05
「フィオ!!」
「エレナー!!!」
美少女の再会だ。
抱き合い、その場で歓声をあげながら飛び跳ねている。
手紙の往復は複数回、ついに、初の会瀬となる。
今回の来訪については、フィオへの手紙と代表としての先生、村長役への手紙に書かれていた。
エレナ嬢と伯父殿。その護衛の森妖精が二人。
要件の記載は無かったが、村としては再会のためと認識していた。
「すみません、お断りします」
森妖精の女が、笑顔のままぴくりと眉を動かした。
断られると思っていなかったのだろう。
己を落ち着かせるように短く息を吐き、再度依頼を口にする。
「……お忙しい大使様が、あなたに会ってみたいと仰っているのです。
森妖精の国への同行を望んでいるわけではございません。
山を越えた先の町。私達森妖精の大使館にご同行をお願いします」
「お断りします」
フィオ達が同席していなくて良かった。青筋浮かべた森妖精を見せる所だった。
森妖精の大使殿といえば。
二人を送り届けてから数日後に届いた、丁寧なお礼状の主である。
同じくお礼品として、上等な薬と、魔力が重鎮された魔鉱石も届いていた。
「高い、これ高いやつ」と村の皆が盛り上がっていたのも、記憶に新しい。
悪い印象は無かった。
フィオが話していた、エレナ嬢からの手紙にあり、“すごく優しくて強い人”は大使殿であると思うし、
実際、こうして再会の機会を設けてくれている。
だが、それとこれとは話が別だ。
「レプンくん、大使様は悪い人でも怖い人でも無かったよ」
同席する伯父殿が宥めるように言う。
そんなこと、大使館に送り届けた日より、ふくよかに肌艶良くなった伯父殿を見ればわかる。
「わかっています。
ですが、嫌なものは嫌です。拘束期間は不透明、そもそも俺である必要性を感じない。
そして俺は村から極力離れたくない」
「うん、レプン君の気持ちはわかった。
この話はなかったことにしよう」
「ジャーン!勝手に決めるんじゃない!」
「しかし彼は嫌だと言っていますし……」
困ったように言うが、このジャン伯父殿、怒気混ざる森妖精の叱責がまるで効いていない。
今まさに怒りの顔を向けられているとはいえ、護衛の男女との仲は良好に見えた。
村での立ち振舞いでも思ったが、伯父殿、世渡りが相当に上手い。
「レプンくん、どうしても、嫌なんだものね?」
「はい、嫌です。……俺の保護者が行けと言うなら行きますが」
森妖精の視線は、最も話が通じそうな村長役こと先生へと向けられる。
先生は首を振り、俺の後ろで仁王立ちの大男を手でさし示した。
「うむ!嫌なら行かんでいい!」
「だそうです。お断りします」
「うぎぎぎぎぎぎ!!!!」
森妖精の口から出たとは思えない歯軋りのような呻き。
先生は困ったね、と笑いかけるが、これも別に俺に折れろと諭しているわけではない。
困ったのは相手、大使殿の理解不能な依頼だ。
忙しいが、興味があるから会いたい、などと。
暇潰しに使うつもりなら、もっと良い口説き文句を用意してから依頼してほしい。
この場で俺の同行を諦めきれていないのは、森妖精の女だけ。
護衛の片割れである男でさえ、肩を竦め苦笑いしている。
「そもそも、何で俺なんですか。別の人と間違えていませんか?」
「エレナが話した海妖精の混血児、そして、大使館のある町で見かけた、口元を隠した人族の少年。
あなた以外に誰がいます?」
「俺ですね」
「ならば」
「嫌です」
「ぎぎぎぎぎぎ!!!!!」
綺麗な顔が勿体ない。目が血走り始めている。
少し可哀想な気もするが、だからといって村から離れるのもな。
爺さんの仕事先への同行下における自由時間に、ならまだしも、単身かつ待ちの予想がつかないのは困る。嫌だ。
「妥協案を考えようと思ったんですが、俺に得はないので、暇潰し相手は他を探してもらってもいいですか?」
「くっぐぐぐ……!」
