一章 目覚 一部 6年前の君へ 前編
「生きてね。絶対来ちゃダメだよ。」
彼女は僕を庇った。優しく包んでそう言った。これは3年前に見た景色だ。
朝は来る。何度も何度も同じような朝が来る。来てほしくないと願っても必ずくる。まるで僕らと約束していたかのように朝は来る。僕には来てほしくないと願っている時もあった。けれど今は何だか心地よい。
これは僕の経験のたった一部分のものがたりだ。
中学一年生になった。僕は人に馴染むのが得意な方ではなかった。けれど、たくさん友人に囲まれる、そんな夢を抱いていた。入学式は綺麗だった。みんな真面目そうでなにか特別に感じた。仲良くなれそうだと思った。
だが、そんなことはなかった。僕が制服に腕を通すのに慣れてきた頃、僕はいじめにあった。入学式では猫をかぶっていたが、結局はみんな貪欲だった。僕を貶して、暴力で支配し、集団で無視をする、そんな生活が続いていた。そして、親のことを悪く言うことにも発展した。クラスのリーダー格の1人が僕の親が借金してるという根も葉もない噂を流した。当然、僕の親はそんなことはしていないし、特別貧乏でもなかった。ただ、僕だからという理由で噂を流された。みんなもそれを信じる。当たり前であり当然決まっていたかのようにそれを信じた。僕は学校から居場所がなくなり不登校になった。
母からは毎日プレッシャーをかけられる。明日は学校に行きなさいなどと僕に言い浴びせる。それがストレスにもなっていた。父は僕の話を母がすると、
「その話はまた今度にしてくれ、つかれている。」
などと適当にあしらい僕から遠ざかっていった。両親にも腹が立っていた。僕だって今頃は友達がたくさんできて楽しい学校生活を送っているはずだった。そんなに不機嫌にならないで欲しい、そう願っていた。だが、1番腹が立つのは自分だ。周りの空気に流されて結局学校に行けなくなった。明日行こうと思っていても、いざ朝になると学校に行くのが怖くなる。そうやってダラダラと時が過ぎていくのを待っているだけになっている自分に腹が立つ。
最近よく悪夢を見る。学校に行っていじめられる夢や殺人鬼に殺される夢、化け物が出てきて僕を殺そうとしたり、親が僕に暴力を振る夢などを見る。だが、寝れたらいい方だ。寝れなくて目が開いたまま朝が来る日も普通にある。そしてまた学校に行けない。カウンセリングに行っても正論を叩かれるだけで気持ちをわかってくれてるとは思わない。あくまで大人の意見を言ってくる。僕の周りの状況を完全に分かってくれる人なんていない。もう辛い。もう辛くて苦しい。そう思って日々を過ごしていた。
ある日の昼にニュースを見ていた。興味深い内容だった。夢の中に入れる、そんなことを言っている。夢になんて入りたくない、悪夢を見るだけなのだから。そう思った。話が進むにつれてどんなものかわかってきた。人が乗り込む装置のようなもので自分の好きな夢に入れる、そんな機械が完成したらしい。僕はSNSを無意識に開いていた。話題になっている。やっぱりみんなSFのような話が好きなのだろう。どうせ、学校でも話題になっているに違いない。
ちょうどその日だ。僕は不思議な夢を見た。宇宙をそのまま見ているような空だった。星々がはっきりと輝いて見え、風が吹いていた。少し寒いように感じる。夢の中で僕は夢を見ていることに気がついた。また悪夢を見てしまう、そう怯えていた。起きたくても起きれない。目が覚めない。そんな感じだった。するとその時、声がした。優しかった。
「こんにちは。」
僕に話しかけてきた。
「浮かない顔ですね、何かあったんですか?」
僕はその時初めて彼女を見た。僕よりも明らかに背丈が大きく、高校生くらいだったと思う。
「私に話してみてくれませんか?」
僕はその時、何も話せなかった。
それから何日か経った。彼女は毎日、僕の夢の中に現れた。その度に彼女は優しく僕に話しかけてくれた。
「まだ、話す気になれませんか?」
僕は黙っていた。
「一ついいことを教えてあげます。」
彼女はそう言って草原にポツンと座っている僕の横に腰をかけた。その時に吹いた風は冷たいのに暖かく感じた。
「私は人を信頼できなかった経験があります。それは私が弱かったからです。けれど人をもう一度信頼しようとしたとき、私は強くなれたんだと思います。」
僕は初めて口を開いた。
「どうして信頼しようと思ったんですか?」
彼女はクスっと優しく微笑み僕に言った。
「好きな人が信頼したときに人は強くなるって教えてくれたんです。」
僕は涙がひとつ、またひとつと流れてきた。
「私はあなたを信頼します。なので私に何があったのか、話してみてください。」
僕はそのとき、今まで開くことができなかった口を開いた。いじめにあっていたことや噂のこと、家族のこと全てを話した。辛かった。顔は涙でぐしゃぐしゃになり、夢の中の彼女にさえ見せたくないくらいに感情的な姿になっていた。けれど彼女は何も言わないで黙って僕の話を聞いてくれた。全てを分かってくれている、そういう感覚だった。ようやく誰かに本音を言うことができた。僕の心は空っぽになって肩が軽くなった。
朝起きると僕は泣いていた。涙がポロポロと溢れていた。夢の中の出来事なのに彼女との会話を鮮明に僕は覚えていた。
