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3 小麦少女と従卒と盾

 一群となったネズミの数に、ひっとリヴは引きつった声を喉から洩らした。見かけた程度の今までと違い、不快な鳴き声の木霊するこの遭遇は接敵といってふさわしい。

「リヴ嬢、下がって」

 均衡を壊さない程度の声量で、アレクセイがそっと言葉を落とす。

 がくがくと頷き、ゆっくりとリヴは後ろ向きに後ずさった。

 その足元に、ランタンの光が作る影とは違う塊がある。

「ひゃあ!?」

 甲高く上がった悲鳴に、膠着は壊れた。一斉にネズミ達が動き始め、群がってくる。アレクセイが、エーミルが、シグリッドが、各々剣を手に応戦する。脆いネズミは斬りつければそれだけで倒せるが、圧倒的に数が多い。足元を駆け回る動きに、三人は翻弄され始める。

 ぐっとスライムに片足を突っ込み、食われかけていたリヴの襟首を後ろから引く動きがある。その人物は空いている手で無造作にスライムに向かって何かを放った。デロンと溶けるように、スライムがリヴの足から離れた。雑にリヴを横手に退避させると、どこかで見た動きでスライムを布にくるみだす。

 それからそれを――戦場のど真ん中に投げた。

 リヴの窮地に意識を割いていためいめいが、慌てて飛来するスライムを避ける。べちゃりと広がった体をネズミ達は浴びた。のろく形態が戻っていくのに絡め取られ、ネズミ達はスライムに飲み込まれていく。まだ酔っ払っているのか、震えるばかりでスライムの溶解は始まらないが、その内でネズミは脱出できずにもがいている。人とは違い、体重が軽く小さいネズミは、スライムの粘性を振り切るに足る瞬発力を生めない。

 その有様を見て頬を引きつらせ、三人はちらりとそれを為した男を伺う。

「いらん世話だったか?」

 流れる微妙な空気を理解できないらしく、イリューは問う。

 アレクセイの熱意という名のしつこさに、イリューは折れた。ひとまず一階踏破の補助を契約した。できるところまでは、劣勢時の応援だけという線引きもあったせいだろう。普段は後方に控えており、不利と見るや否や、今のように助け舟を出す。

 一瞬三人で視線を交わす。助けられたことに異論などあるはずもない。ただ何か、戦術が想定外過ぎて調子を狂わされる。

 今もそうだ。中心にある時限式地獄が開始される瞬間を思えば、一同はあまり平静でいられない。

 それでも何とか緊張感を取り戻し、戦闘班三人は残りのネズミへの対応を続けた。



 ※  ※  ※



「最短距離で運び屋を使ったらどうだ」

 出し抜けにイリューは告げた。

 円卓を囲み、あの後目撃した阿鼻叫喚の溶解風景を忘れるべく、美食に舌鼓を打っている最中だ。

 《運び屋》とは認定のために一階、二階に特化した護衛兼案内役のことだ。塔の認定が周辺諸国に尊重されているとはいえ、階層踏破の過程はさほど重要視されていない。中には冒険者を雇って認定までの安全を買う者も当然いる。それは一つの手段であり、塔の都市内でも大して忌避される行いではない。

 元より冒険者として塔に挑む者達と、来訪貴族との間には大きな隔たりがある。塔と生きる者と、塔を利用だけする者と。前者とて、もちろん塔の物品、技術を利用することはあり、それによって金銭を稼ぐこともある。ただ、その本質はやはり塔という未知への挑戦だ。一枚、二枚の少ない認定に騒ぐ来訪貴族の小細工など、彼らにとっては目くじらを立てることですらない。

 その上での提案だったが、四人は何とも言い難い表情で顔を見合わせている。

 イリューは小さく首を傾げる。

「認定が目的なら最適解だろ。価格は交渉次第になるが、そこのフォローは俺がする。そう、ぼったくられることは、多分ない」

 やや自信がないのは、普段馴染みのない界隈だからだ。ただ、落ちたとはいえ三枚のイリューを騙す度胸はもはや認定級だ。そう巡り合う人種でもないと、イリューは踏んでいる。