ここでエレナや伯父殿の名を出さないあたり、この森妖精の性根がわかる。
正直、信用度は高い。野次馬含めた村の皆も、同じ考えだろう。
だが嫌なものは嫌だ。
俺は村から離れたくない。
「わ、かり、ました……この件は……ここ件はそのまま、大使様にお伝えしますからね!」
「どうぞ。無茶な依頼は困りますともお伝え下さい」
「っぎいー!!!!!!!!!」
面白い森妖精の人だったなぁ、が村の住人一同の感想だった。
×××××
その後、エレナのために数日滞在した森妖精達は町へと帰還。
数日後には、要約すると『無茶言ってごめんね』となる書状も届き、大使殿は結構話がわかる人かも、と村で話題となった。
それから、次の季節を迎えた夜のこと。
知らない音が聞こえた。
いや、音というより、鼻唄だろう。
気になり訊けば、爺さんは聞こえないと言う。
俺の出す音波は聞こえる人だ、となると。
「危険性は感じないけど、ちょっと見てくる」
「うむ、気を付けてな。
何かあったら、いつものその、反響定位を、ががががっとやるんだぞ」
「りょーかい。その時は助けをよろしく」
裏口から外へ。
音をこぼし、反響定位を開始。
……相手も聞こえたのか、音に鼻唄を合わせてきた。
対象は村の外。
湖へ向かう林道で、その森妖精は俺を待っていた。
光源として、光る魚を一つ、森妖精へ向かわせる。
泳ぐ光の軌跡で、羽耳と、長い髪先の羽を確認した。
濃い黄緑の瞳といい、その、エレナ嬢を成長させ、尊大にしたような顔つきといい、覚えがある。
「こんばんは、良い夜だな。レプン・ダハーカ」
「……こんばんは、大使殿。
月明かりもないこんな夜更けに、何用ですか」
「お前が来てくれないのなら、私が出向くしかないだろう?
ここなら村も近い。お前の条件に適い、私の希望も叶う」
俺の魔法を複製し、光の個体数を増やした大使は、指差すことで俺に泳ぐ光源を分け与える。
淡い光が俺の周りを泳ぎ、大使は「良いな、これは」と頷いた。
「事前の連絡はほしかったんですが」
「すまないな。次回からはそうしよう。
――付き合え、散歩だ。エレナから聞いたぞ。湖があるんだろう?」
「……わかりました」
敵意はないように見える。
尊大さと、どこか飄々とした喋りをする大使より、数歩先を進むが、
――先導されるより、並んで歩くのがご所望らしい。
「なぁ、口。見せてくれ、海妖精の口」
どうしてまた、種族間の関係が良好でない種族の口を見たがるのか。
……物珍さもあるのかもしれない。
無言で見せれば、大使はにんまりと笑い、
「口に指を入れても良いか?」
「駄目に決まってるだろ、何言ってんだアンタ」
セクハラ発言に礼儀は不要だ。
口元を隠し、前を向く。
大使の笑い方は、歌っているようにも聞こえる。
「すまんすまん、もう少し、仲良くなってからか」
「嫌ですが」
「海妖精の文化じゃないのか?」
「俺とあなたでは成立しない」
「ふむ、難しいな」
仕事ではないため、扱いも雑になる。
会話を繋げようとも思わない。
割ける労力は、……散歩に付き合うと決めた気まぐれ分のみ。
「私はな、お前の音が好きなんだよ。
町でもやっていたろ?」
「俺の、反響定位に使う音波のことですか?」
「そうだ。実に好ましい。
滅多に耳に出来ない、音の波。
奏者を探そうにも、森妖精が海妖精を探すなど、警戒しろと言っているようなものだ」
「……そうですね、町にも寄り付かなくなる」
「二度と聞けない事が最も辛いんだ。
それが、ははっ、エレナの話を聞いて驚いたぞ。
海妖精の血を引く者に助けられたと言ったんだからな。
海が遠いこの地に存在する海妖精なぞ、一人しかおるまいて」
「否定しようにも、俺自身、この辺りで海妖精と会ったことがない」
「そうだろう、そうだろう。
私はお前が奏者とわかった。
