世界の最後の愛の歌
本来は3万文字以上ある小説です。
『1時間でショートストーリーを書こう』より、
すごく展開が早くなってます。
『この物語が、誰かに届きます様に。』
『皆さんは地球最後の時間を、いかがお過ごしでしょうか?』
街頭テレビから流れてくる、地球最後の生放送番組。
僕が生れた時から見て来た名司会者の顔が、無機質の様に簡単な言葉を並べていく。最早そこには、以前の彼の溢れんばかりの生気は全くなかった。
『そして今日。輝かしい地球の歴史も終ろうとしているのです。』
僕が見る限りここを歩いている人達の中に街頭テレビからの声を聞いている人はいない。町を歩いている人はみんな、残された自分の時間をどう過ごすかで精一杯に見えた。まるで軍隊の行進の如く、僕達の横を通り過ぎては消えていく、ひとつの波。今更どこへ逃げても無駄なのに。
『今日が終わる午前0時。地球は滅びます。』
「ねえ。雨、止んだみたいだよ。」
由美は僕の顔を下から覗き込む様にして、単純な笑顔を見せてくれた。
「本当だ。」
雨が止んだ事を確かめた僕は傘を畳んだ。あまり強い雨では無かったので、傘についた水滴も別に気にする程でもなかった。
「テレビが言ってた通りだ。」
すると突然、由美が肩まで伸びた純黒を揺らしながら耳に響く程の大声をあげた。
「11時からは晴天! 残りの1時間、皆さん思う存分楽しみましょう!」
陰気な僕とは正反対な彼女は遠慮を知らない。周りを歩く人達は何事かと由美を見ては、またすぐに行進を再開していく。
「さて、志田君。残りの一時間、どこへ参りましょう?」
「そうだね。由美はどこが良い?」
すると由美は待ってましたと言わんばかりに、
「海!」と叫ぶ。
そして、お決まりの僕のセリフ。
「じゃ、そこにしよう。」
いつものパターンに、僕達は笑ってしまった。
こんな日なのにいつも同じ様なふざけ合いが出来る。その“いつもの日常”に、僕は今更ながらに少し嫉妬してしまった。
だからこそ、僕の中にはひとつの不安が湧きあがって来る。
「……由美。後悔してない?」
「何に?」
相変わらずの笑顔。それなんだよ。僕が恐れているのは。
「僕と付き合った事。最後の時間を、僕と過ごす事。」
不釣り合いこの上ない僕達。自分に自信を持つ事が出来ない僕には当然の不安だった。
僕が、彼女の笑顔を壊してはいないか。彼女の幸せを、増やせてあげられたのかどうか。
「……ちょっと後悔してるかな。」
「………」
「だって志田君。まだキスのひとつもしてくれないんだもん。」
「へ?」
予想外の理由に、我ながら情けない声が出てしまった。
「私達、付き合って何ヵ月でしょうか?」
「……3ヵ月。」
「正解。里美ちゃんとか、沙紀ちゃんとか、周りのカップルなんて遥か先のステージまで行ってるよ!」
由美は頬を膨らませて、不服そうに腕を組んで僕に迫って来る。
僕は自分が出来る最高級の作り笑いをしながら、目線を少し右に逸した。
「知ってるよね? 僕がそういうの苦手な事。」
「知ってます!」
視線の隅で由美が目を落として、恥かしそうに指をモジモジしながら呟いた。
「折角、私のファーストキスを志田君の為に取っておいてあげたのに……」
「え!?」
思いがけないセリフが胸を突いた。
しかしそれも束の間、いきなり由美が両手を振り回し始めた。今にも隣を歩く人達を殴ってしまいそうな勢いだった。
「もう良いですー! 志田君の気持ちは分かりましたー! 今からでもそこら辺の人とキスしてやる!!」
「そこら辺の人達に迷惑だから止めてよ。」
迷惑という言葉にカチンと来たのか、一瞬動きを止めて僕の方を睨んで来たけど、直ぐにいつもの笑顔に戻った。
「なんてね。大丈夫! そんな志田君が好きなんだから!」
「良い趣味とは言い難いね。」
「えへへ。あ、海はこっちだよね。」
ふたりとも話に夢中で、危うく道を間違えてしまう所だった。
『地球の終わりまで、30分。』
海は静かに波を立てていた。今日で地球が終わるなんて、微塵も感じる事は出来ない。
「うわー! 風が凄い!」
由美のはいているスカートは長めのものだったけど、僕は少し目のやり場に困ってしまった。
由美はくるりと僕の方を振り返って、
「どうする? 砂浜の方へ行くか、それとも防波堤沿いの道を歩く?」
いつものフラグだ。
「由美はどっちが良い?」
すると、由美は小悪魔の様ににたーっと笑って、
「志田君が好きな方で良いよ。」
と言って来た。
「え……」
不意をつかれて少し考えこんでしまった。
「あと30秒ー」
「時間切れになったらどうなるの?」
由美は指で小さなバツを作って、
「残念! 別にどうにもなりません!」
と口を尖らせた。
ふむ。何がなんでも僕にどちらに行くかを決めさせたいらしい。
「んー。じゃあ、堤の方へ行こうか?」
「はーい!」
