11話 矢嶋編 Which do you like summer or winter?
ながらく間があいてしまいました。なんだよこいつ、もう飽きたのか。とお思いかもしれませんが、そうではありません。我が校の学年末テストの影響で、執筆を一時中断せざるを得ませんでした。かといって、さあ春休みだ執筆に集中・・・という訳にもいかず、休み中ほぼ毎日部活が組み込まれてる訳で。文化部入りゃよかったなぁと思う今日この頃。まあ気長に見て下さい。ハンター×ハンターみたいにならないように(笑)頑張りたいと思います
会議は30分くらいで終わり、僕は支度をすると自分のデスクへ戻った小田口さんを駐車場で待っていた。
・・・ずいぶんと暑い季節になったものだ。6月だってのに蝉がちらほら鳴いている。
僕は昔から夏より冬の方が好きだった。
それこそ小さいわんぱく坊やだった頃は、夏はたくさん友達と遊べる!なんてほざいていたが、中学・高校ときたら合宿で死ぬ思いこそすれ楽しい思いでなんて全く無かった!今は夏を殺したいほど憎んでいる次第である。
こんなジメジメした不愉快な感じを味わうくらいなら寒くても乾燥した冬の方がまだいいというものだ。
汗が一滴流れたのでハンカチで拭う。
ああ。夏は嫌だ。死ねばいいのに。夏。
チャラララチャララ♪
僕は、軽快なメロディが流れ出した携帯を取り出す。
液晶画面を見ると、そこにはよく見知った名前があった。
通話ボタンを押す。
「はい矢嶋です」
「おう祐一!俺だ俺」
「はぁ・・・」
僕は大きくため息をついてみせた。
「今時ねぇ、そんなオレオレ詐欺に引っ掛かる奴がいると思ってんの?僕は刑事だ。今回は見逃してやるからもっと真っ当なことに精を出すんだな」
「はい・・・どうもすみませんでした。・・・ってうぉい!ちげーよ!俺だよ井原幸一郎!」
ほう。ノリツッコミ。
「なんだ、幸兄か」
僕は何事もなかったかのようにさらりと返した。
「なんだじゃねーよ!お前着信した時点で俺の名前がディスプレイに出るはずだろうが!」
「・・・まあもちろん分かってたけども」
「やっぱりか!やっぱそうか!お前人をおちょくって楽しいか!?」
「うんとっても」
人をおちょくるのは僕の生き甲斐の1つだ。楽しいに決まっている。
それより、この電話越しで怒鳴っているのは井原幸一郎。
働き盛りの34歳。
きれいな奥さん有り。
(井原奈緒さん。気立てがよくて美人で割りと何でもこなすスーパー奥さん。32歳。)
かわいい娘さん有り。
(井原美緒ちゃん。10歳。素直でかわいい。一昨年、井原邸で飲んでいたら、美緒ちゃんに『将来祐一さんのお嫁さんになる!』って言われた。幸兄にめっちゃ睨まれ、奈緒さんは歓声を上げた。ロリコンではないのでその場ははぐらかしたが、とても嬉しかった。ぶっちゃけ次の日殉職してもいいと思った。)
マイホーム有り。
(なんか首都圏に2階建て新築一軒家もってやがる。流行りの木の家オール電化。羨ましい。ちなみに、ローン30年だそうだ。地震起きないかなぁ。大きな地震起きないかなぁ)
公私共に順風満帆な警視正だ。
なぜ、僕がこの幸福者を幸兄と呼ぶのかというと、それにはさして深くもない訳がある。
彼は昔僕の近所に住んでいた。東大生だった彼は近所で評判の秀才君だったのだが、子供好きとしても有名で、よく遊んでもらっていたのだ。
確か幸兄が引っ越していったのは僕が小3の頃だった。
まあそれ以来会ってもいなかったのだが、警察学校後の研修期間中、バッタリと再会。それからはちょくちょく会うようになった。
最近嬉しかったことは美緒ちゃんが地域のお絵描きコンクールで入賞したことと、僕が20歳になったので飲みに誘えるようになったことだそうだ。
「あー、もういいわ。お前と話すとなんか疲れる。ったく、なんであんなに素直で可愛かった子がこんなになっちゃうんだろう。・・・それはそうとお前今東玉川署にいるのか?」
「うん、そう。今から現場に向かう」
「そうか。・・・ホシはその筋のプロかもしれない」
「ヤクザとか、殺し屋とか?やっぱりそうかなぁ。だとしたらだいぶ面倒だよね。迷宮入りも有り得る」
「ああ・・・てなわけでそちらに捜査本部が作られることになった」
「ご苦労様ですねぇ本部長殿」
「あ?なんで俺が本部長だって分かった?」
「だって事件ファイルを読まなかったらホシはプロだなんて指摘できないでしょう?事件ファイルを読むだけなら捜査員でも読めるけど、警視正程の人がまさか捜査員なはずがない。とすると、指揮官ってことになる」
「はぁ。理屈っぽくなりやがって」
「素直にすごいと言いなさい」
「あーあー、すげーよ。お前はすごい」
「ようやく分かったか幸兄」
「お前はすごいナルシストだって言おうとしただけだが何か?」
「ははは、ふざけろこの子煩悩ダメパパ」