しかもお前は村から離れないと言う。私は奏者の居場所もわかったのだ。
僥倖だ、これで面倒な仕事も頑張れる」
「俺にとっては、たかだか反響定位の音だとしても、……違うのか、あなたにとっては」
「うむ。羽の氏族は理想の音を求めるんだ。……私の理想はお前だよ。
私が偉くなったら、お前を側仕えにして、いつでも耳元で奏でてほしいぐらいだが……お前が嫌がりそうだからなぁ」
「滅茶苦茶に嫌です」
「ふっ、お前が嫌がることを予想できる私、これは好きになってもいいんじゃないか?」
「早急すぎる。まだまだ面倒な知り合い程度です」
「手厳しい」
子どもみたいな人だな、と思う。
なんせくるくると回りながら歩くのだ。
ふわりと揺れ動く羽を、つい、目で追ってしまいそうになる。
これで職業、大使か。
――まぁ、仕事とプライベートで変わるタイプなのかもしれない。
「おお、あれがエレナの言っていた湖だな!」
目的地に到着。散歩の終点だ。
歩幅大きく、そのまま湖に突っ込んで行きそうな勢いだったが、ぴたりと静止。
雲がかかる夜空だ。湖が映すのは宵闇の色。
「この一面の黒さえ恐怖を感じるのに、海はさらに広い」
「……水が怖いんですか?」
「昔な、夜の海に落っこちたことがある。
それから、そうだな、夜の湖、夜の海は少し怖い」
「次があるなら、日があるうちにどうぞ」
「ふふっ、どうしようか」
怖いくせに、何故湖の縁ギリギリに立つんだ。
後ろに引けば、大使は驚いたように羽を震わせ、おとなしく下がった。
「エレナは泳ぐのが好きみたいでした。
森妖精でも違うんですね」
「……水は浴びるもので浸かるものではない」
「俺にとっては潜るものです」
「こればかりは相容れないな」
「相容れないことばかりになりますよ。種族が違う」
「でも、お前との、この相容れなさも嬉しく思うよ」
やけに好意的な、その理由がわからない。
俺の音が好きとは言うが、本当にそれだけだろうか。
「レプン、お前はずっと村にいるのだろう?」
「いますね。村から三日以上離れる気はないです」
「良い。実に良い。では、ここまでだ。
夜明けまでに戻らねば、抜け出したことがバレてしまう」
どうやって村まで、と思ったが、飛んできたようだ。
エレナが言った、二つの姿。
一つは人族に近い姿。
もう一つは、……大使は大翼を持つ鳥の姿か。
『またすぐにでも会いに来る。ようやくお前を見つけたんだ』
「そっちの姿だと、何を言ってるかわかりませんね。気を付けてお帰りください」
餞別に、魔法を少し。
形は、そうだな、魚を模倣されたので、こちらは鳥を模倣し返してやろうか。
淡く光る小さな鳥は、飛翔に寄り添い、
「地上から何かされても、自動で簡単な防壁になります。
大使を無防備に帰すわけにはいかないので」
『器用なやつだな。助かる』
広がる翼と、一瞬で高く舞い上がる、光と大使。
ふと、重なるように記憶が蘇った。
夜、海、見上げた暗い空と――小さな鳥。
まさかな、と思い、俺も帰路につくことにした。
×××××
定期的に遊びに来るようになった、エレナ含めた森妖精一行。
訝しむように、森妖精の護衛(女)が俺に問いかける。
どうやらあの大使、口が滑ったようだ。
まるで面と向かって会ったかのように、俺のことを話したそうで。
町で偶然会ったのかどうかと訊かれたが、……相手は無断外出の可能性がある。
言葉は濁し。かわりに、大使のその、人となりへの感想を述べた。
「変な森妖精ですよね」
「大使様を変ですってー!!!!!!!???」
森妖精の護衛(女)は噴火したし、伯父殿はどうどうと困ったように宥めていたし、
ミサさんを口説いていたらしい森妖精の護衛(男)は、孫娘大好きの先生に張り倒されていた。
フィオとエレナは楽しそうだし、最近はエレナにまで「レプン兄さん」と呼ばれるようになった。うん、悪くない。
村は今日も平和である。