10話 矢嶋編 波平さんはハゲじゃない!何本か毛残ってる!
今回からしばらく矢嶋編となります。矢嶋編は外伝として別に投稿しようかなとも思ったのですが、結局読者が読むのめんどくさくなるかな、と思い、取り止めました。 いや、外伝にした方がいい!というご意見があればお寄せ下さい。それによってはこの10話が外伝の1話になるかもしれません。 よろしくお願いします。
僕は1人車を運転していた。
行き先は東玉川警察署。警視庁からの応援のためである。
実をいうと僕は免許を最近とったばかり。
先ほどから自分でもよく分かるくらい非常に危なっかしい運転が続いていた。
「えーと・・・、この交差点を右に曲がって・・・。あ!ウインカー出し忘れた」
キキイッ
直進しようとした車が慌ててブレーキを踏んだ。
パーッ!パーッ!
抗議のクラクションが鳴り響く。
「はいはい、ごめんなさいよ・・・っと」
ブオオオ
僕はアクセルを踏み込んでさっさとトンズラこくことにした。
僕の車は加速し、抗議する車から一気に遠ざかった。・・・いや、正確にいうと僕のではない。
僕は免許こそとってはいるものの自分の車はない。この車は黒田警部が心優しく貸してくれたものだ。決してこの前の自爆発言(6話参照)を皆にばらすと脅しつけたわけでは、ない。
しつこいクラクションも、もう聞こえなくなった。
まあ一般道でこの速度だ。当たり前といえば当たり前か。
無論、速度オーバーである。だけど、生憎僕はそんなことをいちいち気にする殊勝な人間ではない。
『・・・いや警察官なら気にすべきだろ!』ってツッコミが欲しいところではあるが。
24班が、ただし黒田警部以外、共通してよく使う言葉は『細かいことは気にするな!』なのだ。
・・・だが黒田警部の髪の毛が最近薄くなった原因は、その言葉に基づく、我々の引き起こした数々の面倒事ではなく、もともと彼の毛根が弱かったのであると、僕は強く主張する。
車を振り切っても、僕は車を速度を落とさず走らせ続けた。
・・・パトカー近くに来たら速度下げればいいや。
見つかったら減俸だろうからね。
さすがに警察署に近づいたら速度を落として、僕は東玉川署に無事到着した。
「ご苦労様ですっ!」
入り口にいた警官が敬礼してきた。
「本庁捜査一課、矢嶋祐一警部補です」
「矢嶋警部補ですか・・・?あの、記録では毒・・・なんと読むのでしょうか、これ?」
警官は書類を渡してきた。だが受けとるまでもない。僕はちょっと笑いながら
「どくまむし、ですね」
と答えた。
「ああ!まむしって読むんですね、この字。・・・で、ですね、毒蝮さんが来ることになっているのですが」そうなんだよなあ。
うちら24班からの応援は1人で十分。あとは事務やら本部に合流やらして、楽な作業。
というわけで、もともとは美咲さんに行ってもらう予定だったのだ。
だが、何故かあの人、今朝まで連絡がつかなかった。と、思ったら、いきなり朝電話が入り、
「ひどい頭痛と吐き気。おまけに風邪もこじらせたから休む」
ときた。
・・・あの人、残業もせずに帰っといて、いったい何をやってたんだ?
