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06


「海に行くか、レプン」


 山越えの常連と山の近況について話した後。

 店に戻った俺に、爺さんがおかしなことを言い出した。


「……仕事?」


「いや、遊びに。お前、もう何年も海を見てないじゃろ」


「却下。仕事ならまだしも、遊びで二人そろって店を空けるなんて出来ない。

 海にだって惹かれないし」


「お前に流れる海妖精の血は息しとるのか!?」


「してるしてる。淡水湖で」


「しょっぱさが恋しくなったりは」


「しない。……どうしたのさ、突然。

 爺さんだって、俺が海に興味が無いのは知っているだろ?」


「お前が……十八にもなって、外に全く興味を示さないから……!

 仕事で外に行ってもすぐに帰ってくるし、仕事以外で村の外に出たがらないし!

 往復三日未満の距離の依頼しか受けんし……!」


「村から極力離れたくない」


「わしの息子、村が好きすぎるっ……!」


 演技がかった動きで頭を抱える爺さんではあるが、……そういえば、最近特に、村の住人達に外についての話をよく振られていた。


「あー、皆、外では良いものも悪いものも散々見てきたから。

 この村ではその悪いものを見ずに済むが、良いものもまた無い。

 ……俺に見てほしい、って事なんだろうな」


「……お前が村の役目に縛られているわけではなく、好きで村にいることはわかっている。

 ……だが、フィオと違い、お前には隠される理由がない。

 フィオのやつもなぁ……、どうにかこうにか、外を歩かせてやりたいんだが」


 フィオはフィオで、外に興味はあるが、母親や皆のいるこの村から長く離れることを良しとしないだろう。

 ただ、俺としても、若いフィオには世界を見てもらいたいと思う。


 ……だからこそ、この村の住人が俺を想う気持ちも理解出来るわけだが。


 どうしたものか、と苦笑した。

 それでも村から離れたくない。ここは居心地が良すぎる。

 

「海妖精は長命だ。

 爺さんも皆も、俺より先に寿命でくたばるんだから、外を見て回るのはその後でいい」


「わしはあと百年は生きるつもりだが?」


「いいね、人族の寿命記録を更新してもらおうか」


 そう返せば、爺さんは顎髭を撫でながら、神妙な顔つきで言う。


「……混血であるのに、海妖精そのものみたいか物言いをする。

 十八なのも怪しくなってきたな、見た目はまだ小さいくせに」


「俺を拾って、『年がわからん!区切りよく十から始めるぞ!』とか言い出したのは誰だっけか」  


「わしじゃ。お前は十八、よし!」


「そうそう、俺は十八」


「海妖精のは知らんが、人族は十八から婚姻関係を持ってもいいとされてるぞ」


 十八から連想したのか、また突飛な話題である。


「そうなんだ、随分と早いんだな」


「お前も結婚出来るぞ。

 夜な夜なデートしてる森妖精の娘っ子、好いとるのだろ?」


 夜な夜なデートの森妖精?

 まずデートの覚えも、――ああくそ、わかったぞ。


「どうしてそうなるんだ。大使とはそういう関係じゃない。

 会っているのは要請があるからで、息抜きの散歩に付き合っているだけだ」


「『駆け落ちするなら協力するから、何も言わず消えるのだけは止めてくれ。』がこの村の総意じゃぞ。

 ミサのやつはケラケラ笑っていたが」


「おっさんたちが雁首そろえて馬鹿みたいな事話し合ってたら、そりゃミサさんも笑うよ。

 ケラケラどころか壁叩きながら爆笑だよ」


「……だってわしら、お前の恋路とかも心配じゃもん。この村には出会いが無いし……

 と、主にわしを筆頭にした未婚勢が盛り上がっていた」


「筆頭さん、そんな関係じゃない、って訂正してくれよな。

 大使は……知り合いと友人の狭間ぐらいの人だ。

 恋愛対象にはならない、彼女は……エレナに似ているんだぞ」


「綺麗な娘なんだがなぁ、妹分の顔がちらつくかぁ」


「それに俺は、」


 ――しまった。

 口にしてまったことを取り繕おうとしたが、遅い。


「んー?それに、なんじゃ」


 これは誤魔化せない。話すまで粘る気満々の目をしている。

 ……困った親父殿だが、口を滑らせたのは俺。観念しよう。


「……………相手を亡くした海妖精が、俺みたいな若い子どもを、相手として見てくれるわけないだろ」


 前世、オルカの海妖精だった頃。

 俺には確かに決めた相手がいた。でも、彼女が好いてくれた俺は、もういない。


 俺は身体こそ変わったが、中身は同じであるために、こればかりは、どうにもならない感情だ。


「なんんっっ、おま、いつのまに!レプ、レプッ!

