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中学生は空中都市の夢を見る

作者: 夏川彗

 それは僕が十四歳のときだった。思春期の真っ盛りだった。そのころ僕には彼女がいた。その名を中島侑子と言う。

 中島侑子はクラスメートだった。その容姿は、十人のうち三人が可愛いといえばゴキゲンな感じのマニアックな顔立ちで、なんというか顔のどこそこにエロティックな香りが漂っていて、美人じゃない分それだけ性的な緊張感を男に強いる、という風だった。

問題はこんな風に彼女のことを語れる男が学年で僕を含め二人いたことだ。もう一人の中島侑子フアン、そいつの名を古橋と言う。

 古橋の家は土建屋をやっていた。僕の街は県庁所在地ということもあって星の数ほどの土建屋がひしめき合っていた。その中でも古橋の土建屋のランクは高いらしく、親父は談合の音頭取りをしたり、有名な地元の「センセイ」の後援会長をやっていたりとなかなかの歴戦の勇士である。

 その威光を借りて古橋は学年でも顔役であり、蚊ほども知能を持たないが暴力のノウハウに長けたバカどもとパーティを組んで、肩で風を切って学校の廊下を歩いていた。

 普通古橋のようなタイプは基本的に学年でも評判の美少女とカップルになりたがるもんだ。ヤツらは見栄っ張りだからだ。「俺はこんな高級車乗ってんだぜ」ってノリと寸分違わぬノリで自分のオンナを友人に自慢するだろう。「俺はこんなオンナに乗ってるんだぜ」ってね。そして、不思議と美少女ってのはそういう男を好むもんだ。女たちだって逞しいもんだ。「この冷蔵庫イカシてるわよ」ってのと寸分違わぬノリで「アタシの男イカシてるわよ」って昼過ぎのマクドナルドでフライドポテト片手に自慢するのだろう。たく、くだらない。

 まあ古橋には、やはりというべきか、学校で評判のかわいい彼女がいたのだ。その彼女の所花江は、まあ明るくて、まあとってもかわいくて、まあ自分がかわいいことを自分でよく知っていて、まあそのせいか歳相応とは思えない大女優的雰囲気をもち、「あなたの良い所みんなたくさん知っているよ」だとか「みんなあなたのことが好きなのよ」だとかディープインパクトが聞いたら東京2400のレコードタイムを連発してしまいそうなフレーズを多用するクソガキオンナだった。

 後に知ったことだが、実際にはこのころから所花江はリストカットのキャリアをスタートさせていたそうで、進学校の女子高をけつっぺたの成績で命からがら卒業するといくつかのこまごまとした職を転々とした末にキャバレークラブで働き始めた。もうそのころには所花江は以前の魅力を失っていた。彼女は急いで生きすぎたのである。そしてそのキャバレークラブに僕が客で来ていたという「偶然」のおまけつきだ。

で僕はというと、学校というサイバースペース(としか僕には言いようがない)において「極北」のポジショニングを確保していた。最初に所属したのがサッカー部で、そのサッカー部ってのが「サッカー部にあらざるもの、人にあらず」というような「わが世の春」を誇っていたが、僕は生まれながらのへそっ曲がり、真夜中にカゴごとボールを持ち出して商業高校の隣の沼に残らずブチ込んで「奢れる者久しからず!」と破顔一笑してやったのさ。すると次の日、夜になるとサッカーボールをける足を止めてけたたましいバイクにスウィッチする先輩クソ野郎どもに、僕は「連行」され、平らなところがなくなるまでぶちのめされた。それから僕は野球部にDH四番で電撃移籍を企むも、中学野球にはDH制がないために断念せざるを得ず、「王子サーブ」を引っさげて卓球部に凱旋しようとも画策したが、インチキラバーを張ってるのがばれてあえなく撃沈した。さらに、それ以降ボールの安否を気遣う(僕がどんなボールでも沼にブチ込むとおもっていやがる。僕にだってポリシーがある。)アホどもによって球技は全滅してしまい。美術部ってかわいい女の子多いよなーとか思って、美術部に無理矢理入るも入部そうそうに僕が書いた絵がダリそっくりの気違いじみた様相で、女子どもたちがわあきゃあ騒ぎやがったせいで、学校にも通えず一週間丸々、町外れの白くて四角い建物に連れてかれて、絵を描かされたり、「この絵から連想する言葉を答えて」とか質問されたり、音楽や映画の好みをしつこく追求されたり、といったことを繰り返した。

