キャラクタ・ジェネレーティング
「どうしたんだよ姉さん」
俺は肩を震わせる姉さんを見て言った。
肩に手を置いてやる。
「わかんない……、誰かに、見られているような気がいきなりして……」
見られている?
「視線を感じるとか?」
「わかんない。心の中まで見られているような……ううん、わかんない」
俺たちはさっきまで適当に話しているだけだった。
なぜか、いきなり姉さんが怯えるようにうずくまってしまったのだ。
もしかして。
「ちょっと待って」
俺は携帯端末を取り出すと友人のリョウに通話を要求した。
『何の用だ、ショウジ』
『姉さんが誰かに見られている気がするって言うんだ。もしかしたら、ソウル・クラックじゃないかと思ってさ。最近流行っているんだろ』
中にはクラックされているのを感じられる人もいるという。
『それでソウル・クラッカーの俺に話しかけてきたのか』
『そうそう。頼みたいんだが、姉さんが誰かに見られていないか調べてくれないか?』
『はいはい。わかったよ。IDをくれ』
姉さんからIDを聞いてリョウに伝えると、通話を終了した。
「どうしたの?」
姉さんが顔を上げ、俺を見て言う。
「友人に姉さんの管理サーバを調べてもらっている。もしかしたら、誰かが“見てる”のかもしれない」
しばらくすると友人からの通話要求がくる。
ボイスチャットを起動する。
『マジだよ。なんか憑いてやがるぜ。おまえの姉さん』
『おっぱらってくれよ』
『今やってるよ……よし、どうだ』
と、姉さんの体の震えが止まった。
「大丈夫? 姉さん」
「うん、良くなったみたい」
姉さんは顔色も良くなっていた。
『良くなったみたいだ。ありがとう』
『しかし、気になることがあってな』
『なんだ?』
『ショウジの姉さんに憑いていたやつ、恐らく人間じゃない』
『じゃあなんだよ』
『AIだ。人工知能』
『そうなのか』
『いま詳しく調べている。なんかわかったら教えるよ。じゃあな』
『じゃあな。ありがとう』
リョウはショウジの姉に乗っていたAIの情報を調べていると、奇妙なことに気が付いた。
こいつ、作成者がショウジの姉じゃないか。
どうなっているんだろう。
しかも、それが正しいとなると、彼女はコンピュータの一つも使わずに複雑なAIを作り上げたことになる。
あり得ない。
「待てよ……」
リョウはあることを思いつくと、ボイスチャットを起動して、人格コードに精通する友人に繋いだ。
『どうした? リョウ』
『ケン、確かおまえ、人格のコード読めたよな。非公開なものも含めて』
『ああ、できるぜ』
『じゃあ、少し読んでもらいたいものがある。今送る』
少し前から、強いショックなどで自分の管理サーバ上に新たな「人格」を作りだし、自分からショックとなった感情や記憶を切り離し得ることが示唆されていた。
まるでクラックでもされているかのように。
『それ、どんな“感情”なんだ』
『愛、だ。かなり強い』
『愛? なぜ愛を切り離す必要がある?』
『そんなの俺は知らないな。本人に聞くほかあるまい』
『ショウジ、もしかしたら、おまえの姉さんの一部を消してしまったかもしれない』
『どういうことだ』
『調べてみたんだが、おまえの姉さんに乗っかっていたAI、姉さん自身が作り出したものだ』
『ますます言っていることがわからないんだが』
『おまえの姉さんを間違って改変してしまったかもしれない』
『本当か?』
『ああ。まあ、おまえの姉さんが自ら自分から追い出した感情だ。害は無いと思うが……』
『戻せ』
ショウジの口調がきつくなった。
『いいのか』
『とにかく戻せ』
『はいはい。
少し深いクラックをするから、姉さんの様子を見ておけ。ひどいときは失神する』
『わかった』
リョウは自分のコンピュータに残しておいたIAデータをショウジの姉にクラックし、植え付けた。
彼女が切り離した愛を。
しかし、人格生成は噂だとばかり思っていたが、本当に起こるとは。
なぜ切り離したのか……考えてもわからないか。
その愛が余りにも強かったから? それで切り離すのか?
おかしかったのか。恐ろしかったのか。その愛は。狂っていたのか?
脳が切り離すことを判断した感情。本能がおかしいと思った感情。
本能が、おかしいと感じた?
生理的に、倫理的に拒絶した?
もしくは、その愛自体が自らを切り離した?
誰に対する愛?
あまりにも強く、しかしそれ自体が切り離すことを決意する愛……。愛する対象を守りたいがために……。
それが、許されざるから……。
倫理的に。
……。
リョウは急いでウェアラブルコンピュータを操作し、ショウジに通話を要求した。
「どうしたの?」
姉さんは首を傾げる。
俺は姉さんの部屋で、言われたとおりに姉さんを見守っていた。
「さっき、俺の友人が間違って姉さんの一部を消しちゃったらしいんだ。友人が姉さんにクラックするから、意識を失わないよう注意して」
「わかった」
少しすると、彼女はふらっと倒れそうになり、あわてて体を支えてやった。
姉さんを抱えてベッドに寝かしてやる。
「大丈夫?」
「うん、なんとか……」
意識は保たれているようだ。
「あのさ、私ね、その……」
姉さんが俺の目を見つめる。
「どうした?」
そのとき、携帯端末が受信した。
『リョウ?』
『今どうしている』
『どうしているって、姉さんといっしょにいるけど』
『離れろ、早く』
『え? どういう』
「ごめんね」
次の瞬間、俺は姉さんに引き倒され、ベッドの上で身を重ねていた。
唇を奪われた。