・・・ということで、永森さんもいないわけだし、僕が代わりに行くことになったのだ。
ちなみに黒田さんはデスクワーク。今残ってるのは黒田さんだけなので、それはそれで寂しいと思う。
「彼女は体調不良で欠勤でして、代理で僕が来ました」
「ハッ!そうでありましたか!失礼しましたっ!」
「いえいえ、お勤めご苦労様です」
「き・・・恐縮です!」
固まった警官に苦笑しながら、僕は入口を抜けた。
「矢嶋警部補、ですね」
見ると、スーツを着こなした初老の男性が静かに笑って立っていた。
「はい、そうですが」
「入口では手違いがあったようで申し訳ありませんでした」
深々と頭を下げる。
「ちょ、ちょっと、そんなに頭下げないで下さい」
僕は少し焦って言った。
「では捜査本部へご案内します」
こちらです、と恭しく右手を廊下の方へ指すと、歩き出した。
・・・この人、刑事っていうより執事って感じがするのはぼくの気のせいだろうか・・・。
しばらく歩いてあるドアの前で立ち止まり、ノックした。
コンコン
「失礼します」
ドアを開け、部屋に入る。
「こちらが、捜査会議が開かれる第1会議室です」
僕にそう言うと
「矢嶋警部補をお連れ致しました」
と、やはり恭しく頭を下げた。
・・・やっぱり執事って感じがする。
「ご苦労だった」
ここにいる20名くらいの刑事の中でおそらく1番偉いと思われる、奥に座った恰幅のいい男性が告げた。
執事さんは頭を下げ、部屋を出ていく・・・と思いきや、捜査会議に加わった。
あ、そうか。この人はあくまで刑事なのだ。
「これは矢嶋警部補。お会いできて光栄です。私がここの署長の戸塚警視です」戸塚と名乗った恰幅のいい人が立ち上がった。
「あの・・・戸塚さん、僕もお会いできて嬉しいですが、僕は一介の警部補に過ぎませんから・・・」
家のことでなんやかんやの特別扱いを受けたくなかった。
「・・・む。これは失礼」
戸塚署長は、僕の言わんとしていることを察したのか、コホンと咳払いをして話を取り止めた。
「矢嶋警部補、事件の概要は・・・」
「聞いています」
「そうですか。ではそろそろ・・・」
「署長、小田口がまだ来ていませんが・・・」
近くの刑事が告げた。
「何ぃ!?あの馬鹿はまた遅刻か!」
署長は目を剥いた。
「・・・申し訳ない。あなたとペアを組むはずの小田口という者がまだ来ておりません」
「はあ、別に構いませんよ。少しくらい遅れたところでどうってことありませんしね」
僕はそんなことよりもさっきから署長が自分に対し余りに丁寧に接していることの方が気にかかった。
僕は警部補。
相手は警視。
普通に考えて警視は警部補にこんな態度はとらない。・・・所詮僕は警察界では祖父や叔父の七光りだと言うことだ。
自嘲気味に僕は笑った。
ガチャッ
「すいません!タバコ買ってたら遅くなりましたぁ!」
慌ただしく男が入ってきた。
長身で若い。小田口という人だろうか。
「遅いぞ小田口っ!お前はいつもいつもいつもいつも遅れてきおって!捜査会議にも遅れるとは一体どういう了見だ!」
「署長、そんなに怒らないで下さいよ。髪の毛抜けて、海の幸一家のお父さんみたいになっちゃいますよ?」
小田口さんは署長が青筋を立てて怒るのをサラリと受け流し、からかった。
クスリと周りから笑い声が漏れた。どうやら髪の毛の話は署長の前ではタブーなようだ。小田口さんはこちらに気が付くと近寄ってきた。
「ああ、あなたが本庁の助っ人さんですね。よろしく」
手を差し出してきたので握手した。
「捜査一課、矢嶋祐一警部補です。よろしく」
「刑事課、小田口猛巡査部長です」
小田口さんは軽く頭を下げた。
歳は永森さんと同じくらい。顔はにこやかだがどこか隙がない。
「あなたが噂の矢嶋さんですか。若いんですね」
「おい!小田口!いい加減にしろ!失礼だろうが!」署長がついにキレた。
「は〜い、すみませんでしたあ〜」
それをものともせず、小田口さんはこちらをチラリと見て、
「かったい男なんです。うちの署長」
とボソッと囁いた。
僕は思わず声を上げて笑いそうになったが、含み笑いに留めた。
うーん、この小田口さんなかなか面白い人だなぁ。
この人と捜査か。楽しくなるかもしれない。
捜査会議はなんだかんだで始められ、今まで聞いていたことの他に、解剖の結果、不審な点は見つからず、ナイフで心臓を一突き。即死であったことが分かり、今日から本格的な聞き込みを始めることが決められた。
小田口さんはというと、さっきまで耳をほじくってたかと思えば、今は熟睡体勢に入っていた。
・・・こりゃ起きたらまた署長の大目玉だな
と、笑いつつも、
やっぱりこの人大物だなぁ・・・いろんな意味で。
と思ってしまう僕なのであった。
しかしながらこの小田口さん、他ならぬ僕のせいで、近い将来キャラ崩壊を起こしてしまう。でも当然、僕はそんなこと、まだ知るよしもなかった。