09
エレナから緊急の連絡が入った。
フィオが危ない、助けてほしい。
フィオからの手紙は無かったが、エレナは冗談でもそんな事を言う娘ではなかった。
「俺が行く。俺が行った方が一番効くと思う」
エレナからの救援要請。
知らせを聞いてすぐに宣言すれば、村会議がざわついた。
「無茶な行軍するぞ」
「寝ない気だ」
「どこ通って短縮する気だ?」
「心配が一から二に増えるだけでは?」
などと、若干失礼な呟きさえも聞こえてくる。
「……あのな、別に俺、三日以内に戻ってくるつもりはないから。
妹分が苦しんでいるんだ、何日だって村から離れてやるわ」
「よく言った!わが息子よ!!」
部屋をビリビリ揺らすような声量だ。
立ち上がった爺さんは胸をはり、
「ならば共に行くぞ!行きは超特急!全力前進だ!
皆の者!わしらは一時間後に出発する!持たせたいものがあれば店まで持ってこおい!」
と、派遣者を決める会議は即終了。
フィオの元へ、俺と爺さんが向かうことになった。
店の商品から、遠征用に数を揃えていく。
現地調達が出来るならそうしたい所だ。持ち物はフィオへの支援物資を優先したい。
高くつくが回復用に魔鉱石を割って、衣食以外魔法でまかなう手もある。
「いいのか、爺さん。別で依頼があったんじゃないのか」
お互い遠征準備中だ。
ごそごそ聞こえる背後に声をかければ、鼻を鳴らしての返答だ。
「構わん。急ぎではない、調達は帰り道でもいい。……まさかレプン、帰りも超特急を希望しているのか?」
「いや、むしろ……俺が行くって言ったから、俺が無茶しないように、爺さんも同行を決めたのかなって」
「…………、」
「そうならまぁ、少し申し訳ないとは思うかな、」
「…………………………、」
無言が気になり振り返れば、爺さんはわかりやすくしょんぼりしていた。
「……わしだってお前と遊びに行きたい」
「え?」
「お前と組んで歩いてた頃は、楽しむ以前に、お前は安定しとらんかったし……今のお前なら、旅も楽しんでくれるじゃろて、思って……」
「…………最優先はフィオだぞ」
「わし、フィオもお前も同列最優先だし……」
ああくそ、ちょっと嬉しく思ったのがフィオに申し訳ない。
「…………わかった、わかったよ。
行きは特急、帰りはゆっくりでいい。
確かに俺、海の誘いも断ったもんな」
「ふ、ふはははははは!!言質は取ったぞ!フィオを元気にして!わしはお前と遊ぶぞレプン!!楽しみだな!!!!!!!!!」
どこぞの覇王みたいな笑い方で喜ぶ親父を見て、「大袈裟だな」と口にしながらも、……見せていない口元は、つられて、笑ってしまった。
村から出発し、三日後。
到着した魔法学校。
話に聞いてはいたが、町に学校があるわけではなく、学校の敷地に町があった。
広大な敷地は、学舎、寮、自然区、商業区に分かれている。
数年に一度、保護者向けに学舎が解放されることがあるそうだが、基本、学生と学校関係者以外の者は、商業区にのみ、立ち入りが許されている。
そしてこの商業区も、余程の事情か、まる一日授業が無い休日に当たる日でないと、生徒の入場は許可されないそうだ。
到着日は、ちょうどその休日にあたる日だった。
事前に聞かされていた方法で寮にいるエレナと連絡を取り、エレナ手配の貸し広間で、“病に苦しむ”フィオを待つ。
「グランさんんん!!!うぇぇぇぇん村のみんなの匂いがするうう!」
ホームシックである。
爺さんの腹に飛び込んでの叫びである。
「うわぁあああん!慣れ親しんだ大好きなお花の蜜味クッキーの味ー!!