 アレクセイはカトラリーを置き、隣のイリューに身体ごと向き直った。

「それは、我々が自力で認定に至ることができないという、通告ですか?」

 真っ直ぐに問いかけられ、イリューは二度瞬きをする。

「目的に対する適切な助言のつもりだが」

「……その解決方法は、受け入れがたいものです」

「けどそっちの嬢ちゃんは限界だろ」

 急に指名されたリヴは、慌ててしまってフォークを落とした。床に落ちる前に、エーミルが空中で受け止める。

「わた、わたしですか?」

「恐怖に身を置き続けるのは、よっぽどのモノ好きだ」

 その言葉に、日常に解放されていたはずの恐怖がまたよみがえる。リヴは緊張に身を固めた。

 嗅ぎなれない重い、苔むした湿度の匂い。ランタンが途切れた先の、何がいてもいなくても見通すことのできない闇。遠くまで音は反響し、カラカラ、カサカサと何かが蠢く音は、常に弱く鼓膜を震わす。通路は永遠と続き、代わり映えしない景色に方向感覚は狂う。

 それから。

「全員で考えなくてもいい。嬢ちゃんだけなら、一階は俺だけでも」

「こわ、いです!」

 イリューの言葉を、リヴは声を裏返らせて遮る。

「こ、怖いですっ、みなさんの足を引っ張ってることが!」

 感情が高ぶって、思わず立ち上がる。

 塔は怖い。いるだけで足が震えそうになる。

 それから、冒涜的な動く骸骨に対して立ち尽くす自分。闇に紛れた大蜘蛛を察知しながらも対処方法がない自分。

「戦えないことがっ、わたしだけ何もできないのがっ、そのせいで誰かが怪我しちゃうかもしれないのもっ」

 お荷物でしかない自分。それが何より、怖くてつらい。

 イリューと目が合っている。その目が真っすぐに自分を見ている。そのことに、リヴは己を奮い立たせる。

「だから――わたしに荷物持ちさせてください!」

 ん?と、疑問符がみなの頭を掠めた。

 見慣れない一団が来訪貴族と察して何となく意識を向けていた周囲の卓も、思わずこっちを見ている人間がいる。品のあるアレクセイ達は、地元民の多いガナハの店では目立っている。その話の成り行きは、運び屋の雇用についても言及があり、盗み聞きというほどではないにしても、気には留められていた。

 そんな大勢の予想を、少女は覆した。

「分かった」

 それなのに発端の男は平然と応じる。

 そしてそれに、少女はぱあっと表情を輝かせる。

「ちょ、ちょっと待ちなさいな。淑女が荷物持ちとはどういうことよ」

「淑女は剣を振るうのか?」

「ワタクシのことはいいから!」

 お国柄後継者教育を受けていたシグリッドには、剣技の教練時間もあった。それは淑女として嫁ぐ道とは別のもので、話をややこしくするイリューにシグリッドは怒鳴った。

「適材適所だ、単純に筋力と体力ならそれなりにあるぞ」

 休憩時間、リヴは進んで戦闘員の状態を伺ったり、世話を焼こうとしていた。それは力不足から来る罪悪感の発露という面もあるが、何より彼女自身の疲労が少なかったことも大きい。それから遡ってイリューとの初対面の時、預けられたスライムが動くのを嫌がってはいたが、持つことは難なくこなしていた。一般的なスライムの体は大人が抱えて、両手が両肘を掴むぐらい。重さは水の比重と同じ程度。状況を鑑みれば、その逞しさの推測は容易い。

