(2)
「名前は何ていうの?」
私を連れてきた人が問いかけます。私は緊張しながらも、名前を言いました。
「サーシャ・フォルナルド……」
私の声を聞いたその人は、驚いた顔をしていました。そしてぶつぶつと何かを言っていました。微かに聞き取れたのは、此処までとは思わなかったなという言葉。
よくわかりませんでしたが、昔から声は綺麗だと言われていたので、それの事だと思いました。
「今日から此処が君の部屋だ。ただ、絶対に此処から出るんじゃないぞ」
私は頷きます。此の部屋には粗方設備が整っているようでした。部屋には扉が二つあり、一つは廊下に続く扉。もう一つがお風呂場に続く扉でした。
ふと廊下に続く扉を見ると、少し開いているのがわかりました。
「あ、あの……」
「ん?どうした」
「扉……ちゃんと閉めてましたよね…?」
「扉?それがどうした」
「いえ、あの…少し、開いている気がして……」
私は扉を指差しました。それを追う様に、その人は首を動かしました。
「嗚呼、ロレオか。ロレオ、おいで」
呼ばれて入って来たのは、私より五つ位上の男の子でした。この人の息子でしょうか。その男の子は、父親の隣に立ち頭を下げました。
「初めまして。ロレオ・グランヅです」
「は、初めまして。サーシャ・フォルナルドです」
私も釣られて頭を下げました。誰かに頭を下げられるなんて初めてで、とても驚きました。
グランヅという名前は聞いた事があります。この国の貴族。名家中の名家、という噂からでしたが。この国を動かす程の財力を持ったグランヅ家の人々。普通だったら、お目にかかる事など、出来る筈のない人でした。でも今、私の目の前にはその人がいる。不思議な気持ちでした。
「父様、サーシャは何歳なの?」
「確か…十だったな?」
「はい……」
私は話し掛けられる度にビクビクしていました。今思えばとても失礼な事ですが、その時の私にはこの人達は緊張を膨張させる人物に過ぎなかったのです。
その後も何回か質問は続きました。ロレオ様の興味が無くなるまで、続いた…様な気がします。
その後、私はロレオ様の父を旦那様と呼ぶ様に言われました。旦那様の命があるまで、鳥籠から出るな。とも言われました。その日から、私の鳥籠生活は始まったのです。
鳥籠の中にいても暇なだけで、退屈凌ぎに歌を歌っていましたが、暇なのに変わりは有りませんでした。アイが持って来た林檎が食べたいと思う様になり、自由に歩きたいとも思う様になりました。幾ら鳥籠が巨大と言っても歩く様なスペースはあまり有りませんでしたし、出来る事と言えば、座ったり、丸まって寝転がったり、立ったりという簡単な事しか出来ませんでした。
そんなある日、ロレオ様が泣きながらこの部屋に来たのです。
「どうしたんです?ロレオ様」
「父様と喧嘩した…」
「あら、喧嘩はいけませんよ。仲良くしていなくては」
「サーシャは…、十歳なのに大人みたいな喋り方をするんだね」
「…勉強、させられましたから」
親にも、あの業者にも、役に立つと言われ教えられた言葉。こんな所で使うなんて初めて知りました。そしてこんな使い方をするなんて事は、分かりませんでした。
泣いていたロレオ様は、私としばらく話した後、御自身のお部屋に戻られました。その後も、旦那様と何かあると、ロレオ様はこの部屋に来る様になりました。泣きながらというおまけ付きで。