材料のお花が群生していないからここじゃ作れないぃいううう!!」
爺さんにより、クッキーを口に放りこまれての発言である。
冷静なのか我を忘れているのかわからない叫びだ。
再会からもうずっと、フィオは泣きながら笑っていた。
「レプン兄さん、こんなにも早くに来て下さって、ありがとうございます」
「こちらこそ。フィオの不調の連絡は助かった。
危惧した通り、我慢を重ねて意地を張って、……限界になったんだろうな」
エレナからの救援要請には、フィオの患う酷いホームシックについて書かれていた。
これは皆が危惧していたこと。
フィオは、幼い頃から家族が近くにいる環境だった。村の全てが彼女にとっての家だった。
村という広い家のどこへ行こうとも、必ず側に誰かがいた。しかしこの広い学校では、どこへ行っても誰もいない、会えないのだ。
頭ではわかっていても、心がこの差異に耐えかねてしまったのだろう。
「授業は問題なく出席していたんです。
けれど、寮に戻って二人きりになると、私から離れなくなってしまって。
夜も一人で眠れなくなり、ついには泣いてしまうように」
「そりゃあ大変だ」
「彼女が必死に維持している学生としての顔が、……崩れる前にと思いましたが、間に合って良かったです」
顔に生気が戻るフィオを見て、安堵の表情を浮かべるエレナ。
――出会った頃は、表情の機微は控えめで、口数もそう多くはなかったのに。
彼女のことも、ずっとではないが、それなりに見ていたつもりだった。
知らないうちに、彼女もしっかりした“お姉さん”になったのだと、感慨深く思う。
そして、件のフィオといえば。
村の住人からの差し入れを一つ一つ取り出しながら、
「素敵だけど多分花と草の見分けがついていない栞ぃ~!」
「蛇なのか魚なのかわからないけど可愛いぬいぐるみ~!」
「村のお花の匂いがする芳香剤ぃ~!」
「ペンに何か……細工されてる……でもこれ……刃物に加工されてない、葛藤とギリギリの理性を感じるよ……!」
「片手だけの手袋……、おかあさんの手編みだぁ……!」
一人一人、どれが誰の手による差し入れであるか、聞かされずともわかっているようだ。
一時間という制限下であっても、村の住人からの差し入れは結構な数になった。
どうやら皆、寂しさをまぎらわせるため、長期休暇での帰宅用にと餞別を作成していたらしい。
……クッキーについては時間の都合上焼きたてで、道中の管理は俺に任されていた。
そして手袋については、出来上がっている片手だけでも想いは伝わるからと預かった。
「道中で完成させます」と同行を希望された時はどうしようかと思った。無茶がすぎる。
フィオは差し入れその一つ一つを抱きしめ、爺さんの方を見て、またにこりと笑う。
「……………、」
なぁ、フィオ。俺は????
「レプン兄さん。実は私、悪い子なんです。
大好きなフィオが私に抱きついて眠る夜は……役得だ、なんて思うこともありました」
「……そうだな、確かに悪い子ではあるが、……結局君は、大好きな彼女のために俺達を呼んだ」
「はい。フィオには笑ってほしいから」
「ありがとな、エレナ」
高くなった頭の位置にまた成長を感じながら、村に遊びに来ていた頃のように頭を撫でる。――っと、頭を押し付けてくる力も強くなったな!
「!!???エレナ、ナデラレテル、マサカ、ソンナ、」
目をカッと見開いたフィオは、ついに俺を見た。
ゆらりゆらりとこちらに向かうフィオに対し、エレナは頭に乗せにいっていた俺の手をとり――フィオに見せつけるようににぎにぎ。
「っ、本当にそこにいるの?!本物のレプ兄!?私の幻覚じゃないの……!?」
どうやら俺、幻覚扱いされていたらしい。
――おい、爺さん笑うな指を指すな。
「完全に実体でここに立っているんだが。
ついでに言うと、妹分に無視されて凹んでいたのを、もう一人の妹分に慰められていた所だ」
「……っ、」
…………せっかく泣き止みそうだったのに、これだ。
フィオの踏み込まれる足、エレナからほどかれ解放される手。
受け止める準備は万全だ、さぁ来い。
「レプ兄ぃ~!!うわああああん!!
ここすっごく遠い所なのに……!どうして……!どうしてぇ……!!」
ハグというよりタックルに近い抱きつき方をする困った妹分の背に手を回し、ぽんぽんと、宥めるように叩く。
「大事な妹分だぞ、どんなに遠くても会いに行くに決まってる」
「ここ、っ、最低五日の距離なのに、余裕なく進んで五日だって、言ってたのに……!」
「三日で来た」
「三日でなんとかなったぞ」
「早いけど早すぎるけどっ!三日だなんて本来レプ兄はもう村にいるはずの期間じゃんかぁあ……!
レプ兄が村の空気を吸えなくて死んじゃうう…!!」
「村でもそうだったけど何?