「えへへ」

 両脇のエーミルとシグリッドが、驚いてリヴを見る。座りなおしたリヴは、褒められたと解釈して頬を赤らめた。


 リヴ・ストルマルク、王国の一大耕作地を誇る伯爵家の三女は、貴族としての在り方より農民まがいの生活に親しんできた少女だ。その足は大地を踏みしめ、その腰は地中深くクワを入れ、その腕はバケツいっぱいの水を両手に運んできた。その精神は踏まれても伸びる小麦の如くめげない。日に焼けることも厭わず、ご領主様のとこの小麦お嬢様と領民達に愛されてきた。最近太く見える二の腕を気にし出したお年頃だが、不自由な長い塔への旅でも笑顔を絶やすことはなく、体調不良に見舞われることもなかった。その肉体と精神の健全さは証明されている。


「それに、要望は単なる荷物持ちじゃなく、俺の戦い方だろ」

 その言葉に、ようやくリヴ以外の三人は思い至った。荷物を持つことが望みではなく、イリューの変幻自在の戦い方が目標なら。一朝一夕に身につかない剣技より、選択に納得ができる。

「わたし、頑張ります! だから教えてください! あ、でも、イリューさんはアレクセイ様に雇われててお仕事中で……。ついで教えてほしいなんて勝手で……でもわたしお金ない……」

 急に悩み出したリヴは、少しして両の拳を握って力強く言い切った。

「別に費用が必要なら、身体で払います!」

「いや、女は面倒だし、同行ついでなら追加で金は取らない」

「はいっ、ありがとうございます!」

 不適当な言葉選びはあっさりと流され、やりとりは終了した。周りが口を挟む暇もない。

「なら、――後の問題はお前だな」

 今の会話を処理しきれない内に、矛先が自分に向いてアレクセイは混乱した。混乱を静めようと一口喉を潤そうとした。

 強い酒精が、喉を焼いた。

 どうやら、イリューのコップと間違えたようだった。



 ※  ※  ※



 塔の影は、街に夜とは別の暗いひと時をもたらす。この暑い都市で、午前中に訪れるそれは、絶好の外出時間だ。

「貴方の髪色なら、この色はどうかしら」

「えーっと、わたしなんかそんな」

「自分を下げる物言いは、己の家をも貶める行為と知りなさい」

 ぴしゃりと叱る言葉はきつい。けれどシグリッドは、並べられた装飾品に尻込みするリヴの背に優しく触れる。

「……貴方は充分魅力的な女性よ。着飾ることに慣れないのは分かるけれど、それも一つの選択肢として女なら持っておくべきだわ。格式張らない故郷から遠いここで試みてみるのも、勉強の一つではなくって?」

 諭すシグリッドに、躊躇いがちながらも目を輝かせてリヴが頷く。あれもいいのでは、これもいいのではと物色を始めた二人は、まるで姉妹のような仲の良さだ。塔への旅では崩れなかった階級の壁が、今はない。

 少し離れた位置で護衛につくエーミルも、表情を緩ませてしまう。

 壁に吊るされているのは、天然石のネックレスだ。赤、青、緑とグラデーションになるよう吊るされたものは北方王国のそれと違い、形が歪でどこかまとまりがない。けれど惜しみなく連ねられた石はそれぞれ個性的な輝きを持っており、秩序とは違う魅力を放っている。 価値観の違いは街を歩く度にある。厚く防寒性に優れた衣装こそを最高品と見なす北方王国の文化はここにはない。薄手で丈夫なことが重んじられ、今リヴとシグリッドが身に纏う衣装もそれだ。街歩きを目的として購入された一枚着は、柔らかな身体の輪郭に沿って足元まで裾を伸ばしている。

 故郷では絶対にお目にかかれない絶景に、エーミルの顔は更に緩む。


 エーミル・ノルドフェルドは自身を幸運な男だと思っている。産まれは男爵家、末端も末端の貴族のしがらみなどほとんど関係ない、平民と一緒になって走り回っていてもおかしくない身分。兄も姉もいる中での五男、難しいことは考えず生きることだけに注力すればいい身の上。とりあえず北方の単純思考で騎士を目指したら、野山を平民と駆けまわっていたのが利いたのか、幸運にも王立騎士団に採用された。団内ヒエラルキー最下位ぶっちぎりでさすがに運も尽きるかと思いきや、なぜか名門公爵家次男アレクセイ・エルドクヴァールの従卒となり、そのまま家ごと庇護下に入った。

