
「・・・飯を飲み込んでから喋れよ。で、何が?」
西岡はゴクリと口の中の物を飲み込んだ。
「職体に決まってるだろ、確か今日最終打ち合わせだったよな、おまえらのチーム」
「あー」
僕は気のない返事をした
「おれらんとこはなんか無口な奴ばっかでな。肩がこってしょうがないぜ。・・・なんか間が息苦しい」
「ハハハハ、そりゃあお前には苦しいか」
西岡は昔から賑やかな奴で通っていた。そんな奴が無口な銅像相手につまらないジョークを飛ばしながらなんとか場を盛り上げようとしているのが目に浮かび、笑えてきた。
「笑うなよ・・・俺にとっちゃ死活問題だぜ」
「あ、そ」
「冷たいなぁ・・・」
西岡は悲しそうに唐揚げを口に放り入れた。
しかし、すぐに気を取り直すと
「で、そっちはどうなんだよってば」
と改めて聞き直してきた。
「僕?うーん・・・知ってる人が少ないなぁ」
「そりゃあお前、そうだろうよ。文系のクラスで遺伝子研究所いく変人はお前くらいなもんだからな」
「あー、やっぱ真面目に考えるべきだったかぁ」
「いや遅ぇよ。その答えに辿り着くまで」
・・・とはいっても
「将来の希望なんてきかれても・・・しがないサラリーマンでいいだろ」という僕にとって、こんなときは一番楽そうなものを選びたくなるのは至極当然なワケで。
「・・・あ、でも内海だけは例外だわ」
僕が呟くと西岡は吹き出した。
「内海!?あのうるせぇ内海か!1年んとき一緒だった。アッハッハ。こいつはいい。おまえら相性最悪だろう。よぉ?」
「・・・ああ、今日も20分は怒鳴られた、な」
なんか急に嬉しそうな顔になった西岡をはっ倒したい衝動にかられた僕は、堪えつつ答えた。
ひとしきり笑いまくった後、西岡は僕の肩をポンと叩いた。
「同士よ、お互い大変だな」
「まあな。だけど明日当日で体験済んだらはいおしまいだから別にどうでもいいけどさ」
「ドライだねぇ。そんなドライな鳳くん、今日女の子連れてカラオケどうだい?男のメンツ1人開けといてやったぜ?」
「あー、僕予備校だわ」
「んー、じゃ終わってから来いよ」
「・・・ちっ、仕っ方ねーなぁ」
僕はなんとも気が乗らない。めちゃ疲れるだろうし何よりああいうのは僕はそもそも好きじゃないんだ。
「頼むぜ〜、相手はここより少し都会の隣町の御嬢様高校生だからなぁ、期待出来るぞ〜?」
隣町ねぇ。僕らの町は東京に近いものの結構辺鄙な神奈川北部の小さな町。隣町は横浜に近づいた大きめな町だ。
隣町なら結構なお嬢様方だったりするのだろうか。
・・・やっぱり気が乗らない。やっぱ断ろうかな。
「西岡、僕やっぱり止め・・・」
その時チャイムが鳴り響いた。午後の授業開始の予鈴である。
「やっべ、じゃあ、頼んだぜ!」
「お、おい。人の話は最後まで・・・」
はぁ。これで行くしかなくなったわけだ。
西岡の慌ただしく駆けていく背中を目で追いながら、僕は大きなため息をついた。