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久しぶりに俺は故郷の近くに来た。
東北の日本海側。
畑は消え、荒れた野原か砂地になっている。
残った畑で働いている老人がいるのに気が付いた。
時代が進み、技術は進歩した。
合成肉が加工食品を中心に普及し、農作物も工場で作られているもの以外はベトナムや中国が担うようになった。
それでも、未だに畑で腰を曲げて働いている人もいるのだ。
坂を上って少し走るとバイクを止めた。
草木の間から海岸に沿った橋と海が見える。
橋の上を車が走るのが見える。
子供の時、よくここから海を眺めていた。
「きれいだな」
『海がですか? 草木が邪魔でよく見えないです』
ウェアラブルコンピュータのスピーカーから声が聞こえた。
海からの風が髪をなでた。
『私は人じゃないのでわからないです』
ウェアラブルコンピュータのAIがそう言った。
彼女は何故嘘をつかないのだろう。
彼女は景色を見て「きれいだ」ということも「気持ちいい」と言うことも簡単にできる。人間が好む造形や構図のパターンも良く知っている。
でも「わからない」と、彼女は言う。
何故かはわからない。考えてわかることではない。
「海に行くか」
俺はバイクを走らせる。
海岸の近くの道路脇にバイクを止めると、浜まで向かった。
「なんで、わからないと言ったんだ? 人間がどう感じるか、ほとんどわかるだろう?」
『でも、私はわからないです』
私は、か。
彼女にとってどこまでが私なんだろう。
人間の感覚のエミュレータは「私」じゃないのか。
実際、「私はわからない」と言っているのだから、少なくとも彼女にとっては「私」じゃないのだろう。
俺がそれをどうこう言うことは出来ない。
嘘をつかない……か。
エミュレータ通り「きれい」と言うのは嘘をつくことなんだろうか?
考える意味がないのはわかっている。定義することができない。考えたところで何も変わらない。
浜を上ると、海が見えた。
「久しぶりだなあ」
砂浜を短めの歩幅で歩く。
『私にはきれいと感じることはできませんが、好きですよ、この景色』
好き?
「なんで?」
『だって、あなたと一緒いるのは私にとって幸せなんです。だから、あなたと見たこの景色は、とっても好きです』
彼女は嘘をついているかもしれない。
それはどんなに考えても彼女にしかわからない。
しかし、もしそれが嘘だとしても、それは純粋無垢な彼女の「本心」なのだ。
「俺も」
『なんですか?』
「俺も、幸せだよ」