後編
「お前さ、最近変わったよなぁ。」
冥界に戻ってすぐ上から再び新たな仕事を言い渡され地上に向かう途中、突然クーがクルスに言った。
「あんな嘘ついてさ。以前までのお前じゃ考えられないよなぁ。ま、悪くないけどさ。」
クルスはクーを一瞥し、「別に嘘ではない。」とぼそり呟く。
死神が死にかけた命の魂を回収しに来ないのは2通り考えられる。
1つ目は舞にも言ったが、まだ死ぬ定めではなかった場合。
そして、2つ目は・・・
「オレは絶対遊んでて忘れてたと思うね。」
そう、担当の者が魂を回収するのを忘れた場合だ。
言い訳はいろいろあるがその中で最も多いのが「娯楽施設にいたから」である。
冥界にも何故か娯楽施設がある。恐らく、憂鬱な仕事をする死神達を労う意味も兼ねているのだろう。
確かにそれでストレスを発散させている者が多くいるが、仕事を忘れてしまう者も多く出ているため問題になっているのだ。
あの女性はどう見ても助かるとは思えなかった。だから前者は考えにくい。
そうなれば、答えはひとつだ。
「おい!待て!」
突然、何物かに肩を捕まれるとそのまま頬を殴られた。
突然のことで反撃ができ無かったが、何とか倒れることなくその場に踏みとどまった。
顔を上げると見覚えのない青年の死神がこちらを睨んでいる。
「貴様、よくも人の担当に勝手なことをしてくれたな!」
どうやら、この死神があの女性の担当だったらしい。
おおかた、上にばれて怒られ、仕置きされたのだろう。その顔には殴られた痕がある。
「別に、彼女は僕の担当ではなかった。しかも、本来の担当である君もいない。故に僕がどうしようと僕の勝手だ。悪いのは君であり、僕ではない。僕を殴るのは筋違いだろう。」
その言葉が青年の怒りに火をつけたのか、再び殴りかかってきた。
しかし、今度はそれを軽く流れるように避け、手加減をしつつも青年の腹に拳を入れる。
「がっっっはぁ・・・・・・・・」
そんなに力を入れたはずではないのに青年は床に手をつき、腹を押さえる。
「おお!さすがクルス。やっぱ、強いなぁ。」
空中に避難していたクーが羽をぱちぱちと叩く。
そんなクーの姿を一瞥したが、すぐに青年に視線を戻す。
「自分の担当をどうにかして欲しくなかったら、今度は仕事を忘れないことだな。」
そして、そのまま去ろうとしたクルスの背中に苦々しげな声が投げられる。
「異端の死神め!!」
その言葉にクルスではなくクーが切れる。
「てめぇ!今、なんて言った!誰が異端だ!」
そう青年にくってかかるクーを止め、無言のままクルスはその場を去った。
「クルス!」
クーの抗議に対しクルスは「放っておけ。」とだけ言う。その言葉はどこか自分自身に向けた言葉のようにクーは聞こえた。
心配そうな顔で主を見つめるクーとは別にクルスの顔には何の感情も浮かんでいない。
しばらくして、クーは大きなため息をつくとクルスから離れる。
「オレ、しばらくどっかいってるから。ま、仕事の時間になったら戻ってくるわ。」
そう言い残すと、彼は空の彼方へ飛んでいってしまった。
◆◆◆
―― 夢を見た。
誰かが泣いている。
苦しい 苦しい 辛い 辛い
誰か、助けて・・・・・・
必死に心が叫んでいる・・・そんな夢 ――
誰もいない早朝の公園。
不思議な夢を見て早く起きてしまった舞は、まだ学校に行くのも早い時間なので、早朝練習を兼ねて公園の回りを走っていた。
もうじき、大会が近い。この間まで入院していた篠崎杏はようやく退院し、彼女も大会に向け練習をしているという。
静かな公園。まだ、通勤の時間では無いため辺りには人の気配がない。だが・・・
「あれ?・・・クルス君?」
ブランコの方に人影が見え、近づいて見るとそこにはクルスの姿があった。
「どうしたの?また、お仕事?」
話しながら彼の隣のブランコに腰をかけ、ゆっくりとこぎ始める。
しばらくの沈黙。最初に口を開いたのは舞だった。
「ねぇ、綺麗だと思わない?」
「?」
「ブランコなんてこぐの久しぶりだけど、ここから見える景色っていつも見ている景色となんだか違って見えるんだよね。例えば、朝の太陽とか草木とか・・・いつも見えているはずなのに見ていなかったモノ。視線を変えればきっとどれも綺麗なモノなんだよ。」
クルスは無言のままただじっと舞の話を聞いていた。突然何を思ったか、ブランコをゆっくりとしかし徐々に勢いをつけてこぎ始めた。
舞もそれに負けじと大きくブランコをこぐ。
クルスもまるでそれに対抗するかのように大きく半円を描くようにこいでいく。
やがて、お互い疲れてきたのか振れ幅が弱くなり完全に止まった。
「くす、・・・ふふふ・・・・あははははははは!」
急に舞が笑い出す。それにつられるようにクルスの表情も柔らかくなる。
しばらくして笑いが収まり、笑いすぎて出た涙をぬぐいながら舞はクルスに笑顔を向ける。
「なんだかスッキリしたね。」
その言葉にクルスも頷いた。
「初めてだな。」
「え?」
「僕の中に『笑う』という感情があったことを知らなかった。そもそも、僕に感情があったことも知らなかった。」
舞はブランコから降りるとクルスの前に立ち彼の両頬を軽くつねる。
「・・・痛いぞ。」
「ほら、感情がある。何にも感じない人はこんなことされても何にも言わないよ。」
頬をつねるのをやめて彼を抱きしめる。
「舞?」
「クルス君にはいっぱい色んな感情があるよ。だから、感情がないなんてそんな悲しいこと言わないで。」
何故、クルスに感情が無いことが舞にとって悲しいことなのか分からない。だが、舞の言葉に胸が、心が温かくなっていくような気がした。
こんな時どうすればいいのか分からない。とりあえず自身の腕を彼女の背中に回す。
しばらくしてクルスが舞の耳元で「学校はいいのか?」と尋ねるとものすごい速度で彼女が自分から離れた。
「あ・・・は・・・そそそそそ、そうだ!が、学校。うん、学校行かなくちゃ。そ、その前に一度家に帰って、シャワーも浴びないと。」
何故か顔を真っ赤にさせ挙動不審になっている舞の様子に首をかしげながら、腕の中が寂しいような気がした。
(もう少しあのままでも良かったかもしれない)
そう考えながらも口には出さず、彼もブランコから立ち上がる。
「僕もこれから用事がある。」
「そ、そ、そ、そうなんだ!うん、それは大変。じゃ、じゃあ、私はいったん帰るね。」
顔を真っ赤にさせたまま舞はクルスに向かって手を振ると全速力で駆けていった。
「風邪・・・か?」
突然顔を赤くした舞の様子を疑問に思いながら、自分の中に先ほどまであったもやもやが無くなっていることに気がついた。
「お~い、クルス~」
声のした方を見上げると朝日を浴びて輝く自身と同じ色の小鳥がこちらに向かって飛んでくる。
クルスはもう一度舞が去った方向を見ると、降りてきたクーとともにその場を後にした。
少し忙しくなるので、3日ほど更新はお休みします。
見ての通り、クルス君も舞ちゃんも超鈍感です。