それでまあ、一週間後学校へと戻ると今の「極北」のポジションが既に確立していて、担任の早乙女先生も「吉田は芸術関係で吉田の良さを生かさないとな」とか恩付けがましくほざいて映画部を作って僕にプレゼントした。まあ学校サイドからすると「ならずもの」の完全な隔離が成功したワケで、そりゃあ生徒だけならずセンセイ方も喜んでいたのがホントのところだろう。だが、その隔離病棟に進んで入りたいというキチガイが現れた。それが中島侑子だった。

そのときまで僕は中島侑子は「平均的な」女だと思っていた。二、三人の親しい仲間と四六時中べったりとくっつき、トイレまで連れ立って、缶ジュースを買うにしたって三人おそろいのブランドじゃないと居心地が悪いとかなんかそういう感じの女だと思っていた。

だがこの女は違った。

まず自分のクラスの人物相関図なるものを作っていて、それは一月ごとに改定され版を重ねていた。そしてその人物相関図を使ってマンガを描いているのだが、その人間模様の醜さといったら目も当てられないほどで、またどうやってそこまで詳細な情報を得ているのかというくらい生々しい描写は登場人物の個人史、家庭環境、性的嗜好にまで禍々しい光を当てているのだった。

また侑子はこんなことも言った

「映画部に入ってアタシ開放された。手錠が外れたみたいに、グッと楽になったネ。ねえ、『出る杭は打たれる』っていうのは真実だと思うけど、『抜けた杭は打たれない』っていうのもまた真実じゃないかな?アタシ映画部に入って『抜けた』のよ。もう誰もアタシをとめることは出来ないわ。」

 これを聞いたときは、この女頭がおかしくなったのかと思ったけど、それは間違いで、侑子は最初から「普通」じゃなかっただけだ。僕と同じように。

 

 それは秋が来て風が冷たくなってきたころのことだったか。僕らの学年には、古橋のほかにもう一人「はしゃいでる」男がいた。そいつの名は浅原と言う。

 浅原はスーパーマーケット経営者の一人息子で、「カネを持っている」というニュアンスをいつでも言葉の端々に漂わせているドアホだ。浅原はスーパーからちょろまかしてきたメロンやさくらんぼで女を体育倉庫に誘い出し、むりやり一発ヤッちまうと子分どもに払い下げにした。浅原は階級秩序の信奉者で、子分にスーパーでのアルバイトを義務付け、子分のバイト代の十パーセントを搾取した。それでも浅原の子分になるヤツは後を絶たなかった。なぜなら、女とヤレたし、カネも案外と貯まるからだ。

 この浅原と古橋は学校の覇権を巡って長い間執拗に対立し続けてきた。

 例えば給食の牛乳をかけ合ったり、校長のアルファロメオのサイドミラーの壊し具合を競ったり、はたまたマラソン大会での完走率を競い合ったりと、その争いは熾烈を極めた。

 だが、勝負はあっけない幕切れを見せた。浅原のスーパーが町外れのジャスコに客を奪われあっという間に潰れてしまった。浅原はドンの階級から転げ落ちいじめの矛先へと変身を余儀なくされた。なんとまああっけないもんだ。しかも因果なもので五年前そのジャスコを建設したのが古橋の土建屋だったのだ。「学校での生徒同士の争いは現実社会にも影を落としていた」なんてNHKのドキュメンタリーだったらオチをつけるのかな?なんて。

 古橋王朝が成立したのが2001年九月十一日、くしくもその日、テレビの中ではビルに飛行機が突っ込んでいた。ああ時代は変わるんだな、と僕はテレビを見ながら思った。これから激動の時代がまたやってくるんだ、とも。そう、時代が一気に変わって、学校とか教育委員会とか巨人とか和田アキコとかなくなっちゃえばいいのに。そしたら俺みたいな「ならずもの」だって立派に生きていけるんだ。

 古橋はミハエル・シューマッハと並び、社会を支配せずして「皇帝」の称号をほしいままにした。若くして皇帝にまで上り詰めてしまった古橋が考えたことは皇帝的には非常に一般的なことだった。側室をゲットすること―。

 そうして白羽の矢が立ったのだ。あろうことか中島侑子にである。

 繰り返そう。中島侑子はパッとしないカンジの顔立ち、身体つき、の持ち主で映画部という「無人島」に単身乗り込んでくるような「変質者」である。それがどうして、どうして皇帝の目に止まったというのだ。ありえへん。まったく理解できない。

 しかし、古橋は中島侑子をチョイスした。これが飛行機がビルに突っ込む時代に起きる事柄なのだろう。飛行機とは従来、空母や戦艦に対して突っ込むものと日本ではされてきた。だがこれからはビルがメインになるだろう。アレほど世界をまたいでヒットした映像はここ近年あるまい。世界中のティービーキッズが将来こぞってマネするに違いない。

