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07


 自由奔放尊大不思議大使の顔しか知らなかった俺は、

『森妖精、羽の氏族族長直系、ライラック・ラス・アーデルノイア』

 という、高貴かつ荘厳な“大使”としての顔を、あの大使と認識出来ず、一礼して素通りし、


「レプン!おいレプン!

 日のあるうちに会うのは初めっ……てじゃないし町とかうん、村で会うのも初めてだよな、そうだよな?」


 切り替わるようにいつもの顔で流れるように失言を誤魔化そうとしたことで、大使と認識。


「そうですね、お久しぶりです」


「そうだな、久方ぶりだ、……本当だぞ、本当だからな?」


 大使の怪しい誤魔化しにプルプルと震えている森妖精の護衛(女)に、飛びかかられて取調べとなっても困る。

 早急に離れたい。離れるしかない。


「俺は店番があるので、これで」


「うむ、またな」


 一礼し、下がる。

 大使の横、俺を睨みながら歯軋りしている森妖精略(女)の視線が刺さる刺さる。


 上司に強火の部下は、正直嫌いじゃないが、火にまかれるのは遠慮したい。


 普段から口元を隠していて良かった。

 笑っているのが知られれば、本当に飛びかかってきそうだ。


 店へと戻る。

 爺さんは会談の参加で不在だ。

 カウンター内の椅子に座り、さて、と考える。


 大使ご一行との会談。議題はもちろん、フィオの魔法学校入学の件。


 封書での大使の打診に、村会議となったのは言うまでもない。

 フィオに知らせる前に、まずは大人達の意見をまとめることになった。

 村会議については、俺は村の判断に従うと言い、参加せず。

 大人達のただならぬ雰囲気を感じ取ってしまったフィオの話し相手になっていた。


 俺が参加したのは、次の段階。

 フィオの意思を聞く会だ。

 打診された条件を提示し、フィオが頷くのを見守る会になる。


 ――村の住人の総意は、フィオの魔法学校入学の肯定と応援だった。


 大使が挙げた条件は、こうだ。


 フィオに用意された偽名『フィオ・ナセリ』。

 この家名は、森妖精と懇意にしている人族の名。

 この名で、森妖精ならば誰もが知る、アーデルノイア家の血縁、エレナの“側仕え”として入学する。


 エレナの父親は、大使の兄。

 本来エレナは羽の氏族アーデルノイアの姫にあたるが、身分ある氏族は未だ純血主義が色濃く残る。


 人族との混血であるエレナの立場は、大使が後ろ楯になることで成立している、不安定なものだった。

 しかし血縁であることには変わらず、名門魔法学校に入学するエレナには、慣習にならい、側仕えが必須。

 それは、同世代の森妖精の娘――息子でも可能だ。

 後の側近となる側仕えであることから、寮は二人きりの同室となる。


 大使曰く、早々と存在を聞き付けたらしい森妖精一族から、息子をと手が挙がっているそうだ。

 エレナがアーデルノイアの外見そのものであることが、彼女に災いをもたらそうとしていた。


 そこに我らがお姫様の存在である。

 年頃、よし。仲、よし。

 識字も可能でなにより健康。自衛の出来る高い運動(戦闘)能力。

 フィオは大使がほしい人材そのものだった。


 しかし問題もある。学校生活は厳しいものとなる。

 大使が後ろ楯である以上、学業については保証されているが、全寮制、閉じられた生徒たちだけのコミュニティ。


 人族の魔法学校ではあるが、人族のフィオは側仕えという立場で見られ、エレナは混血として見られる。

 差別の対象になるのは間違いない。


 大使はフィオが頷いた時のみ、入学を許可することにした。

 入学しなくとも、沢山の学びを与えることは出来ないが、魔法だけは教えてやれる。

 エレナもフィオに無理強いはさせたくないと言うが、


 ――そんなもの、考えなくともわかる。


 あれだけ二人でくっつき虫していたんだ。共に学校に通いたいに決まっている。


 大使はフィオの素性を知らないが、事情についての察しはついていたようだ。ゆえの偽名、立場だ。


 村側としては、全くもって文句のつけようがない。

 満場一致の、フィオの意思次第。


 何かの間違いでフィオの存在が公になろうとも、森妖精アーデルノイアの威光は、人族王家の者であっても簡単に手が出せない。


 俺たち村の住人が用意できない権力は大使が担当する。

 村の住人達は遊びに来るエレナの顔も知っていた、可愛がってもいる。

 少々自衛にしては攻撃性の高いあれそれを教え、森妖精の略(女)に怒られた者だっている。


 さぁ、フィオ。念願の外の世界だ。

 全寮制とはいえ、広く安全な学校で沢山の子ども達と学び、遊べる。エレナも一緒だ。


 どろついたエレナの立場については伏せていたが、誰もがフィオが頷き、笑い、喜ぶと信じて疑っていなかった。


 あの時、話を最後まで聞いたフィオは。

 悩むように俯き、静かに首を振った。


 村のおっさん集団、呆然である。

 フィオは何も言わず、村の皆からどんな言葉をかけられても、首を縦に振らなかった。


 俺は、……視線だけを、同席していた入学大賛成筆頭、フィオの母親へ向けていた。


 彼女は娘の反応に驚き、察し、唇を噛みしめ、次にきっと睨むようにフィオを見つめ、


「フィオ!」


 その呼び声で、おっさん達の嘆き懇願焦り悲鳴で騒がしかった場は、しんと静まり返った。


「私は死なない!」


 と母親は叫び、盛大に咳き込み、口の端の血を豪快に手の甲で拭き取り、


「私は絶対に死にません!

