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安楽椅子刑事

掲載日:2013/05/22

 茨城県の住宅街。都心からもそんなに離れることなく、それでいて落ち着いた雰囲気の漂うその土地に建てられている家はどこか高級感を魅せて佇んでいる。

 もう少し時間が経てば、学生にサラリーマン、主婦らがそれぞれに動きだす頃だ。しかし、今日は様子が違っていた。1軒の家の前には人だかりと『KEEP OUT』の黄色いライン、青い制服に身を包んだ作業員に数名の私服の大人がウロウロとしている。

「どうしたのかしらねぇ?」

「あそこ、細野さんの家でしょう」

「あっ、そういえば細野さんって、息子さんがずっと職に就かなかったわよ」

「ええ。それで、毎日のようにケンカしてたものね」

 郵便受けに入れられた新聞を取りにきただけの主婦が集まり、群れをなしながら噂話に華を咲かせている。しばらくすると、それぞれの旦那が駆け寄ってきて家族のために家に戻っていった。それでも、何人かの主婦は意地と言わんばかりに居続けた。

 青と私服の大人たち――警察関係者の仕事がほとんど終えた頃には野次馬の数は朝ほど多くはなく、増えたのはテレビや新聞の記者たちだった。

 記者たちは家に入っていく刑事や警察官に次々と質問を浴びせ、隙あらば中へ入ろうと強引に体を押入れてくる。

「全く、まだ野次馬の方が性格良いですよ。俺たちにだってまだ状況が整理できていない状態で、どう質問に答えろっていうんですかね」

「だったら、自分が見たことをそのまま答えてやれば満足して帰るんじゃないのか?」

「そんなことしたら、記者じゃなくて上層部に文句言われますよ」

 若い青年刑事――鷹代(たかしろ)博之(ひろゆき)は溜息をつきながら、死体が置かれていた場所を見つめる。白いテープでシルエットを作り、番号の入ったプラスチックが置かれている。

「だったら気にしねぇこったな」

 博之とコンビを組んでいる定年間近の刑事――松岡(まつおか)(ゆう)が口を大きく開きながらアドバイスをした。鷹代は「もう何回も聞きました」と皮肉混じりで答えた。

「お疲れさまです」

 科学捜査班の捜査員にお辞儀をし、現場を後にする。悠曰く、「どうせ現場(ここ)にいても何の変化もねぇ」ということだった。

 『茨城住宅殺人事件』と銘打たれた事件の捜査本部の設けられた部屋に入った2人を出迎えたのは、長机にパイプ椅子を用意している女性署員だった。

「ほら、やっぱり早かったですね」

 事件は足で解決するものだと教わってきた博之が、悠につまらなそうに呟く。

「大丈夫だ、ここにはお前みたいな古頭の考え方の奴はいねぇからな。すぐに集まってくる」

 悠の予言通り、捜査本部にはぞくぞくと現場で顔をみた刑事たちが集まり、捜査本部長がホワイトボードを背にした椅子に座ると、次々と情報が開示され始めた。

「被害者は細野信夫、48歳。都内に務める会社員です。第一発見者は妻の細野恵子、46歳。午前5時45分頃に寝室に被害者がいないことに気が付き、リビングに降りたところ、頸部を締められ窒息死している被害者を発見。すぐに119番通報と110番通報をされました」

「2人には1人息子がいるはずだ、行方は?」

「それが……昨日の夜から行方不明です」

 部長に質問され、答えた刑事が続けた。

「現在、捜査中です」

 刑事が座り、我先と手が次々と挙がる。

「息子の細野司の近所の評判ですが、かなりの悪評です。高校を中退後、仕事にも就かず遊び呆けいていたそうです。それで、毎日のように被害者と口論をしていたそうです。近所の住人への付き合いも相当なもので、小学生や中学生へは唾を履きつける行為も報告を受けています。ただ、自分よりも強そうな高校生などには何もしなかったそうです」

 刑事たちの報告はまだ続いたが、どれもあまり変化のないもので、これといった有力情報は出てこなかった。

「何か、被害者の情報はないのか?」

 痺れを切らした部長がついに情報に制限を掛けるようにして言った。途端、刑事たちの手は下がり、今日はこれで終了となった。

「科捜班はまだ情報提示してなかったんですね」

「そりゃあ、まだ早いからな」

 そういえば、まだ事件発覚から6時間程度しか経っていないんだな。

 捜査本部は嵐のように始まり、終わった。

「どう思います、松岡さん」

 博之は文字の羅列が乱立している手帳を見ながら悠に言った。

「さぁな。特に難しい事件って気もしねぇんだよな」

「そんな! 被害者と被害者遺族の気持ちを考えてくださいよ。事件に難しいも簡単もありません!」

「おー、いつにも増して気合入ってるな。ハハッ」

 肩を細かく上下に揺らしながら、悠は背広の裏ポケットからたばこを取り出した。

「あっ、ダメですよタバコはキチンと喫煙所で」

 デジャヴのようなやりとりを終えた後、2人は一旦別れた。

 それでも、博之は自分のデスクに戻ってジッとしていることはできずに、結局、科捜班に向かって情報を得ようとした。

「あの、茨城住宅殺人事件を担当しています、鷹代ですが、游咲は今どこに?」

 科学捜査班の受付でそう伝えると、すぐにいつもの研究室へと案内された。そこには、博之と同期である游咲が出迎えの準備をしていた。

「よぉ、今日も早いな」

「まーな。それで、検査結果出たか?」

 博之がそう言うと、游咲は待ち構えていたかのように10数枚が閉じられた紙の束とパソコンの画面を見せた。

「死亡予想時間は発見が5時45分だからその約5時間前の12時30分。んで、殺害した道具はまだ詳しくは分からないが、ビニール製のヒモだ。被害者宅から借りたヒモの太さとピッタリ一致してるからな」