両親からのプレッシャーは何一つ変わらなかった。担任の先生も家庭訪問に来た。
「有太、体育祭だけでも観に来ないか?」
そう、先生に言われた。行事だけ参加するやつだと思われたくなかったし練習にも参加していない。もうみんな、僕抜きで輪になっているだろうしそこに入りたいとも思わない。どうしてわざわざいじめてきた奴らと一緒にいないといけないんだ、そう思っていた。僕はその先生の誘いを断った。
「あんたそんなんで社会生きていけると思ってんの?今だけしかそんなこと許されないんだからね。」
そう、母に言われた。僕はその日、彼女に会いたいと強く強く願いながら僕は眠りについた。
また同じ夢の中に入れた。綺麗な風景にどこか既視感を覚えていた。
「私に会いにきてくれたんですね。」
彼女は僕の前に現れ優しく笑った。
「そうかもしれないですね。」
僕はそっと彼女に言葉を返した。それから今日、先生や母に言われたことや僕の考えを彼女に話した。
「そうですか、プレッシャーが辛いのは私もよくわかります。」
少し悲しい顔をしていた。
「期待に応えたいって思っていてもそれが報われないことも多いんです。」
彼女はそう僕に話した。
「あのね、努力するのは大切だけど休憩してもいいんだよ。」
まただ、また泣いてしまう。泣こうと思っていなくても彼女の言葉が痛いほど胸に刺さった。
「僕はもう自分が嫌です、変わろうと思っていたのに勇気が出ないんです。」
そう僕は彼女に言った。
「でしたら、体育祭に行ってみればどうですか?何か変わるかもしれないですよ。」
「行きたくありません。」
「ずるいやつだと思われるからですか?」
「それもありますしそれ以上に学校の人に会うのが怖いです。」
「行かないとそのあと学校に行くのが余計辛くなりますよ?」
「行きたくないって言ってるじゃないですか、なんでそんなに行かせたがるんですか。」
僕は彼女に怒鳴るように言ってしまった。
「変えようと思っていても行きたくないんです、もう傷つくのが嫌だしこうやってゆっくりしていたい、プレッシャーに押しつぶされそうだけどそれよりも行きたくないが勝っちゃうんです。そんなに学校に行かせたいんですか?」
僕がそう言うと彼女は寂しそうに笑って僕に言った。
「言って欲しいのは、本当です。けれどそれだけじゃないんです。」
僕が彼女の目を見た。
「ここにいてもいいんです。学校に行かなくてもいいんです。ただ自分に失望してほしくないんです。」
彼女は少し涙ぐんだ。
「あのね、人が見えてる以上に人はいるんです。きっとあなたをきちんと見てくれている人がいると思いますよ。」
そう彼女が僕に言ったあと僕は言った。
「体育祭のこと、考えてみます。」
その後話した内容は朝になるとすっかり忘ていた。ただ彼女が優しく話していてくれたことだけは覚えている。僕の初恋は彼女だったと思う。
何日か経った。結局のところ体育祭へはいけなかった。だが彼女は毎日のように僕の夢に出てきた。寝ることが嫌いだった僕がいつの間にか安心して寝れるようになっていった。今の僕は彼女のおかげで生きれてる、そんな感覚だった。
今日はハロウィンだ。テレビでホラー映画の特集やコスプレイベント、いろんなハロウィンについてのことがやっていた。学校でも話題になっているのだろう。今夜はハロウィンの話でも夢でしようと思っていた。
夜が来て僕は早めに寝た。彼女に早く会いたかった。
夢の中に入った。だが、いつもみている景色とはまるで違った。あたりはうす暗く何も見えない。どういうことか僕にはさっぱり分からなかった。すると、奥の方から何か声がしてきた。こっちへどんどん近づいてくる。彼女ではないことが手に取るようにわかる。僕は怖くなっていった。はっきりと声が聞こえてきた。
「どこだ、どこだ、どこだ、どこだ。」
それをずっと言っていた。誰を探しているんだ、なんで僕の夢の中に現れるんだ、そう思っていた。遠いところに姿が見えた。ピエロの姿だった。おそらくテレビでハロウィンについての話題を見過ぎたせいだろう。喋っていることが変わった。僕の方へ近づいてくる。
「お前のせいだ、お前のせいだ。」
僕は恐怖心から逃げ出した。遠い遠い離れた場所まで走ろうとした。走り続けても景色は変わらず、ピエロの方が僕よりもずっと速かった。もう追いつかれそうになり僕は腰が抜けて地面に倒れてしまった。ピエロが走るのをやめ僕の方に近寄りナイフで僕を刺そうとした。その瞬間目を瞑った。
刺した音がした。だが僕は何も痛みを感じなかった。夢だから感じないと思いつつゆっくり目を開けた。目の前には彼女が僕に覆い被さるようにしていた。刺されたのは僕じゃなく彼女だった。
「え、え、なんで。」
僕がそう言うと彼女はゆっくり言った。
「あのね、有太くん。私はね、ここ1ヶ月くらい毎日あなたと話してすごく楽しかったんですよ。あなたから見えるものと本当に在るものの大きさは違います。誰でもいいから、1人でもいいから人を信頼してみて欲しいんです。」
彼女は苦しみが僕に伝わらないように優しくゆっくりと僕にそう言った。僕は彼女を見てがむしゃらに泣いていた。
「生きてね。絶対きちゃダメだよ。」
僕はそこで目が覚めてしまった。その日、僕は学校へ行った。