 だから、……だから私に話してちょうだい。あなたの学校生活のこと。

 何を学び何を見て、何を思ったか。

 好きなもの嫌いなもの、楽しかったこと辛かったこと、全部。

 私、ここで皆さんと待ってるから」


 母親を見るフィオの目に、大粒の涙がたり、こぼれる頃には、フィオは母親の胸に飛び込んでいた。


「……わたし、わたしっ……本当は学校、いきたくてっ、でも、でも……!

 私がいない間に、お母さんが死んじゃったら、どうしようって、思って……!

 お……っ、お母さんが、待っていてくれるなら、わたし…!エレナと一緒に、学校、通いたい……!」


 泣きながらも聞けた、フィオの本音。

 そして母子の涙より声量がある野太いすすり泣き。


 こうして話は決まり。

 本日はついに、書状越しだった大使を交えての会談、最終打ち合わせである。


 まぁ、話が大きく変わることはないだろう。


 フィオ、エレナ、双方納得済。

 エレナの伯父殿も泣いて喜んだそうだ。

 フィオの素性も明かされている。こちらも問題ないとされていた。

 入学の手続きは完了したと聞くし、あとは。


「出発は、いつになるのか、か……」


 まだ先であるのに、寂しく思う。






 ×××××




「ヴぉぉおん……フィオ、達者でなあ……!グオォン……!」


「睡眠はしっかり取るんだよ。身体が資本だからね。気をつけてお行き」


「んんんんフィオぉ……ぐすっ…護身術ぅ……忘れるんじゃないぞぅ゛!」


「きみが好きな菓子をいれておいた。エレナさんと食べてくれ」


「あなたに刃物の扱いを教えなかったことを後悔しぞうでうぅ……日常にある武器を把握するんだようっ……」


 寂しすぎて暴走気味の、村のおっさん達。

 その一人一人に抱きつき、しばしの別れの挨拶をしていく、我らがお姫様。


 名は『フィオ・ナセリ』。

 ナセリさん、なんて呼び慣れない名で呼び、反応する訓練も行っていた。

 反応が早すぎる問題も抱えているが――まぁ、慣れだろう。


 入学式までかなりの日は残しているが、なんせ遠いだ。陸路だと五日かかる。

 フィオは外に慣れていないため、ゆっくり一週間かけて向かうらしい。


 現地までの付き添いは、診療所組の二人。先生とミサさんだ。


 山越えし、大使館のある町でエレナ、伯父殿、森妖精の護衛の男女のどちらかと合流。

 大人四人子ども二人、計六人旅となる。


 フィオの母親も同行を望んだが、漢気を発揮されても駄目なものは駄目。

 娘にまで止められていたが、――真っ先に上がった手と無茶な同行の申し出に、フィオは嬉しそうだった。

 尚その顔のまま「だめ」と言っていた。


「……グランさん、お酒、飲み過ぎちゃだめだよ。

 あと、風邪ひいちゃうから、酔ってすっぽんぽんのまま外を走らないでね」


「わし、鍛えてるから風邪なぞひかん!

 ……だが、……まあ、フィオの注意だ。聞き入れよう。

 手が届かないやつを殴りたくなったら、名前をしっかり覚えて、わしに言うんじゃぞ。更地にするのは得意なんじゃ」


「うん。グランさんや、皆にも、助けてってちゃんと言うよ。

 私には、ふふ、すっごく強いグランさんと、みんながついてるもんね。

 ……いってきます、大好き」


 なんてものを隣でやっている。

 いやもう、これ、俺、泣きそう。


 人族の成長が早く感じる。身長差はもう頭一つ分もない。

 ――次会う時には、並ぶか、追い越されているかもしれない。


 無言で、おいでと迎えれば、そっと俺を抱きしめる彼女が大きく感じた。

 斜め下から腹めがけて突っ込んでくるようなお転婆な子が、今やこんなに。


 泣きそうだ。

 空を見上げ瞬き。――おいうるさいな爺さん、にやつきながら見るな。

「おいレプンが泣きそうだぞ」じゃない。黙ってくれ。


「レプ兄、あのね、私、ここで学んだこと、習得したこと、全部使って。

 自分も、エレナも、これから出来るおともだちも、……みんなみんな、守りたいと思うのは、私の我が儘だってわかってる。

 でも、私はここで、我を通す大切さも学んだから」


「君は強くなった。大丈夫。楽しんでおいで」


「うん、私、楽しむよ。みんなに楽しかったことを沢山伝えられるように。

 ……レプ兄、大好き。村で帰り、待ってなきゃやだよ」


「俺が村から離れるわけないだろ、待ってるさ。いってらっしゃい」


 最後に母親に飛び込むフィオの背を見て、はーーー、と長く息を吐いて空を見上げ、滲む視界に水塊を発生させ、


「人の顔を見てるんじゃないおっさん共!散れ散れ!」


 人の泣き顔を確認しに来た野次馬共を水塊ぶんまわし蹴散らした。

 ぎゃいぎゃい言いながら年甲斐なく逃げるおっさん達に母子も笑っていたから、……今回は、よしとする。



 その日、村にいた少女が遠方へと旅立った。

 五年の学校生活。年に二度ある長期休みには戻るらしい。


 ああ、本当に……寂しくなるな、




 



 


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