狂い咲きの生命
「ボク、アイツ嫌い」
回転椅子を回しながら彼女が突然言い放った一言に、私の作業をする手は止まった。
ふわふわの焦げ茶の髪が風で遊ばれている。
小さな口には愛用のシャープペンシルを銜えている。
危ないからと言えば彼女は素直にシャープペンシルを手で持つ。
そして再度同じ言葉を吐き出す。
『ボク、アイツ嫌い』
彼女の言うアイツとは一体誰なのだろうか。
そもそも彼女が好きという人物自体存在するのか。
彼女の目に映る世界は敵ばかりじゃないか。
味方の方が少ない。
いや、それは当たり前なのだろうが彼女は別だ。
味方である筈の人間まで敵だと思い込んでしまう。
今度は誰が気に食わないのか。
「全部」
問えば答えは返ってくる。
だがその答えを理解するまでに数秒を要した。
私は再度彼女に問えば返ってくる言葉は同じ。
聞き間違えること自体ないだろう、この距離なのだし。
ふわふわの髪を一つに束ねながら彼女は無表情に言う。
「全部嫌い」
好きなものは一切ない、彼女はそう言っている。
ならば私はどうすればいい。
この幼馴染みが分からない。
彼女は私の理解には及ばないことを平気でしてみせる。
思い立ったがすぐ行動。
入水に興味が沸けば水に飛び込むし、相棒であるパソコンの中身が知りたくなれば解体。
正直理解出来る範囲を超えている。
頭は決して良くはない。
ただ勉強をしたがらないだけであって、ちょっとコツを掴めば直ぐに上達する。
テスト前に少し勉強を見てやれば、上の成績になるくらいには頭がいい。
理解したいと思うか興味があるか、それだけが彼女にとっては大事な事なのだ。
年の離れた兄は彼女に輪をかけて変わっていて、それでいて天才的だから彼女もまたその血が濃いのだろうな。
「全部嫌い。でも壊せない」
嫌いだと思うなら要らないと思うなら壊してしまえ。
彼女はいつもそうだった。
人も物も壊す。
人に至っては物理的じゃなく心理的に。
彼女の言葉は鋭利な刃物になり人の心を抉るのだ。
「早くボクが死んで壊れますよーに」
くるくると回転椅子を回わす。
彼女の表情は見えない。
ずっと傍にいた幼馴染み。
いつからこんな風に短絡的に短調的に、狂い咲きの桜のようになったのか。
恐ろしさと美しさを兼ね備えた狂い咲きの桜。
彼女は正にそれだ。
「華々しく咲いて潔く散りたいわ」
何時か彼女が自らを壊す時、出来ることなら私の手で。
出来ないならば最期を見届けて、私の腕で眠って下さい。