「12時30分……ちょっと待って」

 博之はすぐに手帳を取り出し、インクを落としたばかりのページを開く。

『○容細野司。26歳。無職。現在捜索中。第一発見者の妻、恵子が最後に声を聞いたのは○被との口論で10時50分』

 おかしい。細野司が犯人だとしたら、被害者は12時前には殺害されているはずだ。

「何か分かったのか?」

 游咲は考え込む博之にそう告げた。

「いや、余計頭がこんがらがったよ」

「おいおい、科学は今の捜査の第一線だぜ。それに文句つけるってのかよ」

 不満気な游咲に、博之は資料を手にとって宥めるように言った。

「そんなことないよ。俺の相棒は、たぶんこれだけで解決するよ」

「はぁ? 解決? そんなの無理に決まってんろ。情報が少なすぎるし、まだほかの刑事さんとの連絡もとってないはずだ」

「俺の相棒は、情報が少なければ、事件が難しそうなら、解きやすくなるおかしな人なんだ」

 ニヤリ。効果音を付けるとしたならばそんな笑みを浮かべながら、博之はその研究室を出た。

 博之が捜査本部に行くと、そこにはすでに人だかりができていた。近くの先輩刑事に尋ねると、答えはやはり博之が思っていた通りのものだった。

「松岡さんだよ。今回も、事件早急解決のために、あの人を使うことにしたらしい」

 手柄を奪われるのが嫌なのか、先輩刑事は溜息混じりだった。

「おい、鷹代ぉ。何か新しい情報手に入れたんだろうな。じゃなきゃ、ここに来る理由がねぇもんな」

 いつもの上品とはいえない笑顔を出して、悠が博之を手招きした。

「これです」

 博之がそう言って資料を渡し、それに悠が目を通すと、悠は納得したかのように頷いた。

「死亡予定時刻がこの時間で良かったよ。本部長、すぐに細野司に逮捕令状とってください。決まりです」

「おいおい、それはキチンと推理をしてからだからな」

 本部長がそう言うと、悠は面倒そうに種明かしをした。

「鷹代とほか刑事さんが色々と調べてくれた結果。分かった矛盾は1つだけ。

 まず、死亡予想時刻が12時30分。そして、容疑者である細野司が家を出たという情報を、近所の住人から得ている。それが11時00分。つまり、細野司を容疑者にしてしまうとそこで1時間30分の誤差が出てしまう。

 それを打開するのは2つのイレギュラーです。

 細野家のエアコンを調査すると、11時から12時までの1時間の間だけ暖房が付けられています。

 そして、被害者の細野信夫の体温が、普段よりも昨晩は1度ほど高かった。以上のことから、全てのトリックが暴かれます」

 推理披露になった途端に口調が変わる。それは、博之にとって慣れに慣れない常識だった。

 

 Armchair- Detective(アームチェア・ディテクティブ)。それが悠のアナザーネームだ。

 情報の過多する事件には一切手を出さずに、逆に情報の少ない事件にのみ手を出す。彼からしてみれば、情報が多い事件は難しく、少ない事件は簡単なのだ。つまり、情報が集まっていない今回のような事件の場合、悠が重宝されるのだ。全ての捜査段階を飛ばして推理することから違和感は否めないが、ここではそれが常識となっていた。


「一般的に人の体温は死亡してから1時間~10時間後までは毎時1度。それ以降は0.5度ずつ低下しています。

これで、死亡時刻の1時間は埋められます。そして、煖房を付けることで体温低下の速度を遅めることができる。それが、今回は30分だったんでしょう。

 以上で、今回の事件はパーフェクトブレイクです」

 悠の口が閉じた途端、本部長は一気に叫んだ。

「細野司の令状を取れー!」


「それにしても、母親としては複雑な心境でしょうね。こんなにも早く解決、したのは嬉しいんでしょうけど……」

 夕方の屋上。

 まさか朝に人殺しが発覚したなどとは到底考えつかないくらいに綺麗な夕日が、悠と博之を包む。

「そうかぁ? まっ、それが悪い方にいくならば、俺が悪者だな」

「いや、そういう意味ではなくて……」

 早く解決すれば幸せではない。

 言葉にならない想いが心の中をモヤモヤと渦巻いた。

「ほら、まだ今日の報告書終わってないだろ。終わらないと、今日の業務終わってねぇんだ。早いとこ終わらせて、さっさと居酒屋でもキャバクラでも行くぞ」

「あっはい」

 松岡さんは、自分の才能を万々歳で受け入れてるのか……? 


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