 未亡人とはまた、どこだどこの仕事で知り合った!?」


「言うわけないだろ。この話はおわり。

 俺は皆を介護して老衰を見届ける気だから村から出ないし、他は選べないから出会いがなくて良い。

 そんで、大使は大使。いいな?」


「ぐぬぬ、……その若さで種族違いの年上未亡人か……。我が息子ながら、業が深い」


 恥ずかしい情報を切ってしまったが、納得してくれたようだ。

 これでもう、おかしな話にはならないだろう。


 こうして年少の色恋沙汰を気にし話し合うぐらいの余裕があるのなら、……それはそれで、良いんじゃないかと思う。


 ここは元傭兵の隠居村だ。

 村から出るのは俺と爺さんと、診療所の先生とミサさんのみ。

 村の窓口としてではあるが、裏を返せば、その人数しか、対応出来ない。


 “俺の先生”だって、教師でありたかった人殺しだ。

 過去、俺やフィオの安全を過剰に気にした人で、遊びに来るエレナにもまだ慣れていないぐらい、子どもの存在にトラウマを抱えている。

 しばらく前の、森妖精を探しに現れた私兵の一件だって。

 ……あの後先生は数日寝込んでしまって、申し訳なく思ったのを今でも覚えている。


 皆が皆穏やかな暮らしを望みながら、薄紙一枚向こうに、風化することも、解消されることもない恐怖と――殺意を残している。


 同じだ。俺と。だから居心地がいい。


 この村は、……俺にとって、群なのだと思う。

 共に行動する仲間、家族のような、そんな海妖精の気質も合わさっているんだから、そりゃあ、村から離れたくもなくなるさ。





 ×××××





「これは大変大事な、村長(むらおさ)殿への書状だ。

 エレナとフィオについての提案だ」


「先生にですね、了解です。お預かりします」


 夜。

 いつもの場所でいつもの魚を泳がせ、鼻唄混じりに俺を待っていた大使は、一通の封書を手渡してきた。


 分厚いもので、封蠟は大使館のもの。

 普段見る簡略化されたそれとは違う。余程の内容になりそうだ。


 大使を見れば、……何故か目を泳がせ、両手指をもぞつかせていた。


「レプン、それ、それな。

 明日手配して発送すると言っていた事を今思い出してしまった。

 どうしよう、持ってきちゃった」


 何をしているんだこの大使。

“”無断でここに来ている事がバレれば大目玉だぞ!”だなんて、誇らしげに(誇らしげにするんじゃない、)言っていたのに。


「…………持って帰りますか?」


「帰り道で私が撃ち落とされたら書状もパァだ。受け取ってくれ」


「……目覚めが悪いのでどうかご安全に」


 人族の領地で森妖精の大使が撃墜なんてことになれば、種族間トラブルどころか戦争にまで発展しそうだ。

 治安の良さはそれなりに維持しているが、町側は向こうに任せるしかない。

 ……これからは多めに魔法をひっつけて帰すか。


「さすがに、大事な封書を預かったままでは散歩に付き合えないので、先に届けに行ってもいいですか?」


 この村には、長く眠れる者は少ない。

 宛先の村長役の先生も、この時間ならまだ起きているだろう。


「うむ。私もついて行って良いか?」


「はい。時間が時間なので、お静かにお願いします」


「もちろんだとも」


 大使は、湖への道のりは並んで歩きたがったが、村では俺の後ろをひょこひょことついて歩く。

 今日は山越えのため宿泊する客はいない。

 もし誰かに出くわしたとしても、それは事情を知る村の住人だけだ。問題はない。


「レプン、お前の家はあそこか?」


 エレナに聞いたのだろう。外観から判断したのか、大使は店を指差した。


「はい。雑貨屋と、……雑務屋というか、俺と親父で細かな依頼を引き受けています」


「依頼、……む、依頼。

 レプン、私のツケはどれほど貯まっている?