 そして、本来なら費用が都合できるわけがない塔試しを、そのアレクセイの主導で行えることになった。

 エーミルの生きる世界は、幸運で満ちている。知らないことを知ることができるのも、苦境にあった上で救いを味わえることも、悲しい別れを感じられるほどに誰かを想えることも。

 全ては幸運なのだ。


「エーミル、次はリヴが昨日教えてもらった薬屋に行きたいのだけれど」

「伺っております。ご案内します」

 購入品はごく自然にエーミルが店員から受け取り、それからイリューに確認しておいた薬屋へと二人を先導する。ランタンは低く、先ではなく後ろを歩く二人の足元が照らされるよう、自分の位置取りも合わせて注意する。

 塔由来のランタンは、揺らぎの一切ない謎の発光物体だ。純度が低いのか加工が拙いのか、霞むガラスに閉じられた向こうの光源の正体は見えない。エーミルが小間物屋で小耳に挟んだ話によると、ある男が正体を暴こうと解体してみると中には何もなく、だからといって元に戻しても二度と光が灯ることはなかったのだという。

 塔と同じ、謎めいたランタン。それが通りのあちこちを飾り、人々の手で揺れている。朝が来た後、規格外の塔の影でもう一度暗くなる時間帯。勝手知ったる住民達も通りには多く、まるで夜遊びを楽しんでいるかのような錯覚で、エーミルは内心わくわくしている。

「こちらです。足元にご注意を」

 風や砂埃が厳禁なのか、ここいらでは珍しく閉まっている戸を開け、二人を促す。その後に続こうとして、エーミルは視界の端に引っかかった姿に焦点を遠くへ結んだ。

 通りの端を、この旅の主であるアレクセイとイリューが連れだって歩いている。

 頭に、昨日の夜のやりとりがよみがえる。


『人型以外は対応が後手に回ってる。今日のネズミの時も、リヴの退避判断はもっと早くできたろ。敵に遭遇してから逃げる判断なんてガキでもできる』

 一番の実力者であり、一番の家格の者への容赦ない指摘。若い三人は居たたまれなかった。

『戦闘時も立ち位置が甘い。デカい図体で的になる気かと思いきや、変に圧倒するせいで他に標的が逃げる。剣を振るって気持ちよくなりたいだけなら、ソロの方が気楽だぞ』

 塔での敵対生物は、人間とは違う。そして塔での戦闘は、人間相手の戦場とはまったく違う。慣れがあるからこそのアレクセイの至らなさ。

 とはいえ、指摘するにしても時と場所は選ぶべきじゃないかとは、エーミルがあまりに居心地が悪かったため思ったことだ。

『俺はどうやったら、この塔で意味ある強さを得られますか?』

 激昂してもいいほど無神経な状況を、アレクセイは真っすぐに受け止めた。エーミルのよく知る、尊敬する姿。

 けれど自分で少しは考えろと突き放すイリューの手を、また酔っぱらったのか、やたらと握って離さなかった姿は、なんだかあんまり知らないものだった。


「ちょいと、開けっ放しにしないでくれないかい」

「あ、すいません!」

 二人が装備屋に消えていくところまで見守ってしまい、中から響いた老婆の声にエーミルは慌てた。店の中に入って、扉を閉める。店内は少しひんやりと感じて、独特の匂いが充満していた。店内を物色する二人から距離を置いて立ち、エーミルもまた物珍しく乾燥した草や花、その他謎の物にぼんやり目を向ける。