俺ってそこまで偏った認識持たれているのか?」
「そうだよ!」
「そうじゃな」
「えぇ……」
幻覚と思われたこともショックであるし、予想以上に深刻な俺への認識もそれなりにショックだ。
「俺はさ、フィオ。君のためならどこへだって会いに行けるぞと、安心させるつもりで来たんだ」
「……うん、ありがとう。
私ね、村のみんなが、すごくすごく……遠くに感じて、寂しくて怖かったけど、
……レプ兄が離れても平気な距離って考えたら、ここってそんなに遠い場所じゃなかったんだーって、こう……すっきりした!」
「想定と違う……けど、君が元気になれるなら、なんでもいいよ」
――その後、ホームシックは無事解消されたようで、俺達は四人、学生組の門限までの時間、商業区を見て回ることにした。
フィオとエレナ。
新入生の二人は、予想通りというか、かなり目立つ存在らしく、行く先々で学生からの視線を浴びていたが。
共にいるのが視線を返すだけで威嚇になる、強面屈強な大男である。……これは、良い牽制になったな。
まぁ、その牽制にもなる強面のせいで、何度か職質を受ける羽目にはなっていた。
「わし、そんなに怪しく見えるのだろうか。こんなにしっかり丸腰なのに……」
「グランさんは怪しくないよ、大きくてかっこいいよ!」
「その通りです。この辺りでは見かけない格好良さであるからこそ、気になり声をかけてしまうのです」
「そうか、わしがカッコいいからか……それなら仕方がないな!許そう!」
美少女二人と強面大男と、学生でない俺。そろって血縁を感じる顔つきでもない。
そりゃあ、怪しくも見えるが、……爺さん相手でも怯まず声をかけているのだから、職務を全うしている仕事人だともわかる。
治安の良さの証明だ。安心だ。
「――そういえば、謝らないといけないな」
夕暮れの門限は近い。
別の色付く空の端を眺めながら言えば、フィオもエレナも、心当たりがないと言うように首を傾げた。
学舎の見える橋で、俺達三人は爺さんの帰りを待っていた。
どうやら買いたいものがあるらしい。
「二人に差し入れ。何か持ってくるべきだった。
どうも気が回らなくて、ごめんな」
「そんなことないよ、レプ兄がここにいるってだけで、差し入れ以上の物をもらってる。
……本当は無理してて、私たちが寮に戻った後、泡になって消えちゃったりとか……しないよね?」
「そろそろ俺の認識を改めて頂きたいんですがねぇ~、フィオ・ナセリさ~ん?」
「んああ~やめへよお、ひっはらないでぇ~!」
ナセリさんの頬をぐにぐに。
認識、改めてくれ。
泡になって消えそうだなんて、儚さの代表みたいな印象はさ。
その対極にいる爺さんの側で我を通してきたのに、全くもって不本意である。
「レプン兄さん、私も。私もフィオと同じ意見なので、ほっぺをぐにぐにしてください」
フィオが好きすぎて完全に真似っこさんだ。フィオを解放し、
「さぁ!さぁ!」
圧がすごい圧がすごい!頬をすっごい寄せてくる。
とりあえず要望通りに、遠慮してつまみ、ぐにぐに、ぐにぐに。
「ふふふ……ありがとうございます」
満足したようでなにより。
「エレナも好きだもんね~、私ぐにぐにしちゃうぞ!」
「じゃあ私もフィオに。ふふ、同じぐらい、好きよ」
美少女がじゃれている。大変によろしい。
視線は空へ、次に、橋の下。川へ。
この川は、自然区にある淡水湖から繋がっているとエレナが教えてくれた。
「村の近くの湖より大きかった」とはフィオ。
淡水、湖か。ここは村より海が近いが、遠く見える距離でもないはずなのに、何故だか海の匂いがする。
辺境の地でもなし、森妖精の領域とも遠い。……人に混ざって、海妖精がいるのかもしれないな。
「待たせたな。まだ時間はあるな?」
戻ってきた爺さん。時間をかけたわりには手ぶらだ。……交渉事でもやっていたか?
「お前たちの学校な、ちぃちゃな魔鉱石なら、付与出来る魔法もたかが知れてると、事前申請いらずじゃないか」
「はい、学生が立ち入る自然区にも小粒の魔鉱石がよく見られるので、そのためかと」
エレナの回答に、「うむ、違いはないようだ」と言った爺さんは、握っていた拳を俺に差し出した。
「ほれ、受けとれ。お前なら出来るじゃろ」
なんだと思えば、手のひらに魔鉱石。
小さなものが、ちょうど二個。
……そういうことか。
爺さんに一本取られた気分だ。
摘まんで魔力をこめてみる。
一つ、二つ、三つ――三つは無理か。
もう一個も摘まみ、魔力を込める。
こちらも同じく二つ。
これをフィオとエレナにそれぞれ手渡し、「二回つつけばでてくる」と付け加えた。
手のひらに乗せた魔鉱石を、素直に二回、つつく二人。
現れるのは、二人にとっては見慣れた光だ。
村で使っていた光源。
宙を泳ぐ光の魚。二つが二人で計四つ。
夕暮れに染まった空の下、ゆらりゆらりと、二人の周りを回り泳ぐ。
「レプ兄」
「ん?」
「……これ、……これさ、もしかして、レプ兄から離れても、泳いでくれる?」
「魔法の支点が鉱石にあるから、そうだな。長期休みまでは保つんじゃないか?光っているだけだし」
フィオは、……少し潤んだ瞳で、鉱石をじっと見ながら俺にもたれかかり、言った。
「わかった。ありがと。大事にする」
そして逆側からも、エレナがもたれかかってくる。
「ありがとうございます。レプン兄さんだと思って、大事にしますね」
……好評なら、それはそれで。
門限は近いが、フィオとエレナの気がすむまで、俺は二人の支柱になることにした。
「うむうむ。将来泥沼になりそうでちょっち怖いところがあるが、まあ大丈夫だろう!」
爺さんがまたおかしなことを言い出したが、……いつものことなので、気にしないことにしよう。