 よくよく考えても見れば、依頼の報酬を渡していないな。

 私の羽でもむしるか?高く売れるぞ」


「むしりません。ツケ払いもやってません。

 身体の一部が高く売れる要人だったことにちょっと引きます」


「ふふん、私の羽はちょっとした自慢だ。

 ……でも良いのか?最初は依頼として断っていたじゃないか」


「エレナが遊びに来た時の対応が依頼にならないのと同じです。

 事前連絡もしっかり入れてくれますし、これはただの、散歩の付き合いですよ」


「――そうか、そうか。

 どうしようレプン、今すぐここで歌いたいぐらいに嬉しい」


「我慢してください、深夜ですよ」


「子守唄は得意なんだがなぁ」


 肩越しに振り返り、大使の顔を見た。

 言葉の綾ではなく、本当に嬉しそうな顔で空を見上げている。 


 俺を見ていない時だけは、記憶にある森妖精の中で一番、美しい森妖精だと思えるのに、

「診療所!あそこだな村長の居場所は!」今はもうただの大使だ。


 診療所の戸を叩けば、困り緊張した顔の先生が出てきた。

 まさか夜にお忍びで、森妖精の大使が乗り込んでくるとは思わなかったのだろう。


「先生、本来は明日手配する予定だったらしい封書です。重要とのことで」


「すまない、遊びに来ていることが秘密であると失念し、持ってきてしまった。

 受け取ってもらえると助かる」


「……頂戴します」


 封書は無事、先生の手に渡り、ひとまずは肩の荷がおりた。

 大使も「うむ」と頷き、


「では、今夜もレプンを借りていくぞ。

 さらばだ村長。私に許された自由時間は短いのでな!」


 ひょいと抱えられ、俺は手を振る先生が離れていくのを見る羽目になった。

 この大使、俺を抱えた上で駆け出したのだ。何をやっているんだこの大使。


「湖だ、湖にいくぞ!」


「散歩になっていませんが、いいんですか」


「音を聞く時間がほしい!お前は村が近いと、音の波を連打してくれないじゃないか!」


「この村、俺の反響定位が聞こえる住人だらけなので」


「人の聴覚で聞けるものではない。となれば、感覚で聞いているのだろう。

 海妖精のそれはただの索敵。人族であるならば、使われる方であるのが常」


「俺のこれも、生来の癖になっているので、……村の皆には、余計な負荷をかけています」


「私としては安心してエレナを遊びに行かせることが出来る理由になるんだがな。

 聞こえてしまう感覚をもちながら生き残っている、ということだろう?」


「……そうですね」


 結局湖まで担がれてしまった。

 細く見えたが、空を飛べる種族だ。体力も筋力もあって当然か。

 俺を下ろし、いそいそと湖のほとりに座った大使は、期待した顔で俺を見る。


 期待されなくても、村から離れ、今何がいるかあるかを把握出来ていない場所だ。手癖で音をこぼしてしまう。


 俺から広がる音の波は、何かしらにぶつかり反響することで、視界外にある物体の情報を教えてくれる。

 位置、距離、大きさ、無機物、生体。

 そして、個体、個人。


「海と陸では勝手が違うだろう、苦労したか?」


「はい、……すごく苦労しました。何かがある、それらが何であるかはわからない。

 そんな情報だけが、反響して絶えず戻ってくる。

 ――最初は、音を鳴らしすぎだと叱られていました。

 魔力が切れるまで垂れ流していたもので」


「私にとっては羨ましい状況であるが、聞こえる者からすれば煩わしいな。

 当の本人も、当たり前にやっていた、例えるなら……息の仕方を忘れてしまったようなものであるし」


 ――その通りだ。

 呼吸を無意識下で行っていたように、反響定位もまた、同じく。

 突然盲目になってしまったかのような気分だった。


「もう、過去のことです。

 失った優位性を突いて襲ってくる者も、そのために何か失うこともない。

 そう物理で気付かせてくれた親父には感謝していますが……結局、陸上でも使いこなせるようになりました」


「うむうむ、怯え焦る必要はなくとも、出来るなら出来るようになった方がいい。

 手数は多いに限る!」


「同感です」


 すでに辺り一帯の状況は把握済みだが、興がのったので、適当に音を垂れ流し続けていた。

 大使からの文句はないので、これでいいのだろう。


「ところでレプン、私は学校とやらに所属した経験がないんだが、お前はどうだ?」


「ないです。一般教養は村に“先生”がいましたし、魔法についても独学でそれなりに出来ましたし、」


 そもそも俺自身、人族の子の中に混ざれる気がしない。

 幼体の群の間を泳ぐことになるなんて、潰してしまいそうでゾッとする。

 ぶつかっても問題ない、屈強な群の中にいたい。


「ないか、ふむ。

 ……困ったな、断られでもすれば、どう勧めればいいのかわからん」


「誰に、何をですか?」


「フィオに、魔法学校。

 エレナと共に入学してくれないかという打診をしている」


「いつの話ですか?」


「村長殿が封書の文面を確認した瞬間の話になるな」


「~~~、大事な話を俺に言うのはやめてください。情報にはおりる順番があるんです」


「機密ではないし、お前が先に知っても問題ないだろう」


 それは、そうであるけれど。

 ……しかし、魔法学校か。

 フィオはすでに色々仕込まれているが、だからといって必要に値しないと一蹴は出来ない。

 出自が特殊で無ければ、彼女は同世代のいる環境に混ざれるはずだった。


「…………うちのフィオは、ワケアリですよ」


「わかっている。そして、なんと出来そうな手もある。

 ……無理強いは出来ないがな、全寮制であるから、会えなくなってしまうのも痛いか」


「俺は村の決定に従うまでです」


「そうか。じゃあ秘密にするから、お前はどう思うかだけ聞かせてほしい。

 ご子息ご令嬢集まる、格式高い名門魔法学校への入学を、彼女にすすめるか、否か」


「……本人が行きたいと言うなら、行かせてあげたいです。

 彼女は出不精の俺と違って、外の世界に興味がある」


「そうか。……私の、エレナに対してのそれと同じだな。

 飛び方は私の庇護下で覚えればいい。そして、いつかは、――自由に、外の世界へ」



 いつか、は皆、考えていたことだった。


 大使の言う“なんとか出来そうな手”が、箱庭の扉の鍵を、開けてくれますように。そう、願った。






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