「ははは、父親ってのは娘ができたらみんな子煩悩になるんだよこのガキ」
「はっ、今は美緒ちゃんが10歳だからそう言えるのさ。せいぜいあと5年経って『パパウザい』って言われるまでそうやって可愛がっとくんだな」
「ぐ・・・。お前こそ人のこととやかく言う前に自分の身を固めることを考えろ」
「はっはっは、そんなこと言っていいの?相手は美緒ちゃんになるかもよ?」
「てめぇ絶対許さねぇ。10も離れてんだぞ?しかもお前なんかとくっつけたら美緒が一生苦労するのが目に見えている」
「そこまで言うか。まぁそれは冗談としても、身を固めろなんて大きなお世話だ。今平均結婚年齢は30くらいなんだよ」
「バーカ、10年なんてあっという間に過ぎ去っていくんだよ!」
「ほざけ年寄り!」
「黙れクソガキ!」
「・・・!」
「・・・!」
口喧嘩の応酬中、小田口さんがちょっと引いてこちらを見ていることに気付いた。
「はぁ、はぁ、悪いが休戦だ。幸兄。こっちは今から現場行かなくちゃいけない」
「はぁ、はぁ、そんなこといったらお前、俺は捜査本部作る手続きしないといけないのに。なんか周りに引かれててイタいしさ」
「そりゃ自業自得ってやつさ」
「うるせえ。だいたい俺は暇じゃないんだ。それをお前が・・・」
ピッ。プツッ
このままじゃあ喧嘩ラウンド2へ突入しそうな流れだったのでガチャ切りしてやった。
おそらく怒り狂ってまたかけてくると思ったので先手を打ってマナーモードにしてカバンの底へ放り込んだ。
ブーッ ブーッ ブーッ
やっぱり。
「あの・・・電話鳴ってるけどいいんスか?出なくて」恐る恐るといったように小田口さんが聞いた。
「いいんです。さあ、そろそろ行きましょうか」
僕は助手席に乗り込んだ。
「あれ?矢嶋さんの車なんですから矢嶋さんが運転するんじゃないんですか?」
「・・・命懸けの、ジェットコースター以上のスリリングをあなたが求めているならそうしましょう」
「俺、運転します」
いそいそと運転席に乗り込んだ。
「お、おーし、出発しましょうかぁ!」
さっきの口喧嘩の勢いに呑まれていた小田口さんは、ようやく自分のペースを取り戻したのか、元気に言った。
車は僕が運転したときよりもずっとスムーズに進んでいく。
あー、車が喜んでるような気がする。
「・・・ところで、さっきの電話の相手は誰なんスか?お兄さんとか?」
「ああ、あれは腐れ縁というか、古くからの友人です」
「お兄さんじゃないんスか。『幸兄』とか言ってたからてっきり」
「ははは、彼のが年上ですからね。実際兄のようなものだったんですよ」
「はぁ、そうだったんですか」
小田口さんは黙り込んだ。僕と幸兄のあの口喧嘩も、実は親しみの裏返しだったとかそんなこと考えているのではないだろうか。
確かに幸兄はそうかもしれない。だが、はっきり言おう。僕は素だ。
昔からの付き合いってのもあってか、僕は幸兄の前では素が出る。
さっきも述べたように、もともと僕は人をおちょくって楽しむところがあるが、それが幸兄の前では顕著になる。いわば暴走する。
哀れな幸兄はその暴走をもろに受けてるわけだ。
ああ可哀想。
「あ、もう着きますよ」
「はぁ・・・このくそ暑いのに聞き込みか」
「あれ?でも噂ではキャリアのくせに聞き込み大好き人間って聞きましたけど」
「小田口さん。この炎天下で聞き込みするのが大好きな人なんているわけないじゃないですか」
「ははは、確かに。じゃあ噂はガセッスか」
「そうですね。まぁ周りからはそう思われても仕方がない節はありますけども。確かに僕はよく聞き込みに出てますけどそれは若造の僕が会議室で偉そうに指示したりするのが嫌なだけです。ほら、テレビで緑色の刑事が言ってたでしょう。事件は会議室じゃなく現場で起きてるって。現場のが楽しいでしょうしね・・・夏場でなければ」
「はぁ、なるほど。・・・でも後でおばさんに事件は会議室で起きてるんだって言い返されましたけどね」
「うっ・・・あれは空気読めないおばさんの戯言です。気にしちゃいけません」
「ははは、そうですね」
そんなことを話しているうちに現場にたどり着いた僕らは、適当な場所に車を停めて聞き込みを始めたのだった。
日も落ち、ぼちぼち引き返すことにした。成果はさっぱりだ。
まあ予想はしてたけど。
相手は恐らく『プロ』なのだ。
目撃者を出すヘマをするはずがないし、仮に目撃されたとしても目撃者を生かすはずがない。
はあ。
なんか1日を無駄にした気分だ。
被害者の身元が分からない限り、こっちもお手上げだな。
この後は一回署に戻ったあと捜査会議。多分そこで幸兄が出てくる。
それでもって今日は署にお泊まり。
男ばかりズラッと布団を並べて眠る。
・・・むさ苦しくてやなんだよなぁ。
時刻は6時半。
どうやら僕の憂鬱な夜は始まったばかりのようだ。