消失
見つけてくださってありがとうございます。
あと2話で完結予定。プロットはあるのです。
あとは手を動かすだけ
「ニーナ、ニーナ初めてなのだ。こんな気持ちは」
「アレク、その、ダメですよ‥こんなところで」
「イヴェリーヌはどうせ気にしない」
「あ!」
イヴェリューヌは己の婚約者が愛しげに春の娘を抱き寄せるのを、窓辺からそっと眺めていた。
雪深い辺境の城主アレクサンドルには幼い頃から決められた婚約者がいた。命を落とす可能性がある辺境では早い婚姻もよくあることの一つだった。
だがしかし、王都の夜会で出会った貴重な花の祝福を持つ春の乙女、ニーナを一眼見た時からアレクサンドルの心にはニーナが住み着いてしまった。
あろうことか、この雪に閉ざされた冬の城に春の少女をアレクサンドルは連れ帰ってきた。
イヴェリーヌとの婚姻届も出さず、違う女を慣れ親しんだ自分の実家とも言える冬の城にアレクサンドルが引き込んだ日からイヴェリーヌにとって日常が一つ、また一つと音を立てて壊れていった。
花の祝福は春を呼ぶから。ニーナのいるところにだけ、雪が溶け春の花が咲き、暖かい日差しが溢れ落ちる。連れ帰ったその日からアレクサンドルはニーナととても親しくした。ええ。とても。
ニーナとアレクサンドルの出会いは王の紹介だったらしい。この領地は冬が長く、ほぼ一年雪に埋もれるから。不思議と冬の長い領地にありがちな人死は少ないし、領民が飢えているわけでもないが、不思議とこの地はずっと雪が降っていた。魔物との境界にありながら人死の少ない冬に支配された領地。だがしかし、王からすれば不憫に見えたのだろう。花の祝福があれば雪も少しは溶けるだろうとニーナを紹介したらしい。ただアレクサンドルが婚約者をほっぽってニーナにベッタリになるとは国王も計算外だったのだろう。
執務も、イヴェリーヌも放り出して。
アレクサンドルの婚約者イヴェリューヌは淡雪が顕現したような光を反射する白い髪と淡い紫色の瞳を持つ美しい令嬢だった。幼い頃からこの雪の城に住み、幼くして両親を亡くし城主になるしかなかったアレクサンドルを献身的に支えていた。
「ヴェル様、よろしいのですか?あのように…あれではまるで恋人の距離ではないですか」
おつきのノインがプリプリと可愛らしく怒っている。
その目線の先には積もる雪がそこだけ溶けて春がきたような光景が広がっていた。
そのガセポだけ雪は溶け、日差しは暖かく植えてもいない春の花が咲き乱れる夢のような一角。
さくら色のふわふわの髪の毛に萌葱色の瞳の愛らしい伯爵令嬢。春の乙女を体現したような娘。それをいとしげに見つめる黒い髪の偉丈夫。
できすぎている物語の一説のような二人をイヴェリーヌは静かにみていた。
イヴェリーヌはそこには呼ばれない。
パチパチと暖炉の日のが燃える室内で今日の執務を片付けながら庭の2人に目を向ける
アレクサンドルの顔には最近ではついぞ見なくなった愛しいものへ向ける笑顔が浮かんでいる
「ヴェル様はお人よしすぎます。
頼まれたから!先代に頼まれたからこの屋敷で過ごしているのに!ヴェル様が囚われなくてもやりようはなんぼでもあったのに!
婚姻が1番強固な契約魔術だからと!」
「しかしアレクサンドル様のあのドロドロのかお!見ていられません!貴族の当主のくせに!自分の心情を覆い隠すこともせず!浮気です!
しかも隠せばいいものを!あそこはヴェル様のお気に入りの場所ではございませんか!」
ノインがとてもとても世間様には見せられない顔をして自分よりも起こるものだからイヴェリーヌはすっかり落ち着いてしまった。
「ノイン、仕方ないのよ。人の心はうつろうものだもの。心を届く目置けなかった私がいけないのだと思うわ」
「いいえ!隣人は盟約を守るものです!それが人であれ、隣の世界であれ!一度結んだ縁を…」
ルナがそっとノインの唇を摘んで黙らせた。
「ノイン、私のために怒ってくれてありがと。あなたが私を大事にしてくれるから私とても嬉しいの。私を思ってくれるあなただからお願いを聞いてくれる?」
「私のヴェル様、私があなた様の願いに否やと答えたことはございましたか?」
「いえ、ないわ、でも。もしアレクサンドル様が契約を違えるならば私も準備をしなければ…」
「全てノインにお任せください。
もしヴェル様がこの地を離れるならば私もお連れくださることをお約束ください。どんな形でも構いません。私も一緒にお連れくださることを確約されましたらどんなことでも叶えて見せましょう」
ノインが珍しく私にお願いをしているわ。本当に珍しい、、、
「わかったわノイン、もしこの地から離れるならあなたは私が連れて行きましょう。」
ゆっくりとノインの頬を撫でると、
「お任せくださいヴェル様
すべて、全て整えて見せます」
そんな会話をノインとして数日、城内の空気は真綿のようにヴェルを排除するようになっていった。
城主の婚約者、冬の月のような色合いの女
この地が冬に閉ざされたのはこの女が婚約者になったからなのではないかと。
いつも笑顔で挨拶をくれた城内のものたちが訝しむ目線でルナを見る。
親切にしてくれた配達業の青年が目を逸らす
一つ一つが些細なことでも、重なれば大きなメッセージになるのだ
「ここはお前がいるべきところではない」と。
ヴェルは背筋を正し顔を上げ、ゆったりと歩く。
指の先、スカートの捌き方、美しさを魅せる歩き方。
どすん。出会い頭、貴族の屋敷であり得ない速度で走ってきたニーナにヴェルは引き倒された。
「ヴェル様ですよね?初めまして!お世話になっております。ニーナと申します!」
子猫のように甘い声で呼ばれたヴェルはちょっとびっくりした。紹介者もなく客人から呼び止められるなど今まで習ってきた貴族の慣習にはなかったから。しかも自分に馬乗りになって。
そんなヴェルの戸惑いもなんのその春の乙女は元気に話し出す。ヴェルの腹の上で。
「アレクにはとってもよくしてもらって、ずっとついてもらってて悪いなーとは思ってたんですがななかなかご挨拶もできず!
婚約者の方に紹介してってお願いしたのになかなか聞いてもらえなくて!
多分この領地の改良に長く住むことになると思うのでご挨拶したいなって!
できれば仲良くしていただけると嬉しいです!よろしくお願いしますね!」
無邪気な笑顔でヴェルに笑いかけた。ヴェルの腹の上で。
持ってる人特有の無遠慮な無垢な笑顔。
ヴェルはゆっくりと起き上がり深いカテーシーで答えた。
「なあ、もう少しニーナに優しくしてやってくれないか?挨拶したけど仲良くしてくれなそうだとしょげていた。
せっかく王都から来てくれているのに。
そうだ!今度一緒にあの春の庭に行こう!」
興奮したアレクサンドルが少年のような顔でヴェルを誘ってきた。
「アレク…それはご遠慮申し上げますわ」
断った途端
アレクはこの世のゴミの中のネズミを見るような顔で部屋を出ていく。
執務室には文官が万年筆を走らせる音と人のために暖かな熱を発する暖炉の中で薪のはぜる音だけが響いていた。
ヴェルは見ていた。
アレクとニーナの距離が近づいていくことを。2人の間に恋が生まれたことを。
ヴェルはただ見ていた。
暖炉のはぜる