 ただ脳裏では、先程のアレクセイとイリューの姿が離れない。

 歩幅狭く素早く歩くイリューと、歩幅広くゆったりと足を進めるアレクセイ。身長も動き方も対照的な二人が、何事か言葉を交わしていた。進行方向を見たまま何かを言い放ったイリュー。それに対してアレクセイが浮かべた表情は、手持ちのランタンに顔を照らされてよく見えた。眉先を下げて弱ったかのように、へらりと浮かんだ、無防備で飾り気のない笑み。

 感情の、自然な表出。一挙一動に注目を浴びる高位貴族のアレクセイには、故国で許されないこと。

「……すごい幸運だなぁ」

 どうやら主は殊の外、偶然出会った御仁を気に入っているらしいと推し量る。

 指揮下でも庇護下でもない、気を回す必要がない存在は、アレクセイの周りには逆より随分割合が少ない。その上、年上で頼りになる。何より辛辣ではあるが裏表のない人柄で、余計な警戒がいらない。

 旅先で慕わしい知己を得たらしい主の幸運を、エーミルは祝福することにした。



 鍛冶屋に併設された武具屋と、大通りの武具屋の違いは多様さだ。

 頑強さに全振りした無骨な鎧、機能性度外視の装飾剣、製作者の夢と浪漫を詰めに詰め込まれたオリジナル武器。

 ピンからキリまで含めた品ぞろえは、一つの工房に偏らず自分に合うものが見つけやすい。ようは導入にいい店だ。

「盾も随分種類があるんですね」

「騎士様に馴染み深いのは分かるがそれは止めとけ。愛馬は塔にいないぞ」

 思わず近寄っていた故国の形に似た大盾を、アレクセイは名残惜しく離す。抱えて移動するには、頑丈な大盾ほど重い。塔の道行きには不向きだ。

 次に気が惹かれたのは、これも馴染み深い槍。

 触れかけて、アレクセイは何か気配に振り返る。

 黒い瞳に黙って見つめられると、なぜかアレクセイは自分の行いを顧みることになる。

「……」

 静かに伸ばした手を引っ込めた。一階の砦構造での立ち回りに、長物は不向きだ。

 判断の遅さ、役割の半端さ。イリューに指摘されたことを、店内に目を向けながらアレクセイは考える。

 アレクセイの騎士団内での立場は分隊隊長だ。遊軍的な立ち回りが多く、広く戦場全体を見渡した上で判断を下し、時に鏃の如く切り込み、時に巌の如く守る。中庸であることは変化への柔軟性。判断は上意下達で隊は常に自分が制御するべきもの。

 アレクセイはそう、自分の意識が固まっていたことに気づいた。

 アレクセイは戦場を知っている。アレクセイは塔を知らない。すでに前提から違うのに、なぜ同じでいようとしたのか。それは恐らく、責任感という余計な意識の働きだ。若い仲間を守りたくて前に出るなら、当然全体の戦況など見えない。

「……イリュー殿。これは、どうでしょうか?」

 一枚の丸盾を、故郷のそれより随分小振りで軽いそれを、アレクセイは手に取った。

「どうせ大きくて的になるなら、的らしく前に出ます」

「指揮は?」

「エーミルを。小規模戦闘なら彼でも任せられます」

 否定も肯定もなく、イリューは頷いた。

 これはアレクセイの選択だから。

 アレクセイは手に取った円盾を確認する。金属で縁と中央が補強された、革張りの円盾。戦闘時の動きを想像しながら、上向きに傾ける。

「呼び捨てでいい」

 聞こえた声に、視界を遮る盾を避ける。

「必要があれば俺がフォローに入る。咄嗟の時には、敬称も敬語も余計なだけだ」

 流れを理解し、納得する。

「イリュー」

 口から零れたのは、ほとんど反射だ。

 呼んでもわざわざ応答はなく、受け止める視線だけが返る。

 自身も続けたい言葉はなくて、その黒から隠れるように、アレクセイは盾を掲げた。何となく、呼んだだけという状況が恥ずかしくなった。


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