防波堤沿いの道を僕達は歩いていた。由美は僕の腰程の高さの堤の上を器用に両手でバランスを取りながらきちんと僕の隣りに付いて来る。
「落ちたら危ないよ。」
「平気だよ。スポーツで鍛えたこのバランスを見よ!」
何度も海からの強風に煽られて落ちそうになるけど、見事にギリギリで踏張って持ち堪えている。
不意に由美が、
「志田君。覚えてる?」と尋ねて来た。
「うん。付き合って1ヵ月記念日。ここ、一緒に歩いたよね。」
すると由美は目を輝かせながら
「覚えてくれてたんだ!」と手を叩いた。そして喜びを隠し切れずに明るい舞で堤を歩いてみせる。
「しかも、全く同じ! 私がここを器用に歩いて、呆れ顔の志田君がその私のペースに合わせて歩いてくれるの!」
「呆れられてるって、自分でも分かってるんだね。」
「当たり前じゃない。」でも、変わらずにいられるのは、凄い事だと思う。
それはどんなにお金を積んでも、どんなに科学が進歩しても、手に入れる事が出来ない美しいものだ。だから、人はそれを求める。僕だって同じ。小説の中のファンタジーな出来事よりも、この日常、由美と一緒に生きる平々凡々な時間を選びたい。道端に落ちているものを拾う様な慎ましくて格好悪い生き方だけど、決して居心地の悪いものではなかった。由美はどう思っているのだろうか? 彼女の性格を見ると、常に新しいものを求める傾向があるのは明らかだ。でも、ほんの少しでも良いから、僕と過ごした三ヶ月を拾ってくれているのだろうか? 愛しいと、思ってくれているのだろうか?
「……本当はね。」
由美が突然、遠くを見る様な目をして、僕に囁く様な小さな声をあげた。
「私、砂浜の方に行きたかったんだ。」
ひらりと身体を僕の方へ向ける。僕の腰程の高さの堤はまるで彼女だけのステージ。海からの風を浴びて髪を揺らし、長めのスカートを靡かせる彼女が、何故かいつもの彼女よりも“由美”らしいと思った。
「どうしてか、分る?」
「…大体ね。僕が、君に告白した場所だから。」
実を言うと、僕がこちらを選んだ最大の理由がそれにあった。僕はその事で由美にからかわれる事が苦手だった。あの時程格好悪い僕は見た事がない、と由美は良く僕に洩らしていた。別に後悔とかをしてる訳ではなかったけど、やはり、地球最後の日になってもどこか恥かしい所を感じずにはいられなかったのだ。
「大正解、だよ。」
今度はひらりと堤から僕の前に着地した。彼女を見る視点が違った為か、どこか悲しげな面が見て取れた。
「驚いたよ。由美、すっかり忘れてるかと思ってた。」
冗談のつもりだった。いつもなら由美は笑いながら、軽口で反撃して来る筈だった。
でも、今日の、いや、今の由美は違っていた。むっと頬を膨らませて、本気で言い換えして来た。
「失礼だね。私だって…」
私だって…と由美は何度も繰り返し呟き始めた。その呟きは小さくて、波の音に今にも潰されそうな音色だった。まるで、地球が彼女のその言葉の先を拒んでいるかの様な感覚。暫く、静かな時間が続いた。
そして、由美は意を決したのか、今までにない程の大声を出した。
「私だって、好きなんだもん!」
不意に波の音が消えた。いや、僕の耳に入らなくなっただけ。すっかり紅潮してしまった顔から出た言葉に、僕は心を奪われてしまった。
「私だって志田君の事が好きだもん! 告白されて、すごくすごく嬉しかったんだもん!」
そして、紅潮した顔を僕に見せまいと俯いて、こう付け加えた。
「……忘れたくないんだもん。」
「………」
僕は言葉が見つからなかった。彼女は、僕との3ヶ月を拾い続けて来てくれた。いや、もしかしたら僕以上にそれを持っているかもしれない。僕が恥かしくて避けていた部分も、ちゃんと「僕」として受け止め、拾い上げてくれていた。
もう、そこにいつもの由美はいなかった。俯いて、震えて、声を殺して泣いて。今まで塞き止めていた不安や悲しみを、全部解き放ったかの様に。今日由美があれ程元気だったのは、彼女の性格とかでは一切なかった。涙を堪えて、無理矢理に笑っていたのだ。僕はそれに気が付かなかった。由美は強いと思ってた。でも、誰よりも脆かった。だからこそ、笑っていた。一度笑う事を止めたら、涙が止まらなくなると、彼女自身が分かっていたのだろう。
「……でも。」
由美は目許を強く擦りながら後ろを向いた。飽く迄、僕に泣顔は見せないつもりらしい。
「仕方無いよね。志田君に私の最後の場所を選んで欲しくて、私がどっちでも良いって言っちゃったし。」
由美は腕時計をちらりと見て、溜息をついた。僕がプレゼントした、可愛いクマの絵の腕時計だ。
そして夜空を仰いで、
「残り10分だし。もう、間に合わないよね?」
確かに、砂浜には僕達が始めに海に着いた場所から出ないと出られない。20分かけて歩いて来たのだ。時間は少なかった。
僕は唇を噛み締めた。
僕は、馬鹿だ。由美の笑顔を作るどころか、泣かせるなんて。もう、このまま地球の終わりを待った方が良いのだろうか?
