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1章 二重螺旋と悪夢 1話 悪夢

※ジャンルはコメディですが実態はコメディ&推理です。地名や店の名前等はデタラメです。ご了承下さい

そこには暗闇が広がっていた。その中をぼくは必死に走っていた。恐怖で涙が出てくる。

後ろを振り返るとチカチカ光が点滅しているのが見えた。

怒鳴り声が聞こえる。ぼくは焦り始めた。

逃げないと。

早く逃げないと。

早く逃げないと・・・。

気配が近くまで迫っているのが分かった。

ぼくは出来る限り手を大きく振って逃げた。

声が近く、近くまで来ている。

肩を掴まれた。

顔が恐怖で引きつる。ぼくは涙でぐちゃぐちゃになった顔をゆっくり後ろに向けた・・・。










6月19日 木曜日


僕はボンヤリと授業を受けていた。

・・・またあの夢を見た。小さい頃の僕が何かから逃げる夢。

なんなんだろう、あれは。決して気持ちのいいものではないし、何回も同じような夢を見ている。いわゆる悪夢というやつか。

まあ、ね。授業聞かないで居眠りするからこんな夢を見るんだという気もしないではない。でもこの長々とした講義を一回も寝ないで聞くなんて不可能だ。神業だ。出来るはずがない。

そうだ、それどころじゃない。この時期の高校三年生というのは居眠りできる余裕などない(はずな)のだ。僕は眠気を押し殺しながら授業に集中した。


昼休み前の数学という地獄を乗り越えた僕は、そのまま机に突っ伏したいのを堪え、フラフラ食堂までやって来た。いつも食っている唐揚げ定食を受けとると空いているテーブルに座る。はぁ・・・。

眠い・・・。

あと3時間残ってる授業を終わらせ、予備校へ直行。帰ったら即寝る、と。近頃はいつもこの繰り返しだ。

「よお、キツそうだねぇ」ふと見ると西岡がお盆を手に立っている。

西岡は中学の頃からの腐れ縁で、ああだこうだ言いながら高校受験を一緒に乗り越えた。1年の時は同じクラスだったが2年の時僕は文系、西岡は理系を選んだため、一緒に授業を受けることは無くなった。しかし仲自体はまだ続いていて、よく昼にダベったりしていた。

「キツいよそりゃ。数学熟睡しちまったし」

「それはそれは」

西岡はフッと笑うとパンにかぶりついた。

「まぁあれだな、今は誰だってキツい時期だもんな」

「はぁ・・・」

僕は大きなため息をついた。

「あ、そういやお前何処行く?今度の職業体験」

「職体?あぁ・・・」

職業体験とは就業の参考にするために行われる総合学習の一環で、各自が学校で決めたいくつもの候補の中から思い思いの場所を選んで体験するというものだ。学校側の意図としては、大学受験を前に、もう一度自分のやりたいことを確認しよう、とのことだ。だけどいかんせん時期が悪すぎる。どうせなら受験勉強が本格的に始まる前にやればいいのに。

・・・などと言いながら、僕はハナから真面目に職体を受けるつもりも無かったため、自分がどこに行くかすら覚えていなかった。

「おいおい、大丈夫かよ」西岡は呆れた声をだした。

「ま、待てって」

僕はカバンからがさごそ書類を取り出した。

「え〜と、豊島遺伝子研究所ってとこ」

「は?お前文系じゃねーか、遺伝子研究してどうすんだよ」

「あ〜、まーね」

「文系ならもっと・・・そうだな、司法書士事務所とか行くんじゃないの?」

「あまーい!」

僕は大声を上げた。

・・・何が甘いのかはよく分からないが気にしない。

「遺伝子研究という専門的な知識を得ることで生物のテストを有利に進めることが出来るんだよ」

「・・・あ、そ」

僕の熱弁に対し西岡の反応は冷やかなものだった。

「何だよその薄い反応は」

「要はめんどくさかったわけだ」

「え?」

「めんどくさいから楽そうな仕事なら何でもよかったんでしょ?」

「・・・言ってくれるじゃねーか、そこまでいうなら今度の生物のテスト、勝負だ!」

「やめるなら今のうちだぜ?」

「・・・ッ!」

生物を専攻して授業数も多い理系の西岡に僕が生物で勝てるわけがなかった。

「ごめんなさい」

「ふ、分かればいいんだ」西岡はニヤリと笑った。

悔しかったので何か言い返したかったが言い返しようがなく、八つ当たり気味に弁当の唐揚げを乱暴に口の中へ放り込んだ。

「第一さぁ、時期的におかしいだろ、今さら職体なんてさ。どっかの高校では同じことを一年でやってるらしいぜ?」

仕方がないので矛先を職体の方へ変えた。

「確かに。一日何も出来ないのは痛いよな・・・。別に課題の量はいつもと変わらないのにな」

「な!そうだよ!ったくかったりー」

「お前の場合ただひたすらめんどくさいだけだろ?」

「何を言う!勉強が出来ないことに心から憤りを感じているんだ!」

僕は大真面目に言ったのに西岡は腹を抱えて笑っていた。

全く失礼なやつだ。

僕は定食のご飯を思い切りかきこんだ。

・・・僕の名前は鳳敦司(おおとりあつし)。この西岡と同じく、ここ、県立智林高校の三年生だ。・・・別に超能力が使えるわけでも実はこの星の人間ではないわけでも高校生探偵なわけでもない。受験に追われる日々にうんざりした何処にでもいる高校生だろう。

そしてこれからも他の人と何ら変わらない人生を送る・・・・・・はずだった。









「・・・ただいま」

僕がボロっちい一軒家に帰って来たのは11時を回ったところだった。

夜が早い母はもう寝ており、父はテレビを見ていた。

「おう、お疲れさん」

僕はウンと頷くと台所の方へ向かった。物がゴチャゴチャ仕舞われている収納ケースから菓子を取り出すとソファーにドカリと腰掛ける。

特に話すこともないので黙って菓子を食った。僕は基本、家では無口だ。父も口数が多い人ではないので母が寝てしまうとこの家は静かだ。

もう夏になろうかという時期なので外からは虫の声が聞こえる。

・・・やっぱり静かだ。

「なあ」

父が話しかけてきたのはそんな時だった。

僕はちょっと驚いたけど何?と返事を返した。

「職業体験ってのがあるらしいな」

あれ、父さんには職体のことは言ってないんだけどな。

・・・母さんから仕入れたな?

「うん、あるけど」

それが何か?と首を傾げる。

「おまえ、将来何やりたいんだ?」「ん・・・決まってないなぁ」

決まってたら遺伝子研究所なんて行かないよな。

「なあ、」

真剣味を帯びた声に変わったので僕は振り向いた。

「何になろうとお前の人生だ。好きにして構わないが、一人の人間として立派に生きて欲しい」

・・・特に俺のような奴にはなるな・・・・・・。

と、最後に父は呟いた。

「ど、どうしたの?いきなり・・・」

「・・・なんでもない」

「・・・・・・ははぁ、浮気でもしたのか?」

「何言ってやがる」

父は僕の頭を小突いた。

顔に笑みが戻る。

父に何かあったのは事実だろう。大方、仕事で自己嫌悪に陥るような嫌なことがあったのだろう・・・。しかし、それをどうこう僕ができる事ではないし、する事でもない。

とりあえず父が元気になったことを見届けた僕は、一安心して風呂へ向かった。虫の声はどこまでも、夜の静けさを引き立てていた。

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