「俺のセカンド・ガールになってくれ。」

と古橋は侑子に言ったらしい。その「セカンド・ガール」という響きに侑子はときめきを覚えているようだった。

「セカンド・ガールってなんか『セカンド・バック』みたいでイカシているわ。」

と宇宙人と交感するように侑子は僕に話してくれた。やっぱり僕には女が何を考えているのか分からなかった。特にあのころは思春期だったからそんな気がひしひしとしていた。

 侑子の輿入りは如才なく完了した。侑子は火曜と木曜の女になった。所花江がそれ以外を担当するわけだ。突如として玉の輿を成功させた侑子に、女社会はどす黒い嫉妬に包まれていた。所の出身母体の五組からは「新撰組」なるものが組織され、隙あらば侑子の寝首をかかんとしていたし、フェミニズム色の強い2組は侑子の「側室」という立場に非難の雨嵐を巻き起こしていた。

 

 

 それで肝心の彼氏―つまり僕―はどうしたのか?

 答えは簡単だ。何にもしなかった。

 火曜日にはエヴァンゲリオンの放送が、木曜にはホタルイカ漁が僕には義務付けられていたからだ。すなわちスケジュール的に侑子と古橋の婚姻は僕にとってなんら問題ではなかったのだ。僕と侑子は毎日映画部で顔を突き合わせることになるし、火曜と木曜は結局週のうちの二日に過ぎなかった。会う時間はそこいらにごろごろ転がっていた。

 それに僕は「中島侑子」という強烈な個性から週二日開放されるということでなんだかホッとしてしまった。侑子と一緒にいると、「世界」とかいうやつとの絶えざる対峙が起き、最終的には僕らが世界を征服しない限り闘争は続く・・・という様な切羽詰った様相を呈してくる。週に二日くらいはのんびりと惰眠をむさぼり、セルゲイ・ブブカになって一ミリずつ世界新記録を更新していく夢でも見ていたい。

 そしてまた侑子も侑子で、二人の男を相手にするというアクロバティックなことをキレものの銀行員のように淡々とクリアしていた。各方面からのプレッシャー、嫉妬、馬鹿げた冗談もどこ吹く風といった様子で、あいも変わらず「スペースシップを開発できるスタッフを集めてるの」とかいう意味不明の報告を誰に言うともなくボソッとこぼしたりする。

 とにもかくにも、平和が一番。混迷を極めるかに見えた状況は、一突きで爆発が起きそうなギリギリのバランスの上で、奇跡的に安定しているみたいだった。


ところが、一人業を煮やしている男がいた。古橋である。

古橋は皇帝である。七つの海と五つの大陸を制覇し、いまや彼に反旗を翻すもの世界に一人としていない。古橋はこの世のすべてを手に入れたのだ。スワロフスキーだって、不動産だって、グーグルの株式だって、ニトリの家具だってすべて手に入った。

なのにどうして?どうして一人の女を独占することができない?その女だって絶世の美女というにはほど遠いルックスをしている。しかもその女を俺とシェアしているのは、精神異常のイカレポンチだ。

「こんな間違ったことがこの世にあってたまるか!」

古橋はブランデーの入った高級グラスを床に叩きつけた。

「やっちまいな!」

と手下どもの前で咆哮を上げた。

 

 そのときには僕はもうソウルにいた。情報屋タカハシから2980円で情報を買い、いち早く身を隠していた。

 僕はソウルのユースホステルからロンドンの侑子に電話を入れた。スペースシップ関係の「打ち合わせ」がロンドンであるらしいのだ。

「もしもし」

「もしもし」

「元気?」

「元気。」

と会話もすこぶる好調で、それから侑子は事態を好転させる手立てを手に入れたことを明かした。帰国すればもうすべてうまく行っているよ、驚かないでよネ、といって電話は切れた。

 だが、僕は帰国しなかった。理由は簡単だ。ソウルは楽しかった。僕は毎日焼肉を食べ、韓国焼酎を飲んだ。女を見ればナンパをし、ついにそのうちの一人と同棲生活を始めてしまった。日本を離れてしまうと手錠が外れたように僕は気がラクになった。この物言いは侑子みたいだな、と僕は思った。

 そういまでも僕は侑子のことを思い出すときがある。彼女はいまスペースシップで木星くらいにいるのではないだろうか?誰か彼女のことを見かけたら連絡してほしい。もちろん、あなたが何星人だとか問わないという約束だ。


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