でも、僕は見つけてしまった。由美の紅潮した頬に、小さな涙が一筋、きらりと光った。
その時、心のストッパーが外れる音がした。
「行こう。」
「えっ?」
僕は無我夢中だった。身体の中から溢れ出てくる感情に身を任せて流れる様に、何も考えずに由美の左手首を掴んだ。
「志田君?」
「間に合わなかったらごめん。でも、走れば何とか間に合うと思うんだ。」
僕は由美を無理矢理引き摺る様に今来た道を逆走し始める。最初はおぼつかなかった由美も、すぐに自力で走り始めた。
「し、志田君! 無理だって! 間に合わないよ!」
歩道が急カーブに差し掛かった。後半分。いつしか僕の手は由美の掌を強く握り締めていた。この手を、離すつもりはない。
「志田君!」
勿論、由美の言葉にも素直にそうですか、と従うつもりも毛頭ない。
「……由美には。」
無茶な事は分ってる。もし間に合ったとしても、残り時間は一分あるかどうか。
でも、走らなければならない。
後10分で、想い出も僕達も全てが消えてしまう。
でも、走らなければならない。
「……由美には。」
謝罪の言葉よりも、慰めの言葉でもなくて。
「由美には、笑って欲しいんだよ!」
この3ヵ月間の悩みを、やっと言葉に出来た気がした。
そして、今。僕は走っている。他の為でもない、由美の為に。今、隣りにいる由美の為に。
僕達は、まだ終わってなんかないんだから。
僕達が砂浜に着いたのは、
11時58分30秒。
予想よりもかなり早く1分30秒を残している。
でも、僕達にとってはそれは余りに短かった。
「ハァ…ハァ…」
息を強制的に落ち着かせて、僕達は見つめ合った。お互い、肩を上下に震わせながら呼吸をして、頬に涙を零している。
「志田君、泣いてるの?」
由美の口許が小さく緩んだ。
「由美だって。人の事言えないよ。」
「いいの。私は恋する女の子だもん。」
そして、僕は由美を抱き締めた。少し強張った由美の身体も、息を落ち着かせる事に少しずつ柔らかくなって来た。
そして、そっと由美の唇に口付けをした。お互い、初めてのキス。由美の唇は柔らかくて、何もかもを忘れさせてくれそうな位、優しかった。
静かに唇を離した後、僕は言った。
「…好きだよ。由美。」
「……えへ。」
由美がその涙で塗れた顔を崩して大きく笑ってくれた。
「変だなぁ…私、ちゃんと心構えしたつもりだったのに。悔いも何も残らない筈だったのに。」
由美はそっと僕の頬を拭ってくれた。
「今すごく、もっと志田君と居たい…そう思っちゃった。地球が終わるなんて…嘘だったら良いのにって……考えちゃったんだよぅ……」
由美の言葉は涙で濡れていて、とても聞き難くて、醜いものだった。でも、何故かその響きに、僕はひとつの“答え”を見つけた気がした。
「死にたくないよ…! まだ、志田君と一緒に居たいよ!」
由美は僕の身体を強く抱き締めて来た。今度は僕が彼女の頬を拭う番。とても温かな涙だった。そして、僕は自分が出来る最高級の笑顔をしてみせた。
「これで地球が滅びなかったら僕、恥かしくて自殺しちゃうよ。」
嘘だ。僕だって、もっと由美といたい。ふざけ合って、笑い合って、抱き締め合って、キスをしていたい。由美を、失いたくない。
時計の針の音が近付いて来る。次か? それともその次で、地球は終わるのか? 由美と離されてしまうのか? そんな恐怖が、僕を支配し始める。
チク、チク、チク…
「大丈夫。」
由美のその一言が耳の奥を揺らした時、視界が一気に広がるのが見えた。
そして、僕の視界の中心にいるのは、紛れもない由美だった。僕の一番大切な人。
「私は、そんな志田君が大好きなんだから。」
そしてもう一度、僕達の唇は深く交わされた。目を瞑れば由美の体温が分った。そして何より、自分は今、幸せなんだと感じた。由美も、同じ気持ちだったら良いな。
そして、僕た
E.n.d...
長々と書きます。
まず地球が滅びるという前提ですけど、本文中ではその理由も内容も全く出て来ません。
一瞬で消えてしまうのか、大津波が来るのか、隕石が落ちるのか。全て御想像にお任せします。どうでも良いのです。
とにかく、12時を境に世界が滅びて、
『今までの日常ではなくなる。』
という前提が欲しかったのですよ。
さて。
皆さんは主人公の『志田』と『由美』に対してどんな感情を持ったのでしょうか。
『可哀想』
『幸せになったと思う』
『文が汚くて意味が分からん』
人様々…(^_^;)
『1時間でショートストーリーを書こう』
お口に合いましたでしょうか?
By, Global Sky